あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

サヨナラの意味〜北総9000形のラストランを撮影をする

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3月20日に行われた北総9000形のラストラン。この撮影の模様をこちらではお届けをする。

北総9000形のラストランは午前と午後の2回で印西牧の原〜矢切間の千葉県内の往復で、江戸川を越えて東京都内には来なかった。今回も京成3500形の未更新車両と同じく、撮影に回ることにする。

今回のラストランは撮影を3か所で行うことにした。まず新鎌ヶ谷駅で、北総線の一日券を購入をする。一日券は窓口販売となるが、suicaなどのICカードでも購入をすることが可能だ。

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1本目の撮影地に選んだのは白井駅の東側だ。まだ桜の開花シーズンではなく、車両を撮影ができる場所として選んだ。北総線は新鎌ヶ谷以西は高い防音壁や掘割などの関係で駅での撮影ができる場所しかなく、以東であれば印旛日本医大までの間は駅間の撮影ができる場所が多い。この辺りは片側方向の道路2本を挟んで鉄道が走るという大阪や神戸などの関西で見られるような構造になっている。

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北総7500形や京急の1000形のステンレス車両もやってきた。京急の1000形の最新編成は少し前に京急に乗車をした時に見たが、それは別の機会で記事を書くことにする。京急1000形はアクセス特急としての乗り入れだ。

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11時10分に印西牧の原を出ることになっていたので、11時20分くらいには遅くとも通過をすると思っていた。まず1本目だ。

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立体交差の影のぎりぎりで撮ったものと少し影が入ってしまったものだ。でも影は仕方ないかもしれない。ヘッドマークだけでなく、急行灯もついている。北総9000形のライトは京成の車両の多くと同じく上部についている。ヘッドマークは9011号車はさよなら9000形だ。

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側面も撮影をした。側面の窓割は他の車両では見られないものだった。これも9000形の一つの特徴だった。足回りも台車だけでなく、制御機器なども入れてみた。そして先頭車両には住宅都市公団時代のマークがついている。この車両は昔は住宅都市公団の車両だったが、のちに千葉ニュータウン鉄道になっている。桜の時期には早すぎたが、通いなれた場所を通る風景だった。

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矢切からの2本目を撮影をするのは、新鎌ヶ谷駅の構内にする。撮ってみたかった構図でやってみたくなったからだ。

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11時45分ごろに新鎌ヶ谷駅を通過をした。後ろに見えるのは新京成線の北初富駅の新駅舎だ。北初富駅も、近々高架になるが、北初富駅を入れてみたかったのもある。北初富駅は、この車両は1992年までは、新京成と北総の乗り入れる駅だったからだ。当初は新京成線で松戸駅まで乗り入れていた。その北初富駅も高架になるのだから、その姿を入れてみたかったからだ。

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新鎌ヶ谷駅を高速で通過をする。スカイライナー並みの高速とは言わないもののとにかくスカイライナーが走る路線としてそれに恥じないような動きだった。この背景であれば秋から冬にかけては富士山が見えることもあるのだが、新鎌ヶ谷駅で富士山をバックにして撮影をしたときにこの車両が来なかったのが何より惜しかった。富士山とこの車両のコラボレーションが撮影ができなかったのは後悔すべき点かもしれない。9018号車のこちらのヘッドマークはありがとう9000形だ。

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新鎌ヶ谷駅には警備員の方もいた。最近は各所での撮影のトラブルなどから駅や撮影地で警備員の方も増えているように見える。

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新鎌ヶ谷駅からは京急1000形で印西牧の原へ向かう。この駅でアクセス特急の待避をする。印西牧の原はアクセス特急の通過駅なので注意をしなければならない。

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そして印西牧の原駅に着く。今回のラストランツアーの起終点駅だ。多くの方が撮影をしている。この駅の名物の観覧車と9000形の撮影で最後を飾ることにする。

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そして唯一無二になりそうなのが9011・9018号車に貼っていた公団のマークと印西牧の原の観覧車だ。印西牧の原の観覧車は2007年に開業をし、公団でなくなった時代以後のものだ。なのでこれが唯一の公団マークと印西牧の原の観覧車ということになりそうだ。

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これがヘッドマークのアップだ。向こうから撮影をしたものだ。9011号車のさよなら9000形というヘッドマークになった。1984年から2017年まで33年間北総線を走り、当初は新京成に乗り入れ松戸まで入っていたが、1991年以降は高砂まで北総線が開通をし、京成押上線や都営浅草線・京急線にも乗り入れた。

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これが9000形との最後のカットだ。この車両との最後のカットになった。京成線で身近に見ていた時代は10年前に引退をした北総7000形ほどのインパクトはなかったが、室内が温かみがあり、仕切り板などが変わっていて、この車両も良さげな車両だなと思っていた。京成線や浅草線で身近に乗っていたことも多かったこの車両、ついに別れの日がやってきた。長年お世話になったものだ。今回の撮影は時間の都合上、午前中のみで午後の部は行わなかった。

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この後、隣の千葉ニュータウン中央駅へ向かい、駅から12分ほどの場所にあるベイシアでセルフカレーを食べて帰ることにした。ベイシアは千葉県内にも京成や北総沿線にもあるのだ。

このラストランイベントでは、北総線では印西牧の原での車庫見学があったが、その際は特に北総の係員の方が定時運行を守りたいから早くしてくださいというようなアナウンスがあったようだ。北総線は京成スカイライナーのダイヤを最優先させているために、どうしても定時での運行を守りたかったのかもしれない。

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北総9000形の後釜になる車両は9800形で、京成3700形の3738編成を青と黄色の2色の帯にして走らせる。すでに21日から運行を開始をしている。黄色の帯になる京成3700形は史上初めてだ。慣れるまで時間がかかりそうだ。特に下の写真の実籾駅には営業運転で走る機会はほとんどなくなりそうだ。

記事のタイトルのサヨナラの意味は、乃木坂46の一曲であるが、乃木坂46のメンバーは千葉県内でキャンペーンに出ているメンバーもいたり、京成の駅で配られているニッポン放送のタイムテーブルには乃木坂46のメンバーが出たこともあった。

そして9000形の懐かしの写真を2枚ほど紹介をする。
都営5200と北総9000系
こちらは2006年の都営5200形のラストランの時の印西牧の原駅での写真。5200形とぴったり並んだのだ。もう10年以上が経過をするが、このような日常的な姿さえも懐かしく感じる。都営5200形は新AE形スカイライナーと共演をすることなく終わってしまった。ともにもういない車両になってしまった。

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トリを飾るのはこちらだ。立石駅付近を走る公団のマークがついていた時代の9000形だ。行き先も京急線直通の新逗子行きだ。かつては北総の車両も京急の多摩川から南の横浜や逗子方面に乗り入れていたのだ。京急線の京急川崎以南での画像が見つからなかったが新逗子行きという表示がみられたのは貴重だ。

北総9000形の最後の活躍を追う

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いよいよ3月20日のラストランをもって営業運転を終了をする北総(千葉ニュータウン鉄道)9000形車両。ここでは最後の活躍を中心に紹介をしたい。

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北総9000形の最後の乗車は3月9日に東松戸から行った。ここでは車内の様子なども含めて紹介をする。東松戸としたのは交通費をある程度抑えるためと室内の撮影を少し行いたかったのもある。東松戸18時39分発の西馬込行き(37N運用)に乗る。

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北総9000形といえば真っ先に思いつくのが、仕切り板の形と赤とオレンジの座席だ。仕切り板は、大きいものではないが、形がビートがあってやや独特だ。この時代に製造をされた車両には201系や205系、京成3600形などがあるが、201系や205系などと同じく仕切り板のある。ちょうどこのような車両が増えだした頃だ。小型であるものの、この車両には仕切り板があり、一つの特徴になっている。オレンジと赤の座席は、バケットシートではないが、二色を採用をすることによって、車内に明るさが出ているのも事実だろう。またドアもステンレスでないのも特筆される点かもしれない。なのでこの車両には車内に温かさが感じることが他の京成や北総の車両とも異なる点だろう。
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先頭車両の運転台に近い座席は2人程度が座れる。京成の車両は運転台付近も着席ができることが多い。これが他社と比べた一つの特徴ともいえる。その奥には運転台も見える。運転台は昔ながらのマスコンとブレーキのあるツーハンドル式だ。同時期に登場をした京成の3600形などと違いT字型ハンドルの採用は見送られた。これは当時の事情から垣間見れるかもしれない。

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この車両には1983年(昭和58年)に製造された車両と1990年(平成2年)に製造をされた車両がある。いずれも日本車両のものだ。1983年のプレートがあるのは9011・9012・9015・9016・9017・9018号車の6両でデビュー当初はこの6両だった。主に新京成との乗り入れをしていた時代はこの編成で組んでいた。1990年のプレートがあるのは中間車の9013・9014号車で、高砂開業と都営浅草線などの乗り入れに伴い、6両編成から8両編成にするために作られたものだ。同じ車両でも数年の差があるのだ。同様の例は、昨年廃車になった都営大江戸線の12−000形の初期車両(12−001〜006編成)でも見られた。この車両も6両から8両に編成替えをする。日本車両での製造などの共通点もあった。

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まずは江戸川を越えて、高砂駅で京成線に入る。そしてこの車両で、荒川を越える。この車両で荒川を越えるのはおそらく最後になるかもしれない。何度、この車両で荒川を越えたのだろうか・・・

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荒川の手前の立石駅付近は高架を走ることなく、この車両もなくなってしまう。高架で走った曳舟とは対照的だ。高架の立石駅での走りも見たかった。

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曳舟駅では、旧駅舎と新駅舎に停車をする写真を並べてみた。曳舟駅新駅舎での9000形は上り線は3年7か月、下り線はまさに1年7か月しか見られないものだった。

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押上駅からは都営浅草線に入る。西馬込行きなので浅草線の種別は各駅停車だ。東京スカイツリーの利用者も北総線や京成線、羽田空港や浅草線からもこの車両で多く連れてきたかもしれない。浅草線内は浅草あたりから混雑をしだし、日本橋や銀座、三田など都心部を走り抜ける。西馬込行きなので、五反田や戸越などを通る。五反田駅では多くの利用者があり、中延駅では東急大井町線への乗り換え客もいる。大井町線から日本橋や銀座へ行くには中延からの浅草線が最も便利かもしれない。

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そして西馬込駅に到着。この駅に乗り入れることはもうないかもしれない。そもそも北総線からの西馬込行き自体が朝夕のみで昼間は向かわない。これから北総線へ向けてまた走っていく。1991年から26年間、京成線や浅草線などに乗り入れ、おなじみの顔だったかもしれない。しかし2編成しかなく、遭遇をすることは少なかった。2013年以降は1編成だけになりまた会う機会が少なくなった。北総の車両の中でも他の車両とは少しだけ異なるこの車両。個性は充分であったが仕様が少し異なるのが近年では使いにくかったのかもしれない。

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これは京成線の八広駅で撮影をした9000形の足回りだ。台車を合わせて撮ってみた。最近は台車など足回りを含めて撮影をすることが多いからだ。

ここからは9000形の過去に撮影をした写真から一部を紹介をする

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北総線の写真といえば欠かすことができないのが白井駅付近の桜並木だ。ここはスカイライナーと桜を撮れる場所で有名であるが、2013年に白井駅付近の桜名所で撮影をした9000形だ。白井の桜並木を走る9000形を探したら存在をした。この写真は、桜の枝と9000形がかかっているものだ。


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こちらは2011年に撮影をした9000形だ。この年から3年続けて白井駅付近の桜名所で撮影をしている。満開の桜が膨れ上がっている。

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こちらが2012年に白井駅付近の桜名所で撮影をしたものだ。2012年の時点で9000形は2編成存在をしていた。前後の年と比べると桜の魅力が出ていないが、白井駅の近くのガスタンクを代わりに入れてみた。とはいえ桜と9000形の写真は今考えれば貴重なものかもしれない。まさに撮っておいて良かったの一言に尽きる。もう桜と9000形の共演は見られないのだから。

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こちらは西馬込の都営フェスタでの9000形だ。9000形は過去に2010・2011・2015年に呼ばれている。2010年は京成の3300形のツートンカラーと朱色の車両との並び、2011年には最近廃車になった京成3600形の3618編成(当時は芝山リース車両)、特急金町の表示を出した。

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最新回の2015年では先日引退をした京成3500形の3588F、昨年引退をしたAE100形、京急の名物車両のイエローハッピートレイン、都営大江戸線の車両など多くの車両が並んだ。この浅草線フェスタは、今では会えない車両や貴重な車両の並びがあった。ここでも存在感を大きくアピールをしていた。

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いよいよラストランを迎える唯一無二の存在の北総9000形。最後まで無事に走り切ってほしい。上野や高砂辺りからのラストランも期待をしたが、千葉県内の矢切と印西牧の原の間だけになる。荒川や江戸川はもう越えないかもしれない。でも日常的な存在感はあった車両だ。最後は2010年に京急川崎駅で撮影をしたこの写真で締めたい。

春のいすみ鉄道を訪れて〜梅と菜の花のコラボレーションを撮る

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3月5日にいすみ鉄道へ行ってきた。その写真などを紹介をしたい。

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前日、千葉の某所で用事があり、その後でいすみ鉄道を目指してみることにした。外房線で目指したのは大原駅だった。

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大原駅はいすみ鉄道の起点駅だ。いすみ鉄道の訪問は約5年ぶりだ。この時期を選んだのは、いうまでもなく、名の花が咲いている可能性があるからだ。菜の花といすみ鉄道はまさに代名詞だからだ。

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いすみ鉄道の車両は何年か前に更新がされた。旧車両時代からのムーミンをイメージキャラクターにしているのは現在も継続中だ。沿線には菜の花が少しであるが咲いている。大多喜の方へ行けば、もっと咲いているだろうと思い、大多喜の方を目指した。

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降りたのは城見ヶ丘駅だ。この駅は、幹線道路に面し、駅の近くにはショッピングセンターがある。そしてこの駅は菜の花で有名な駅の一つだ。

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沿道には菜の花が咲いているが、北側に影ができてしまう。とはいえ・・・こちらはキハ350形だ。いすみ鉄道が購入をしたJR西日本のキハ52形を模した天井のライトが特徴だ。しかしいすみ鉄道は、社長さんの考え方からは新型の車両でも旧型車両をオマージュをしたような車両を多く製造をしているものだ。

一つの狙いが大多喜から大原を結ぶ快速列車だ。この列車にはキハ52形とキハ28形が使われる。特に国鉄色のキハ28形が先頭車両ということで何といっても撮影をしたい。いすみ鉄道はキハ52形とキハ28形をJR西日本から購入をしているのはあまりにも有名だ。この快速は大原に到着後は、急行列車として走るために、送り込みを快速にしている。

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立体交差を挟み、望遠では飛ばしてみる。理由は影の量を減らすことと、菜の花を遠くから撮ることだ。このキハ28形自体は、いすみ鉄道を除けば、岩手県を主に走るJRの団体専用車両のKenjiに残るだけで、この車両自体が今やレアものだ。

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菜の花の舞う、城見ヶ丘駅に到着をした。気動車のこの色を生で見ること自体が、約10年前の四国の徳島県以来だ。キハ28形は急行型車両で、JRになってからは快速などで使われた。私は過去に秋田県の花輪線などでキハ28・58形の快速列車に乗ったことがある。そのため、急行というよりも快速や普通列車のイメージがある。

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今度は城見が丘駅の立体交差の橋の上から撮影をした写真より。菜の花の北側に影ができてしまったが、とりあえずはこれだけ出しておく。次撮るときは、午後の方がいいかな・・・午前中は、光線状態が良くない。ただの記録に終わってしまったような。

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そしてキハ52形とキハ28形の急行列車を待つ。キハ52形は何年か前からタラコ色になっている。そしてよくよく見るとスノープラウがついている。なぜならば、この車両はもともと、豪雪地帯の大糸線の南小谷と糸魚川の間で走っていたからだ。

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このタラコ色のキハ52形。春の菜の花と合わせたのはよかったが、やはり左(北)側に影が入ってしまったのはなんか今一つになってしまった。菜の花はいつかリベンジをしてみたい写真だ。

城見ヶ丘駅から大多喜駅へ歩く。駅からは1kmくらい歩く。大多喜駅付近には、外房線の茂原駅からの小港鉄道の路線バスも出ており(500円程度、SuicaなどのICカードの使用は不可)、週末お出かけパスの外房地区の最も遠い駅が茂原駅なので茂原駅からバスで行くのもいいかもしれない。

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大多喜駅には11時38分発の上総中野行きに乗る。この運用もキハ52形とキハ28形だ。キハ28形は、レストランキハとしてレストラン列車となる。キハ52形の方は団体専用客が乗っていて車内が混雑をしている。



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キハ52形の優先座席のステッカーはJR西日本時代のものを使っている。広告も昔の国鉄時代のものを使っている。昔の鉄道列車を強く意識をしているようだ。団体列車なので激しい混雑をしているので早いうちに撮影に回る。

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大多喜駅では出発後にいすみ鉄道の社員の方などが手を振っていた。おそらく団体客が多いためだろう。いすみ鉄道は往年の車両に乗車ができることで、ツアーなどで人気を集めているのかもしれない。

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大多喜駅に止まっている気動車は「特急」という表示をしていた。いすみ鉄道に特急とか走らせられるのかな・・・

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降りた駅は東総元駅だった。この駅の近くには菜の花と梅の名所があるからだ。上総中野からの折り返しの列車を撮影をする。上総中野から大多喜への列車もこのキハ28形と52形が使われるからだ。
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東総元駅付近で撮影をした写真はこちらだ。梅と菜の花の写真を撮影をした。駅からは徒歩5分の場所だ。こちらもキハ28形が先頭に立っている。キハ28形もよくよく見たら、スノープラウがついている。なぜならば、この車両も元々富山で走っていた(主に高山本線)ので、スノープラウが必須だったからだ。この辺りは降雪が少ないがやはり仕様になっているのかもしれない・・・

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側面から撮った梅と菜の花とキハ28形とキハ52形だ。側面からの菜の花もよさそうだ。

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次に紹介をするのが、上総中野方面の列車と梅と菜の花だ。この時期らしく、梅の花も入れてみた。初めからこの撮影地でもよかったかな・・・城見ヶ丘駅のあの事を考えたら・・・

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東総元駅での最後の写真は、梅とのコラボレーションだ。今日はキハ350形が普通列車で就いていた。他の車両の撮影もしたい。またいすみ鉄道には挑戦をしたい。季節感で様々な風景があるからだろう。

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帰りは、城見ヶ丘駅付近のバス停から羽田空港経由品川駅行きのバスに乗る。大多喜からは、東京駅八重洲口行きと羽田空港経由品川駅行きのバスも出ている。それぞれ6本ずつで、東京駅からは御宿・勝浦行きのバスがこの大多喜を通るので行き先に気を付けた方がいいかもしれない。大多喜から約15分の場所に圏央道の市原鶴舞インターチェンジがあり、ここからアクアライン経由で高速道路に乗る。市原鶴舞インターの開通が大多喜への利便性が大きく増したかもしれない。市原鶴舞ということは、小湊鉄道の上総鶴舞駅に近い。アクアラインの効果も圏央道経由でついに大多喜方面にも利便性を及ぼしたかもしれない。

ずっと好きだった〜銀座線01系車両との思い出

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東京メトロ銀座線を走る01系車両が3月10日の運転を持って、営業運転終了し、本日3月12日にラストランが行われた。弊記事では01系車両の最後の活躍とともに、01系の思い出話しなどを書いていきたい。

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01系、1984年にデビューをした銀座線の新星。当時の銀座線は1500形・2000形といった旧型車両の時代で、中には片開きドアの車両もあったそうだ。あるポイントを通過をすると電気が消えるということでも有名な車両だった。そのような車両であったこの01系だったが、01系の車内をここでは紹介をする。01系は初期は、座席のモケットに模様が入っていたが、あとからはバケットシートになった。モケットの模様の方が印象的だったなと思う。

過去に親や祖母との買い物の思い出で、銀座や日本橋(特に三越)などとの思い出を書いていったが、今回は渋谷周辺での思い出話などを書いていきたい。

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銀座線の01系に乗るときは、大体、京成線や都営浅草線から乗り換えるためか、上野駅や浅草駅での乗車が特に多かった。日本橋へ行くのが多かったのは三越へ行くことが多く、都営浅草線の日本橋駅からは特に不利だったからだ。

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そして、今回取り上げるのは渋谷の界隈だ。渋谷はどうしても東京都内、特に東側であると遠くなってしまうことが多く、上野や浅草、日本橋や銀座に比べれば遠い場所だった。その渋谷へ行くときも、銀座線を使うことが特に多かった。

小さいころは、表参道にあるこどもの城へ行くこともあった。そのときに先進的なおもちゃやゲームなどを味わうことができ、それが大変楽しみだった。残念ながらこどもの城自体は数年前に閉鎖をし、写真を撮っていなかったが、このような魅力的な施設がこの辺りには存在をした。

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では話は変わって、渋谷に移る。渋谷といえば、当時からも流行の先端で、スクランブル交差点やハチ公前広場はあまりにも有名であるが、行く機会の少ない時期は本当に映像などで見るだけだった。しかし、ある時期を境にして渋谷へ行くことが多くなった。渋谷の中でも、タワーレコードにあるスタジオやTOKYOFMのスペイン坂スタジオ、渋谷公会堂・オーチャードホールなどへ行くことが多く、そのアクセスなどに銀座線の01系が使われることが多かった。

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これは渋谷の東急百貨店東横店から撮影をした01系だ。01系同士の離合でこちらは、LEDの行き先表示だった33番編成だ。01系も最後の数本はLEDでの行き先表示になっていた。撮影をしたのは2012年であった。当時は東急百貨店東横店からもこのような撮影ができた。


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その渋谷駅での01系だ。最末期で、上はくまモンのラッピング車両。下は通常の01系だ。渋谷駅にやってこない01系・・・それに慣れるまでは時間がかかりそうだ。

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渋谷での楽しみの一つが、スペイン坂スタジオでのTOKYOFMのラジオ番組の公開生放送やラジオ番組の見学だった。スペイン坂スタジオでは、私の当時好きだった歌手やアイドルなどがゲストで公開生放送が行われることが多く、それを一目見ようと渋谷まで出かけた。渋谷で用事があれば、ふらっと立ち寄っては、TOKYOFMのラジオ番組を見学をしたこともあった。スペイン坂スタジオはTOKYOFMのサテライトスタジオであるが、多くの番組を放送をしていた。しかしそのスペイン坂スタジオも昨年、パルコの再開発に伴い閉鎖になった。TOKYOFM自体は、本社は半蔵門にあるが、渋谷だけでなく、六本木などにもスタジオを抱えていた。タワーレコードは、TOKYOFMではなく、J-WAVEやbayfmなど他の首都圏のラジオ局のスタジオとして使うことも多かったがいつの間になくなっていた。スペイン坂スタジオ、タワーレコードスタジオ、01系、当時の渋谷の面影を持つものがいずれもなくなってしまった。余談であるが、渋谷にはかつてTOKYOFMのカタクリコスタジオという別のスタジオもあった。いかにして同局が渋谷を中心に発信をしていたかがわかる気がする。

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渋谷についてもやがて、行く機会が増加をし、渋谷で働いていた時代もあったし、渋谷が身近であると感じた場所に住んだこともあった。なので以前は渋谷へ行くことが特別な存在であったが、今は日常的な存在へと変わった。渋谷についても西口の東急プラザは閉鎖をし、東口も再開発中だ。また、渋谷のライブ会場も、アイアシアターなどもオープンをするなどライブ会場も増えている。いつでも進化を続けている渋谷であるが、01系はバブルの時代から今日まで移り変わる渋谷を走ってきたのではないかと思う。渋谷だけではない。1000形にはどのような変わりゆく渋谷を見せていくのだろうか。それが楽しみだ。

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赤坂や新橋、銀座、日本橋も開発の真っただ中にいる。日本橋も東急百貨店の跡地のコレド日本橋や近辺に大型ビルが立ち並んでいる。そして上野・浅草といった古き良き街を走っていく銀座線。変わりゆく東京と伝統ある東京のシンボルとして走り抜けていくのが銀座線の使命ではないかと思う。

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銀座線の01系で最後に紹介をしたい写真があるのでここで取り上げる。写真は上野公園のオオシマザクラだ。上野ではソメイヨシノの開花はまだであるが、オオシマザクラなどすでに咲いている桜もある。まるで01系の惜別、上野駅に乗り入れていた少し前の京成3500形の原型車両、今月中にラストランを迎える北陸新幹線のE2系の惜別の為に咲いているようなものだ。

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上野公園ではなく、上野にある銀座線の車庫から。そう、踏切通過のシーンだ。銀座線の上野駅の近くには、車庫に入るための踏切があるからだ。

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上野駅の近くにある銀座線のこの踏切は車庫に入るための踏切で、地下鉄にある踏切として有名で軌道社団踏切と呼ばれるとくに有名なものだ。最後の01系はここで締めたかった。地下鉄で最も好きだった車両の最後は、このような場所で締めることにした。

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銀座線01系。それは私が今日までさまざまな思い出のある車両だった。この車両は銀座線で様々な場所へ行く際によく乗った。日常的な京成線から離れて、銀座線に乗ることで気分が高まることがあった。昔は京成の車両に新型車両が少なく、先進的な銀座線を見て、この斬新さに惹かれたのもあるのかもしれない。まさに夢を与えてくれたこの01系車両。末期は銀座線の駅だけでなく、中野富士見町の車庫や丸ノ内線新宿駅などでも撮影をし、各所で撮影をした。ただ丸ノ内線四ツ谷駅で撮影ができなかったのが唯一の後悔かな・・・ずっと好きだったこの車両、本当にさようなら。そして熊本に行った車両は熊本でお会いしましょう。

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こちらは2008年1月に撮影をした01系第17編成による黄色一色の車両だ。トリを飾るのはこの写真だ。これは地下鉄80周年を記念をして、現在の1000形を模して黄色一色になったものだ。このような車両も撮っておいてよかった。

希望の轍〜最近の東北地方を走る車両を紹介をする

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東北地方ならびに関東地方の一部を襲ったあの東日本大震災から6年。今日は3年ぶりに東日本大震災のこの日に東北地方に関する記事を書くことにする。

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東日本大震災の復興関連でのこの最近での最も大きなニュースの一つは、常磐線の浜吉田〜相馬間の開通で常磐線が小高〜原ノ町〜仙台まで完全開通をしたことかもしれない。近日、小高〜浪江間の復旧も予定をしている。また、南側はいわき方面からは竜田までは復旧をしているが、竜田〜富岡間が今年秋の復旧が予定をされている。福島第一原子力発電所の近くの富岡〜浪江間は2020年までの復旧を目指しているという。

ここでは最近撮影をした東北地方に関する鉄道の写真を未公開のものを中心に紹介をする。
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現在、宮城県や福島県では719系の置き換えとして、E721系の4両編成への取り換えが進んでいる。その車両の横浜の総合車両製作所からの甲種輸送を撮影をしたことがあるので、ここで紹介をする。撮影をしたのは、南武線の南多摩駅の近くの是政橋だ。

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東北地方、とりわけ宮城県や福島県を走る車両が、多摩川を越えている。向こうに見えるのは、聖蹟桜ヶ丘の京王百貨店だ。聖蹟桜ヶ丘駅付近は京王百貨店をはじめ、京王の本社があるなど、京王の一大中心地だ。それをバックにして東北への車両が走るのはもはやこのような甲種輸送時しかない。甲種輸送なのでパンタグラフは降ろしている。

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E721系は東北本線や常磐線をはじめ、各路線での中心的な車両になる。まさに福島県や宮城県、とりわけ常磐線沿線では将来の中心的な車両になるだろう。撮影をしたのは昨年の12月だが、今日までブログで公開をしなかったのは、今日に上げることに意味があるからだ。

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719系が置き換えられるのは少し信じられない。なぜならば、仙台で初めて乗ったときに、この車両が中心的な車両で、仙台をはじめとした宮城県や福島県では欠かすことができない車両だからだ。半自動ドアというのもこの地域で初めて知り、ボタン式のドアを使うのもこの車両で初めて知ったからだ。719系は1989年にデビューをし、東北本線や常磐線、仙山線や福島県内の磐越西線で使われている。

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しかしながら、JR東日本全体で1980年代から90年代の初頭の時代に製造をされた211系や415系などの形式の車両の廃車を進めていることから、この車両も廃車が進んでいるのではないかと思う。719系の場合は足回りが急行型車両の455系などを流用をしたもので足回りが特に古くなっているのもある。

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続いて新幹線編。2月に山形新幹線のとれいゆつばさが上京をしたのでその写真も紹介をする。これは王子の北とぴあで撮影をしたものだ。この日は上野〜天童間の団体専用列車でやってきた。

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E3系700番台のとれいゆつばさは主に福島〜新庄間を走る足湯付きの新幹線だ。足湯を使う場合は旅行商品などの購入が必要になるなどハードルが高い。室内はバーなどもあり、乗車をしてみても面白いかもしれない。まさかこの車両が、利根川や荒川を越えて、東京までやってくるとは・・・

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次はE926形のイーストアイだ。2月に大宮駅で撮影をしたものがこちらだ。東北・上越・北陸新幹線のE926形イーストアイはまさに神出鬼没で会うことが難しい。この日は、北陸新幹線で検測が行われて、そのあとに仙台の車両基地に帰るものだった。この車両もよくよく見ると下部にスノープラウがついている。豪雪地帯の山形新幹線や秋田新幹線に乗り入れるのでこれは必須のものだとわかる。

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7月には3日間でJR東日本全線が13000円で乗り放題になるJR東日本30周年パスも販売をされる。こちらは特急券などを買えば、新幹線などにも乗れる。三連休乗車券と使い方はほぼ同じだ。三連休乗車券と違い、北海道はエリアに入っていない。週末パスでは岩手県や三陸地方などには行くことができないので、これを機に使ってみるのもいいかもしれない。被災地の復興はまだまだ続く。その姿も見に行きたいものだ。

京成金町線に乗り入れた3600形を紹介をする


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2月末に京成3600形の3668編成が6両から4両になってからひとつの変化が起きている。今日はこちらについて書いていきたい。

2月25日の京成3500形の未更新(原型)車両の3588編成のラストランの時に「金町線に4両になった3600形のターボくんと呼ばれている編成(3668編成)が走っている」という情報が流れてきた。その日は、午後に用事があったので、見ることはならなかったが、もしも26日も走っているのであるならば、ラストランの撮影の後にでも金町線へ行ければと思い、金町線を目指した。

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高砂駅で乗車をしたのは、3500形であったが、この日は芝山鉄道の所属車両の3540編成が使われていた。この車両は、成田空港とタイアップをした車両で、成田空港から就航をしている都市のステッカーが貼ってある。3537・3538号車は国内線の就航をする国内の都市、3539・3540号車は国際線の就航をする海外の都市がステッカーになっている。こちらについては後ほど詳しく紹介をする。



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金町駅に本当に京成3600形の3668編成が停車をしている。3600形が金町に乗り入れるのは1999年以来だ。まさかあの時に見たものがふたたび見ることになるとは・・・

そして金町駅ではこのような出会いもあったのであるが、この完全版をお届けをする。


なんと小田急4000形と京成の3600形の初対面だ。小田急の4000形は1年ほど前から千代田(常磐)線の綾瀬〜取手間にも乗り入れを開始をした。

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京成金町駅とJR金町駅は道路を挟んで縦と横で垂直に交差をしているが、わずかな位置からJR金町駅に停車中の小田急の車両が見えた。それに加えて、北千住・西日暮里・代々木上原方面に停車中であること。常磐線の通過がないという条件で達成をするというものだ。一つでも抜けてしまえば、実現をしない組み合わせだ。3600形がわずかな隙間であるが、小田急の車両と顔合わせをするとは。金町駅に小田急の車両が来て1年が経過をするが、1年間ずっと3500形のみが小田急の車両との顔合わせをしていたが、3600形もこの組み合わせをするとは!!京成と小田急の車両が顔合わせをするのは、この金町駅しかないかもしれない。

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金町駅での3600形の乗り入れは運転手の習熟運転もあり、結構先かと思ったが、早くから開始をしてびっくりだった。よくよく考えたら、18年前にも3600形が乗り入れ歴もあるし、昔は京急の車両も正月の終夜運転で金町線に乗り入れていた。だから驚くことはないかも知れない。

この新3668編成は、4両なので上野への乗り入れも平日・土休日ともに1往復しか存在をしない。その為に捕まえることが割と難しいかもしれない。

京成3500形の芝山鉄道へのリース車両の車内広告について紹介をする。

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まずは3539・3540号車は国際線の就航される都市が紹介をされている。ステッカーにはハワイやドバイ、スイスが描かれている。

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海外都市の3539・3540号車は、車内広告もハワイや台湾、スイス、イタリアなど海外の都市の宣伝になっている。

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3537・3538号車は国内の都市についての紹介になっている。ステッカーには名古屋や沖縄、札幌が書かれている。

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広告も国内都市になっている。順番に名古屋・大阪・福岡・新潟だ。すなわちAKB48グループの姉妹グループの所在の国内都市すべての紹介が広告でされているのだ。大阪や福岡は飛行機で行くことも多いかもしれないが、主に東京からは新幹線でのアクセスがメインである名古屋や新潟が載っているのは成田空港からの国際線利用者への乗り継ぎの飛行機があるからかもしれない。

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AKBグループの所在都市以外にも、熊本や石川県の金沢などの広告もある。この車両を見て、国内・海外問わずにさまざまな都市を旅をしている気分になれそうだ。

過去に紹介をしなかった写真より。1月に撮影をした81Hの京急車両の京成快速より。
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この日は京急600形の606編成が入り、ブルースカイトレインの車両だった。大佐倉〜酒々井の本佐倉城址へ行き、俯瞰の写真を撮ってきた。冬なので水田は枯れていたので、青と黄土色と緑の風景になった。なお、営業運転は佐倉までであるが、午前中の981Hの佐倉の到着後は佐倉〜宗吾参道間を入庫をするためにこのような写真が撮れる。

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その近くの酒々井駅付近で撮影をしたのが、こちらだ。狙ったものは筑波山だ。筑波山と京急の車両という風景が撮れるのはこの時季だけかもしれない。

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こちらは京成の車両と筑波山だ。筑波山も様々な位置から撮影が出来る。

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続いて1月の別の日に撮影をした京急600形だ。こちらは臼井〜佐倉間の鹿島川を越えるシーンを撮った。冬の澄んだ空気と水面を狙っての水面映しだ。名所の佐倉ふるさと広場よりも佐倉寄りにある。花との風景が狙えない冬は、山や水などを活かして狙う。京急の車両であれば色がはっきりする。

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同じ位置から撮影をした京成の3400形はこちらだ。京成は新AE形以外はなかなか色を出しにくいかも知れない。

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現在、京成の駅などで配布をしている京成らいんには、4月を持ってNMB48を卒業をする藤江れいなさんのインタビュー記事がある。藤江さんは千葉県の出身で特に船橋を起点に京成線のに各地へ向かっていたそうだ。藤江れいなさんは今ではNMB48ではAKB48からの移籍組であるとともに、メンバーの精神的支柱としてチームを引っ張っている点がある。4月にはNMB48の本拠地の大阪だけでなく、本八幡の市川市文化会館でも卒業ライブが行われる予定だ。余談であるが、藤江という駅は兵庫県明石市の山陽電鉄に存在をし、この駅からは奇しくも阪神線に乗り入れることによって大阪市内までつながっている。

AKBグループのメンバーが京成らいんでインタビューを受けるのは、秋元才加さん、岩佐美咲さん、山内鈴蘭さんに続いて4人目だ。いずれも千葉県出身であることが共通をしている。(秋元才加さんと岩佐美咲さんは既に卒業、山内鈴蘭さんは名古屋の方で活躍をしている)京成らいんは今では京成や北総の駅はもちろんのこと、都営浅草線や京急の一部の駅でも取ることができる。

雪の新潟中越地方へ その2〜君はどこにいる?湘南色・赤と黄色の115系と189系を捕まえる

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2月19日の新潟での撮影について引き続き報告をする。前回の分は、こちらだ。午前中は長鳥駅付近での撮影を中心に行った。

長鳥駅では485系の快速列車をはじめ数本の列車を撮影をしていた。次の列車まで時間があるので、最後に撮影をした2本を紹介をする。

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新井〜新潟間を結ぶ快速列車には115系が充当をされる。この日にやってきたのは、N2編成という湘南色の編成だ。新潟車両センターの115系の湘南色は2本いるが、その一本だ。群馬の115系と同じく、湘南色の3両であるが、ここでは快速で走っている。まさか湘南色のこの色と雪の新潟で撮影ができたのは本当によかった。せっかくの快速ならばE129系を使えばいいのに・・・と思うが、E129系はロングシート主体だから外れてしまったのかな・・・と思う。新潟といえば、赤と黄色の115系のN3編成を撮影をしたいのであるが・・・

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次は直江津方面行のE129系を撮影をする。10月に撮影をしたときは、秋の日本海をバックにしたのであるが、雪の中の写真というので冬の新潟を象徴をする写真になった。

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長鳥駅の近くで、除雪車両も撮影をした。雪国ならではの風景だ。次の列車の長鳥駅発は10時48分の長岡行きだ。

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長岡駅へ戻り、フォロワーさんと合流をする。どうやらあの車両があの車両が長岡駅にやってくるようなのだ。11時14分に着く。こちらは特急しらゆき4号のE653系だ。台車を撮影をしてみた。

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そして長岡駅では、ついにこの車両がやってきた。そう、115系の赤と黄色のN3編成だ。なんとこの車両に出会うことができたのだ。まずは駅の手前のスプリンクラーを入れて撮影をすることにした。スプリンクラーがあってこの雪国の風景になるからだ。

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別のスプリンクラーを入れて撮影をする。雪の駅に入線をしていくその姿は、この場所らしいものになりそうだ。

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長岡駅停車中の115系の赤と黄色のN3編成だ。雪が降っていたので、シャッタスピードを低くして、雪の駅に停車をするシーンを演出をした。まずは30分の1で撮り、一番下は0.5分の1で撮影をした。

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長岡駅でのまさかの出来事だった。この車両に会えてよかった。N3?どこかで聞いたことあると思ったら、NGT48のチーム名だ。NGT48にはチームN3と研究生がある。N3というNGT48のチームと同じ車両が、このような色になったのも偶然過ぎて笑うしかない。記事タイトルの君はどこにいる?はNGT48の数少ない楽曲の一つだ。台車や降りしきり雪を絵にしていった。

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朝の時間に長岡駅で撮影をした115系の緑色と飯山線からのキハ110形だ。飯山線は越後川口駅からの路線であるが、一部の時間帯は長岡まで乗り入れる。飯山線は長野・新潟の県境は国内屈指の豪雪路線で、おいこっとという観光列車も走る。飯山線沿線の十日町では十日町雪まつりが行われていた。こちらのライブではNGT48も出て、Maxとき315号を地元の子供たちと披露をしたと長岡でお会いをしたフォロワーさんから聞いた。

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長岡駅前にはセーブオンがあった。セーブオンといえば、群馬県を本拠地に埼玉県・栃木県・千葉県などに多く、新潟県でも主力のコンビニエンスストアであるが、セーブオンは先日ローソンへの転換を発表をしたばかりだ。なのでセーブオン自体が貴重かもしれない。千葉県では京成沿線の佐倉市や成田市、鎌ヶ谷市、白井市などにある。格安の飲料やアイスなどがとくに有名だ。すでに一部店舗のローソンへの転換で、売り上げが上昇をしたそうだ。やはり見慣れないコンビニは他の地域からは入りにくい印象があるのかなと思わざるを得ない。

長岡からは上越線に乗る。しかし、一つ撮影をしたい車両がある。189系だ。189系の足利から新前橋経由での越後中後までのスキーの団体専用列車が走るからだ。車両自体は回送で長岡まで乗り入れるので、長岡付近で撮影をしたい。

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今回、撮影をするのは上越線の北堀之内〜越後堀之内間の名所だ。陸橋の上から走る車両を撮影をする。上越線の水上〜長岡間はほぼE129系に統一をされている。先にこの車両に統一をされた。半自動ドアなどであることなどから豪雪地帯には走りやすいのかもしれない。あとはワンマン化の推進もある。この辺りは人口が幹線にもかかわらず比較的少ないためかも知れない。

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そして14時35分すぎに、長岡から越後中里までの189系がやってきた。189系は豊田車両センターのM51国鉄色の車両だ。すなわち、国内最後の国鉄色の特急車両だ。この編成は豊田にいる3つの189系の中で最も稼働率が高いようだ。M50はほぼ新宿〜河口湖間のホリデー河口湖に専属をしている。M52のグレードアップあずさに来て欲しかったが・・・今日は出番がなかった。中央線では見られない豪雪の189系。このような写真はいつまで撮影が出来るのだろうか。

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北堀之内駅からは、越後湯沢まで向かう。途中の上越国際スキー場駅では大量の乗客があった。見慣れない半自動ドアの車両でワンマンの車両なので乗客が戸惑っていた。なのでこの駅では乗務員の指示ですべてのドアを開けた。まだまだ慣れていないのか・・・と思わざるを得ない。

越後湯沢駅につき、駅から歩いて温泉に入る。越後湯沢駅はスキー客で混雑をしている。この時期の混雑の激しさは相変わらずだ。更に十日町雪祭りもあり、まるで越後湯沢でなく、新宿駅にいるような雰囲気だ。なので、お土産屋はどこも大混雑をする。

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越後湯沢からの新幹線は、指定が満席で、自由席も激しい混雑をしている。しかしここだけは立ちながら高崎まで我慢をし、
高崎ではこの車両に乗り換える。

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高崎駅からはE2系のN編成のあさま658号に乗る。今月限りになった北陸(長野経由)新幹線の長年走る代表的な車両。今はあさまの臨時列車で細々と東京と長野を往復をしている。超満員の上越新幹線と違い、自由席の乗車率は90%以上で立ち客はいない。平日ならば夕方は高崎で座れるかどうかということになるが、今日は日曜日なので座れた。

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大宮で別のホームにもE2系のN編成がやってきた。大宮駅で4割くらいが降り、いよいよ夢の河を聴きながら荒川を越える。この車両で行った長野の思い出。力強い峠越えと下り坂のテクニック。真田家ゆかりの上田や長野を目指していった。そして長野県北部の友人の家へ行った時など思い出はたくさんある。E2系の北陸新幹線はあとわずかであるが、ここで惜別乗車をした。今日は上野駅で降りた

今回は新潟で国鉄型の特急が2形式を撮影が出来るのは最後と考え、2つとも撮影ができてよかった。それだけでなく貴重な雪景色などもいろいろと撮影ができ、これぞ冬の新潟という感じの撮影ができたのが幸いだった。
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