あらかわ交通ノート Arakawa Traffic Note

当ブログは鉄道を中心に,道路や水上交通のインフラ河川,地理などを主に取り上げるブログです。名前には,交通という言葉がついていますが,交通を中心に町や地域の事などを中心に取り上げていきます。中には鉄道や交通に対するディープな話題なども取り上げます。

佐久間レールパークの記事の紹介

ED1111月1日、静岡県浜松市(旧佐久間町)の飯田線中部天竜駅にある佐久間レールパークが閉鎖をする。

佐久間レールパークなきあとは、2011年の名古屋市に開館する予定のJR東海博物館に展示車両が移設する予定だ。

このあらかわ交通ノートでの佐久間レールパークの記事を紹介します。作者は、今年の4月4日に佐久間レールパークを訪問をしているので、この模様を4月のあらかわ交通ノートでは取り上げた。その記事をここでは紹介をする。

1・佐久間レールパーク訪問記1 懐かしい電車に会う  2009年4月8日分

佐久間レールパークに展示をされている旧形国電や電車の紹介。

2・佐久間レールパーク訪問記2 気動車と電気機関車に会う  2009年4月10日分

4月の車内公開で展示されたキハ48000型の車内公開の様子や電気機関車の紹介など

3・佐久間レールパーク訪問記3 客車たちを見る  2009年4月10日分

旧型客車を外から見た様子を伝えた。

4・佐久間レールパーク訪問記4 レールパーク号乗車記など  2009年4月12日分

佐久間レールパークの展示室の内部と中部天竜〜豊橋間を走った117系の佐久間レールパーク号の乗車記

181しなのクモハ52明日と明後日は、月毎に公開をしていたすべての車両が公開される予定だ。それは4月のキハ48000型だけでなく、6月のキハ181形、9月の111系、10月のクモハ52型などもみられる。キハ181形やクモハ52形は気になる車両だから見に行きたいけど、混雑が懸念されそうだ・・・

この佐久間レールパークの面白いところは、昭和時代の車両が一堂に集結し、古い時代の鉄道を身近に感じさせるところにあるのだろう。確かに鉄道博物館の特急車両に比べると少し地味な所もあるが、レトロさを感じさせるという点ではさまざまな勉強になった。知らない時代のことを知ることができた。

キハ75形この佐久間レールパークの最終開館日に合わせて11月1日には、豊橋〜中部天竜間には数多くの佐久間レールパークフィナーレ号という臨時列車が走る予定だ。その中でも、快速みえなどで使用をしているキハ75形などを使った臨時列車も走る予定だ。特に飯田線をディーゼルカーが走る姿は貴重かもしれない。ともあれ、明後日の閉館まで無事であってほしい。

 

京成の新旧3050形

611780d1.jpg京成3668 先日、愛知県の豊川の日本車輛から逗子の東急車輛へと第2編成が回送された京成の3050形であるが、28・29日と金沢八景から宗吾参道の間で甲種回送が行われたそうだ。私は多忙などで見に行くことができなかったが、私の友人が京急線内で撮影した3050形の写真をこちらでは掲載します。28日は上野側の4両、29日には成田空港側の4両が回送された。今回も、3600形の6両編成のターボ搭載車両が牽引にあたった。

京成の3050形は成田新高速鉄道の開通までに合計6編成が増備される予定だ。予想では、8両編成でこの成田空港発着の一般特急を中心にその他の時間帯は上野〜船橋〜成田空港の特急や浅草線直通の特急(快速特急など)にも使われることを作者は予想をしている。

3050形と言えば、その昔は、1960年の都営浅草線(当時は1号線という名称だった)乗り入れを前に、その前年の1959年に標準軌で初めて生産された赤電の車両としても知られている。前年に馬車軌で登場をした旧3000形に続いての車両生産となり、1995年までの約35年間京成線を駆け抜けた車両だ。この車両のデビューから奇しくも50年となった今年、同じ番号の車両が京成としては浅草線乗り入れに並ぶ大型プロジェクトの成田空港への新路線開通・高速化という新しい時代の車両として生まれることになった。これはまさに歴史の偶然という言葉でしか言いようがないだろう。

旧3050形(ここからこの車両のことは旧3050形と表記する)は冷房改造が後回しになり、1990年頃までめくり板を装備していたが、最後の数年は、種別幕と行き先幕をつけて走っていた。外見が当時活躍していた3100形とも似ていて、旧3050形とあまり区別がつかなかったことも多かった。運用は特急から各駅停車まで幅広く使われ、特にめくり板の時代の優等列車は、六角形の特急、丸の急行などの種別板を前面に出し、誇らしく走っていた。それに片開きドアで、車内は窓が大きく開放感があった。車内の色は、旧3000形同様に小豆色の車内だった。しかしドア上の旧3000形と同じく広告の枠が小さく、それが古い車両を思わせるものだった。

keisei 3300 takasago2京成3300ファイアー青戸この車両の塗装は、現在3300形の3324Fが纏っているツートンの赤電を初めて新製時から採用をした。(※1)1980年代以降は3312Fが纏っているファイアーオレンジの塗装に変わった。1993年から採用している現在の京成の塗装には、この車両は1両も纏わなかった。そして忘れてはならないのが、完全廃車前の1994年秋にツートンの塗装で、リバイバル運転を行ったことだろう。このツートンのリバイバル塗装の第1回目となったのがこの旧3050形だった。94年のリバイバル塗装のときは、始発から終点までずっとこの旧3050形に乗っていた覚えがある。

旧3050形の廃車から15年、姿形を変えて新しい活躍をするこの車両に期待をしたいものだ。

旧3050形の写真はありませんでした。こちらは申し訳ありません。

※1 旧3000形は、デビュー時は現在3356Fが纏っている青電塗装でデビューをし、のちにツートンの赤電に変わった。

新幹線とバスで行く新横浜

9a03ce7f.JPG 10月14日、作者は、新横浜へと足を運んだ。その理由は、横浜アリーナで行われた広島出身の3人組の歌手のライブを見に行くためだ。なお、この広島出身の3人組の歌手のライブへ行くのは今年の8月の新潟に続いて2度目だ。(新潟への道中の内容はこちらです)

行きは東京〜新横浜間で新幹線で乗車をした。今回、新横浜まで乗車をしたのは、JR西日本所属の700系だった。私は700系の中でもこっちのほうが好きだ。一度、岡山⇒東京間でのぞみで乗車をしたことがあるので今日の乗車は2度目だ。

西の700系本当は新横浜くらいだったら自由席の多いこだまで行こうかと考えていたが、西日本の700系車両のほうがよいと思い、自由席は少なくてもこれに乗ることにした。東海の700系と西日本の700系の違いは、東海の700系は、明るめの色の配色に対して、西日本の700系が落ち着いた濃い色の配色だからだ。全体的に山陽新幹線のひかりレールスターの自由席のコンセプトをこの西日本の700系では受け継いでいる。また側面の表示が、西日本の700系ではLEDになっている。全体的にJR西日本の車両のイメージをそのまま出しているのだ。この西日本の700系が好きなのは、居住性の高さに理由があるからだ。

今、この会社は脱線事故の情報漏えいなどの不祥事に揺れているが、車両面に関しては相変わらず評価が高い。

dc9803b8.JPG

東京駅では700系の向かいに500系が博多行きののぞみとして停車をしていた。これからライブを見る3人組の歌手の出身地の広島も通る。500系の東海道新幹線乗り入れは11月の半ばからは1日1往復だけになる。隣には東北新幹線のE2系も止まっている。1997年にデビューをした同士の新幹線の顔が並ぶのはあとわずかになった。

夕方という時間帯もあり、自由席は満席だ。東京駅から20数分で新横浜駅に着く。しかしながら東京・品川〜新横浜間と乗車する人も多い。この新幹線は新大阪へと向かう。

新横浜駅新横浜駅は、在来線で行くと乗り換えが多く、結構行きにくいこともある。増してや東京都心部の東側からの場合は尚更そう感じる。(西側からであれば、東急東横線で渋谷から菊名まで出て、菊名から新横浜まで行く方法もできる)新横浜駅は、2008年3月のダイヤ改正以降は全ての新幹線が停車するようになった。また関東の駅百選にもこの駅は選定されている。

新横浜からの帰りは、新横浜から東急田園都市線溝の口駅・南武線武蔵溝ノ口駅までの第三京浜を通る路線バスに乗車をした。

このバス以外にはどの手段があったかといえば、横浜線で菊名まで行き、菊名から東横線、横浜線で町田まで行き、町田から小田急で新宿というのもあった。それ以外にもあざみ野まで横浜市営地下鉄ブルーラインで行き、あざみ野から田園都市線というのもあった。

7ebed1dc.JPG新横浜〜溝の口間のバスに乗ったのも、確実に座りたかったからだ。一度横浜アリーナへ行ったときに、帰りにこのバスに乗った覚えがある。(当時の自宅は、溝の口から自宅まで田園都市線・半蔵門線に乗れば、乗り換え1回で済んだこともあった)この路線バスは、新横浜と溝の口を結ぶことで、東急田園都市線の多摩川から都内側を中心とした地域や南武線の沿線から新横浜駅へ行く利便性を高めている。南武線の沿線は、新横浜駅など東海道新幹線の駅へ行くには、案外不便だからだ。

このバスの車両は、座席が少しリクライニングができるいわゆるワンロマというバスが使われる。もちろん吊り革などはない。なぜならこのバス路線は全席定員制だからだ。理由は、このバス路線が、高速道路を通るからだ。新横浜駅からは、途中2002年サッカーワールドカップの決勝の舞台で、横浜Fマリノスの本拠地の横浜国際総合競技場(日産スタジアム)の近くでも乗降を行う。ここはサッカーだけでなく、コンサートも行われ、横浜アリーナと並ぶ新横浜の2大集客施設だ。

第3京浜の港北インターチェンジが新横浜駅と近いので、ここから高速道路に乗る。この路線は、高速道路を使用をした路線バスなのだ。鉄道では行きにくいところを届かせているような路線だ。高速道路での一般バス走行というと、都バスでは昔はあったが今はない。第三京浜は高速道路で80kmくらいの速度を出す。港北インターから7〜8分で、京浜川崎インターに着く。ここで降り、また10分くらいして(武蔵)溝の口駅に着いた。新横浜からの所要時間は約30分だった。値段は400円で、suicaなどでも乗車ができる。混雑している列車とは裏腹に快適に変えることができた。溝の口からは、東急田園都市線などに乗って自宅に帰ることにした。

ある朝の三ノ輪橋での光景

c6ce38c3.JPG

ここは都電荒川線の終点の停留所の三ノ輪橋だ。ここは関東の駅百選に選ばれた停留所だ。

その三ノ輪橋にある日の朝、このような光景を目撃をした。最新鋭の8800形車両と旧塗装に塗られている7000形の7022Fがここに並んだのだ。これだけみると都電荒川線の色が何色かどうかわからなくなっている。しかし、古い色と最新の色の並びを撮れたのは偶然ともいえよう。私はいまだに8800形には乗車をしたことがない。色が沿線に咲き誇るバラをイメージをしているようだ。

三ノ輪プレートプレートと7500この三ノ輪橋停留所は関東の駅百選にも選定されたのは前述のとおりだ。ここはバラが咲き誇る停留所として選ばれた。確か関東の駅百選のスタンプは、荒川車庫にあった覚えがある。三ノ輪橋停留所は、日比谷線三ノ輪駅からも歩いて5分、常磐線・つくばエクスプレス南千住駅からは歩いて10分以上かかる。三ノ輪橋の橋は、かつてあった石神井川の支流音無川の橋がこの辺りにあったからだそうだ。なので三ノ輪橋という橋の名前の地名だけが残っている。

minowa8800ちなみに荒川という自治体で関東の駅百選に選ばれたのは、先日紹介した埼玉県旧荒川村の三峰口駅と東京都荒川区のこの停留所だけだ。荒川村は秩父市に合併してしまったので、この駅が荒川という自治体名で唯一の選定地になってしまった。

都電荒川線は、つりかけモーターの車両が今でも走り、さらに9000形のようなレトロ車両をイメージした車両、8800形のような先進的な車両もあり、今後もいろいろな車両に会えそうだ。

紅白の並びが実現?〜10月の京成赤電を撮る〜

10月17日の新京成電鉄のイベントに、前後する形で京成の3300形の赤電を乗車・撮影をしたので、その模様をお届けする。

京成3300ツートン高砂1017京成3300赤電ツートン金町17日の京成の3300形は、ツートンの赤電が一日中高砂〜金町間の運用に入り、ファイアーオレンジの赤電は、千葉線の津田沼〜ちはら台間を走っていた。青電は朝早い時間帯に高砂の車庫に入庫してしまったようだ。まずは、新京成のイベントに行く途中で、高砂〜金町間でこのツートンの赤電に乗車をした。3300形のツートンの赤電でこの区間に乗車をするのは初めてだ。もちろん、この塗装での3050形・3200形の片開きドアでのリバイバル運転の時には乗車をしている。

(前にこのツートンになった3200形片開きドアの記事は2007年1月22日分2007年2月25日分 そして開運号のリバイバルの2007年1月28日分などにあります)

新京成の車庫見学後、くぬぎ山から津田沼方面へと向かった。その目的は、千葉線にファイアーオレンジが走っていたので、ファイアーオレンジを追うことにしたのだ。

京成ファイアーオレンジ津田沼2京成ファイアーオレンジ津田沼京成津田沼駅で待つこと数十分、3300形のファイアーオレンジが来たのだ。京成の3300形のファイアーオレンジの時代には、ちはら台までの列車はなかった。(その当時は千原線は千葉急行で、大森台が終点だった)昼間の時間帯の千葉線・千原線は京成津田沼駅では5番線から発車する。

ファイアーオレンジとフルカラー3002京成3002F4番線には、特急の待避をする各駅停車のうすい行きが停車している。この各駅停車うすい行きには、先日フルカラーLEDになった3000形の3002Fが止まっていたのだ。ファイアーオレンジの車両とフルカラーLEDの京成の今の話題の車両が2つここで並んだのだ。一方は、もう一方はとここで紅白の模様を演じているのだ。2009年版京成紅白の共演と言ってもいいような並びだ。

話は違うが、3050形の第2編成(3052F)の愛知県豊川の日本車輛からの回送も先日行われ、来月には3本目も予定されるそうだ。これらが増備されると3300形の行方はどうなるものか。噂では、成田高速鉄道開通後の運用増加分だから、3300形や3500形の未更新車両には影響が出ないという話もあるが、そればかりはわからない。ただ3050形が3300形などに影響を与えるのは確かだ。

・この記事は、10月17日分の「アド街・柴又を前に」の記事を改修する形で、10月17日の赤電の記録として再編集をしました。

秩父秋物語2 秩父鉄道に完全に乗る

2afc354d.JPG

10月10日の秩父秋物語であるが、その第2弾をここでは書く。

前の作では道の駅「あらかわ」を訪問後、作者は武州日野駅へと向かう。武州日野駅への途中に荒川に架かる荒川橋と日野鷺橋の二つの橋からの荒川の景観を楽しむ。上流(秩父湖方面)は渓谷として谷が深まり、下流(長瀞・葛飾方面)は平地が広くなっていく。このあたりは上流下流がはっきりわかるようだ。

秩父鉄道オレンジ武州日野駅も旧荒川村にある。ここからは秩父鉄道に乗る。ここで来た車両は、16時31分発の初乗車となる7000系車両だ。線路の向かいにはオレンジの1000系も停車している。

7000系は主に田園都市線で走っている東急8500系の初期車両が5000系の投入で廃車になったものを購入した。田園都市線でもこの車両は依然として健在で、地下鉄半蔵門線や東武伊勢崎線にも乗り入れている。埼玉県でも東武伊勢崎線に続き、2路線目の活躍になる。この7001Fはつい最近までは、先日まで埼玉県を舞台にして放送されていたNHKの連続テレビ小説つばさのラッピング車両だった。

秩父鉄道7000系7000系に乗った感想は、これまでの主力の1000系に比べればなんと静かな車両なのかと思った。しかも田園都市線・半蔵門線で乗車しているのとは同じ車両なの?と本気で思った。前者は1000系が国鉄の101系から見ると経年45年以上で、通勤型車両の草創期の車両だったので、技術も古いものがあるのはある面仕方がない。後者は、田園都市線や半蔵門線は、一区間距離が短く、高加減性能が求められる。この秩父鉄道では、一区間距離は短くなく、高加減性能もあまり要しないので、性能が発揮されないので、そう思うのかもしれない。

この車両に御花畑・秩父・和銅黒谷・皆野と荒川に沿う形で北に向かう。標高も下げていく。親鼻と上長瀞の間で荒川の最上流に架かる鉄橋を超える。この車両で荒川を越えるのは初めてだ。この車両のタネ車の東急8500系は半蔵門線経由で東武伊勢崎線に乗り入れ、北千住〜小菅間で荒川を越える。同じ車両が二箇所で荒川を越えるのだ。荒川とは縁の薄かった東急の車両が荒川をこえるようになったのも時代の流れかもしれない。

やがて連続テレビ小説つばさのロケ地にもなり、関東の駅百選にも選ばれた長瀞駅を通過する。ここでは1000系の水色の車両にも出会う。今日は1000系の7種類すべての車両が出ている。ここからは荒川の渓谷に沿って走っていく。この渓谷は秩父の山と関東平野の境界線といえよう。

夕日の秩父鉄道の小豆1夕日の秩父鉄道の小豆2そして寄居駅に着く。いったんこの駅で降りる。ここからは、乗った列車の12分後に到着をする。急行秩父路に乗車をする。この寄居駅では、向かいには、あずき色の1000系が来た。紫色の夕焼けに映える1000系を撮ってみた。もうこの時間帯が日が落ちる時間になったようだ。寄居駅からは急行秩父路に乗る。寄居駅を境に秩父鉄道の風景は一変する。これまでは荒川の谷沿いの風景であったが、この辺りからは荒川の扇状地に地形が変わるとともに、風景には広い関東平野が現れ、水田などが目立つようになる。この風景の劇的な変化ぶりも秩父鉄道の面白いところだろう。

秩父路の6000系急行秩父路には西武の101系を改造した6000系が使われている。西武時代の独特の走行音は健在だ。この音を鳴らしながら走る姿は、西武でもあるが、西武時代のようなキレがあまり感じなかったような気もする。この車両は西武時代は3ドアの車両であったが、2ドアに改造され、座席も西武の10000系レッドアローの更新前の座席を使っている。まさに秩父鉄道でありながら、味は西武の車両なのだ。座席も向い合せになっている。本当に京急2000形と真逆のことをしたのだ。風景は暗くなったのであまり見えなかったが、荒川の橋の中ではトップクラスの長さを誇る押切橋の下などを越え、熊谷を目指す。上越新幹線の橋桁に沿って走れば、熊谷駅は近い。地元のデパート・八木橋百貨店の看板も新しいものに変わった。熊谷で下車する。向かいには寄居まで乗っていた7000系が止まっている。

急行秩父路は200円の急行料金を要するが、寄居駅では時間ぎりぎりだったので買えず、車内でも検札がなく(ワンマンなのでしょうがないか)、どこで急行料金を払ったかといえば、熊谷駅の駅係員に払ったのだ。この急行秩父路に乗るのは200円を要する。これは速達代としての200円だそうだ。まあ、西武の特急型車両の座席に座れることを考えれば、ただで座るのはちょっと惜しいかもしれない。

秩父7000系熊谷熊谷のカナリア熊谷からは、羽生へと向かう。実は秩父鉄道の熊谷〜羽生間は埼玉県の鉄道では唯一の未乗車区間だったのだ。熊谷駅には、さっきあらかわの道の駅で見たカナリヤの1000系が止まっている。写真の7000系とカナリヤ以外では、5000系車両(元・都営三田線6000系車両)が駅の外の側線に3本が留置していた。今日の主役は1000系のようだ。熊谷駅で羽生方面の列車は、高校生や中学生で埋まっている。来たのはオリジナルの1000系だった。

秩父鉄道1000系オレンジ羽生秩父鉄道1000系羽生この区間は、これまでの秩父鉄道の区間とは全く違う。貨物列車が来ないのだ。それくらい秩父鉄道といえば貨物なのだ。しかし貨物ではないが、東武鉄道が東上線と伊勢崎線系統で車両の異動や検査がある時や東武鉄道の新型車両が熊谷貨物ターミナルから伊勢崎線系統に運ばれるときは、この区間を走る。この区間は、秩父鉄道でありながら東武色も濃い地域なのだ。車両がガタガタガタガタ揺れる。座席も車内も昔のままだ。風景は見えなかったが羽生駅に着く。これで秩父鉄道を全区間乗りとおすことができた。羽生まで来れば秩父というイメージがあまり強くない。この秩父鉄道自体が埼玉県の都市間を結ぶ環状鉄道のようなイメージもする。特に東武鉄道にとればこの区間が重要なことがよくわかる気もする。

余談であるが秩父鉄道の駅にはなぜかアフラックのポスターが多く、それも篤姫の主演で有名な某女優のポスターがいろいろな駅に貼ってある。

東武30000二子新地羽生からはバスでイオン羽生へと向かい、食事後に東武伊勢崎線経由で帰京する。羽生〜久喜間は30000系に乗り、久喜からは半蔵門線直通の東急の5000系に乗った。一度越えた荒川であったが。東武伊勢崎線の小菅〜北千住間で越え、先ほど、秩父鉄道線内で、東急8500系の譲渡車の7000系で越えたので、今日は2度の荒川越えはともに東急の車両だったのだ。

続きを読む

秩父 秋物語1 道の駅あらかわを訪れて

608e0f7c.JPG

10月10日に秩父鉄道を訪れた模様をここではお届けする。前の投稿からは、約1週間が経過するが、前の投稿が旧塗装のリバイバルで速報性を重視させたので、今回は多少遅らせての投稿となった。

今日、秩父鉄道で使用をしたのは「秩父路フリーきっぷ」という1400円の一日乗車券だ。これは土休日に使用のできるフリーきっぷだ。

前回は、御花畑〜三峰口間で、旧塗装のリバイバル車両に乗車したことだけを記録したが、今回は三峰口とその周辺部を訪れたことを中心に記録していく。

黄緑の秩父鉄道武甲山とイエロー三峰口駅は、駅の外に留置線がある。まずこの三峰口駅に現れたのは、黄緑色の塗装の秩父鉄道の1000系だ。黄緑色の1000系は、黄色の帯も引いている。

 

西武4000系の三峰口駅急行秩父路の6000系西武新旧車両の共演。左の西武4000系は平日は飯能、土休日は池袋まで乗り入れる。右の秩父鉄道6000系は急行秩父路で使用される西武101系の改造車両だ。この車両は、3ドアの通勤車両から2ドアの急行形車両へと変わった。京急2000形とは真逆のことが行われたのだ。今日の6000系はヘッドマークがついている。

駅からはしばらくは散策する。目指したのが駅から歩いて5分のところにある白川橋だ。

荒川の渓谷その1白川橋と荒川白川橋は荒川には架かる橋だ。この橋は荒川右岸にある三峰口駅と左岸にある国道140号とを結ぶ。左の写真が下流(秩父市街地・葛飾方面)で右の写真が上流(秩父湖方面)だ。ここまで来れば荒川も、渓谷の中を流れる川に変わってしまう。下流方面は、河原もある。しかし、この辺りの荒川はV字谷を構成していることがよくわかる。

荒川を越える西武バス白川橋の橋げた白川橋には、三峰口駅から三峰神社や奥秩父の中津峡や大滝方面を走るバスも通過する。左の写真では、この白川橋を渡る西武バスの写真だ。この辺りの西武バスは西武観光バスであるが、西武秩父駅や三峰口駅を起点に多くのバスが走っている。西武バスが荒川を越えるのもこの地域だけだ。この辺りの荒川は、葛飾区や江戸川区を流れる荒川とは違う。同じ川とは思えないが、ここから川幅が巨大になる下流までのロマンがこの荒川にはあるのだろう。

西武と東急in三峰口三峰口駅からは西武4000系の池袋行きに乗車をする。これは西武線内では快速急行として池袋まで直通をする。乗り心地が御花畑〜三峰口間で乗車した1000系と比べると格段に良い。1000系は飛び上がるような揺れであったが、こちらは飛び上がることがない。車内はボックスシートであるが、車内には広告がなく、蛍光灯にカバーがあるので高級感を感じさせる。留置線にいるのは、東急から譲渡された7000系車両で、ここでは東京都区内でもあり得ない西武の車両と東急の車両の顔合わせが実現している。

降車をしたのは、先ほど1000系とSLの並びを撮影をした武州日野駅だ。この駅で途中下車をし、こちらを目指すことにする。道の駅あらかわ1道の駅あらかわでののぼり

そこは、駅から歩いて10分の場所にある「道の駅あらかわ」という場所だ。元はといえば道の駅荒川村という名前だったが、荒川村が秩父市に合併されたことで道の駅あらかわという名前に変わった。当然ながら特急あらかわとしては、行っておかなければならない場所だ。私も道の駅を何か所か訪問をしたことがあるが、あらかわの訪問は初めてだった。ここは駅からも歩いていくことができる。

道の駅あらかわのまわり2道の駅あらかわの周り3ここは旧荒川村の観光案内所も兼ねている。なので旧荒川村の特産物なども置いている。ここは周りが果樹園に囲まれている。向かいはぶどう園で、ここでは巨峰を摘むことができる。ここではブドウを試食する。秩父鉄道の線路を挟み、その向かいにはリンゴの果樹園がある。旧荒川村の辺りは、果物がよく取れる。

道の駅あらかわでのカナリアカナリアと荒川村2この道の駅あらかわをバックにして秩父鉄道の車両を撮影してみた。ここで来たのは、カナリア色の1000系だ。これは国鉄時代の塗装では、総武線時代の平井〜新小岩間を彷彿させる(この区間で荒川を越えるため)かと思ったが・・・。道の駅あらかわをバックに黄色の車両が走る風景もよい。右は、道の駅あらかわの敷地内で撮影をした三峰口からの折り返しのカナリアの1000系だ。電車が柵の中に入ってしまった。

秩父路6000系とあらかわ道の駅あらかわでの101系この2枚は、急行秩父路の6000系とオリジナル塗装の1000系だ。ともに、果樹園をバックに撮ってみた。秩父には原色塗装だけでなく、白の塗装も似合う。

このあと、道の駅あらかわを出て、武州日野駅まで向かう。途中荒川橋と日野鷺橋という荒川にかかる二つの橋を寄り道する。

次の回では武州日野からの乗り通しをお届けしていく。

続きを読む

西武秩父線開通から40周年を迎えて

c38fc776.JPG

これから数本は、10月10日の秩父へ行った時の報告を続けるが、その前に先日、秩父の鉄道を語る上で、欠かすことができない記念日があったので、そのことを書いてから本編に進みたい。

先日10月14日は西武秩父線が開通して40周年を迎えた。この西武秩父線は、作者の最も好きな私鉄の路線のひとつだ。

40th西武秩父線この西武秩父線は、飯能〜西武秩父間と思われがちでいるが、実際には吾野〜西武秩父間を結ぶ路線だ。吾野までは1929年に開通し、吾野から先の西武秩父までの区間が想像を絶するほど大変な区間だったのだ。

西武秩父線といえば、思いつくものは、山深い森の中を走る電車が山を上り下りするというイメージだろう。線路は急な坂が非常に多く、山登り山降りをしなければいけないところにそのようなところがあるのだろう。そして飯能から山を登りに上り来て最大のサミットは正丸峠を越える4811mの正丸トンネルだろう。この正丸トンネルは、正丸〜芦ヶ久保間に存在し、私鉄では第2位の長さを誇る。この正丸トンネルを越えるときは、以前は「長い長い正丸トンネルを越えます」というアナウンスを聞いたことがある。

西武秩父駅この西武秩父線の正丸峠を越える線路は、秩父への根本的な交通の距離を塗り替えたのではないかと思う。これまで秩父市へは、東京からの方角が北西にもかかわらず、東京から行くルートの一つは、池袋から東武東上線で秩父市よりも北にある寄居まで出て、寄居から荒川に沿う形で秩父鉄道を南西に通った。もしくは上野から熊谷まで高崎線、熊谷から同じく荒川に沿う形で秩父鉄道を通る。こちらも北へ出て、わざわざ南西へと進むルートを取る。前者は池袋から101km、後者は上野から105kmある。(距離は秩父鉄道は西武秩父駅と最も近い御花畑駅までの距離で算出する)しかし、池袋から西武秩父までの距離は77kmで、北西に一気に突き抜けることで、25km以上も距離を短縮したのだ。これにより、秩父は遠くの果てから解消したのではないか。長大トンネルを掘ることが一般的になった時代だったからこそこの秩父へは距離が短くなったのではないかと思う。写真は関東の駅百選にも選定された西武秩父駅で、この駅舎が秩父への旅客を出迎えてくれる。

寄居や熊谷から秩父に入るルートはなんだか少し遠周りのように見える。秩父鉄道では長年、池袋から東武東上線を寄居まで行き、寄居から秩父鉄道の三峰口に乗り入れる列車があった。また、シーズンには上野から高崎線経由で熊谷まで行き、熊谷から秩父鉄道の三峰口まで乗り入れる列車もあった。これらは廃止になってしまった。これは、秩父へのアクセスで西武の利便性にかなわなかったからかもしれない。

西武E851西武5000秩父にてこの西武秩父線は、産業と観光の両面を目的にして建設され、秩父からの石灰石を輸送するために、E851形という登山仕様の電気機関車を投入した。西武鉄道の貨物は1996年まで存在していた。旅客輸送面では、5000系レッドアローを入れ、秩父への観光客などへの輸送列車として特急ちちぶとして走らせることになった。

急行西武秩父旧幕の4000系特急以外の輸送では、ブレーキやモーターなどをを登山仕様にした101系車両が投入され、現在もなお新101系として一部の車両が残存し、40年にわたって西武鉄道の通勤形車両の顔として走っている。この秩父線の開通は、西武鉄道の歴史を大きく塗り変えた出来事といえよう。レッドアローの5000系は鉄道友の会のブルーリボン賞を獲得したのは、秩父と東京を縮めた立役者の評価があるからかもしれない。1989年にはついに西武鉄道が秩父鉄道に乗り入れ、土休日に池袋発三峰口行・長瀞行き(長瀞行きは当初は寄居、のちに長瀞に短縮)の快速急行も走らせている。(平日は飯能〜長瀞・三峰口になる)

芦ヶ久保の4000系afbdcb25.JPG秩父ならび西武鉄道を大きく一変させた西武秩父線、この西武秩父線は苦難の歴史であったが、東京から最も近い所で人里離れた山中のような景色が楽しめることや長いトンネルを越えて、気候や風習の違う場所にタイムトリップするような車窓が楽しめるところへ行けるのがいいかもしれない。今年の年明けに秩父へ行った時も、正丸トンネルの向こうの秩父では雪が積もっていたのに、反対側では雪がなかった。このような風景への出会いが、この路線の面白いところかもしれない。

関連記事・旧荒川村のYMO(10月11日分)

新京成電鉄・車両基地見学会参加記 その2 新京成on8!

49f6c56d.JPG

10月17日にくぬぎ山で行われた新京成電鉄の車両基地見学会。第1回目は、前座として?8000系の旧塗装や800系を紹介したが、今回の見学会のメイン企画の一つは、車両のラインナップ撮影会だろう。今日は、ラインナップ撮影会で撮影した写真などを紹介する。

新京成電鉄は車両形式が全て8から始まる。それと沿線の走る千葉県のラジオ局のbayfmではon8という番組を放送しているので、今回はこの撮影をon8作戦と名付けることにした。

新京成800with8000まずは、新京成の800形と8000形だ。800形の行き先は、「八柱」と出ていた。なんといきなり語呂合わせだ。この二つの車両は30年以上にわたり、新京成電鉄で活躍している。特にこれらの車両は、京成の青電の車両などが新京成にて活躍していた時代から新京成を支えている。もちろん、この車両は沿線の都市化と人口急増期を支えた。これらの車両は、北総線を千葉ニュータウン中央まで乗り入れていたこともあった。来年は新AE形が走り、成田空港へのアクセス路線として大きく生まれ変わるが、昔は北総の7000形などともに千葉ニュータウンと松戸をつなぐべく活動をしていた。

sk800・8000・8800次は、左の二つの車両に8800形も並べた写真をそろえた。8000形は京成千葉線への乗り入れ可能編成で、行き先幕の下には「88F」という番号が付けられている。津田沼行きは、津田沼・新津田沼のどちらが終点なのだろうか?隣の8800形は、「高根公団」と表示をしている。こちらは京成には乗り入れができない編成になっている。これを見ていると沿線人口が急増しだした20年前の新京成を見ているようだ。

sk800/8000/8800/8900sk8900左は8900形を並べた写真。8900形は、1990年代に輸送力増強のために投入された。新京成初のステンレス車両だ。この車両は京成3700形と似ているところも多いが、初めてシングルアーム式のパンダグラフを採用し、台車もボルスタレス形のものを採用した。ボルスタレスは京成の新AE形でも導入される。京成唯一の存在であった。今日は8900形登場当時には存在していなかった「鎌ヶ谷大仏」の表示を出している。これらの4つの車両のテーマは、1990年代の新京成電鉄だ。沿線が大きく成熟化した頃の新京成電鉄といえよう。右は、8900形で8939Fは、ラッピングトレインになっている。

sk4種類

新京成8900・N800次にN800形を並べた写真だ。N800形は、2005年から投入された1編成だけのツチノコの車両で、京成3000形・北総7500形同様に日本車輌のブロック工法を用いた京成グループ標準型車両だ。これまで独自の車両路線を引いてきた新京成電鉄が車両などは京成と共通化を図るために製造された。確かに京成の他の車両と車体では共通しているが、内装などでは他の車両と違っている。左の写真は今の新京成の主力車両たちだ。その後ろの高架線は北総線で、新AE形が走る日も近いかもしれない。右の写真は、8900形と並べてみたが、新京成のこの2つの車両は本数が少ないので見る機会が、あまり多くない。今日のN800形の表示は「ちはら台」で、この車両は京成に乗り入れてもちはら台までは乗り入れない。

sk8800・8900新京成800wiht8900側線の左側(北側)では、8800形と8900形2本がいた。8900形は前述の展示編成を含めて3編成全てがここにそろうことになった。そして、右側の撮影会場にいた800形と合わせることにした。これを見ると新京成の車両の顔が変わっていることがよくわかる。それに800形は今は京成唯一の片開きドア、8800形はVVVF制御をいち早く取り入れ、8900形は前述の通りいち早くボルスタレス台車やシングルアームのパンタグラフなどを導入するなど車両そのものが変わっているようにも見える。

予告on8新京成電鉄の車両は、形式は5形式だけであるが、8000・8800形が多いので、他の3つの車両はあまり見られる機会が多くない。しかし、京成に乗り入れられる仕様に改造されたり、新たな技術を採用したり、それに沿線のイメージアップに大きく貢献をしたり、いろいろな点で魅力が多い。新京成が新技術の導入に積極的だったのは、沿線がカーブが多く、一区間距離が短いという路線条件にあるので、こうなったのかもしれない。N800形は、京成の他の車両と共通の仕様になってしまったのは、新京成らしくないのかもしれないが、それでも京成千葉線との乗り入れという新しい挑戦をした車両としては大事なものだろう。まさにon8、新京成の車両をあらわすにはこの言葉が似合うだろう。

川越の愛の季節〜東武の川越まつりのヘッドマーク車両〜

abe0175a.JPG
aa8f8457.JPG
昨日、新京成のイベント帰りに東武東上線池袋駅で撮影した川越祭りのヘッドマークつきの東武50000系50002Fです。川越祭りが今日なのでこれに合わせました。
川越は先日まで多部未華子さんの主演でNHK朝の連続テレビ小説つばさの舞台だった。視聴率は今一つふるわなかったが初めての埼玉県を舞台とした連続テレビ小説が無事に終わってよかった。
新京成編は明日の夜以降、先週の秩父編続編と横浜編は来週書いて行く予定です。
タイトルはアンジェラ・アキさんが歌ったつばさの主題歌からです。

新京成電鉄・車両基地見学会参加記 その1 

5753d9f9.JPG

17日は、鎌ヶ谷市くぬぎ山で、新京成電鉄の車両基地見学会が行われた。その模様をいち早くお届けしていく。

今回のくぬぎ山での車両基地見学は、毎年恒例であるが、例年とは違っていたのは、ラインナップ撮影会というものが実施されたことだ。今日の新京成のイベントは車両などさまざまな所で見所があった。その中でも今日の見どころなどを紹介しよう。

新京成8000その1新京成8000その2まずは、新京成の顔・8000形車両の8502Fの旧塗装車両が車内では休憩車両ならびに運転台での制帽着用での記念撮影会などが行われた。新京成の8000形車両の旧塗装は、2001年からもう8年間も走っている。昔は京成の青電の中古車両などが、この色をまとっていたこともある。

新京成8000その38000系座席しかも「しんちゃん」というつばめのキャラクターの絵も描かれている。座席にもしんちゃんも描かれている。

 

 

・そして側線には、このような車両もいた。

新京成800その2新京成800その5新京成の800形車両だ。この車両は今は平日の朝にのみ動いていることが多いそうだ。京成グループの片開きドアの車両は、2007年に廃車になった京成の3200形の3298F亡き後は、京成グループでは唯一の片開きドアの車両になった。古き良き京成の片開きドアの伝統を受け継いでいる車両とも言えよう。ドア窓の高さは、高い位置にある。全体的には、今は亡き京成の片開きドアの車両の京成3150形などにも似ている印象がある。

新京成800 トレシュミ車庫の中には800形のトレインシュミレーターがあった。前面の幕には「くぬぎ山(北初富で松戸行きに接続)」という表示があった。北総の高砂延伸以前には、新京成から北初富経由で北総線に乗り入れた松戸〜千葉ニュータウン中央間の運用があった。この列車は、津田沼からの利便性を確保するために、くぬぎ山行きというのが存在したのではないかと思う。北総の高砂乗り入れ以前には、津田沼口の輸送力確保のために京成津田沼〜鎌ヶ谷大仏間の列車も存在していた。

展示会場内には、過去のダイヤグラムなどもあり、これらも見ることができた。

予告on8そして、車両ラインナップ撮影会の模様は、第2弾と続く。この撮影会では、新京成の車両が並んだ。続きは、第2弾の完全版へ。後ろは北総線の線路で来年にはいよいよ新AE形や京成の3050形が走ることになりそうだ。

最後はポケモン新幹線

21c97d54.JPG

シルバーウィークの東北旅行記、今日が最終回となる。1か月前のことであるが、10個の記事を書いた。

前作はスウィングガールズの舞台の鉄道会社を巡った。

米沢駅は、現在放送している妻夫木聡主演の大河ドラマ「天地人」の舞台で、今後の天地人の話では中心的な場所になることもあって、町は天地人で盛り上がっている。駅にはこのドラマの主人公で妻夫木さんの演じる直江兼続のオブジェもある。天地人は、新潟や福島県の会津、米沢と各地が舞台になる。米沢は、牛肉どまん中など多くの駅弁がひしめく。今や牛肉どまんなかは、全国で最も人気の高い駅弁の一つになった。

719−5000米沢からは福島まで719系の普通列車に乗る。この区間は板谷峠で奥羽山脈を越え、普通列車の運転本数は1日6本しかない。この板谷峠の区間は、連続で急勾配があり、坂を登っているときは上り坂のモーター音、降りているときは下り坂の音がはっきりした。山形新幹線区間の普通列車は、標準軌の719系か701系が走る。板谷峠を挟む区間は719系だけだ。昔はこの区間は連続してスイッチバックもあった。峠を越え、福島盆地へと降りる。高い所から福島盆地が見渡せる場所もある。そして福島駅に着く。

この小さな旅ホリデーパスでは、新幹線に乗れないので、仕方なく在来線に乗る。もう一枚持っているその日の有効のツーデーパスは郡山から使用ができる。なので郡山までは在来線で行く。

ポケモン新幹線ポケモン新幹線2郡山からはツーデーパスで新幹線に乗車できるので、新幹線特急券を買って帰京をする。ここで乗るのは、郡山始発のなすので、先頭ははやてのE2系、後ろはこまちのE3系だ。こまちのE3系はポケットモンスターのラッピングをしている。本当はポケモン新幹線に乗ろうとしたが、座席にもポケットモンスターがあるので、少し恥ずかしかったので、今日はやめて、E2系に乗車をした。なすのは、名称は栃木県であるが、運転区間は福島県の郡山まで行く列車も多い。郡山では味めしという福島県の郷土料理がおむすびになっているものをセブンイレブンで買い込み、車内で食べた。

大宮を出て、荒川を越える前後で、ルーキーズの主題歌で有名になった郡山出身の4人組の歌手の代表的な歌の「遥か」という曲を車内で聞いたのはエンディングにふさわしくてとても印象的だった。これで、このたびは10編すべてが終わりです。

最後に郡山駅で偶然撮影できた山形新幹線の400系車両の写真を出す。

400系その2−2郡山の400系この日は、新庄駅と郡山駅の2か所で終焉が近い400系車両を見ることができた。昼間の新庄駅と違うのは、左の写真のように後ろにE4系車両を従えているところにある。400系が東北新幹線内で、他の新幹線車両と併結しているのも400系の17年間の御馴染のシーンだろう。昔は200系なども従えていたが、ある時期から400系の相方はE4系に統一された。200系とつないでいた時代は、200系10両と400系7両の総勢17両という東海道新幹線よりも1両多い車両数で走っていたこともあった。まさに400系は思い出に変わるまでという言葉がふさわしいだろう。

次のページは、この旅の目次です。

続きを読む

今日の目的地


d6c88d0b.JPG7ebed1dc.JPG
今日の目的地は新横浜でした。新横浜の某集客施設で行われた広島出身の3人組の歌手のライブに新潟に続いて参戦して来たんじゃけえ。この中でも新横浜までの交通機関などを後で紹介していく予定なのでお楽しみに。



 

新幹線でどこへ?

9a03ce7f.JPG今日は早上がりとなり、ある場所へ向かっているが、えっ?新幹線に乗車中?どこに行くのでしょうか?
その答えはあとで!

スウィングガールズの舞台へと向かう

  山形県の新庄駅から山形新幹線に乗車する。車両はE3系1000番台だ。今日使用している小さな旅フリーきっぷでは、特急券を買えば、山形新幹線に乗ることができる。新庄駅で自由席の券を購入して乗車をする。

山形新幹線の山形〜新庄間は10年前に新幹線の走る標準軌の区間になった。その間には、大石田・村山・さくらんぼ東根・天童の4駅がある。この区間の最高速度は130kmだ。在来線時代に比べるとスピードも乗り心地も大きく向上した。この辺りは26年前、超高視聴率を獲得した有名な連続テレビ小説「おしん」の舞台としても知られている。駅も、新幹線開通と同時に駅舎の改築や駅そのものが大きくリニューアルしているところもある。

米沢盆地1米沢盆地2山形駅を過ぎ、自由席が埋まってくる。山形新幹線は日本一の混雑新幹線で、特に自由席の混雑は激しい。ただ今日は、天童駅からも学生の自由席利用が多く、山形駅の時点では7割くらいに留まっている。今日は水田も蔵王の山も光り輝いている。そして、中川駅と赤湯駅の間は、上山盆地から米沢盆地の間の山を越える。赤湯駅到着寸前に高い所から置賜盆地が見渡せるような風景がある。これは中央線の勝沼の辺りから甲府盆地を見渡す風景ともよく似ている。新幹線に乗っていながら、このようなダイナミックな風景に会えるのは盆地の地形の特徴で、これはミニ新幹線ならではの醍醐味だろう。(この2枚は中川〜赤湯間を走行中に撮影したものです)

南陽市にある赤湯駅で降車する。ここから山形鉄道のフラワー長井線に乗る。温泉のある駅はどこかなと思ったら、赤湯でなく、隣の高畠だった・・・。本当は温泉に行くつもりで、高畠で降りる予定だったが、駅を間違えた・・・。この赤湯駅は、パラグライダーをモチーフにした駅舎だ。山形新幹線の開業後、駅舎を改築している個所が多い。今日はここでダンス大会があったためか学生の若い利用者が多く、みどりの窓口では長蛇の列をなしていた。

山形鉄道1DSCF3383赤湯からの山形鉄道フラワー長井線といえば、5年前に公開された映画のスゥイングガールズという女子高生がジャズのバンドを組んで活躍する作品の舞台となった。この作品は、上野樹里や貫地谷しほり、本仮屋ユイカら、現在活躍する若手女優たちの出世作となった作品としても知られる。監督の矢口史靖さんは、昨年公開した「ハッピーフライト」の監督も務めた。ここへ行きたくなったのは、去年「スウィングガールズ」がテレビで放送され、面白かったので、DVDなども見て、行きたくなったことにある。

bcd2fca4.JPG山形鉄道2この路線は、元はといえば国鉄長井線で、1988年に第三セクターに転換をした。区間は赤湯と荒砥の間の30.6kmを結ぶ。車両は1988年に投入されたYR-880形だ。この車両は、この時期に投入された車両と共通性が多い。例えば、いすみ鉄道の車両だ。扉は前後の2か所で、車内には蛍光灯にカバーが掛けてある。赤湯の時点では、ガラガラだったが、米坂線と接続する今泉の駅の辺りからはスウィングガールズにも出てきそうな女子高生などが乗ってきた。しかし、車内は、他の鉄道車両に比べて照明が暗かったような気がする。

DSCF3389DSCF3403風景は、水田地帯に花や木々が植えられている。この鉄道路線がフラワー長井線という名前であるように、沿道に花や木などが植えられ、退屈な風景を感じさせないのがあ大変立派だ。このフラワー長井線の名称であるように、車両にも絵が描かれている。スウィングガールズで、映画で出てきた女子高生たちのジャズの曲を聴きながらこの山形鉄道に乗っている。

最上川の風景

最上川鉄橋このフラワー長井線は、最上川に沿う形で走る。長井市は、最上川に面した町だ。今では第二次産業の盛んな街としても知られる。終点の荒砥駅の手前で最上川を越える。このフラワー長井線の最上川鉄橋は、明治時代のダブルワーレントラス橋が残るとして昨年に土木遺産に指定された。このフラワー長井線は荒砥駅が終点だ。戸を砥と書くこと自体にある駅を思い出し、親近感が湧くのでもあるが。そして来た列車で、今泉へと戻る。帰りの列車も長井あたりから高校生が乗ってきた。

今泉到着後、このフラワー長井線を降り、米坂線に乗り、米沢へと向かう。米坂線の乗車は初めてだ。この米坂線は、新潟県では荒川という川に沿って走るが、山形県内では最上川の支流の川などを何回も越える。まだ荒川に沿った区間は乗車をしていない・・・。車両はキハ110形で、先日から先日新潟で乗車をしたキハE120形と110形の2種類が中心になっている。しばらくして米沢駅に到着する。米沢も天地人の舞台なので、天地人で賑わっている。

山形県は、多くのドラマや映画などの舞台になっている。このスウィングガールズもそうだが、今年の大河ドラマの天地人、庄内地区ではアカデミー賞を受賞した映画のおくりびと、そしてさっきも書いた朝の連続テレビ小説のおしんの舞台になった。ヒット作は山形から生まれている。

いよいよ次回がこの紀行の最終回を迎える。最後はどのような形で帰京をするのか・・・。

続きを読む

永遠の翼〜こちらのつばさの最終回も近い?〜

新庄駅と鳥海山リゾートみのりで新庄駅に到着後、今度は山形方面に南下する。次に乗るのは、奥羽本線すなわち山形新幹線だ。山形新幹線の新庄延伸から今年で、10周年を迎えた。

新庄駅から北・西の奥羽本線や陸羽西線は狭軌であるので、列車は必然的に新庄での折り返しにならざるを得ない。これはさっきまで乗車していた陸羽東線も同じだ。写真は新庄駅で撮影した鳥海山の写真だ。

新庄駅には比較的長くいた。ここでは、山形新幹線の車両を紹介をしよう。山形E3-1000 1

まず紹介をするのは、E3系の1000番台だ。新庄延伸の1999年から投入された車両で、ベースは秋田新幹線こまちのE3系だ。この車両は400系が中心だった時代には本数が少なく、会う機会があまり多くないが、400系が少なくなっている今はかえって目立っているような気がする。

山形E3ポケモンポケットモンスターのラッピングをまとってやってきたのは、昨年から投入されているE3系の2000番台車両だ。400系の置き換え車両として、現在も増備が続いている。車内の内装などは、東海道新幹線のN700系などと同じく、防犯カメラが合ったり、フルカラーLEDが外と内にある。更にシートピッチも過去の車両に比べて拡大するなど多くの点で変化がある。フルカラーでは、つばさは赤地に白文字で表示され、列車番号も数字で表示される。

新庄駅で待つこと約1時間、ついに400系が現れた。東京発の109号でこの新庄までやってきたのだ。

29310311.JPG400系その2このシルバーメタリックで、東海道・山陽新幹線の100系を思わせるような尖がった鼻の長い新幹線が400系なのだ。100系が東海道新幹線からなくなった今、東京でこれだけ鼻の長い新幹線を見られるのは400系と東海道新幹線に僅かながら乗り入れる500系だけだ。400系は、やはり100系とイメージが重なるところが非常に多い。E3系が鼻が短いのを考えれば、やはりこの400系は新幹線らしいと思う。

400系の窓400系の幕左は400系の窓だ。横に長い窓が並んでいる。窓が小さい新幹線車両が多い中、この車両は窓が大きく、これも100系とよく似ている。側面は、デビュー当時はシルバーメタリックであったが、新庄延伸のころに、緑色の線が挿入され、カラーリングも変わった。右は幕式の表示で、東北・上越新幹線で幕式の表示を出すのはこの400系だけだ。

400系のグリーン車400系の窓からグリーン車の車内を撮影する。グリーン車は窓は、小さく、現在の新幹線車両と変わらない。しかし、座席は二人掛けと一人掛けの配置で、新幹線では唯一の3列シートだ。登場した当時の1992年頃は、在来線の特急型車両はグリーン車では3列シートの車両が多かった。しかしJR側の定員確保の方針転換により、E3系1000番台・2000番台の後継車両は、グリーン車は4列シートに変わっている。3列シートのうち、一人掛けの座席は、周りに人がなく、快適な空間を味わうことができる。

400系withe31000400系withe31000 2

400系とE3系1000番台の並びだ。新庄駅は降雪地帯にあるので、駅が屋根で覆われている。左は、鼻を重視して撮影した。いかに400系が丸みを帯びているかがわかる。右は正面から撮影したものだ。まずはライトの位置が違っている。そして、平べったい顔のE3系、円筒のような顔の400系というのがわかる。この写真は10年前からおなじみのものであるが、これが10年も見られたというべきか10年しか見られなかったというべきか・・・。これから作者は、左のE3系1000番台に乗車し、次の舞台は、5年前、山形を舞台にしたあの映画によく出てきたローカル私鉄へと足を運ぶ。そして400系は、旅の最後である駅で目撃をしている。この紀行は、あとは、上の2回でおしまいになる予定です。続きに、目次を作りました。

続きを読む

旧荒川村でのYMO(Yellow Marron Oldcolor)

3b748ca4.JPG

10月10日は秩父へと足を運んだ。晴れの特異日として知られるこの日の秩父も晴れだった。

その中でも今回の注目は、先日登場した黄色地で茶色の帯の1000系が国鉄から譲渡した時の塗装に復元した編成が出現したことだろう。タイトルは、有名な音楽グループにひっかけたというかこの車両のイメージをあえて当ててみた。10日は、御花畑〜三峰口間で乗車することができた。その中でも武州日野・三峰口の両駅でとらえた姿をお届けする。この二駅は、今は秩父市であるが、市町村合併前は、秩父郡荒川村という場所にあり、地域内には「荒川村」時代の標識が残っていた。(※1)

秩父イエローHM

イエロー秩父with SL

まずは武州日野駅で撮影した2枚を紹介する。1枚は左のようにヘッドマークがついている。「秩父鉄道創立110周年記念号 リバイバルトレイン」だ。ヘッドマークは秩父鉄道という表記のところにある。創立記念リバイバルというと、この近くを流れる荒川を下流に行くと2本の橋を越える私鉄でも同じ事をしているが・・・どの鉄道会社かはこのあらかわ交通ノートでは御馴染なので書かない。右は、棒に引っかかってしまったが、この駅ではSLパレオエクスプレスとこの1000系が列車交換をした。これだけ見ているとこの色で1000系が走り、パレオエクスプレスがデビューをした約20年前のようだ。

三峰口駅でのイエロー武甲山とイエロー次は三峰口駅での模様だ。三峰口駅は、関東の駅百選の2000年の第3回のスタンプラリーで見事あがりとなり、完全制覇が決まった駅だ。左は前面だけ撮影した。先頭車にパンタグラフが上がっている姿が印象的だ。右は、ウグイス色の1000系がとまっている。秩父を代表する山の武甲山を見ながら、鮮やかに彩ったこれらの車両が並んでいる。この色の1000系は、三峰口駅到着後、側線に入線してしまった。

三峰のイエロー・西武4000とのサイドビュー三峰口の駅舎次に置いた写真は、黄色と茶色の1000系と側線に止まっていた西武4000系とのサイドビューだ。西武も真っ青な?濃い黄色を使っているこの色。西武はこの4000系はこれまでの黄色から白系の色いわゆるライオンズカラーに転換をした。この色の目立ち方は、西武のお株を奪うかの如くだ。右は、三峰口の駅舎だ。この木造の駅舎が関東の駅百選に選定された理由であるが、この駅舎は永久に忘れることはできないだろう。

秩父鉄道のあずき三峰口駅の1番線には発車前のあずき色の塗装の1000系がとまっていた。この1000系は、7月に一度見ているが、今日、改めた見た。この色の塗装の旧形車両が三峰口駅の車両公園に展示している。あずき色の塗装は、ある駅でも撮影をしたので、こちらはのちほど公開をする予定だ。

今日はそれ以外にも今年入線した東急8500系の中古車・7000系の初乗車、急行秩父路の乗車など秩父鉄道への乗車をたくさんしてきた。

第2回目は9日後の20日にアップをした。こちらのもくじも作った。


※1 2004年の時点では、荒川とつく自治体は、東京都荒川区、埼玉県荒川村と新潟県荒川町の3か所あったが、まずは2005年にここで取り上げている埼玉県荒川村が秩父市へ、2008年に新潟県荒川町が村上市へ合併した。従って、現在、荒川という地名の自治体は東京都荒川区のみになっている。

続きを読む

こんな所に足を運んだ

4a2b3a0c.JPG
dbec742d.JPG
64632cb2.JPG
三峰口から後ではこんな所へ足を運んだ。
特急あらかわの聖地ですかあ?

本日の出没地

2fee3c81.JPG
8ac38f14.JPG
5a007d74.JPG
本日の出先はここです。先日、リバイバル塗装の第6弾・黄色地に茶帯が入った秩父鉄道に出没。なんとすぐに乗ることができた。今日のアド街がこの辺りをやるみたいですね。
この三峰口駅は九年前に第三回関東の駅百選スタンプラリーで見事あがりになった駅だ

リゾートみのり乗車記・完全版

1481e8e5.JPG

仙台駅からは昨年運転開始をしたジョイフルトレイン「リゾートみのり」に乗車をすることにする。リゾートみのりは、仙台と新庄の間を東北本線・陸羽東線を経由して走る。陸羽東線は、鳴子温泉などの温泉地が多い。

このリゾートみのりは、キハ48形の改造車で走る。色は茶色に金色の帯が入る。側面の窓が非常に大きい。青葉城恋唄の発車メロディが流れて仙台駅を出る。この曲はさとう宗幸さんが歌い、ご当地ソングの有名なものだ。仙台駅の話題で青葉城恋唄のタイトルを出したのはこのためだった。この曲を聞いてこそ仙台なのだ。今の仙台の温度は15度だ。

水田地帯宮城東北本線を北へ向かうが、しばらくは東へ向かう。仙台駅を出て、すぐに水田地帯を通過する。塩釜駅と松島駅の間は、一区間10kmある長い区間であるが、この辺りは、松島の丘陵地が海にぶつかり、狭い平野を東北本線・仙石線・国道が並行して走る。しかし、海はあまりよく見えず、トンネルが多い。いちばんはじめの停車駅は松島だ。この駅は、日本三景の松島の観光地には遠く、松島町にあるから松島駅と名乗っているだけだ。松島の観光地へは、仙石線の松島海岸駅の方が近い。次の停車駅は小牛田で、美里町にあるこの辺りは水田地帯が続く。小牛田からは陸羽東線に入る。陸羽東線は初めての乗車路線になる。次の停車駅は、東北新幹線と接続する古川だ。

みのり座席このリゾートみのりは、座席は赤系の色でまとめられ、シ―トピッチがかなり広い。私は車いすスペースの隣の一人がけのスペースに腰をかけた。2号車にはイベントスペースもある。そして先頭車には、展望席がある。ただし、これは小田急ロマンスカーのような展望席がなく、別途フリースペースのような座席がある。1度、この展望席へ行ってみる。このリゾートみのりには、展望席からの車窓は禁止されているので、撮ることができなかった。

こけしこけしのガードレール古川から先の車窓では、これまでと同様に水田が広がる。その近くには江合川という川が流れる。車窓からはこけしのオブジェクトが見えた。この辺りはこけしの産地としても知られる。途中岩出山・有備館・川渡温泉と止まる。鳴子温泉は近い。ちなみに鳴子温泉も古川もすべて大崎市にある。市町村合併で、鳴子・古川・岩出山など多くの市町が大崎市となった。右の写真は鳴子温泉で目撃したこけしの形をしたガードレールだ。

鳴子の湯けむりみのりと110形11時ちょうどに鳴子温泉駅に着く。仙台からは1時間30以上かかった。鳴子は宮城県屈指の温泉地としても知られる。この駅で25分も停車するので、駅周辺を少し散策することにする。外の温度は16度。仙台市内とあまり変わらないが、少し寒い。駅の外には足湯があるが、混んでいたのでやめた。市内には湯けむりが見える。ここはやはり温泉町だなという感じがする。

鳴子峡鳴子温泉駅を出て、陸羽東線の撮影地としても知られ、奥羽山脈を越える鳴子峡を徐行して出発する。この車両は窓が大きく、よく車窓を見ることができる。奥羽山脈の中を通過する。この陸羽東線には奥羽本線の板谷峠や仙山線などと違って、急勾配の坂がない。そのあたりをキハ47形のエンジンが軽快に飛ばす。そして山形県に入る。この駅は堺田駅だ。堺田駅の付近は、ススキがこれでもかというほど咲いている。すすきの風がとても心地よい。

堺田駅の標識堺田駅この堺田駅には、駅名表に分水嶺を現す標識があり、宮城県側は太平洋(仙台湾)、山形県側は日本海に流れるそうだ。東北地方が分水嶺によって県がわかれているのを現すようだ。車内では、仙台駅で買い込んだ仙台名物の駅弁、鮭はらこ飯を食べる。この駅弁はもっとも思い入れのある駅弁の一つだ。リゾートみのりの中で食べるこの味は、鮭といくらがほどよく混ざっており、そしてご飯は茶飯になっている。この味覚は牛たんと並ぶ仙台の味といえよう。

最上駅とコスモス0最上駅とコスモス

そして最上駅に停車する。この駅で列車交換のため、3分間の停車をする。ホームにはコスモスが咲いていた。コスモスとリゾートみのりを合わせて撮影をしてみた。リゾートみのりとコスモスの花がとても印象深い。美しい景色だ。こんな小春日和の穏やかな日は・・・これは、有名な「秋桜」という曲の歌詞のワンフレーズであるが、今日はこの風景が似合っていた。堺田駅を境にこの陸羽東線は山を下りている。山形県の区間はずっと下り坂だ。

山形の稲作地帯車窓からは、山形県内も稲作地帯が続くが、印象的だったのが、左の写真のように収穫が終わった水田は、藁で形を作って収穫が終わっているのを表しているようだ。この陸羽東線には温泉とつく駅が多い。川渡温泉、鳴子温泉、赤倉温泉、瀬見温泉と温泉とつく駅が非常に多い。最上川の支流に沿って、列車は走る。しばらくすると終点の新庄駅に向かっていく。

左に、山形新幹線の標準軌の線路が見える。終点の新庄駅が近づいてくる。12時28分、終点の新庄駅に到着する。この駅で降りるのは10年ぶりだ。車窓からはコスモス、ススキなどの花々や鳴子峡の山深さ、そしてこけしやゆけむりなどの地域らしさを感じさせながらこのリゾートみのりは感じた。時期が時期なだけに、コスモスや黄色くなった水田と藁の形などは初秋を感じた。それはまるで、有名な童謡の「ちいさい秋見つけた」のような世界だった。

この後は、山形新幹線に乗って南下するが、山形新幹線といえばあの車両の存続があとわずか!ということで、あの車両の目撃記なども紹介する。

続きを読む

京成3700形もフルカラー車両が出た

656348ec.JPG先日、A80&481様のコメントにもあったように、京成の3700形の3848F・3858FがフルカラーLEDになったようなのだ。京成のフルカラーLEDの車両は、8月に3000形の6両編成の3002FがフルカラーLEDになって出場したが、3700形のフルカラーLEDは初めてだ。それも8両編成では初めてのフルカラーLEDとなった。

 

京成3848フルカラーその車両を目撃したので、今日はここにその写真を貼る。側面は、快特成田空港のように、なっていた。前面はどうなっていたかといえば、まずは行き先表示は、白の文字を出していた。そして下方にある種別表示は、どうなっていたかといえば、色地を出して、白の文字を出していた。快速特急の場合は、緑地を出し、白文字で快特と出していた。つまりは、このような表示を出す。 快特 はこうだ。特急赤地で白という表示だそうだ。快速は見てないので、ここでは略する。

京成3868幕おまけのツートン赤電先日初登場をしたフルカラーLEDの車両がついに京成でも本格的に動き出したか・・・。先日姿を現した3050形は、フルカラーLEDなのだろうか・・・。他の3700形もフルカラーになるのだろうか。それとも既に3色LEDになっている3700形の一部や3000形もフルカラーになるのだろうか。

写真は左は、数少ない幕車の3868F、右は関屋駅で目撃をしたツートンの赤電の3300形3324Fです。ツートンも青電も普段とは違う色で、ビビるかもしれないが、京成の今と昔が共存する今が一番面白いかもしれない。

青葉城恋唄を聞きながら その2 仙台駅を訪れる車両

b417bdbb.JPG仙台駅前の様子を紹介した後は、次は仙台駅に訪れる車両を見ていくことにしよう。仙台駅は新幹線駅としては珍しく、駅の表側(ここでは西口)に新幹線の駅舎があり、在来線は1番線から8番線と仙石線の地下の9・10番線がある。仙台駅を訪れるのは主に普通列車であるが、1日数本の常磐線経由上野までの特急スーパーひたちがある。

表紙を飾ったのは、ジョイフルトレインのこがねとE721系の並びだ。こがねは、旧名称がグラシアで、いまでは貴重なキハ28・58形の改造のディーゼルカーだ。グラシア時代に一度乗車したことがある。今日は「こがねふかひれ号」として仙台〜気仙沼間の臨時列車に使っていた。余談であるが、仙台地区では昔オリエントサルーンというジョイフルトレインの客車もいた。仙台駅と上野駅で1度ずつ見たことがある。

阿武隈急行おとぎ1これは、阿武隈急行の8100系のホリデー宮城おとぎ街道号だ。阿武隈急行線は、槻木駅と福島駅を角田や丸森などの阿武隈川沿いに通る。(2007年に乗車をしているので、記事はこちらへ)この車両は、平日も仙台の乗り入れているが、週末は、ホリデーおとぎ街道として走る。先頭車両にはヘッドマークがついている。

南三陸2南三陸

次の2枚は仙台と気仙沼を気仙沼線経由で結ぶ快速南三陸だ。快速南三陸は、数年前まではキハ40・47形が使われていたが、今はキハ110形が使われている。1両だけ伊達な旅のラッピングがついている。夏季に走る仙台と八戸の間を三陸鉄道や八戸線を経由するリアスシーライナーはこの快速南三陸を延長した形で走る。(3年前の乗車記も参照)

仙台での721仙台空港721これらは、一昨年デビューをしたE721系だ。仙台空港線の開通と車両置き換えを目的にした車両であるが、この車両に改めて乗車して感じたことは、窓が大きい所にある。もともとJR東日本の車両は窓が大きいのであるが、特にこの車両はクロスシートも設置されているので、窓からの眺めもよく見える。車両構造は、ステップなどがなく、床面を低くしたことにある。これらが評価され、昨年、鉄道友の会のローレル賞を獲得した。右は、仙台空港線に乗り入れるE721系だ。少しぶれていて申し訳ありません。この車両は、顔が京成の新通勤型車両の3050形を想像させる点もある。これは空港アクセスの列車だからそう思うのかもしれない。

701系仙台これは、東北地域のほとんどで見られる701系だ。701系は東北の209系といってもいいような車両だ。オールロングシートであるが、宮城県と福島県を走る1500番台の車両の車内は木目調の壁ピンク色の座席で落ち着きを出している。この車両が短期間で集中的に大量投入したことが、JRの車両置き換えの基礎を築いた点もある。座席については、いろいろ言われているが、ここでは言及をしない。

719系こちらは719系だ。この地域の中では20年前から走っているステンレス車両であるが、今でも活躍をしている。この車両は、作者が最も好きな車両の一つで、仙台地区のJRの顔といってもいいような車両だ。集団離反的なクロスシートや半自動ドアなどがあるからだ。この719系は、仙台で初めて乗車をした鉄道車両で、東京と仙台の鉄道の違いを感じたからだ。今でも仙台を中心に、仙山線の快速列車や磐越西線など広く活躍している。

漫画列車仙石線205

仙石線地下ホームは、9・10番線だ。以前は仙石線は、地上ホームで103系が独自の色(上がクリーム色で、下が水色青の帯)で停車をしていたが、今は地上ホームと同じ位置の地下ホームに止まる。今ではほとんどの車両が205系で走る。103系も1編成だけ残り、平日の朝に走っているそうだ。この103系は、JR東日本最後の103系になった。しかし、近々南武線あたりから205系が1編成転入され、103系を置き換える予定がありそうだ。今日は祝日だったので、103系には会えなかった。仙石線の103系は、独自の色のだった1990年代の前半の時代は、103系でもこんなに化粧直しをすれば変わるのか・・・と思い、東京とは違った103系だったので新鮮さがあったのをよく覚えている。

仙山線の快速にしても仙石線の快速にしても以前は快速仙山とか快速うみかぜがあったが、今は快速になっている。それにかつては、快速仙山もうみかぜも停車駅も絞っていたが、今では仙台都市圏の主要駅は各駅停車、途中の利用者の少ない駅は通過する運転に変わっている。

minoriそして、仙台からは昨年デビューをしたリゾートみのりに乗車することにする。ここでは、日本一の種類のある駅弁駅・仙台駅で、仙台といえばという駅弁を購入して乗車をする。次は、リゾートみのりの乗車記を取り上げる。

続きを読む

青葉城恋唄を聞きながら その1 仙台駅の周辺部

da59a564.JPG 次からは9月21日の行動を主に振り返る。この日は、JR仙台支社の発売する「小さな旅ホリデーパス」を使っての旅になる。この切符は、2400円で販売され、福島県・宮城県・山形県の3県のJR線の多くに乗車ができる。すなわちホリデーパスの東北版だ。ただし、新幹線に乗れるのは山形新幹線の福島〜新庄間だけで、それ以外の区間は、新幹線には乗れない。仙台発着の特急スーパーひたちには特急券を買えば乗ることもできる。小さな旅ホリデーパスを使うのは3回目だ。特に青春18きっぷの販売のないシーズンはありがたい。

ams仙台跡地仙台駅2まずは仙台駅の様子から書いていく。仙台駅は、仙台市の中心部に比較的近い所にある。計画では、宮城野貨物駅のところに仙台駅が建設される予定であったが、市街地から遠くなることで、不便を蒙ることから、仙台駅の設置時に見直しが行われ、仙台の中心部に近い所に駅が設けられた。仙台駅の西口は、巨大なぺデストリアンデッキに特徴があり、駅前にLOFTなどのあるビル(かつてはここはams西武というデパートで、どうしてamsなのか初めて仙台駅で降りた際に疑問に思ったこともある)などデパートが立ち並び、最近ではパルコまでもがオープンをした。仙台駅の西口は、仙台の玄関口としての求心力を相変わらず高めている。

10数年前の青春18きっぷの原点の旅で、仙台駅に降り立った時、東口はデパートなどが立ち並ぶ西口に比べて地味な印象があり、まさに駅裏の印象があったが、今では作者が仙台へ行く際に必ず訪れる定食の半田屋などの入居するBiv仙台などのビルやヨドバシカメラ、ライブハウスのゼップ仙台、そしてしばらく行くとパリーグで好調の楽天イーグルスの本拠地のKスタ宮城などもあり、西口とあまり変わらないような賑わいがある。また、仙石線のホームはかつては地上にあったが、今は地下にホームがある。西口の影に隠れているようだが、こっちも地道に開発が進んでいる。また、地下化の際に、より都心部に近い所にあおば通という駅ができ、仙石線は今はここから発車している。

仙台駅そのものが、初めて訪れた1990年代の前半はもとよりも、2000年代でも行くたびに変化をしているようにも見えてならない。仙台へ行くのは、最近では2〜3年程度に1回で結構よく行く方だが、行くたびにいろいろな変化が訪れている。やはり仙台駅は、初めての青春18きっぷの紀行や一人旅の目的地になったことから思い入れの深い駅なのかもしれない。

・初めての仙台への青春18きっぷの旅は、2年前に発表している。(2007年8月29日分

・昨年には仙台七夕の思い出話も発表をしている。(2008年8月5日分

小鶴新田仙台地区の鉄道路線も、前回訪れた一昨年の時は、仙台空港線の訪問が主だった。仙台地区の鉄道路線もここ数年で各地に新駅を設置しているようだ。例えば、仙山線の北山〜国見間には東北福祉大学前という駅ができ、東北本線の南仙台〜長町間には太子堂という駅もできた。仙石線でも苦竹〜福田町間に小鶴新田という駅ができた。更に仙台空港への鉄道路線の開通と、仙台地区の鉄道は、駅の設置などが多い。仙台地区では、suicaも使える区間も多い。仙台地区の鉄道では、も急速な都市路線かが進んでいるようだ。

さて、その次の記事は、主に仙台駅を訪れる車両を紹介していく。

続きを読む

新しくなった京成日暮里駅下りホームを見る

京成日暮里1今日から京成線の日暮里駅の下り線のホームが3階に変わった。今日はその様子を見に行った。

ホームは、上り線は従来通り1階にある。そして2階が、改札口なのは従来通りだ。下り線が3階に移り、ホームが大きく変わった。これは、来夏頃に開通する北総線の成田空港延伸の成田新高速鉄道の開通による新AE形の運転の開始に合わせて、駅構内を大きく変えることがある。それだけでなく、日暮里駅はこれまで1面2線の島式ホームで、常に混雑が激しかった。あまりにも人が多すぎてかなり危険な状況だったので、下り線を移すことで、混雑の緩和と新しい空港のアクセス駅の機能を持たせることにした。

日暮里モニター1日暮里モニター2この日暮里駅には、改札のところに新型の行き先案内のモニターが設けられた。京成でこのような機械を導入するのは初めてだ。特急赤地に白快速特急緑地に白各駅停車灰色地に白で、スカイライナー青地で白イブニングライナー紫地で白で表示される。快速は未確認であるが、おそらく桃地で白で出すのだろう。スカイライナーの発車する1番線のものは1番線のものが専用である。2階ホームのコンコースには、近々コンビニのampmとカフェレストランのイタリアントマトができる。余談であるが、日暮里駅は、昔はJRの構内にニューデイズがあり、JC時代からよく立ち寄っていたが、一連の工事の時になくなってしまった。

43450538.jpg41212bc0.jpg3階ホームは、1番線と2番線に分けられ、1番線ホームと2番線ホームが向かい合う形で、1本の線路がある。1番線ホームは、東側にあり、ここはスカイライナー(イブニングライナーも含む)専用で、ここには待合室などもある。その為、右側の扉が開く。2番線ホームは、西側にあり、スカイライナー以外の各駅停車や特急快速などが発車する。ここでは、左側の扉が開く。駅はドームでおおわれている。これも新AE形のドーム形の天井に合わせているのかな?このような1本の線路で、列車によって扉を開けるホームが異なるのは、名古屋鉄道の名鉄名古屋駅でも見られる。

京成日暮里0番2京成日暮里0番1階は0番線ホームとして、今後は上り線の専用ホームになる。使われるのは旧1番線だけだ。昨日までは、人人人人で賑わっていたのだが、今日からは打って変わって、到着した時には賑わうが、到着するまでは人の数が少なく、昨日までの混雑は何だったのかという感じになった。というかすっきりしたようだ。今後、この日暮里駅0番線ホームは、改装が行われる予定だ。また、旧2番線は線路自体が撤去されていった。しかし0番線か・・・東京都内では千代田線綾瀬駅の北綾瀬方面の列車が発着する番線であるくらいで、非常に珍しい。

evening liner新しい日暮里駅は、感想を言うと、1番線ホームは、スカイライナーなどの有料列車が出るので、人も多くなく、少しゆったりしている。エスカレーターも前と後ろの2基だけだ。今日行った時は、日中は改札がなかったが、夕方のイブニングライナーでは改札があるので、券がないと入れなかった。しかし、新高速鉄道の開業・新AE形の運転開始後は、運賃などの問題で改札を行わなければいけなくなるだろう。これで乗車券のルートを確認することができるかもしれないからだ。2番線の扉が開く電車が通る時は、「電車が通過します。ご注意ください」との案内が流れる。(2番線の場合は逆になる)

青電と新日暮里駅12番線では、ホームエスカレーターの位置がホーム後方に2か所、前方に1か所ある。しかし、スカイライナーであれば乗る号車が決められるので、ある程度利用が分散をする。しかし、こちらは大多数が利用するスカイライナー以外の列車なので、ある程度の集中がみられる。その為、エスカレーター使用の客が後ろ側に少し偏ってしまうようだ。

京成3000新日暮里駅昨日までの日暮里駅では、後ろの方の車両があまり混んでいなかった(しかし堀切菖蒲園などホーム後方に出入り口がある駅があるので、そうとは言えない部分もある)が、今日からこのような構造になったので、後ろの車両が少し混むようになったようにも見える。また、京成には4・6・8両の列車があるせいか、さ車両の停止位置が待っている位置よりもかなり前の方に進んでしまうこともある。京成は、他の鉄道路線でやっているような乗車位置の徹底した番号の案内などをしていないようにも見える。(東京でも小田急や京王などではやっている)それに前述の後ろの方が進みやすいような駅構造であるから、混雑する車両などが出てしまうのではないかと思う。

青電と新日暮里駅2

先ほども1枚貼ったが、今日は夕方に青電塗装の3300形3356Fがこの日暮里駅にやってきた。京成の往年の塗装として、今復活しているこの3356Fが近代的な日暮里駅に現れたのだ。まさに京成の新旧融合の絵だろう。今日の夕方の上野〜金町間の運用に入った。

変わりつつある日暮里駅。先日、ecute日暮里がJRの方に完成して、新しい日暮里駅の姿が現れたかと思えば、その数ヶ月後には京成を高架線に上げて、新AE形の受け入れ態勢がますます進んだ。長いこと、日暮里駅を使っている者であるが、ここ数年の変化には非常にめまぐるしい。特に京成線との乗り換えは狭い改札やあまり充実していない駅構内を知っているだけあって、この数年の変化は驚くばかりだ。

房総の209系の写真と予告

7931bc62.JPG

房総209系その1まずは、はじめに今日からデビューをした房総地区の209系車両だ。この209系は113系の置き換えのために、京浜東北線で廃車になった209系を短編成に改造した上で、室内には一部にクロスシートを配置し、さらにトイレがついた車両だ。この車両は、将来的には113系だけでなく、数年前に転属して活躍をしている211系も置き換え、すべてをこの車両で統一する予定だ。写真は209系の甲種回送の際に、金町駅で撮影したものです。この甲種回送ではなんとあの新金線を金町〜新小岩間で通過をした。この車両を葛飾区内で見られたのだ。

千葉中央での113系千葉中央での113系2長らく房総の顔として走った113系がこの地域からなくなるのは非常に残念だ。早く乗車や撮影をしておかないと・・・ちなみにこの2枚の写真は、京成の千葉中央駅で撮影をした。千葉中央駅は、外房線・内房線と平行するところに線路があるので、このような構図でとることができる。

さて、房総の209系やE259系の投入&千葉のラジオ局bayfm開局20周年記念で、特別企画を明日から数回にわたって行う。これは、房総特急について思うことを書いていく「Love Our BOSO Express」という企画だ。房総特急といえば、特急さざなみ・わかしお・しおさい・あやめの4つの列車がある。この房総特急もアクアラインの値下げや高速道路の延伸によって影響を受けている。特にこの企画では、房総特急について思うことなどを書いていく。

仙台・山形のたびさき日記は、来週また再開する予定です。待たせてしまいすいません。

  • livedoor Readerに登録
  • RSS
  • livedoor Blog(ブログ)