あらかわ交通ノート Arakawa Traffic Note

当ブログは鉄道を中心に,道路や水上交通のインフラ河川,地理などを主に取り上げるブログです。名前には,交通という言葉がついていますが,交通を中心に町や地域の事などを中心に取り上げていきます。中には鉄道や交通に対するディープな話題なども取り上げます。

京成パンダの3000形を捕獲する

27b4b896.jpg千葉での113系の湘南色捕獲後は、京成の3300の青電を捕獲しに行こうとしたが、同時に狙っていた3000形の京成パンダのラッピングトレインを捕獲することができた。この京成パンダのラッピングは、3000形の3003F(6両編成)の車体にシールが貼られている。

京成パンダとは、京成カードを投入したときのマスコットキャラクターで愛嬌のよさから人気のマスコットキャラになっている。何しろグッズが完売するほどの人気になったのだ。パンダになったのは、おそらく京成の起点駅・上野駅の近くにある上野動物園のパンダをイメージしたのだろう。

keiseipanda02keiseipanda03今日は京成津田沼駅にこの車両がやってきた。各駅停車上野行きだ。6両編成の各駅停車の多くはこの3000形で走っているが、この車両は3000形6両の24本のうち1本なので、遭遇する確率は低い。土休日は各駅停車にのみは入るが、平日には2本ある6両編成の浅草線直通の快速(西馬込発着)もしくは夕方の上野〜高砂間の6両編成の快速に入ることもあるだろう。なお、撮影は各駅停車が必ず特急などの待避を行う東中山駅で行った。

keiseipanda04keiseipanda01車体は、京成パンダと京成カードの広告がこれでもかというほどある。いまだかつて京成でこんな派手な車両はあったのだろうか?私の記憶ではおそらくないだろう。室内を見ると、京成パンダの京成カードの広告ばかりだ。中も外も京成パンダで一杯。これは、JR四国の特急南風などで使っている車両のアンパンマン列車のようだ。この列車は11月まで運行される予定だ。3000形ばかりになり、何か見た目の面白さが少なくなった6両の各駅停車であるが、しばらくは楽しくなりそうだ。

028ba7b5.jpgちなみに今日の京成3300形の青電が津田沼の留置線にいた。午前中は、どうやら千葉線を往復したそうだ。4両編成なので、金町へ行くか、千葉線にいるかだが、土休日は朝夕は上野まで乗り入れる。動いているのを見ればこれまた幸運だろう。

君に会いたくなるから〜千葉を走る湘南色〜

湘南千葉113その2今、私がはまっている曲名からこのタイトルをつけた。千葉を走る113系の1編成がオレンジの湘南色になったので撮影してきた。今日は総武線の千葉〜成東間に入っているようだ。日によって区間が異なるようだ。この色、ここでは湘南色のオレンジと緑が千葉県でよく栽培されている枇杷のように見える。

 

湘南withスカの113系湘南千葉113その1この色に、総武線の千葉以東の房総地域のラインカラーの黄色の色幕を出しているのは、むしろ新鮮だ。JR東日本ではこの色で残っているのは115系で、群馬県の上越線や吾妻線、両毛線などで見られる。これらの路線では普通という紺色の幕だからだ。また、ここで見る湘南色は、場違いのように見えるが、むしろ最も格式の高い色なので、それはそれでよいのかもしれない。今日は左の写真のように千葉ではおなじみのスカ色4両と湘南色4両の8両で走った。スカ色と湘南色の併結は今までありそうでなかった組み合わせだ。ただ、千葉を走るのに、ともに神奈川県の名前の色というのも何だか・・・という感じがしなくはない。千葉風にいえば、海の見える場所にある枇杷の木のように見える。湘南色の馴染みの薄い地域でも、この色はやはり黄金のように輝いているようだ。この塗装はいつまで走るのだろうか。

55557b1a.jpg余談:これは、千葉駅のお弁当屋万葉軒で販売している「力玉手箱」という弁当の宣伝だ。これは、千葉市を本拠とするラジオ局のbayfmの番組でプロデュースされた千葉らしい弁当だ。この弁当は千葉駅と木更津駅で販売されている。値段は、bayfmの周波数(78.0Mhz)に合わせて、780円で販売している。昼食を食べたばかりなので買えなかったが、季節によって献立が違うので、何度買ってもいろいろな味が楽しめそうだ。

 

本川越に響く「愛の季節」

7号車のつばさ1現在、川越を舞台にした多部未華子さんの主演で放送されているNHKの朝の連続テレビ小説「つばさ」。昨日で放送開始から半分を迎えた。

そのつばさの舞台である埼玉県川越市の西武新宿線本川越駅の発車メロディがつばさの主題歌のアンジェラ・アキさんの歌う「愛の季節」という曲が4日の始発から使われることになったのだ。ちなみにこの曲はまだCD化されてなく、9月に発売される。(西武のプレスリリースから)

この「愛の季節」が流れるのは、特急小江戸が発車する2番線ホームだ。なので、川越からの観光客や通勤客を送り出すのに、この曲が羽ばたくことになるだろう。

97312464.jpgただ「つばさ」は視聴率が今ひとつで更に某新聞の投書欄では苦言が告げられることが多く、なんだかいまいち羽ばたけない?状況になっているが、この曲で活性化し、川越を印象付けれれば幸いだ。

西武は、先日新宿線上井草駅の発車メロディをガンダムのテーマ曲にし、池袋線大泉学園駅の発車メロディを銀河鉄道999にした。西武は最近このようなことが多い気がする。あと似ているのが京急で、京急も品川・横浜・横須賀中央・浦賀など主要駅の到着メロディを有名な曲で導入した。(品川は赤い電車、横浜はブルーライトヨコハマなど)西武や京急のこのような活性化は鉄道や駅を見直すにはよい傾向だ。

つばさの方も東武東上線・秩父鉄道のラッピングトレインをまだ撮っていない。近々行かなくては・・・あと半年で終わってしまう・・・

新企画1・マイレールストーリーの予告

da938764.JPG上野の象徴不忍池7月からあらかわ交通ノートの新企画の内容は、マイレールウェイストーリーと決定した。この企画は私が長年鉄道趣味などを行っている場所などでの思い出や今などを振り返る企画として行います。

keisei3300415系その第1回目は、上野駅をピックアップしていきます。上野駅といえば、何を思い浮かべるでしょうか?私は京成線の起点駅として、長きに渡り、東京の玄関口のひとつとして利用をしたのと同時に、国鉄・JRは東北地方・上信越地方・北陸地方の特急・急行列車の玄関口としても使われ、今では東北新幹線や上越新幹線が中心であるが、昔は多くの長距離列車が出発していた。日常と非日常、そして近距離と遠距離がぶつかる駅、それが上野駅の特徴ではないかと思う。

第1回目に上野を選んだのも、上野駅が自分の鉄道趣味での影響が大変強く、第1回目としてふさわしいと考えたからです。この企画は月1回ほど行いたいと考えています。

京成・青電記念列車乗車記2 〜初めての経験〜

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6月30日に運転された京成3300形の青電色の臨時列車。前回はその第1回目として青砥駅での送り込みなどを撮影した模様をお届けしたが、第2回目は青電記念列車に乗車して上野〜金町間を乗車した模様をお届けする。


この列車の上野駅の発車時間は14時19分だ。行き先は、特急金町行きだ。特急金町というのもこれまでに京成に設定がない。上野〜金町間の列車は朝夕しか存在していないのに、昼間の金町発着というとかなり久々だ。発車をするのは、主にスカイライナーが発車する2番線からだ。


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特に2002年に新調された新幕での特急金町は初めて見る表示で、それが新鮮に感じる。増してや現役時代に幕さえつけられなかった青電からすればそう感じた。


青電の特急金町行きもさながら、3300形が特急に使われるのも、おそらく数年ぶりだろう。つい数年前までは、3300形が特急などの優等列車に使われたことも多かったのに、状況が変わってしまったのではないかと思う。(最大の理由は優等列車の固定編成化にあるのではないか)


車内は、3300形同様の小豆色の座席が並び、車内の色はクリーム色なので、外装は緑っぽくても車内は赤というのは、何だかミスマッチを感じつつもちょっとしたコントラストが感じられた。


京成青電上野4181ときと45514時19分、上野駅を出発する。上野公園の地下を通過する。青電も長いこと停車していた博物館動物園駅を過ぎる。そしてJR線を越え、日暮里駅に着く。青電が走っていた時代はこの立体の下には、上野から東北・上信越・北陸方面へ向かう特急列車や急行列車が多数走っていたのだろう。千葉への京成と東北・上信越への列車が顔合わせし、東日本の鉄道の両雄が見られる場所だった。時代が高速化になり、京成からも国鉄・JRからもこのような列車が姿を消した。上の写真は当時の上野駅・日暮里駅をイメージさせるべく、青電と鉄道博物館で撮影した特急車両の181系や急行の455系を並べてみた。


日暮里駅を出て、次は青砥まで止まらない。いつもの工程だ。新三河島・町屋とすこしゆっくりした速度で通過する。3300形の特急の音を聞いたのは、久々だった。青電の優等列車は今よりも遅い速度だったのかもしれない。まずは、隅田川を越える。東京を代表する河川の一つの隅田川をこの色で越えるのは久々だ。青電が走っていた当時は千住火力発電所のお化け煙突があったが、それも今はない。


青電上野1千住大橋駅では、なんと後続の成田空港行きの特急に抜かれる。特急が特急に抜かれるのだ。このような運転通過扱いの臨時列車が定期列車に抜かれる設定は、今春に京葉線で東京〜蘇我間の臨時快速春さきどり号が新浦安駅で、定期列車の特急さざなみに抜かれたシーンを思い出した。(こちらも参照)足立区内を通過し、東武伊勢崎線には列車が走っていない。高速運転で関屋駅を通過する。このモーター音の唸りは聞き忘れていたものだった。


そして荒川を越える。荒川の途中でいきなり減速をしだした。理由はこの先の踏み切りで非常停止装置が働いたとのことだ。一体誰なんだ?せっかくのリバイバル運転に水を差さないで欲しい。京成線荒川鉄橋の付近は、高速道路が何本もあるが、青電が走っていた当時はそれすらなかったのかもしれない。でも昔ながらの低い橋げたを通る姿は今でも変わらない。


葛飾区内に入り、堀切菖蒲園・お花茶屋と通過する。あの急カーブを曲がって青砥駅に到着する。この駅では多くの撮影者がいる。今日は荒川鉄橋やお花茶屋付近を含めて、沢山のカメラマンがいる。近代的なこの駅に青電が入ったのも20年以上ぶりだった。そして高砂までは複々線を走る。一部高架工事中の高砂駅も昔と変わらずだ。


e6927b43.jpg高砂からは突然乗車してきた人も多かった。高砂〜金町間は本数が少ないので突然の列車に戸惑う人もいた。京成初の開業区間の一つの高砂〜柴又間を通過する。京成の目的の一つは柴又の参詣輸送があった。そして柴又駅に着く。柴又〜金町間は帝釈天への人車鉄道の跡地で、その名残で今でも残り、単線区間になっている。都区内の単線区間として特に有名なこの区間は京成としては欠かすことのできない区間だろう。沿道にはカメラマンだけでなく、地元の人もこの青電を見ていた。やはり珍しかったのだろう。そして金町駅に到着する。金町駅は、4両しか止まることができない。その金町も再開発が進んでいる。周りの状況が大きく変わっている。金町駅では、到着後すぐに高砂へと回送された。


京成100周年記念列車として運転されたこの3300形青電は、さまざまなドラマがあった。久々の特急としての通過運転、忘れかけていたものを取り戻したこと、沿道では多くの人がそれを懐かしがり、もしくは沿道の温かい心があったのだろう。しばらくは、この色で走ることになるが、どんなドラマが待っているのだろうか・・・。それを思いながらの青電の運転となった。


京成・青電記念列車乗車記 1〜プレリュード〜

青電青戸16月30日は休日出勤の代休を取って、上野〜金町間で京成3300の青電記念列車に乗車してきた。


この日は、京成電鉄設立100周年を迎える。しかし、開通したのは1912年押上〜伊予田(江戸川)と曲金(高砂)〜柴又間だった。この路線は、当時の東京市15区の旧本所区に当たる押上を起点にし、柴又帝釈天への参詣区間が最もはじめに開通した。当時は荒川の放水路がなかったが、江戸川の橋の手前までが初めの区間だった。参詣輸送の重要さと川を通すことがいかに難しいかを感じさせた。


青電上野1京成の歴史はさておき、100周年を記念して京成では、昭和時代を中心に京成線を長年走ってきた青電が今日この日にリバイバルした。車両は、京成の青電の車両自体は1988年まで210・2000形が走っていたが、今回は京成では唯一の赤電で、最古参の3300形が使われた。3300形も廃車が進行しており、3300形の最後の花道になりそうだ。


京成の青電にこの色が使われるのは210・2000形の廃車以来21年ぶりだ。京成の3300形の記念乗車券を上野で購入後、青戸で少し用事があったので、青戸へと向かう。そして青砥駅の2番線ホームで送り込み列車を撮影する。この駅は、21年前に青電の最後の色を見た駅でもあり、青電の210・2000形が走っていた当時、最も多く乗降した駅なので、どうせならばこの駅で見たかった。


当時の210・2000形などの青電は京成名物のめくり板があり、三角形で上野、丸で成田や金町などを表示する独特のものだった。急行は丸、特急は六角形だった。しかし今日は幕だ。これは仕方ないところもあるが、青電を再現してくれただけでもいいやと思った。


京成の歴史1京成の歴史2青砥から特急で上野へと向かう。途中千住大橋駅で、乗っていた特急がこの青電を抜かす。午後の上野駅は、通常はのどかだが今日は特段に賑わっている。この色の列車が上野に入るのも21年ぶりだからだ。当時と違うのは、21年前はステンレスの車両は3500・3600形だけだったが、今では後継の3700形や3000形の製造でそれが主力になったのとスカイライナーもAE100形に変わったことだろう。そのAE100形も近々新AE形の誕生で、空港輸送の主役も降りそうだ。写真は上野駅に京成の歴代の主な車両が掲載されており、左はAE形スカイライナーから新AE形まで続く京成の空港特急の歴史で、右は京成の通勤車両などを取り上げている。上は戦前に主に走った車両で、下は戦後であるが、下には左が210形・2000形などの青電、1600形開運号と浅草線乗り入れ前の中心に取り上げ、右は3150形赤電・3000形と浅草線乗り入れと高度経済成長期から今までの車両を紹介している。


ここまでは発車前のプレリュードを取り上げた。その2では、いよいよその列車の様子の模様をお伝えしていく予定なのでお楽しみに。


京成の記念乗車券


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本日上野駅で発売する京成の青電列車記念入場券を無事に獲得した。ちなみに10000円の全駅入場券硬券は販売開始と同時に完売したそうだ。午後はいよいよ3300形青電塗装による記念列車が走る予定だ。さあどこまで行くのか?

青梅の都営バス

青梅駅と都バス1先日、青梅線の201系四季彩の乗車に行った際に、青梅駅で撮影をした都営バスの写真をここでは紹介をする。

青梅には、東京都の市町村部では唯一都営バスの車庫がある。その為、青梅市内を中心に都営バスの路線が張り巡らされている。今年の2月には青梅車庫と西東京市の西武新宿線柳沢駅とを結ぶ梅70系統に乗車してきた。(参考記事はこちらからお願いします)青梅駅は、駅舎も古い建造物を使っており、重みのある駅舎だ。

青梅駅と都バス2青梅の都営バスは初めて乗車をしたのが実は5年ほど前で、これまで乗る機会は少なかった。この地域の都営バスの特徴は、後ろ乗り、前降りと都区内のバスとは対照的なのだ。更に都区内の都バスでは200円の均一料金制度に対して、この地域では距離ごとに運賃も異なる。まさに都バスでありながら、都区内とは乗り方が違うのだ。また、河辺駅から出ている路線には、フリー乗降区間のある路線もある。これも都区内とは違うのだ。これは言ってみればバス停でなく、好きな場所で乗降ができるのだ。5年前に初めて青梅の都営バスに乗車したときにこれを知ったときにはカルチャーショックを感じた。

青梅駅と都バス3

青梅地区の都営バスは、長年にわたり中型車両が多く投入され(番号では800番台をつけている)、幕が黒地で白文字のものが多かった。最近はノンステップバスへの切り替えで、それらが減っている。しかし左の写真のように、青梅らしさを感じさせるような車両に出会った時は、やはりここは青梅だったのだなと思わせた。

西東京バス1

青梅地区には都営バスだけでなく、西東京バスも乗り入れている。これは、青梅線小作駅までのバスだ。一時期は多摩バスであったが、また西東京バスに戻ったそうだ。なお、青梅市の新市街地の中心地の河辺駅からは飯能方面への西武バスも乗り入れている。

 

おまけ、なぜここに・・・

なんでここに??奥多摩に行った際に、町を歩いていると見覚えのあるようなバスが2台。これは京成バスの観光バスだった。ナンバープレートは習志野になっていた。どうやら千葉方面から奥多摩へのバスツアーだったそうだ。こんな所で、都営バス同様に身近なバス路線を見てしまうとは・・・奥多摩地区の路線バスは主に西東京バスが担い、小河内ダムや山梨県小菅方面のバスを奥多摩駅から走らせている。

お知らせ

あらかわ交通ノートへのご来場ありがとうございます。連日多数のアクセスを頂き、誠に感謝するところです。

さて、あらかわ交通ノートでは、7月1日以降に以下のような変化が起きます。

1・連絡先メールアドレスの変更

アドレスが joiino☆livedoor.com に変わります。☆のところは、@に置き換えてください。

2・一部の記事の削除

過去の記事や必要ないと感じた記事は順次削除をしていく予定です。

3・今後の特集記事

夏休み特集は今年は例年に比べて縮小させていく予定です。公式発表は15日過ぎを予定しています。また、8月には青春18きっぷの旅を行う予定です。今回の目的は、ライブです。

keisei3300明日はいよいよ京成の3300形が青電塗装で運転します。明日はこちらの模様をできたらこのあらかわ交通ノートでもお伝えしたいと考えているところです。

千代田線・常磐線各駅停車のE233系、成田エクスプレスのE259系と京成の新AE形と葛飾区を走る3つの鉄道路線で新車が次々とデビューをしている。これらの情報が入り次第、こちらでもお伝えします。また、これに合わせて、葛飾区の鉄道などを詳しく当てる企画も現在検討しています。

新金線への道おまけとして、先日金町駅を通過した房総地区で走るだろうと予想される209系の写真です。この209系は、房総地区の外房線や内房線など主に113系が走っている路線の置き換えをすべく、京浜東北線の209系を改造した。運転開始が待たれるところだ。

この209系は金町からは新金線を経由し、総武線の新小岩へと向かった。

多摩川レコード完全版〜四季彩のキオク


宮ノ平四季彩6月28日に青梅線での運用を終了した青梅線の201系の観光列車「四季彩」を追いに27日に青梅線を訪れた。

青梅線を利用するに当たって使用したフリーきっぷは、西武鉄道が発行する「奥多摩ハイキングフリーきっぷ」だ。このフリーきっぷは発駅から西武新宿線・拝島線の拝島駅までの往復が2割引になり、更に拝島〜奥多摩間の青梅線、拝島〜武蔵五日市間の五日市線が2日間乗り放題になる。JRのフリーきっぷなのに発行元が西武鉄道というのも面白い。

多摩湖101今日はきっぷの起点駅から西武新宿線に乗る。途中、萩山駅で下車し、萩山駅で西武多摩湖線に走る101系の旧塗色車両を狙ったが、今日もいなかった。しかし玉川上水の車庫にはこの車両が眠っていた。西武新宿線・拝島線は、急行に乗ったとしても田無までは各駅停車で、田無から先が長くかかりすぎる印象がある。それを決定付けているのは、小平〜小川間は線形が悪く、小川駅に至っては、拝島線の下りが国分寺線の単線と平面交差している。更に玉川上水〜拝島間には単線区間もある。そして拝島駅に到着する。

拝島駅からは青梅へと向かう。この辺りの青梅線の駅は、多摩川側ではなく、その反対側にメインの駅舎がある駅が多い。そして青梅駅に到着する。この青梅駅は、1面2線の島式でありながら、立川方面の10両編成の列車から奥多摩方面の4両編成の列車に運用体系が変更する拠点駅だ。青梅の都営バスは後にしておいて、まずはこの四季彩について紹介する。

奥多摩四季彩1ユニットサッシの四季彩この四季彩は、2001年に201系車両4両を改造する形で登場した。運転されるのは、多摩川の上流部を走る山岳区間の青梅〜奥多摩間だ。運用の都合で立川まで来ることもあった。時には臨時列車で、川崎〜奥多摩間や大宮〜奥多摩間、もしくは小仏峠を越えて、河口湖方面の列車に使われたこともあった。

作者が初めて乗車したのは、2002年にJR八王子支社でスタンプラリーが行われたときに、青梅線の奥多摩駅がチェックポイントで、その時に青梅〜奥多摩間で乗車した。それ以外でも数回乗車しているが、特に覚えているのが2年前に大宮〜立川間で大宮〜奥多摩間の臨時列車でも乗車した。これがなぜ記憶に残っているかと言えば、この車両で荒川を越えているのだ。(武蔵野線の西浦和〜北朝霞間で荒川を越えるため)

四季彩クロス四季彩の窓4両のうち3両は、川側(南側)をボックスシートにして、一番奥多摩側の1両は川が見えるようなロングシートの座席配置になっている。さらに窓の形状にも注目すると、川側の窓は大きくなっており、熱線吸収ガラスを使った大窓になっている。色はオレンジ色一色だった201系とは対照的に、白ベースで、車体には1両毎に季節の絵がかかれている。春の1両目は桜、夏の2両目は蓮華ショウマなどのようだ。デビュー当初は、1両毎に違う塗装だった。

紙の路線図青梅線この201系四季彩には青梅線では唯一となった紙の路線図が残っていた。特にこの青梅線・五日市線の路線図は、立川〜奥多摩間と拝島〜武蔵五日市間だけが書かれている。やはり紙の路線は必要不可欠なものだ。

今日、腰をかけるのはボックスシートの車両だ。青梅線は青梅駅を出ると多摩川の上流に接近するう形で走り出す。段々平地が狭くなっていく。青梅は扇状地の先端でもあり、山と平野の境目だからだ。宮ノ平駅、梅で有名な吉野梅郷の最寄り駅・日向和田駅を通過する。この辺りの青梅線は、集落ごとに駅があり、石神前・二俣尾・軍畑・沢井などの駅を通過する。車窓右側は崖だが、左側には多摩川の作り出す渓谷や山の美しい風景が拡がる。ここが東京都なのかと思うくらいだ。

そして御嶽駅に到着する。ここは御岳山の最寄り駅で、いつかの関東の駅百選のスタンプラリーで訪問をした。この駅の駅舎は、御嶽神社をイメージしている。今日は土曜で晴れているので、キャンプ客や川遊びの親子連れなどが多い。

川井駅

川井駅の到着前に、多摩川に架かる奥多摩大橋のつり橋が目を引いた。このような撮影ができるのは、四季彩のボックスシートならではだろう。そして、いかにも山に登っているのだという感じのモーターの音と扉開閉時の空気圧など全てが201系が奏でていた音だ。201系の通勤だけでないマルチな活躍がこの四季彩では味わえる。通勤車両もここまで変身ができるのかと思った。この改造は傑作だろう。古里駅、鳩ノ巣駅と通過すると奥多摩の山が深くなっていく。特に鳩ノ巣駅は、駅にあじさいが咲いていてとても雰囲気がよかった。白丸駅を通過すると最後はトンネルを越える。そして終点の奥多摩駅に着く。

奥多摩駅舎奥多摩駅に到着する。この駅の特徴はなんと言っても山小屋風の駅舎だろう。初めて訪れたのは、関東の駅百選のスタンプラリーのときだった。ここは東京都の中では最も西端に駅がある。ここに初めて降り立つと、空気の奇麗さの開放感だけでなく、よく東京都の西端まで来たなという遠くに来たなという感じがある。増してや東京都の東端の方が出身であれば、そのように感じるのは尚更だ。ここではわさびソフトを駅で買う。奥多摩はわさびが名物だからだそうだ。

多摩川の渓谷多摩川の眺め2しばらくして温泉と河原へと向かう。多摩川は世田谷区や大田区などでの風景とは全く違う。川の上流と下流とでは全く違う景色が楽しめる。川は景色を変えてくれる存在なので私は大好きだ。多摩川は、東京から西の方面へ行くときは、日常生活との非日常生活の地理的な境界線であるがここの多摩川は自然の恵みがたっぷり伝わった川に変わる。

鳩ノ巣駅

鳩ノ巣の四季彩奥多摩で温泉を味わった後は、帰りも四季彩に乗るが、先程気になった鳩ノ巣駅で途中下車することにする。この駅も多摩川の渓谷の近くに駅がある。今日は登山客などが多い。この先にはトンネルがある。この鳩ノ巣駅からは、一番奥多摩よりの川向けのロングシートの座席に座る。このような川向けの座席があるのは、飯山線の信濃川・千曲川に沿って走るキハ110形の車両も同様だ。川や山の景色は素晴らしく、沿線を売り出す為のよい観光資源になるからだ。私が四季彩を何度も乗りに行ったのは、このような景色に見せられたのは言うまでもない。

二俣尾駅と四季彩

川向けの座席で青梅まで山を降り、最後は青梅〜御嶽間でアンコール乗車をする。御嶽駅の駅舎をバックにしたかったが、時間の都合でそれはできなかった。しかし最後に青梅〜御嶽間で乗車した四季彩は停車時間が長く、宮ノ平と二俣尾で数分停車した。

201系は前述の通り、通勤車両であるが、一色塗りの車体やガングロフェイスなどがやはりマッチしている。中央線だけでなく、この青梅線・四季彩からの引退は残念であるが、長きに渡り青梅線で走った201系は記憶に残るだろう。本来は朱いオレンジの特別編にするべきであるが、今日は四季彩をピックアップし、それが多摩川の眺めを魅了したので、多摩川レコードという名前に変更してお届けした。最終運転は7月20日。それまでは、三鷹〜笹子間などの団体専用の臨時列車で走るようだ。最終運転のその日まで無事で走ってもらいたいものだ。

多摩川レコード

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梅雨の中休みが土曜日で嬉しい。今日はこれを追いに奥多摩までやってきた。都区内よりも五度くらい涼しい。

京成青電の思い出話

3300系の快速いよいよ来週火曜日の30日に運転が行われる京成の3300形の青電塗装。作者が青電塗装を見るのは、1988年の京成最後の青電の210・2100形のさよなら運転以来、21年ぶりだ。最後の青電の210・2100形の最後の運転時の21年前の運転時に覚えていることや210・2100形の最後の時代がどのような時代だったか少し思い出して書いてみる。

私が京成を思い立ったときは、すべての車両が今年の9月頃に再登場するファイアーオレンジの塗装だった。青電の塗装が走っていたのは、作者が生まれて間もない時期だったかもしれない。ただ、この時代は京成沿線でなく、出生した西武池袋線の沿線に住んでいたので、京成に乗ることもあまり多くなかった。そのため、実は記憶に残っていることはほとんどない。

京成の青電は、1960年の都営浅草線の乗り入れ前に製造され、レールの幅が馬車軌で登場し(今から50年前の1959年まで京成はレール幅が馬車軌だった。のちにこの車両も標準軌対応になる)、京成線内だけで使われた。特に浅草線の乗り入れの拡大ならびに通勤輸送の強化で、徐々に減少し、新京成電鉄に移った車両もある。その中には、京成初のカルダン駆動の車両である、運転取扱の難しかったことで知られる750形や京成最後のつりかけモーター車の510形などもいた。最後の青電塗装は、行商専用車として1982年まで存在した704番と2204番だった。ちなみに京成ではその1982年までは行商専用列車が存在していた。行商専用の車両は今でも存在している。

以前も書いたことがあるかもしれないが、作者は地元で身近につりかけモーター車両の音を聞いたことがない。それは、上述のように510形が1980年に廃車になり、青電が走っていた時代の記憶があまりないことと一致するからだ。

めくり板そんな青電をよく知らない世代の作者であるが、青電の色を初めて認識し、生で見たのが1988年の210・2100形のその塗装での復活運転だった。

その210・2100形自体も1982年以降は、唯一の青電になるものの、塗装がファイアーオレンジだった。作者はこれは当時の感覚からすれば「ただの片開きドアの車両で、前面にいろいろな形の行き先表示がある=いわゆるめくり板」という感じで、当時の3000形などと変わらないように見ていた。ただ、一つ誤解しており、当時の京成には、ドア窓がやたらと高い位置にある車両がおり、この車両が青電の210・2100形ではないかと思った。しかし、これは正しくは3100形の1編成だった。乗車に関しては、何回かは確実にしたことがあると思う。しかし当時の乏しい感覚からすればよくわからなかった。これは3000形などの赤電と変わらないと思った。

ちなみに210・2100形の末期には、同車両は青電専用のダイヤが組まれ、赤電の場合、上野〜青戸間は各駅停車で19分で結んでいるが(今でもほぼ同時間)、この青電は数分長い20分以上かかっていたそうだ。やはり、性能が古いだけでなく、京成の赤電がすべてモーター車両で、青電がモーター車両が少ないことを考えれば、それはしょうがないかもしれない。

1988年に青電の色で210・2100形を見たときは、ファイアーオレンジの赤電に慣れただけあって、何この色?渋すぎるじゃないかと思った。しかし、作者の母だけは違った。この色を懐かしんでいたのだ。どうやら母が小さい時はこの塗装が、多かったそうなのだ。青電に関しては、やはり世代間の馴染みの差があるのかもしれない。しかし、その当時は違いが全くわからなかった車両も色が変われば違うのだと思った。

スカイライナー1070青戸青電として210・2100形は史上唯一高架の青砥駅、ならびに青砥〜高砂間の複々線を通過したことでも知られている。当時の青砥駅は、1985年に完全高架化が完成し、今のように3階の1・2番線が上り線、4階の3・4番線が下り線になった。つまり新しい駅舎になってまもなかったのだ。当時の青砥駅はとても近代的な駅舎で、このような近代的で立派な駅舎に渋い塗装の車両がよく入ったものだ子供心に感じた。それに青砥駅の寸前にあるあの大カーブも見事に越えていた。これも子供心に感動した。そんな青電であるが、30日に復活運転をするときはどのように感じるのだろうか。

代々木上原での写真から

c188f732.jpg556ff769.jpg482e4fd1.jpg

ある日、代々木上原で撮影した写真を公開する。1枚目の写真はJR203系、千代田線6000系、小田急5000系が並んでいる。とくに203系と小田急5000系は今後廃車が進むと思われる。この並びは四半世紀に渡り続いてきた。これが見られなくなる日もそう遠くないかもしれない。

2枚目の写真は、小田急の1000系。千代田線乗り入れ車両として約20年君臨してきたが、今年は4000系の増備が予定され、今後は地下鉄に乗り入れない可能性もある。

3枚目の写真は、朝夕に走るJR車両の柏行きの列車。柏行きは、東京メトロの車両の方が多く、JRの車両はあまり多くないように見える。柏という漢字一字の下にKASHIWAと7字のアルファベットが並ぶのもこの203系や207系だけに見られる。

先日姿を現した千代田線のJRのE233系の運転開始は、2009年9月と決まった。予定では今年に1本だけ製造し、あとは来年以降製造するようだ。

今の千代田線は激変を前に嵐の前の静けさと言う感じだ。特にこの路線は、私が思い立ったときから車両があまり変わっていないので、この当たり前の景色が見られなくなる可能性が高いからだ。

ecute日暮里オープン

aeb83d09.jpg本日、日暮里駅のコンコースにecute日暮里が完成した。和洋のスイーツや惣菜屋、弁当屋、コーヒーショップなどがある。すでに書店などは昨年の舎人ライナー開通を前後してオープンしているが更に増え、規模を大きくした。

高級志向のあるecuteであるが、ここは千円以内で買えるものも多いが、やはりいいものを販売している。一つ感じたことは、浅草や深川などで有名なスィ―ツが多くくずもちやこの町名物の羽二重団子、浅草名物のプリンなどもあった。

また、惣菜ではうなぎや穴子やかつなどもあった。これまでのecuteと違って、和のティストが強いように見えるのは地域柄そう感じるのかもしれない。日暮里駅は山手線・京浜東北線と京成線・常磐線の接続駅で利用者が多いものの、最近までは店舗が少なく、面白味のない駅だった。このような新しいスポットの登場で、乗換えなどが楽しくなりそうだ。それに日暮里駅は、京成のスカイライナー、常磐線のグリーン車など中距離需要も多いので、ここで食材を購入する楽しみも増えそうだ。

0bb153c2.jpg1b855641.jpgついでに京成の新高架駅の工事状況も見てきた。高架となる予定の下り線の構造物はできていた。駅舎も一応はできていた。新しい日暮里駅の象徴が完成し、更に工事も進んでいることで新AE形を迎える姿勢は着々と進んでいる。日暮里駅の特徴のある駅舎もまだまだ残っている。この日暮里駅は、昔から作者がJRと京成の車両を見る主要ポイントの一つだ。

日暮里駅は、昨年の日暮里・舎人ライナーの乗り入れ、来年以降は京成の新AE形の運行開始と大きな環境の変化が起こっている最中だ。日暮里駅がこれほど大きくなるのは、長年同駅を乗換えで愛用していた利用者には驚くばかりだ。今後も京成とJRの代表的な乗換駅として発展をして欲しい。

余談:京成とJRの乗り換え客の多い船橋駅も、京成船橋駅の高架下にnext船橋というユアエルムの新形態が3月にオープンした。特に今年は京成の主要乗換駅の駅環境が変わりそうだ。

湘南色 alive! 千葉の113系が湘南色に

東京駅での113系2

健在113系!!京成の青電塗装の復活で盛り上がる千葉地区であるが、JRも負けてはいない。なんとこの地区を走る113系車両が、青と肌色のスカ色から湘南色のオレンジと緑色の塗装になるそうなのだ。

それだけでない。久留里線には、キハ30形が、クリーム色と朱色の国鉄塗装になって7月4日から走るのだ。今年は、旧塗装の多いベイエリア(千葉)の鉄道から目が離せない!!

しかし、この地域に湘南色の車両は、なんだかミスマッチな気がする。この地域のスカ色は、海と砂浜の色なのであっていたような気がする。湘南色は確かに一番標準的な色で華やかな色?かもしれないが、千葉を走る湘南色はどう感じるのか・・・。しかしこの千葉を走る113系が元々東海道線を走っていたことを考えれば、この前歴に敬意するのかもしれない。

余談であるが、千葉のラジオ局bayfmは今年開局から20周年を迎えるので、bayfmの20周年を鉄道が祝っているようだ・・・。今年の新潟から持ってきたC57のSLからそれは始まっているようだ。

京成・青電復活列車運転へ

c5d6bfa7.jpg京成3300形の3356Fが青電塗装になって出場してから3週間が経過した。これまで何の音沙汰もなく、どうなるのかと思ったが、ついに青電復活列車の全容が明らかになった。(京成のホームページより)

6月30日の京成創立100周年記念日に、上野〜金町間の臨時特急で走る。運転時間帯は平日の昼間だ。停車駅は、日暮里・青戸・高砂・柴又となる。この記念列車には、上野駅で30日の10時から13時の間に発売される記念乗車券(310円・1000枚限定)だけでなく、普通乗車券でも乗ることができる。

ついに、その全容を明らかにした京成3300系の青電塗装。京成設立100周年の記念日にスペシャルトレインとして走ることになった。そして、驚くべきニュースが2本も入った。

京成赤電38月には2年前の3298F同様の赤電塗装の復活が予定されている。

そして、9月には1980年代から90年代初頭の京成を彩ったあのファイアーオレンジの塗装の列車が走る予定なのだ。

両方ともステンレスでない3300形になるのだろう。それ以外の車両は考えられない。

なんと京成3300形だけで、1990年代まで走った塗装が総揃いするのだ。特に赤電青電塗装がファイアーオレンジになった1980年から81年頃の京成線が再現するのだ。

ファイアーオレンジの塗装は、作者が幼少から小学生のときに京成に思い立ったときからの塗装だったので、本当に小さいときの自分が甦るようだ。赤電と青電は、リアルで見たことは少ないが、古き良き京成を再現するようなこのような3300系の企画にはとても楽しみにしたい。

東西線の新車は15000系

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今年度から導入が予定されている東京メトロ東西線の新型車両は、15000系と決まった。(プレスリリースはこちらから)

この15000系車両は、05系の初期車両の置き換えならびにラッシュ時における乗降時間短縮を目指して投入されるさて、この車両の最大の特徴は、すべての車両をワイドドアにすることだ。ドアを500mm拡大させる。

それだけでなく、ドア上にはLCDモニターが設置される。それだけでなく、座席が以前よりもよいものに変わると書いてあるが、極めて悪評高い有楽町線副都心線用10000系のように直角に座らせるものでなければ幸いだまた、写真では白色LEDで西船橋と表示しているが、ついに東京メトロも白地のフルカラーLEDの車両を導入するのか。

車両ベースとしては、副都心線有楽町線の10000系がベースなのではないか。また05系の2004年に投入された40番台の番号の車両をベースにしていることから、両車両に共通する日立のA−Trainなのではないかと思う。

一応、この車両は、2010年の春から投入され、10両編成13本が2011年度までに入る予定だ。

なぜ、このような車両を投入するかといえば、東西線の東側区間は混雑率が極めて高く、実質日本一の混雑区間の山手線の新宿〜渋谷間よりも激しいことでも知られている。その中でも、西船橋・茅場町・大手町・飯田橋などの主要駅では乗降時間が長く、それが遅延の元にもなっている。この区間は、もうやり尽くしてしまった感じもある。ここでドアを大きくする車両を投入することで混雑緩和に踏み切るのではないか。

ただ、ワイドドア車両の場合は、座席数が少なくなり、座れるような時間・場所でも座れないこともある。その点で諸刃の剣なのではないか。

私は、なぜ東京では大阪で行われているような選択乗車の類が認められないのかが気になる。例えばこの場合、東西線西船橋駅以東(総武線・東葉高速鉄道)の利用者に、大手町までの定期を持っていれば東西線大手町駅だけでなく、大手町駅と隣接する総武線東京駅でも利用可能にする。飯田橋までの定期を持っていれば、東西線飯田橋駅だけでなく、総武線飯田橋駅の利用も可能にする。といった制度があれば、利用者も総武線や東西線に分散するのかもしれない。(総武線はその分、混雑が激しくなるかもしれないという諸刃の剣的な要素もある)

あとは、東葉高速鉄道・東西線と勝田台〜日本橋間で並行する京成・浅草線の健闘も祈りたい。京成の朝の浅草線直通特急は、確かに青戸の時点で200%以上の乗車率なので、混んでいるが、東西線よりもましだ。しかし、新AE形運転開始後の全面ダイヤ改正では通勤輸送の強化にも期待したい。

東西線の混雑緩和には、特に東西線に集中させない為に、多路線の方策も考えるべきではないか。今は集改札システムがパスモとスイカになったが、各路線が知恵を振り絞ってやる必要があるのではないか。特にこの路線への流入の多い西船橋以東は、総武線や京成線などがあるが、特に京成の利便性が悪く、それが総武線や東西線の混雑に影響しているので、それを逆手にとってもよいのではないかと思う。

祝・ブルーリボン賞受賞記念 2度目のMSE乗車記

mse新宿表まずは、この投稿は6月14日分であったが、先日の鉄道友の会ブルーリボン賞の受賞獲得を記念して、新たに6月16日分として再投稿する。

先日、鉄道友の会のブルーリボン賞を小田急の60000形MSEが受賞した。小田急ロマンスカーがこの称号を獲得するのは7度目だ。ロマンスカー8種類のうち、EXE以外すべての車両が受賞をしている。

私は小さい頃から鉄道友の会のブルーリボン賞・ローレル賞に興味があった。なぜならば、ブルーリボン賞の称号はその年を代表する鉄道車両だからというのがあるからだろう。西武のレッドアロー5000系、東武のスペーシア、京急の2000系、名鉄の7000系パノラマカーと8800系パノラマデラックス、そして京成のAE形、国鉄の0系や183系、どれも著名な車両だからだ。特にJRになってからは個性派揃いのJR九州の車両などが受賞している。国鉄時代は私鉄の方が多かった。果たして京成の新AE形は取れるのか・・・それも期待をしたい。

mse新宿裏そんなMSEであるが、先日、乗車をした。相鉄のイベントに参加したのであるが、新宿から小田急線に乗り、向かったのは大和であったが、新宿から小田急の急行に乗ろうかと思ったら、特急ホームに来たのは60000形ロマンスカーMSEだった。

昨年11月末以来約半年ぶりの乗車となる。新宿から乗るのは初めてだ。たまに新宿から臨時列車が入るくらいで、普段はあまり入らない。しかし今日はどういうわけだか、新宿〜小田原間のさがみにも入っていた。どうやらこのさがみ入りは、あじさいの名所として知られている開成駅に停車することが関係しているそうだ。ちなみに開成駅は、あじさいのシーズンに合わせて、特急列車が止まることもある。あじさいのシーズンにこのMSEは「まさにあじさいを見るにはふさわしい列車」と言ってもよいだろう。

表MSE作者2度目のMSEであるが、乗った感想は、座席のクッションなどが薄く、座席が少し硬くなっている事に気付いた。これまでのロマンスカーや特急列車は、座席のクッションが厚く、硬くもなくやわらかくもないであったが、MSEの座席はクッションの薄さだけが目立った。そして室内配色には、木目調を用い、床にはカーペットが敷いてあり、ロマンスカーの質としては過去の車両に比べて向上しているのではないか。

あとは、小田急の特急列車は、特急券を買わずに車内で購入した場合は、通常の特急料金よりも高くなるそうだ。

MSEとすれ違うときは、他の車両よりも強烈なインパクトを感じる。それは水色の一色塗りで、赤帯があるので目立ちやすいところがあるからだろう。

このロマンスカーは新百合ヶ丘・相模大野・本厚木と停車する。。今回の降車駅は相模大野だ。新百合ヶ丘も相模大野も過去には停車駅でなかったが、この10数年で停車駅も変わった。相模大野からは江ノ島線で大和へと向かう。

0a2cc16e.JPGこの車両は、小田急ロマンスカーのブランド力などを地下鉄千代田線などに波及させ、メトロはこねなどの週末運転の北千住〜箱根湯本間の列車や有楽町線にまで乗り入れたベイリゾートという不定期週末運転の新木場〜本厚木間の列車、そして平日の通勤客の味方のメトロホームウェイなどの北千住〜唐木田、大手町〜本厚木間の通勤特急にも導入した。そしてレジャーシーズンの特急さがみとしての新宿〜小田原間の列車と特急列車のあり方を大きく変えたと言ってもよいだろう。

今回で7度目になったこの称号の獲得、これは小田急ロマンスカーの人気の高さを示しただけでなく、固定的な運転区間を大きく覆したエポックメイキング的なところもあるのではないか。今年のブルーリボン賞は改めてそう感じさせた。

相鉄11000系デビューイベント

相鉄11000正面から2本並びの1100014日、神奈川県大和市の相鉄線・相模大塚駅での相鉄11000系デビュー記念のイベントに参加してきた。

この相模鉄道11000系は、JRの中央線や京浜東北線を走るE233系をベースにした私鉄版の車両だ。製造主はE233系を主に製造している東急車輛と新潟県の新津車両製作所になっている。相模鉄道は10000系車両も当時製造していたE231系をベースに製造しており、この例は2例目になる。

相模大塚の駅回り相鉄に乗るのは一昨年の6月以来2年ぶりだ。この相模大塚駅は、大和市であるが、すぐ南は広島出身の某女優と同じ名前の市の綾瀬市だ。その綾瀬市は、厚木基地の所在地であり、鉄道の走っていない市だ。この相模大塚駅は、線路の下を東名高速道路が通過し、特に静岡や名古屋、大阪方面などから高速バスで帰京する際に、この駅に停車している相鉄の車両を見ると、東京がだんだん近づいたなという感じがする場所だ。

11000のヘッドマーク表相鉄11000の裏約25分待ちで入ることができた。相鉄の11000系は10000系以来採用している水色黄色の帯を巻いている。おでこにライトがあるのは、E233系と同じだ。E233系同様に前面の表示はフルカラー式のLEDを採用している。行き先は、左にいる11002Fが急行海老名、11001Fが快速湘南台と表記している。11001Fの方は、ヘッドマークが付けられ、車内の広告も掲載されている。11001Fのヘッドマークは海老名・湘南台寄りは、赤のヘッドマーク、横浜よりは青のヘッドマークになっている。

サイドからの11000この車両と本家のE233系を比較すると丸みを帯びている印象がある。デザイン的には、E233系よりもこちらの方が好きだ。側面のドア窓の形も、運転室の隣にある小さな窓もどれをとってもデザインはE233系だ。もちろん窓ガラスがUV熱線吸収ガラスなのもそうだ。確かにE233系をベースにしていても車体をよく見てみると、細かな違いがあるのも見受けられる。

赤い相鉄これから室内を見学する。その前に、横浜方面から7000系のモデルチェンジ車が来た。これは今でも赤い相鉄のままの赤帯車両だ。この車両は前面がガングロで、昔はこの車両の顔が好きだった。というよりもこの車両は赤帯だからマッチしているだけで、新しい帯にはそんなに合わないような気がする。その隣にいるのは9000系車両で、帯がから水色黄色の新塗装になった。前回乗車した2年前に比べて、水色と黄色の塗装が次々増えたようだ。

11000の車内

相鉄11000LCD室内を見学する。ここで先に車内にいる仲間と合流する。室内は、やはりE233系と同じだ。しかし、ここにも細やかな違いがある。

まずは座席の色だ。中央線では茶色、京浜東北線・東海道線では青系の座席の色であったが、この車両は小豆色を採用している。10000系も小豆色であったので、座席の色は鉄道会社によって違うようだ。

相鉄11000ナンバー相鉄11000のLED車内はざっと見、E233系と同じであるが、つり革の色が違うことや網棚の形が違う。これは鉄道会社による違いがあるようだ。LCDモニターは、京浜東北線のE233系同様に横幅の大きなものを使っている。車内の番号表記などもE233系と同じだ。この車両は10両のうち5両ずつが東急車輛と新津車両製作所で作られた。まさにJR産の私鉄車両を表しているようだ。LEDの側面表示も撮影した。ここではなかったが、E233系同様に、上段は行き先、下段には停車駅や次の停車駅などを流す。

相鉄9000本日、同伴していた友人の話では、相鉄11000系は昨年末の完成からデビューをする今日まで随分時間がかかったのは、習熟運転に時間がかかったことや無線の障害などがあったからだそうだ。またE231系ベースの10000系は故障が多かったらしく、車両は共通設計でもやはりその鉄道線内独特の問題があるのだなということを感じさせた。10000系導入後に故障などが多かったことが、11000系の導入に時間がかかったのかもしれない。この車両の投入で代替となる5000系が廃車になったのは、4ヶ月も前であったが、その間は相鉄には予備車がほとんどなかったそうだ。そんな紆余曲折があって投入された11000系車両、私が見る機会は多くないかもしれないが、15日の営業運転開始から無事に走ってほしいものだ。

副都心線開通から1周年 その1

全身で見た10000系6月14日、地下鉄副都心線の開通から1周年を迎える。そこで、副都心線の開通から1周年を経過して感じたことなどを書いていく。

副都心線は、和光市〜渋谷間の路線であるが、和光市〜小竹向原間は実質有楽町線として扱うので、ここでは、小竹向原〜渋谷間のうち、とりわけ池袋〜渋谷間として扱う。その区間の状況はどうなのか。

東京メトロ10000系113日の日経新聞の首都圏経済欄によると副都心線の利用は約25万人だそうだ。利用者のうち45%が定期券利用者だそうだ。まずは予想の16万人を大幅にオーバーした。定期券比率が東京メトロの平均で56%に対して低くなっている。

確かに有楽町線をはじめ、都心部のオフィス街を通る地下鉄路線では定期券の利用率が高いのかもしれないが、この路線はオフィス街的な町並みではないので、あまり高くないのかもしれない。

各駅の流れを見ると、池袋の利用者が事前予測の47000人の2倍の95000人、新宿3丁目が49000人の7割増の87000人、渋谷が6割増の60000人の約10万人と軒並み予想を上回っている。ちなみにそれ以外の駅では雑司が谷は10000人と17000人を下回り、西早稲田は19000人と16000人を上回る、東新宿は13000人と16000人の予想を下回った、北参道は予想通り11000人、明治神宮前は20000人の予想が31000人になった。上回ったのは、池袋・新宿3丁目・渋谷以外には西早稲田と明治神宮前、北参道は予想通り、雑司が谷と東新宿は下回ってしまった。(斜字は首都圏経済欄より)

その中で、池袋は3月にエチカ池袋の開業により、人の流れを引き留めたそうだ。また、新宿3丁目駅に近い高島屋新宿店では、副都心線の開通後、埼玉県和光市や志木市、都内でも清瀬市や板橋区など副都心線ならびに乗り入れている西武池袋線・東武東上線沿線の利用者が増えているそうだ。(首都圏経済欄より)

新宿3丁目1西早稲田駅ホームこれを見ると、いかに副都心線が求心力の高い駅では多くの利用者を獲得し多様に見える。周辺駅との交通アクセスがよくなく、大学や高校などのある西早稲田では、利用者を増やした。しかし、目白駅ともあまり離れてなく、再開発も行われていない雑司ケ谷や駅が深く、それに接続する大江戸線の方が便利な東新宿、住宅地の中に駅がある北参道では少なくなったか、変わらない結果になったようだ。

また、高島屋のブランド力はやはり圧倒的だなと感じる。それが新宿3丁目駅と高島屋の利用者の増加だろう。池袋は、確かに東口のサンシャイン方面からは不便かもしれないが、これだけの利用を獲得したのは、西口の隆盛と多少不便でも新宿や渋谷の雑踏を避けるよりはましという考えからかもしれない。

渋谷駅は多くの利用者を集めたものの、駅に近い衣料品店の店員が「人通りや来店客は、開業前と変わらない。埼玉方面からの客は開業前より多い」そうだ。駅周辺で人の流れが変わったことは少ないそうだ。

渋谷駅の風景やはり、渋谷という街が求心力の高い町であることや半蔵門線や東急田園都市線、銀座線方面への利用者の乗換駅になっているのか?

渋谷の2線以外にも副都心線は、東新宿駅で大江戸線、新宿3丁目駅で丸ノ内線都営新宿線、明治神宮前駅で千代田線と接続しており、乗り換え需要が多いのだろうか。

2012年には東急東横線と副都心線が直通運転をする。その後は東横線沿線から新宿方面へも出やすくなる。更に渋谷の再開発も行われるそうだ。

東急東横線との乗り入れは、新宿などへの新しい需要を生み出す反面、渋谷では利用者をどう食い止めるかが問題になるだろう。しかし東横線自体が、渋谷発着というのがスタンダードになっているので、イメージはあまり変わらないかもしれない。

さて、併走する山手線は、実質日本一の混雑区間の山手線新宿〜渋谷間があり、この路線の開通で池袋〜渋谷間の利用が1日90000人が減ると見られていたが、実際は5月で80000人の減少に留まっている。やはり、山手線は新宿にしても渋谷にしても街の中心的な場所を走り、副都心線と違って偏っていない。それなので、今でも山手線でも便利な場所があるからだろう。(池袋東口や原宿では代々木体育館、明治神宮など)

第1回目は新聞記事に沿って書いていったが、第2回目では乗車した感想などをまとめたものを書いていく予定でいる。

西武・うるわしの夜

最近、西武の話題が少し減っているが、昨夜は久々に101系のサウンドを味わってきたので、ここに報告をする。

f1f44d5f.jpgまずは、第1走者は、池袋線の101系だ。池袋線も昨年の30000系の投入後、101系の優等列車が減少しており、優等列車で見るのは平日の朝夕くらいしかなくなった。

今日使用していたのは、通勤準急小手指行きだこの種別は、停車駅が池袋・練馬・大泉学園から先の各駅に停車する。急行などが止まる石神井公園を通過する。これは、利用者の多い大泉学園・保谷の両駅の利便性を向上させることや急行を混ませないために、このような停車駅にしているのではないか。種別色は、昨年まではだったが、昨年の種別色変更で、紺色になった。101系は、ドア周りにつり革がないのがやはりネックだ。しかし、練馬〜練馬高野台間の複々線で鳴り響かせるあの走行音は、この車両の特徴だ。ひばりが丘で飯能行きの急行に抜かれるが、混んでいる急行をよそ目に、こちらはだんだんすいてくる。ひばりが丘から先で聞く101系の音は、この車両の走行音と最もマッチしている場所だ。この車両の音はのどかな風景が似合っている。そして所沢で降りる。

c1b6f5e2.jpg所沢駅では、6000系のプロ野球セパ交流戦のヘッドマークのついた車両に出会う。今日、西武ドームでは、西武ライオンズと阪神タイガースの交流戦の試合が行われていた。特に西武球場前から来る列車は、西武ライオンズファンだけでなく阪神タイガースのファンも多く乗っていた。阪神タイガースは、特に熱いファン層で知られるが、今日は両チームとも熱かった気がする。特にセリーグのチームのファンの方が、西武ドームに訪れる機会は、この交流戦が中心になることだろう。それだから西武も鉄道から野球を盛り上げているような気がする。ちなみに交流戦期間中は、副都心線渋谷発は6000系、池袋発は30000系を使った臨時列車も走る。西武自慢の新車の30000系を使うのは、訪れることの少ないセリーグファンに取れば、よい演出になるだろう。

58175ffc.jpgお次は10000系レッドアローのつばさラッピングトレイン。放送開始から2ヵ月半、主演の多部未華子さんをはじめ、皆さん成長をしている。川越を舞台にしたこのドラマ、今後の展開にも注目したい。

その後新宿線の上りの2番線ホームには、本来来る反対の南側から2000系が来た。なぜ?と思ったら、西武球場前から西武新宿への臨時準急だったのだ。車内は西武ライオンズ・阪神タイガースのファンで一杯だった。所沢駅は、配線が面白く、池袋線下りは、北東から南西へ(上りは逆)、新宿線下りは南から北に入る。(のぼりは逆)、つまり南から来た池袋線の列車が、一回ここで進行方向を変えて、また南へ行くのだ。

所沢駅は、子供の頃からどうしてこんな配線なのか不思議だったが、新宿線の元の川越鉄道が南北に引き、池袋線の元の武蔵野鉄道がその南北に何とか東西から入りこんだのだ。

8eb07563.jpgその直後に、新宿線には101系の急行が来た。新宿線の101系の優等列車も平日の朝夜に数本走る。(急行は平日の夜は下り2本、上り1本走る。上り1本は準急)編成が4両+4両+2両という古くから西武で見られるような編成だった。固定編成にはない魅力がここにはある。やはり101系のあの音は郊外では響くが、都会ではそう響かない。なぜだろうか。

余談であるが、この列車が通過する前、新宿線下りホームに、101系の6両の回送が通過した。おそらく国分寺線での運用の回送だろう。通過した後のあのピュッという音も西武101系の一つの特徴だ。この音が聞けるのはいつまでなのか。久々に味わった西武線のうるわしの夜だった。

リバイバルかいじ?

cb9146f6.jpg新宿駅を通ったらこんな車両が姿を見せた。183系の特急かいじだ。

JR東日本・ツーデーパスの発売へ

あずさ257

JR東日本では、7月20日から31日までの夏休み期間と9月の土休日にツーデーパスを発売することになった。

この切符は、連続する2日間5000円で、JR東日本の関東圏内ならびに茨城県の鹿島臨海鉄道、長野県の上田電鉄など5つの会社が乗り放題で、特急料金を払えば新幹線や特急列車も乗ることが可能だ。北限が、東北線の場合は福島県の郡山、常磐線の場合はいわき、上越線は六日町、長野新幹線は上田、中央線は下諏訪となる。また磐越東線や磐越西線も乗ることができるので、郡山から会津若松まで行くことも可能だ。

183系のあずさこれは今はなきスーパーホリデーパスの事実上のリメイクともいえる。スーパーホリデーパスは、8年前惜しまれながらもなくなってしまったが、今回はスーパーホリデーパスよりも範囲が大きく、利用価値も大きいものなので、この発売は歓迎したいところだ。

このような切符を発売するにいたったのは、やはり高速料金の1000円や行楽需要の低迷などが一因なのではないか。

余談であるが、スーパーホリデーパスがあった時代は、スーパーホリデーパスでも行ける栃木県や茨城県、群馬県の北部のほうまでハイキングに利用する人が多かったそうだ。この切符の発売でどうなるかに期待をしたいところだ。

ワイドドア登場か?東西線05系の話題

9056b195.jpg今年の東京メトロの事業計画では東西線の05系にワイドドア車を新造導入するみたいだが、東西線の輸送力は逼迫しているのかまた増やすみたいだ。それとももう二十年経過した05系の初期車の置き換えなのか。05系で05系を置き換えるのは0系新幹線みたいだ。

東西線は、特に東側区間の混雑があまりにも激しく、複線での限界になっている。その為、ワイドドアにして、乗降時間の短縮を図るのだろうか。東側区間の混雑緩和のためにはこれしかないのか・・・。しかし、ワイドドアの車両は、昼間などに乗ると座席数が少なくなるので、長所短所がはっきりしている。またどういう番号の付け方をするのだろうか。素直に05系最後の番号の43番の次の44番からつけるのか、それとも51番からつけるのか?または07系として作るのか、それもわからないところだ。

東京メトロで一つお知らせ。あらかわ交通ノートでは6月14日の副都心線開通1周年を記念して、14日前後に特別企画を予定しているので、お楽しみに。

また、浅草線の色での表記が今日から、薄いピンクより少し濃いピンクに変わります。大江戸線は変わりません。

葛飾花菖蒲祭りのバス

64793446.JPG

葛飾の初夏の風物詩と言えば花菖蒲。区内では、堀切菖蒲園と水元公園などの花菖蒲の名所がある。せっかく荒川車庫まで行ったのだからここまで行ってみた。今年から堀切菖蒲園と水元公園、柴又帝釈天と区内の3つの名所をめぐるバスも運転しだしたので、その模様を中心に送る。

花菖蒲バス3ラッピングリア写真で写っているバスは、堀切菖蒲園に停車するバスだ。いつの間にか京成バスの金町車庫の車両に葛飾区の名所などをラッピングした車両が出たとは・・・。このバスはいすゞキュービックのノンステップバスだ。キュービックのノンステは、エルガに移行する前の過度的な車両なので数も多くない。ちなみに葛飾区・江戸川区を走る京成バスの大半がいすゞの車両だ。

ルート案内堀切バス停バスは堀切菖蒲園から水元のしばられ地蔵・柴又帝釈天を通り、堀切菖蒲園に戻るルートと同じく堀切菖蒲園を起点に柴又帝釈天・しばられ地蔵を通り、堀切菖蒲園に戻る路線がある。堀切菖蒲園のバス停は、荒川沿いの首都高の走る側道沿いにある。この辺りの道路は結構入り組んでいて、道路に入ることが複雑だからだ。ちなみに堀切菖蒲園の駅からバス停までも距離がある。

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特急あらかわ
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・特急あらかわの自己紹介
名前の由来は,荒川流域が作者の出身地なので名づけた。作者の荒川への思いなどを伝え,その名前を広める事にした。特急になったのは,あらかわという名前の列車が,栄光の花形列車になってほしいとの思いもある。

・鉄道では,生まれ育った京成線や西武線をはじめ,地下鉄(特に浅草線や千代田線や東西線),青春18きっぷの旅などをこよなく愛し,それらの思いなどを伝えている。
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