あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

今後のブログについて

ご無沙汰をしています。約5ヶ月ぶりの更新となります。


あらかわ交通ノートの今後ですが、2020年春頃を目処に閉鎖を予定をしています。

理由としては、本人が多忙になったことや写真と文章で伝えていくことに対して、負担を感じるようになったことなどがあります。

写真については、Googlephotoなど代わりの機能を使い、公開をしていくことを考えています。しかし、場合によっては非公開になることなども考えています。幣ブログにあった写真もこちらへの移設を考えている予定です。移設などが完了しだい、ブログを閉鎖をします。予定は、今後決定しだいお知らせをします。


2007年から13年間の歴史にいよいよ閉鎖をする幣ブログ、これまでありがとうございました。最後の日まで、よろしくお願いします。

京成の令和記念スカイライナーの団体専用列車に乗る

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2019年5月1日に元号が令和になった。そこで2019年5月1日に京成の令和記念のスカイライナーの団体専用列車に乗ってきた。このスカイライナーは、京成トラベルの主催で、上野→東成田間で走った。

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2019年5月1日、この日はゴールデンウィークの10連休中だった。この日に天皇陛下が即位をした。これによって、新元号が令和になった。京成上野駅にもモニターに天皇陛下ご即位の画面が出された。また、京成上野駅に近い上野の松坂屋やアメ横などには令和の垂れ幕もあった。

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スカイライナーの令和記念の列車は上野駅を9時過ぎに出る。1月の正月や土日に走るシティライナー成田山開運号とほぼ同じ時間だ。上野駅は2番線から出る。ここの賑わいはまさに上野駅の13番線ホームのようだ。

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今回使用をされた編成はAEの第7編成だ。ヘッドマークには横にありがとう平成、縦に新元号制定記念令和と金の字で書かれている。これが令和時代の幕開けだ!!!
新AE形はヘッドライトがLEDに変わり、前よりも地下での撮影が難しくなったかもしれない。私が鉄道車両で最も好きな京成電鉄のこの車両に令和の1日目から乗ることが出来るとは・・・

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上野駅を出発をする。山手線の接続駅で、スカイライナーのメインターミナルの日暮里駅も通過をする。この列車は、上野〜成田間がノンストップになる。町屋駅での都電荒川線、隅田川、荒川、東京スカイツリー、見慣れた景色が令和でも見られる。この辺りは、平成で京成沿線に住んでいた時代は、毎日のように見ていた景色だ。

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青砥駅の手前で、弁当を頂いた。これは赤飯弁当だ。ついでにおーいお茶の令和記念パッケージの新茶も頂いた。今は食べない。


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車内では沿線のアナウンスもしている。高砂の辺りでは、葛飾区の案内で、「キャプテン翼やこち亀、寅さんを通じた街づくりをしている」というアナウンスをしていた。そして江戸川を越える。今から一か月後は花しょうぶやアジサイが美しいのだろうな・・・市川真間駅を通過。市川真間駅も母の日に合わせて、市川ママ駅に改名されていた。京成の本社が平成末期に移った八幡駅を通過をし、京成本線の全列車が停車をする京成船橋駅も通過をした。

このスカイライナー令和記念列車では、京成電鉄の天皇陛下御即位記念乗車券と新元号制定記念乗車券などもいただいた。これらの乗車券は、京成の主要駅でも販売をしたが、5月1日の昼間の時点で多くの駅で売り切れだった。車内でもらえたので嬉しかった。これは平成の終わり、令和のはじめとして、記念に残るのは間違いないだろう。

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京成本線を走るので、北総線内と違い、130/hや160/hの超高速運転をしない。しかしながら、高速列車のこの雰囲気を令和の初日から味わえるのは嬉しい。なぜならば、新幹線以外では国内最強のスピード列車に乗ることができるからだ。京成本線を普段とは持て余すようなスピードで走っていても乗り心地が非常に良く、静かに走っている。それに余計な揺れなどがない。カーブの多い京成本線でもスムーズに曲がれる。これが新AE形の良さなのだろうか。

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平成の鉄道車両の最高傑作ともいえるこの車両。令和元年となる今年には1編成の増備が前々から計画され、先日の京成の事業計画でも発表をされた。合計9編成になり、20分ヘッドの運転を令和初めての京成のダイヤ改正で行われる予定だ。令和になってもしばらくは京成の王者としての活動は安泰だろう。というかもう車両がお披露目して10年が経つのか・・・

京成成田駅に停車をする。今回のスカイライナーの令和記念列車は、東成田まで行くコースと成田で降車をし、成田山新勝寺で参詣をするコースの2本がある。約400人の定員のうち、こちらを申し込んだ方はどれだけいたのだろうか。

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京成成田駅からは東成田駅へ向かう。東成田駅は、平成3年の1991年までは成田空港駅だった。上野駅から約1時間弱の旅が終わる。普段のスカイライナーの約1.5倍から2倍近い時間を楽しんだ。東成田駅は、かつてのスカイライナー専用ホームに着いた。昭和時代ならびに平成初期のバブルの時代のスカイライナーのホームに令和の初日に着くことになるとは!!!駅名表は成田空港のままで、千葉銀行の広告看板もある。

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東成田駅では何枚か撮影をした。令和のヘッドマークを拡大をしたものがこれだ。

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前照灯を光らせた新AE形はやはり輝いて見えた。やはり京成電鉄の至宝だ。この後で、東成田駅の2番線ホームに新AE形の試運転列車が乗り入れたらしい。私はこのシーンを見ていないが、まさか令和の1日目に東成田駅に2つの新AE形が並ぶとは・・・令和のいつまで走るかわからないが、令和の一日目からこの車両は令和を走る車両だなと思った。

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東成田駅は、旧成田空港駅時代の遺構がいくつか残っている。これは平成初期のものと思われる。しかし、ここが昭和末期から平成初期まで30年近い時間が止まっているように見える。改札口が有人でステンレスがあったり、東京銀行の広告があったり・・・いったいどうなっているのか。令和のはじめに何十年もタイムスリップをしてしまったようだ。

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東成田駅にはスカイライナーの歴代車両のパネルがあった。AE100形は平成の時代のみ走ったスカイライナーだった。時代をまたいだのは、初代AE形と新AE形だけなのか・・・これを見ていると京成の空港特急はわずか40年であるが、どれも魅力的車両だなと感じる。

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東成田駅からはバスで成田空港へと向かった。改元10連休で、国内線・国際線とも利用が多いように見えたが、5月1日は思ったほど多くなかった。

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平成から令和の時代になり、スカイライナーも大きな環境が変化を訪れる。前述のように今年度の事業計画(詳しくはこちらへ)では、新AE形1本の増備が行われる。通勤車両も3100形車両が8両2本の増備が行われる。これはアクセス特急の増発用になるのだろうか?オレンジ色の帯をまく。座席もスーツケースが置けるように折りたためる部分を設ける。アクセス特急もこれ以上に増発をされるのだろうか。それは都営浅草線の5500形の増備なども含めてありうるかもしれない。

・その他の京成の写真紹介

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京成の3000形は増備が完了をし、42本の陣営になった。2019年2月18日から19日に最後の42番編成が愛知県豊川市の日本車両から甲種輸送が行われ、この際に悲願の浜名湖越えの京成の車両を撮影をすることができた。場所は、東海道線の弁天島駅の近くの浜名湖を越える橋だ。ディーゼル機関車が京成の車両を引っ張るのは、豊川と西浜松の間だけだ。京成の3000形の最後の最後の編成で、このような写真を撮れたのはよかった。平成の半分の間を増備をし、平成の最後の最後まで増備をしていた京成3000形、平成を代表をする車両になったなと改めて感じた。なお3042編成は、8両編成で走っている。

市川真間駅の変化
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5月12日の母の日に合わせて、市川真間駅が市川ママ駅になっていた。駅名表も市川真間ではなく、市川ママになっていた。この駅は、真間手児奈という少女にちなむ駅名だ。5月12日は、駅構内でカーネーションやお菓子なども販売をしていた。バス停も市川ママになっていた。この市川真間駅は、総武線の市川駅からのバスが多く走る場所だ。このような取り組みを京成が行っていたのが驚いてしまうくらいだ。


新元号令和と最近の報告など〜火の国熊本と平成駅へ

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2019年5月1日から平成に変わって施行をされる新元号が4月1日に発表をされた。その元号は「令和」となる。

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私は「栄」「永」「希」などが使われる元号を予想をしていた。結果としては、令和という予想外の元号になった。令和というのは万葉集の梅花の歌から取ったそうだ。特に安倍首相の談話でもあったように心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている「厳しい冬を乗り越えて花が咲く梅のようなそれぞれの花を咲かせるような日本でありたい」ということだそうだ。万葉集の梅花の歌の中には、初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らすという歌があるそうだ。当時は花は桜よりも梅だったそうだ。令和は諸外国でも令は秩序、和は平和や調和などで評価が高い。私もこの元号でよいのではないかと思う。

さて、あとわずかとなった平成。私の近況報告をしたい。


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3月下旬に九州を旅をしてきた。九州へ行くのは、6年ぶりだ。そのうち、春に行くのは、6回目だ。過去に私は九州に7回行っているが、そのうち6回が春なのだ。

私は沖縄以外の46都道府県へ行っているが、そのうち宮崎県だけは宮崎市の訪問がない。(2003年に吉都線と肥薩線で少しだけ通っているだけ)それ以前に、九州は5年以上行かないとどうしても1回行きたくなるというのがあった。いい加減にななつ星などを見に行きたい、熊本にはどうしても行ってみたいというのがあった。

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その中で今回紹介をするのは熊本県だ。熊本県の訪問自体が2003年以来、16年ぶりだ。九州新幹線の開通後は意外と訪問をしていなかった。なお、東京から熊本までは新大阪と博多で乗り換えて新幹線で行った。九州新幹線は新鳥栖以南は行っていなかったからだ。

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熊本県といえば、なんといっても、くまモンだろう。くまモンは、いまや熊本県を代表をする観光キャラクターだ。熊本県出身の小山薫堂氏が手掛けたことでも知られる。小山薫堂氏といえば、料理の鉄人などのバラエティ番組やドラマなどを手掛ける構成作家でも有名だ。熊本県といえば、多くの有名人を輩出をしている。八代亜紀さんや水前寺清子さん、スザンヌさんなどが真っ先に思い浮かぶ。

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熊本県にある平成駅。この駅は、豊肥本線の駅で、熊本駅の1駅先の駅にある。平成4年・1992年に開業をした駅だ。3月21日の夜、この駅を訪れた。まだ令和という元号が発表をされる前だ。夜の時間帯に降りたら、駅の周りには住宅地で基本的に車を使う人が多く、静かな場所だった。豊肥本線自体は、2016年の熊本地震で、肥後大津〜阿蘇間が復旧がまだだ。影響が大きく復旧に時間がかかっている状況でいる。スイッチバックの立野駅などがあり、地形が険しく、ハードルが大きいのかもしれない。平成の最後に平成駅を訪れることができたのはよかった。

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熊本を訪れたかったのは、熊本電鉄の訪問があった。熊本には熊本電鉄の路面電車などもある。


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これは熊本のパルコをバックにした写真だ。熊本のパルコは令和になりすぐに閉店をする予定だ。パルコをバックに路面電車を撮影をする。熊本の路面電車は新旧多彩な路面電車がおる。

さて、熊本での一番の目的はこちらだ。そうだ。熊本電鉄での銀座線の01系車両だ。01系車両はこれまでで最も好きな地下鉄車両だった。平成を駆け抜けた地下鉄車両が、熊本の地を駆け抜ける姿を見たいのだ。これはまた令和になってから詳しく書いていきたい。

東日本大震災から8年 被災地を訪問をする その2 岩手の三陸鉄道とSL銀河編

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2011年3月11日の東日本大震災から8年。前回に引き続き、2018年の9月に訪問をした岩手県の被災地を訪問をした模様をお届けをしたい。

その1では、主に宮城県の気仙沼と岩手県の大船渡を9月22日・23日に訪れた模様を取り上げた。その2では、9月23日に訪問をした岩手県内を中心にお届けをしたい。

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岩手県大船渡市にある盛(さかり)駅。大船渡の町の中心地は大船渡であるが、列車の運行拠点はこの盛駅だ。盛駅は、大船渡線気仙沼方面のBRTのバスと三陸鉄道の南リアス線の接続駅だ。大船渡線が鉄道路線だった時代もこの盛駅が、大船渡線と三陸鉄道の境目の駅だった。

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盛からは、三陸鉄道南リアス線に乗る。2006年以来12年ぶりの乗車だ。この三陸鉄道は三連休パスでも乗車が可能なので、それを待っていたのだ。この車両、36−700形という車両でひとつの特徴がある。

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この車両は2013年にクウェートからの支援で製造をされたことが特筆される。東日本大震災の支援として、原油を支援をし、その換金で車両を購入費にしたものだ。東日本大震災の支援が世界を超えて、地域を活性をさせた例だ。

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2014年に全線で運転を再開をしたこの三陸鉄道南リアス線。この日の岩手は天気がよかった。12年前に乗車をしたときは、曇天だった。小石浜駅は恋し浜駅に改められた。この駅で3分ほど停車をした。駅には多数の帆立貝がある。


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線路から見える美しい海。そしてその先には大きな護岸がある。津波などに対して護岸をすることによって、波を防ぐのかもしれない。これが東日本大震災後のこの地域の対策なのだろう。

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三陸駅で、南リアス線の既存の車両にすれ違った。イオンのラッピング車両だ。三陸鉄道の既存の車両は、転換クロスシートだったかリクライニングシートだったか忘れたがけっこう豪華な車両がいた覚えがある。対向の列車がやってきて何かほっとした。

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この南リアス線は、トンネルが特に多い。リアス式海岸の岩手県沿岸部の地形を示しているようだ。この先は釜石駅だ。

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釜石駅に到着。まずは南リアス線の完全乗車が終わった。三陸鉄道といえば、いよいよ3月23日に、旧JR山田線区間の釜石〜宮古間が三陸鉄道の路線として運転を再開をする。これによって、三陸鉄道は、リアス線として岩手県内沿岸部を南北に盛〜釜石〜宮古〜久慈間が1本の路線でつながる。三陸鉄道の鉄道の完全復旧まで8年かかった。旧山田線区間は、東日本大震災によって、倒壊や水没など大きな被害を受けたのを動画などで見た。被害の大きさのあまりに復旧はかなり難しいのではないかと考えたこともあった。しかしながら、鉄道で復旧をするのは、本当によかった。地域の足として、本当に動いてほしいと思う。


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釜石は、東日本大震災で大きな被害を受けた町のひとつで、昔は新日鉄の製鉄所があった東北地方屈指の工業都市だ。ラグビーの新日鉄釜石という強豪チームでも有名だ。今年開催されるラグビーのワールドカップではこの釜石も会場になっている。大きな被害を受けた釜石で開催をするからこそ東日本大震災からの復興という意味では象徴なのかもしれない。


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釜石駅にはSL銀河が停車中。SL銀河は、釜石〜花巻間の釜石線を走るSLで釜石線の復興の目玉だ。2014年から運行を開始をした。この後にSL銀河に乗るのだが、釜石駅からは乗らない。C58形239号機とJR北海道から譲渡をされた50系客車の改造車4両をつなぐ。特徴として、後述の仙人峠の急勾配対策として、客車にもディーゼルエンジンを積む。もともとこの車両が、北海道では客車でありながら、気動車に改造をされ、その装置をそのまま使うのだ。このSL銀河は銀河鉄道の夜などで知られる岩手県出身の童話作家の宮沢賢治の世界が車内では楽しめる。東北新幹線とは新花巻駅で接続をする。

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釜石市内を歩いてみる。駅前には津波の高さを示す標識もある。かなり高い位置まで津波が来ていたのか・・・釜石市内も市民会館が新築されていた。旧市民会館も東日本大震災の津波によって、被災をして、新たに立て直したそうだ。東日本大震災の被災で、建築物の建て直しを各地で見たが釜石は市民会館だった。

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こちらは釜石市民会館のすぐ近くにあるイオンモール釜石だ。このイオン、最大の特徴として2階から入り、1階には駐車場になっていることだ。2階から入ることによって、津波を防いでいるそうだ。ここが釜石最大のショッピングセンターだ。他のイオンのショッピングセンターと変わらない。ここのフードコートのラーメン屋で食事をした。

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釜石の町も、大船渡や気仙沼などと同じく、空き地や遊休地が多かった。釜石の新日鉄の工場は、震災で大きな影響を受けたが、製鉄所がこの街のシンボルのように見える。

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釜石からは、釜石線に乗り、花巻方面を目指す。釜石線の遠野〜釜石も未乗区間であったからだ。本当はSL銀河といいたいが、SL銀河ではなく、普通列車で遠野を目指す。釜石駅に乗り入れる気動車は、JRはキハ100形(110形)のみだ。

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釜石線の釜石〜遠野間というと真っ先に思いつくのが、陸中大橋〜足ヶ瀬間の仙人峠だ。この区間は高低差が非常に大きい(陸中大橋駅が250m、足ヶ瀬駅が473m)ために、オメガループになっている。そのために、陸中大橋駅を出て、すぐに曲線で坂を上り、しばらくするとその陸中大橋駅付近の線路が見えた。

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しばらくして遠野駅に到着をする。SL銀河はこの遠野駅で長時間停車をする。なので釜石駅を後から出る(12時5分発)の普通列車に乗れば、遠野駅で追いつくことが出来る。遠野駅は、河童伝説などで有名な場所だ。これをもって、岩手県内のJR線は全線乗車となり、JR東日本区間でも、青森県の大湊線以外の乗車が完了をした。

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遠野の市内をしばらく歩いていると面白いものを発見をした。ガソリンスタンドを居ぬきをしたカフェなのであるが、よくよく見ると丸善石油というガソリンスタンドだったそうだ。すなわちコスモ石油を居抜きをしたのかな。ちなみに丸善石油は、国鉄民営化の前年の1986年まで存在をしたガソリンスタンドで、オーモーレツなどのCMでも有名だった。平成の末期で昭和末期までの世界に出会ってしまうとは・・・

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遠野駅からはついにSL銀河に乗る。2014年3月に試運転を見て、2015年6月に撮影をし、そして3度目の正直で乗車となった。このSL銀河は、最後尾の車両は、運転台付の車両だ。なので、花巻〜盛岡間の回送などはこの車両を先頭にして走る。

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座席は赤系のボックスシートだ。今回、私は進行方向反対側の座席を取った。車両にはステンドグラスもついている。車内のインテリアも宮沢賢治の生きていた大正〜昭和の初期の時代をイメージをした。車内販売で、チョコ南部アイスクリームを購入をする。中には岩手県の名物の南部せんべいが入っている。車内販売は縮小のニュースが発表されたが、SLなど観光列車では行われるそうだ。チョコ南部アイスクリームはまさにSL銀河の名物だ。

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車内には1号車には銀河鉄道の夜をイメージをしたプラネタリウムがある。しかしながら、プラネタリウムは時間の都合で行かれなかった。車内には南部鉄瓶の紹介や宮沢賢治の書籍などが紹介をされている。2・3号車にはソファのフリースペースもあり、そこで少し時間をすごした。

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釜石線の活性化は誰もが知る作家の宮沢賢治を全面に押し出し、その世界を車内で体感が出来るのがSL銀河だ。今回は、半分の区間の遠野〜花巻だけだったが、全区間乗るとどのような世界が見られるのだろうか。仙人峠ではどのような風景が見えるのだろうか。乗車は1時間30分程度であったが、SLというよりも観光列車のように見えた。大船渡線のポケモンが親子向けならば、このSL銀河は万人向けだ。

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終点の花巻駅では歓迎の出迎えを受けた。新花巻駅で乗り換えた客も多かったが、花巻駅まで乗りとおした客も多かった。SL銀河による岩手県の復興と活性化に今後も期待をしたい。次は全区間通して乗車をしたい。

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帰りは平泉に寄り道をし、一ノ関からE2系のやまびこに乗った。3月16日のダイヤ改正で、東北新幹線の仙台〜盛岡間は全定期列車がE5系(H5系含む)もしくはE6系での運転となる。E2系が乗り入れる機会は臨時列車のみとなる。

3月11日としてどうしても取り上げたかったのがこの東日本大震災の現地訪問の記事だった。それと鉄道の記事だった。東日本大震災から8年、震災後に初めて訪れたこの地、随所に震災の影響が残っていた。建物が新築をしているということは裏を返せば、この辺りが津波の被害にあってしまったのかもしれない。BRTバスにポケモン列車にSL銀河に三陸鉄道、8年前に比べると交通も大きく変わってしまった。
どうしても報道では岩手・宮城・福島の3県に集中をし、場合によれば福島の原発周辺だけに焦点を当てがちだ。この震災では茨城や青森、千葉なども被害を受けた。切り口なども慰霊碑などや家族の話、仮設住宅などに偏りがちだ。地域がどのように変わっていったか、諸外国などからの支援についてをあまり取り上げられていない。震災により、大きな変化があり、世界各地からの支援についても忘れてはならない。東日本大震災はさまざまなことを考えさせられると毎年実感をする。

東日本大震災から8年 被災地を訪問をする その1 気仙沼・大船渡編

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2011年3月11日に発生をした東日本大震災から8年を迎える。今回は、東日本大震災の被災地を訪問をした模様をお届けをしたい。なお、東日本大震災の被災地を訪問をしたのは今から半年前の昨年の9月22日から23日であった。当記事では、宮城県気仙沼と岩手県大船渡を中心に書いていく。

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昨年9月、私は平成最後のバースデイトリップとして、三連休・函館乗車券というJR東日本全線とJR北海道の函館地区の路線、一部第三セクターの利用可能な周遊券を購入をして、この地域を訪れることを決めた。行きは指定席が満席だったので、東京駅からE5系のやまびこで一ノ関まで向かった。

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一ノ関駅は岩手県の南端に位置をするが、宮城県の気仙沼方面への玄関だ。一ノ関と気仙沼を結ぶ路線は、大船渡線という路線だ。大船渡線の一ノ関〜気仙沼間は未乗車の区間だった。一ノ関駅ではポケットモンスターの人気キャラクターのピカチュウがいる。岩手県はテレビ東京はなく、アニメのポケットモンスターはどのように放送をしているだろうかと思えば、フジテレビ系の岩手めんこいテレビで金曜日の夕方に放送をしているようだ。


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この大船渡線は、特に迂回するルートが有名で、ドラゴンレールとも呼ばれているそうだ。陸中門沢という駅から千厩駅まではまっすぐで行けるが、北東にある摺沢という場所を通ったのだ。我田引鉄などで有名な路線であるが、石灰石の輸送には効果があったそうだ。

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駅にはポケットモンスターのキャラクターが描かれている。その摺沢駅も「ようこそすりさわへ」とピカチュウが出迎えている。

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千厩駅で乗車をしていた列車の対向にポケモンwithyouトレインがいた。車内から撮影をした。このポケモンwithyouトレインは、大船渡線の一ノ関〜大船渡間を主に走っている。2017年からピカチュウをイメージをした黄色の車体に変わった。この列車は、親子連れを意識をしているのかなと思う。

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秋だったのでいなほが黄金色になっていた。東北地方はこの時季が水田の収穫時期なのかな。しばらくして気仙沼に着く。気仙沼の訪問は、2006年以来約12年ぶりだ。東日本大震災の5年前だ。気仙沼駅もピカチュウが出迎えてくれている。大船渡線の鉄道区間はここまでだ。この先の気仙沼から大船渡市の盛(さかり)駅まではBRTというバス輸送になる

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気仙沼といえば、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた町で、東日本大震災の被災地といえば真っ先に思い浮かぶ都市の一つだ。これは気仙沼の市役所の近くにあった津波の浸水の深さを表す表だ。

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気仙沼の名物といえば、さんまだ。気仙沼港にあるレストランで、さんまのセットを食べる。

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気仙沼市内を少しだけ観光をする。市内には海の市があったり、港町として取り戻しているが、震災の影響で、空き地も多数あった。東日本大震災の被災地で真っ先に思い浮かぶ都市として、気仙沼をあげたのは、宮城県出身のお笑いコンビのサンドウィッチマンの二人が気仙沼にてテレビ番組のロケをしていたところ、被災をしてしまったエピソードがある。周りが火事で火の海になっている恐ろしい姿をテレビで目の当たりにし、あの映像は深いショックを受けてしまった。そのために気仙沼といえば、あのインパクトが強く、サンドウィッチマンの二人も思い出してしまうからだ。気仙沼は2006年に通った時は、ほとんど時間がなかったが、あのような光景を見て、ショックを感じたのは言うまでもない。

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気仙沼駅に戻り、次は大船渡線のBRT区間に乗る。大船渡線のBRT区間はバスであるが、一部の区間は専用レーンを通る。このバスはJRの三連休パスでも乗ることができる。18時前の夕暮れの時間帯だった。気仙沼駅は、南に出る気仙沼線もBRTで運転されている。(区間は気仙沼〜柳津間)

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飯森峠を越え岩手県に入る。ここは陸前高田市だ。夕暮れ時で、町の中を見ることができなかった。陸前高田といえば、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた都市だ。バスからは駐車場付きのスーパーマーケットも見えた。震災後に新たに建築をされたのかもしれない。陸前高田の付近はバスに乗っていてもアップダウンが結構多かった。震災後に市街地を高台に移したのかもしれない。真っ暗な時間帯だったので、風景がよく見えなかったがある程度は感じた。

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途中からバス専用レーンを通過をした。バス専用レーンは大船渡線の跡地だ。2006年に通過をしたときはリアスシーライナーという八戸から仙台まで、三陸の都市を通過をする列車に乗った。そこに大船渡線は入っていた。この辺りから見た広田湾の海は今でも覚えているかもしれない。大船渡線はこの区間では鉄道ではなく、バスによる新交通システムに変わった。このあたりの鉄道の復旧はとても難しかったのかもしれない。気仙沼から大船渡までは約1時間20分かかった。

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そして、大船渡に着く。この日の宿は大船渡だからだ。大船渡というとかもめの玉子という岩手の銘菓を出しているさいとう製菓などが有名だ。この大船渡も東日本大震災で大きな被害を受けた都市の一つだ。今回宿泊をするホテルも、新築で震災後に建てたものだった。


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秋晴れの大船渡。バス停やホテルの近くには、スーパーマーケットなどの真新しい物件が建っている。現代都市のように見えるが、そう考えたくはない。なぜならば、この辺りはおそらく東日本大震災で大きな被害を受けたのかもしれない。それに空き地も多かった。これが東日本大震災の影響だったのか。このコスモスは東日本大震災の時はどうだったのだろうか。

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過去の大船渡などを動画で見たが、大船渡駅の辺りは密集した市街地で街の一つの中心だった。それがあの震災で失われてしまった。気仙沼も大船渡も街並みを大きく変えてしまったかもしれない。大船渡と気仙沼を結ぶ鉄道はもうない。この町は多くのものを失ってしまったようだ

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そして大船渡駅から大船渡市内にある盛(さかり)駅に向かう。この区間もバスだ。バスの乗客もわずかしかいない。盛駅からは三陸鉄道の南リアス線で釜石を目指す。後編では、三陸鉄道とSL銀河の乗車記を中心に、釜石の訪問記などもお届けをしたい。

東日本大震災の被災者にご冥福をお祈りいたします。私も当時、仙台に住んでいた従妹たちが被災をしてしまい、他人事ではないと毎年感じている。

近況報告1~鉄道博物館に新幹線のレジェンドを見に行く

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こんにちは。2019年になって初めての投稿になります。

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今回の記事は、鉄道博物館について紹介をしていく。さいたま市にある鉄道博物館は、2018年7月に展示車両を一新をするなどのリニューアルが行われた。その際に、南館という新館が開館をした。今回はその南館を中心に紹介をする。

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訪問日は2019年の年明けの1月5日だった。その日を中心にお届けをしていく。

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鉄道博物館の南館には新たに新幹線の展示が3つ設けられた。屋内には2つあり、一つが山形新幹線の初代車両として、1992年から2010年まで走った400系新幹線。もう一つが東北新幹線の最主力車両のE5系車両だ。E5系はわざわざこの展示のためだけに製造されたものだ。

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屋外には1994年から2012年まで走った史上初の2階建て新幹線のE1系車両が展示をされている。こちらの新幹線は室内は非公開だ。しかしながら、1月5日はこのE1系車両の車内公開が行われたので、その模様を後ほどお届けをする。

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まずは、400系車両。この車両はサイズを在来線仕様にあわせ、新幹線区間では240kmの速度、在来線区間では130kmを出していた。初めて山形から上野まで乗車をしたときは、感動が止まらなかった。

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なんとこの400系。グリーン車の室内を展示をしているのだ。400系新幹線のグリーン車は、1人掛けと2人掛けだ。今ではE5系やE7系のグランクラスでもこの配置が見られるが、以前はグリーン車でも存在をしていたのだ。私は400系のグリーン車の乗車歴がないので、ようやく乗ることができた。厚みのある座席と足載せのある車両は、グリーン車らしい。この車両に乗って、山形の田園風景や雪景色は、すばらしかったかもしれない。グリーン車を展示をするのはよいが、使い方をわからない利用者に壊されるのではないかと少し疑問に思ってきた。本当ならば、グリーン車のような希少価値の高い車両は車内は非公開にして、イベントで展示をしてもいいかもしれない。

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山形新幹線は、山形という地と東京を結ぶ身近な存在になったのではないか。更に新幹線から在来線へ乗り入れるという手法で新幹線の高速性を享受ができたという点では革新的な取り組みだ。ただ輸送力に少し足りないところがあり、正月・お盆・GWの3大帰省シーズンや6月のさくらんぼシーズンなどは混雑が極めて激しいこともあるが、それを差し引いても名車両で展示をされるのは納得がいく。

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次はE1系新幹線。Maxの名前で走った新幹線だ。1994年にデビューをし、2012年まで走った新幹線だ。通勤利用が増えた時期だったので12両全てを2階建てにした画期的な新幹線だった。このE1系で新潟などへ行ったのは良き思い出だった。東北新幹線よりも上越新幹線のイメージが強い車両だ。
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E1系は前述のとおり、基本的には非公開であるが、この日は1月の特別イベントということで、車内公開が行われた。展示されているのはM4編成だ。見学をするのに30分ほど並んだ。

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この車両は1995年に日立製作所で製造をされた。東日本は新幹線では日立製作所の製の車両が比較的多い。

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新幹線の車内案内が当時のまま残っていた。私は新幹線などの車内案内を撮るのが好きで今回も行った。12両全てが2階建て車両なんてやはり輸送力メインだったのだなと思う。E1系については、グリーン車に乗ったことはなかった。

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まずは2階席。2階席は、リクライニングをしない自由席だった。3人掛けの座席が2列に並んだ。これは今のE4系にも引き継がれている。リクライニングをしないのは、長距離乗ると少しきつい点もある。このような弱点もあったが、座ってみれば快適だった。

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1階席は3人掛けと2人掛けのリクライニングシートだ。リクライニングができるというだけで、このE1系の自由席に乗るときは、1階席か車端室に行くことが多かった。1階でもいいかなと感じることが多かった。しかしこれだけリクライニングシートが並んでいると旅への情緒を感じさせる。

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不満も多かったE1系。12両編成で、高速で走る姿はやはり迫力があった。その姿も過去になってしまった。この車両2階建て新幹線を全ての車両で導入をしたという点では展示の価値があるのかもしれない。東北新幹線では、分割併合や高速化などで活躍の場が少なかったが、上越新幹線では活躍の場が多かった。この新幹線に乗り、雪国へ行くのもひとつの魅力だったかもしれない

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夕闇に照らされたE1系。車内も点灯をしている。そして脇を走る高崎線。高崎線には千葉のE257系が走っている。これは、1月に群馬県内から成田への臨時列車として走った「成田山初詣ぐんま号」だ。E257系の千葉地区の車両とE1系は現役時代に顔合わせをしたことはあったのだろうか。もしかしたらこれは初めての顔合わせになるかもしれないな。


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鉄道博物館新館の4階では、展望デッキがある。ここでは新幹線や高崎線や川越線(埼京線)・ニューシャトルなど多くの路線も見ることができる。

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それだけでなく、宇都宮線も見ることができた。え?651系?と思ったが、これは東大宮の車庫への回送なのかもしれない。

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そして新幹線を見る。向こうには富士山が見えた。富士山をバックに走るH5系車両だ。H5系車両は、JR北海道管理のE5系車両だ。上り列車は帰省ラッシュの日なので、多くの客が乗っていた。H5系というとやはり北海道のロゴが書かれているので、北海道のロゴと富士山を並べてみた。

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あとはいつまで走るかわからないE4系MaxとE3系のR編成(元こまち)も撮影をした。夕方だったから暗かったのかもしれない・・・秋から冬にかけて朝一で入館をすれば明るい日差しと富士山が見られるかもしれないな。鉄道博物館の新館の南館の4階はカフェがある。

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時間の都合でどうしても車内公開や展望デッキばかり行ってしまったが、鉄道博物館の新館は2階には運転シュミレーターや未来の鉄道についてのコーナーがあり、3階に主に歴史の展示コーナーがある。


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最後に鉄道博物館というと昨年12月に展示車両への毀損事件があったばかりだ。このような事件は断固として許すことができない。貴重品である鉄道博物館の展示物。歴史的な役割が強かったからこそ展示をされているのであり、敬意の念を持たなければならないだろう。ゆえにこのような事件が起きてしまったのは残念だ。

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鉄道博物館自体が、南館の開館で楽しみが大きく広がった。南館だけで、時間が経ってしまうものだ。本当に一日がかりで見ても足りないくらいだ。南館の開館で、新幹線や在来線などを生で見ることができたのがこれまでにないことなのかもしれない。

2018年・1年間ありがとうございました。

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2018年も残すところ1日となりました。

今年の報告について行いたい。
今年は、私は、ブログなどが以前に比べて、控えめになってしまった傾向がある。2017年に3ヶ月間の休業後、以前のように取り戻すには至らなかったかもしれない。


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とはいうものの、今年は過去に行く機会の少なかった県や地域に行く機会が非常に多かった。その例が、愛媛県や島根県は10数年ぶりの訪問だった。

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10数年ぶりの訪問となると、山口県や岩手県三陸地方などがあった。今年は、久しぶりに場所を訪ねることで再発見をする機会が多かったのではないかと思う。


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今年は写真の撮影などは以前よりも少なくなり、どちらかといえば乗車のほうが多かったかもしれない。最大のイベントは3月29日にサンライズ瀬戸に乗車をしたことだろう。

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SLも撮影よりも乗車が多く、3月にはSLやまぐちの乗車、8月にはSL北びわこ、9月にはSL銀河の乗車をするなど行った。客車列車が、貴重になるこの時代、数回このような客車に乗車ができたのは貴重だったかもしれない。

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今年は、引退をする車両が非常に多かったのも事実だった。写真は東武の1800系車両と京急の2000形車両、小田急の7000形LSEロマンスカー、189系の3本の編成、E351系の特急スーパーあずさ、いずれも今年引退をした。これらの車両は、花形車両として走っていた。何か今年は華やかさが失われた気もしなくはないが、平成の最後の最後まで残っていたのは本当に奇跡かもしれない。

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その中でも、千代田線の6000系車両の引退と209系の1000番台の千代田線・常磐線からの異動は、まさに今年の鉄道シーンの中でも屈指の出来事だったかもしれない。千代田線6000系の10月・11月に行われたラストランでは、鉄道ファンの一部のマナーによる問題が発生をし、社会問題にもなったのは本当に残念だった。

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その一方で、小田急ロマンスカーの新車両の70000形GSEロマンスカーや都営浅草線の5500形、相模鉄道の20000系など新車両のデビューも相次いだ。

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平成最後の1年間となった2018年、2019年は平成なのは4月30日までだ。改元後はどのような展開が待っているのだろうか。新しい年になり、鉄道がどれだけ変わっていくか。変化があることが鉄道の面白いところだったりもする。
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3月16日はダイヤ改正が行われ、中央線の特急の全席指定席化ならびにE353系の統一などが行われる。関西では、新快速にAシートというリクライニングシート車両が登場をしたり、大阪市内におおさか東線が全線開通をする。2019年以後になるが、相模鉄道とJR線の相互直通なども行われるなど平成と新元号の間で、大きく変わる年になるのではないかと確信をする。

本年も一年間ありがとうございました。

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