11月15日、船橋競馬場の京成バス・船橋花輪車庫の見学後は、八千代台のユアエルムへと足を運んだ。ここでは24日までの期間で京成100周年記念のパネル展を開催しているからだ。
八千代台のユアエルムへ行くのは何年振りかだ。八千代台のユアエルムは京成のショッピングセンターの草分けとして1977年に開館、後年青戸と公津の杜にも開店させ、今は千葉中央のミーオとnext船橋も店名こそ違えどユアエルムの店舗になっている。
八千代台のユアエルムといえば、時折bayfmの公開録音も行われ、先日、新潟と横浜のライブへ行った広島出身の3人組の歌手が昨夏にこのユアエルムでのbayfmの公開録音が行われた時は、下りの初電の到着前に多数の人が並んでいたこともあった。今月も室蘭出身の女性タレントなどがこのユアエルムに来た。(なお、このタレントは現在bayfmでレギュラー番組を持っている)
京成の資料展示は今年の年明けに成田山の史料館で京成の特急の歴史展示があった。(関連記事はこちらです)これに続いて2度目だ。ここでも書いたと思うが、京成は東武や東急などと違って鉄道資料館を持たないので、このような展示は貴重なものになる。この展示には、京成の設立から過去の開運号などの特急列車や成田空港の開港、沿線の発展、AE車・AE100形、新AE形と3つのスカイライナーの写真もあった。昔の青戸駅や上野駅などのパネルもあり、そのころは知らなかったものもあるので、へえと思ったものもあった。
自分の知らない時代の懐かしさとともに作者が小学校やティーンエージャーの時代の実際に生で見たことある時代の写真もあった。特に後者はああこうだったなと当時のことを少し思い出した。京成の展示は、当時をなんとなく知ることもあって、本当に懐かしく感じることができるのだ。
その後はこの日の3300形の3色リバイバルカラーの報告を行う。パネルと合わせて紹介する。
青電の塗装は、今日は千葉線の津田沼〜ちはら台間で走っていた。パネルにあった青電は、赤電の原点となった旧3000形のデビュー当時の塗装で、旧3000形は、デビュー当時は青電塗装で、レール幅も馬車軌のものだった。なんかおでこにライトのない青電も少し違和を感じる。もちろん片開きドアやめくり板も青電の特徴だった。しかし3300形の青電塗装は最大限の昔のイメージに合わせるかのようにしているので、似合っている。
次の赤電ツートンは、この日は、昼間は高砂〜金町間の金町線の運用で往復をしていた。パネルにあったツートンは、特急開運の末期で走っていた最後の片開きドアの車両としても2007年3月まで走っていた3200形の3298Fだった。ツートン赤電は片開きドアにも両開きドアにも似合っている塗装だ。片開きドアの車両でのこの写真を見てそう感じた。京成で最も格式の高い塗装であることを改めて感じさせた。
最後はファイアーオレンジの塗装だ。昼間は高砂の車庫に止まっていたが、夕方に高砂から出て、上野〜金町間の運用などについていた。これまでファイアーオレンジの塗装は、あまり紹介される機会がなかったが、今回はパネル展示でも紹介をしていた。この塗装の時代は経営再建など苦しい時代であったが、この塗装はツートン赤電と並ぶくらい多くの利用者の支持を受けていたのだ。パネルの行き先が大和田行きなのも面白い。大和田発着は今では平日の夕方の数往復と土休の朝に1往復が残るだけで、昼間に走っていた時代が懐かしい。
この展示は15日までの予定であったが、24日まで延長することになった。京成に関して懐かしさを感じるのにはよい機会なので興味がある人は是非行ってみてはいかがでしょうか。
写真は3700形のフルカラーLEDの車両で津田沼で撮影したものです。



























