あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

関東鉄道の新型気動車と竜ケ崎線の最近の写真を紹介をする

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今回は最近撮影をした関東鉄道の写真を主に紹介をする。写真は主に竜ケ崎線であるが、一部では常総線も入っている。

まずは常総線の新型車両の5000形の最新編成を目撃をしたのでこちらから紹介をする。
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関東鉄道常総線では2月25日より5000形の5010号車・5011号車という新型車両を導入をした。この車両を3月のある日に守谷駅でたまたま目撃をしたので紹介をする。

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列車は快速下館行きとして使われた。この快速は守谷〜下館間で走り、途中に水海道・石下・下妻に停車をする。つくばエクスプレスを受けて、常総線の利用促進のためには知らせている点もある。この地域は、2015年秋に豪雨被害にあった常総市などからつくばエクスプレス経由での東京へのアクセス列車だ。逆に下館駅では真岡鉄道にも接続をするので、真岡鉄道のSLへのアクセスとして行くのも可能だ。(特に守谷9時43分発の列車は、下館駅でSLもおかと7分で接続が可能)

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車両の色は黄色と青の帯で少し前までの上越新幹線を主に走るE4系Maxと色が同じだ。そして筑波山・加波山のイラストが描かれている。

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車両は新潟トランシスで作られた。以前、この車両の甲種を新潟県内で見たこともある。新潟からの甲種輸送は、白新線の黒山駅を出発をし、信越線や上越線・高崎線で群馬県内を通り、大宮に到着をし、大宮からは東北本線(宇都宮線)で小山駅まで出て、そこから水戸線で下館駅へと向かう。下館駅から搬入をされるのだ。

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これが車内のドア上の広告とヘッドマークだ。5000形も数年間、増備をしている。その一方で旧型車両の数が減りつつある。こちらは平日の朝夕がメインなので早めに記録をしなければならないだろう。

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続いて竜ケ崎線の写真を紹介をする。竜ケ崎線は、土曜日の午前中に走るキハ532形を撮影に行った。今回は春編と過去に紹介をしなかった秋編なども紹介をしたい。

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さて、竜ケ崎市といえば、大相撲の稀勢の里関の出身地だ。竜ケ崎市と書かれることも牛久市と書かれることもある。先日、優勝を決めた際の駅周辺でのインタビューは牛久市にて行われた。この地域の出身であることは確かだ。私は、両親の影響で相撲は昔からなじみが少しある。高校生の時は、両国の国技館に見に行ったこともある。稀勢の里関は久々の日本出身の横綱だ。先日の大阪での春場所では、ケガに見舞われるも初場所に続いての優勝を果たした。今回はその稀勢の里関の優勝記念記事としての役割もある。

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キハ532形の扇風機にはなんとJNRと書かれている。国鉄時代の車両と部品を共通化をしているのだろうか。ちなみにこの車両は1981年に新潟鉄工所(現在の新潟トランシスの前身会社)で製造をされた。

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3月18日の撮影は、春をテーマにして、蠟梅と菜の花、梅を中心に撮影をした。いずれもレンタサイクルを竜ケ崎駅で借りた。

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こちらは菜の花の写真を入地〜竜ケ崎間の入地寄りで撮影をした。側面を見ると往年の京成の車両を連想をさせるのはやはり関東鉄道が京成系の会社だからかもしれない。

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こちらは佐貫〜入地間の入地駅の近くで撮影をした菜の花との写真だ。この時期は菜の花の写真が最も似合うかもしれない。

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こちらは入地駅の近くで梅を入れて撮影をしたものだ。竜ケ崎線を走る早春の花をテーマにして撮影をしてみた。

実は竜ケ崎線には過去に未公開の写真もあるのでここで紹介をしたい。記事を書くのは約1年ぶりであるが、竜ケ崎線のキハ532形は季節を求めに数回撮影に行っている。

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こちらは5月に撮影をしたものだ。初夏の水田を入れて撮影をしたものだ。水面写しを狙ったものであるが、夏のみずみずしさなどを撮ることができる。

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これは秋に撮ったものだ。今度は実った稲穂やコスモス、すすきなどを入れたものだ。どれも美しい風景だ。東京から約50劼任海里茲Δ文塗の気動車が走り、季節を感じることもできる。まさに穴場ともいえるような場所かもしれない。

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なお、竜ケ崎線には普段はキハ2000形が走る。532形の走る土曜日は早朝と夕方くらいから走る。時間帯を変えれば、この車両の写真も撮れる。稀勢の里関の出身地のこの辺りで撮影に行くのもいいかもしれない。

竜ケ崎には道路標識に千葉・市川というのがあり、気になったが、竜ケ崎から幹線道路を通り、利根川の栄橋がある。この対岸が成田(我孫子)線の布佐駅付近に出て、その先に北総線の千葉ニュータウン方面の幹線道路があり、この道路が八千代市へとつながっているためだ。八千代市から国道16号を南下をすれば千葉市に着く。一方、市川といえば、その布佐駅の隣の木下駅付近から木下街道が出ていて、白井や鎌ケ谷を通り、東武野田線の馬込沢駅の付近を通り、市川に至るそうだ。なるほど道路で行けば、印西市や八千代市、鎌ヶ谷市から近いのかとふと思った。

あと4週間となった東武のダイヤ改正を前に〜6050系と500系の新特急の写真などから

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4月21日にいよいよデビューをする東武500系の新特急車両のリバティなどの運転開始をするなどダイヤの全面改正を行う東武鉄道。最近の東武の話題を中心にお届けをしたい

東武鉄道の4月21日のダイヤ改正。主に本線(スカイツリーライン)や野田線などで行われる。その中で2月末に発表をされた内容から紹介をする。詳しくはこちらへ。ダイヤ改正の特集ページはこちらへ。

・東武日光線の快速や区間快速の廃止とスカイツリートレインの休止
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これは前々から話題になっていたのであるが、浅草から日光や会津田島方面を結ぶ6050形を使用をした快速や区間快速が大きく運行を見直すことになる。

まず、浅草発着の快速や区間快速は廃止になる。その代わりに、南栗橋〜東武日光や新藤原への急行・区間急行が運転をされる。急行は、南栗橋・栗橋・板倉東洋大前・新大平下・栃木・新栃木・新鹿沼・下今市から先の各駅に止まる。区間急行は南栗橋・栗橋・板倉東洋大前・新大平下から先の各駅に停車をする。急行と区間急行では新大平下から先が各駅に止まるかそうでないかという点で、異なる。新大平下駅を境になるのは現在の快速や区間快速と同じだ。

したがって、浅草や北千住から日光線の急行や区間急行に乗るには南栗橋駅で乗り換えることになる。急行・区間急行は栗橋にも停車をし、宇都宮線からの利用者への便も図る。

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一時期は快速や区間快速の完全廃止で、代行の列車も走らずに利便性に大きく影響をするのかと思ったが、結果としては南栗橋からの急行や区間急行を走らせることによって、利便性はある程度確保されることになりそうだ。東武日光線の場合は、栗橋駅が京成でいうところの京成船橋駅にあたり、JRとの乗り換え客が非常に多い。東武の場合はどうしても都心部が不利なので、大宮や浦和などのさいたま市内、上野や東京・新宿への直通列車のある栗橋駅での乗り換えの利便性を確保をする目的があるかもしれない。写真は宇都宮線の車内から撮影をした栗橋駅を通過をする東武のスペーシアだ。

一方、浅草や北千住から乗る場合は南栗橋まで向かい、南栗橋で乗り換えることになるが、以前に比べれば利便性は少し落ちてしまいかねない。南栗橋での接続列車が各駅停車で途中駅で本線の急行や準急に乗り換えなければいけないという列車もある。なので時間も手間も少しかかっていまうのではないかと思う。

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東武の特急列車、特に日光線方面は栃木駅や新鹿沼駅まで浅草や北千住・春日部から乗るとかなり割高になるので、快速や区間快速は栃木駅や新鹿沼駅までの利用者からみれば身近だったかもしれない。それゆえに快速の廃止による反発もあるのは事実かもしれない。

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これによって、東武6050系が南栗橋以南にやってくることは定期的になくなる。したがってもう荒川を越えることもなくなりそうだ。特に車両の登場から30年が経過をしている。一部の車両は、1964年から走る6000系の足回りをそのまま使ったものもあり、そちらについては老朽化が発生をしている。

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6050系の改造車両の634型車両を使ったスカイツリートレインもダイヤ改正の直前の4月16日を最後に運航を中止になる。車両自体は残るそうなので、今後の行方はどうなるのだろうか。この列車は、直前では特急券が駅のホームでは買えないなどの問題もあるそうだ。特急料金も栃木〜北千住・浅草でスペーシアと同じ代金を取るなどけっこう使い勝手の悪さもあった。スカイツリートレイン自体はもともと日光や鬼怒川で周遊列車で使う車両を、スカイツリーへのアクセス列車?に変えたそうだ。しかし本当に日光や鬼怒川方面の進行になるのだろうか?個人的には、足利や太田、桐生などへの観光列車などにしてもいいかもしれない。

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東武500系の新特急のリバティについてはすでに試運転が各地で進み、本線や野田線・鬼怒川線などでも行われているそうだ。その中でも3月10日の浅草や北千住発の日光方面への試乗会の模様を夕方に撮影をしたので写真を紹介をする。

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こちらは東武本線の撮影地として定番の鐘ヶ淵〜堀切間で撮影をしたものだ。足回りは撮れないが、見晴らしのよさは随一だ。2月2日の初撮影から2回目の500系の撮影だ。

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この500系新特急を東京都内で見るのも初めてだ。この日は前述の浅草や北千住からの日光への試乗会ツアーと日光の陽明門見学も含めたものだったのでLEDの表示は「団体」だ。

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そして線路の対岸に向かい、菜の花と撮影ができる場所があったのでこちらで撮影をする。菜の花と東武線を撮影ができるスポットだ。そこで浅草からの回送列車を待つ。こちらは半蔵門線からの東急5000系だ。東急田園都市線は、先日2020系という新車の投入が発表をされた。おそらく半蔵門線経由で東武線にも乗り入れることになりそうだ。

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撮影の間に10000系も何台か来た。夕方の時間帯なので、区間準急南栗橋行きや東武動物公園行き、区間急行館林行き・太田行きといった列車が来た。伊勢崎線の久喜以北の館林行き・太田行きといった列車は朝夕のみの運転だ。それだけでなく8両編成の10000系も来て、朝夕はいろいろな行先が撮れる。しかし区間急行と区間準急はややこしい。停車駅の差は、曳舟〜北千住間をノンストップで走る急行や準急に対して、区間急行と区間準急は各駅に止まる。急行と準急では、急行・区間急行は北千住〜東武動物公園間、準急・区間準急は北千住〜新越谷間に通過駅があり、乗りなれないと非常にわかりにくい。

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東急8500系や特急りょうもうの200系も来た。200系のりょうもうの赤と黄色の菜の花の組み合わせは非常によく似合っている。

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そして500系の浅草からの回送だ。早速、菜の花と500系の写真を撮影ができた。早速、菜の花と500系という写真が撮れてよかった。表示は回送だった。夕方だから少し暗い写真になってしまったようだ。


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そしてクレヨンしんちゃんの例の車両は、緑色のマサオ君の写真を撮影ができた。クレヨンしんちゃんのあの車両を走行で撮るのは初めてだ。すでに紹介をしたのは、黄色・赤・緑だ。あとは青とオレンジをそろえればすべてそろうことになる。緑といえば、8000系の亀戸線・大師線の1編成が緑と白の帯になった。まだ写真が出ていないが、のちのち紹介をする。

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こちらは北千住駅の常磐線の2・3番線ホームから撮影をした東武500系だ。これは3月の別の日に撮影をした。もしかたら北千住駅の特急以外のホームに止まる500系も営業運転を開始をしたらあまり見ることができないかもしれない。なのでそこは貴重かもしれない



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そして東武本線内は3月25日からいよいよ日比谷線の13000系車両が乗り入れる。20m4ドア、7両編成の車両で他の車両と比べると注意が必要かもしれない。東武側も20m4ドア7両編成の車両として70000系が導入をされる予定だが、営業運転はまだまだ先になりそうだ。70000系は東武スカイツリーラインの一部区間と近くを走るつくばエクスプレスの車両によく似ている。つくばエクスプレスの車両と並行をする区間もあるだけに互いの共演がみられる日も近いかもしれない。

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東武の新特急運転開始に伴うダイヤの全面改正まであと約4週間。デビューも楽しみだが、SL大樹の運転開始も楽しみだ。8月10日と決まったが、のちに下今市駅へと移動をしていく予定だ。今は南栗橋の車庫にSLの試運転の日には広場も開放をされるそうだ。その試運転も見に行きたい。SL大樹の客車は、JR四国だけでなく、JR北海道の客車も先日、北海道から回送をされ南栗橋に着いたそうだ。まさに東武の革命の丘の頂点で、SL大樹の様々な動きはまさに「夏よ、急げ」なのかもしれない

サヨナラの意味〜北総9000形のラストランを撮影をする

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3月20日に行われた北総9000形のラストラン。この撮影の模様をこちらではお届けをする。

北総9000形のラストランは午前と午後の2回で印西牧の原〜矢切間の千葉県内の往復で、江戸川を越えて東京都内には来なかった。今回も京成3500形の未更新車両と同じく、撮影に回ることにする。

今回のラストランは撮影を3か所で行うことにした。まず新鎌ヶ谷駅で、北総線の一日券を購入をする。一日券は窓口販売となるが、suicaなどのICカードでも購入をすることが可能だ。

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1本目の撮影地に選んだのは白井駅の東側だ。まだ桜の開花シーズンではなく、車両を撮影ができる場所として選んだ。北総線は新鎌ヶ谷以西は高い防音壁や掘割などの関係で駅での撮影ができる場所しかなく、以東であれば印旛日本医大までの間は駅間の撮影ができる場所が多い。この辺りは片側方向の道路2本を挟んで鉄道が走るという大阪や神戸などの関西で見られるような構造になっている。

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北総7500形や京急の1000形のステンレス車両もやってきた。京急の1000形の最新編成は少し前に京急に乗車をした時に見たが、それは別の機会で記事を書くことにする。京急1000形はアクセス特急としての乗り入れだ。

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11時10分に印西牧の原を出ることになっていたので、11時20分くらいには遅くとも通過をすると思っていた。まず1本目だ。

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立体交差の影のぎりぎりで撮ったものと少し影が入ってしまったものだ。でも影は仕方ないかもしれない。ヘッドマークだけでなく、急行灯もついている。北総9000形のライトは京成の車両の多くと同じく上部についている。ヘッドマークは9011号車はさよなら9000形だ。

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側面も撮影をした。側面の窓割は他の車両では見られないものだった。これも9000形の一つの特徴だった。足回りも台車だけでなく、制御機器なども入れてみた。そして先頭車両には住宅都市公団時代のマークがついている。この車両は昔は住宅都市公団の車両だったが、のちに千葉ニュータウン鉄道になっている。桜の時期には早すぎたが、通いなれた場所を通る風景だった。

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矢切からの2本目を撮影をするのは、新鎌ヶ谷駅の構内にする。撮ってみたかった構図でやってみたくなったからだ。

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11時45分ごろに新鎌ヶ谷駅を通過をした。後ろに見えるのは新京成線の北初富駅の新駅舎だ。北初富駅も、近々高架になるが、北初富駅を入れてみたかったのもある。北初富駅は、この車両は1992年までは、新京成と北総の乗り入れる駅だったからだ。当初は新京成線で松戸駅まで乗り入れていた。その北初富駅も高架になるのだから、その姿を入れてみたかったからだ。

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新鎌ヶ谷駅を高速で通過をする。スカイライナー並みの高速とは言わないもののとにかくスカイライナーが走る路線としてそれに恥じないような動きだった。この背景であれば秋から冬にかけては富士山が見えることもあるのだが、新鎌ヶ谷駅で富士山をバックにして撮影をしたときにこの車両が来なかったのが何より惜しかった。富士山とこの車両のコラボレーションが撮影ができなかったのは後悔すべき点かもしれない。9018号車のこちらのヘッドマークはありがとう9000形だ。

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新鎌ヶ谷駅には警備員の方もいた。最近は各所での撮影のトラブルなどから駅や撮影地で警備員の方も増えているように見える。

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新鎌ヶ谷駅からは京急1000形で印西牧の原へ向かう。この駅でアクセス特急の待避をする。印西牧の原はアクセス特急の通過駅なので注意をしなければならない。

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そして印西牧の原駅に着く。今回のラストランツアーの起終点駅だ。多くの方が撮影をしている。この駅の名物の観覧車と9000形の撮影で最後を飾ることにする。

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そして唯一無二になりそうなのが9011・9018号車に貼っていた公団のマークと印西牧の原の観覧車だ。印西牧の原の観覧車は2007年に開業をし、公団でなくなった時代以後のものだ。なのでこれが唯一の公団マークと印西牧の原の観覧車ということになりそうだ。

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これがヘッドマークのアップだ。向こうから撮影をしたものだ。9011号車のさよなら9000形というヘッドマークになった。1984年から2017年まで33年間北総線を走り、当初は新京成に乗り入れ松戸まで入っていたが、1991年以降は高砂まで北総線が開通をし、京成押上線や都営浅草線・京急線にも乗り入れた。

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これが9000形との最後のカットだ。この車両との最後のカットになった。京成線で身近に見ていた時代は10年前に引退をした北総7000形ほどのインパクトはなかったが、室内が温かみがあり、仕切り板などが変わっていて、この車両も良さげな車両だなと思っていた。京成線や浅草線で身近に乗っていたことも多かったこの車両、ついに別れの日がやってきた。長年お世話になったものだ。今回の撮影は時間の都合上、午前中のみで午後の部は行わなかった。

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この後、隣の千葉ニュータウン中央駅へ向かい、駅から12分ほどの場所にあるベイシアでセルフカレーを食べて帰ることにした。ベイシアは千葉県内にも京成や北総沿線にもあるのだ。

このラストランイベントでは、北総線では印西牧の原での車庫見学があったが、その際は特に北総の係員の方が定時運行を守りたいから早くしてくださいというようなアナウンスがあったようだ。北総線は京成スカイライナーのダイヤを最優先させているために、どうしても定時での運行を守りたかったのかもしれない。

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北総9000形の後釜になる車両は9800形で、京成3700形の3738編成を青と黄色の2色の帯にして走らせる。すでに21日から運行を開始をしている。黄色の帯になる京成3700形は史上初めてだ。慣れるまで時間がかかりそうだ。特に下の写真の実籾駅には営業運転で走る機会はほとんどなくなりそうだ。

記事のタイトルのサヨナラの意味は、乃木坂46の一曲であるが、乃木坂46のメンバーは千葉県内でキャンペーンに出ているメンバーもいたり、京成の駅で配られているニッポン放送のタイムテーブルには乃木坂46のメンバーが出たこともあった。

そして9000形の懐かしの写真を2枚ほど紹介をする。
都営5200と北総9000系
こちらは2006年の都営5200形のラストランの時の印西牧の原駅での写真。5200形とぴったり並んだのだ。もう10年以上が経過をするが、このような日常的な姿さえも懐かしく感じる。都営5200形は新AE形スカイライナーと共演をすることなく終わってしまった。ともにもういない車両になってしまった。

北総9000新逗子
トリを飾るのはこちらだ。立石駅付近を走る公団のマークがついていた時代の9000形だ。行き先も京急線直通の新逗子行きだ。かつては北総の車両も京急の多摩川から南の横浜や逗子方面に乗り入れていたのだ。京急線の京急川崎以南での画像が見つからなかったが新逗子行きという表示がみられたのは貴重だ。

北総9000形の最後の活躍を追う

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いよいよ3月20日のラストランをもって営業運転を終了をする北総(千葉ニュータウン鉄道)9000形車両。ここでは最後の活躍を中心に紹介をしたい。

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北総9000形の最後の乗車は3月9日に東松戸から行った。ここでは車内の様子なども含めて紹介をする。東松戸としたのは交通費をある程度抑えるためと室内の撮影を少し行いたかったのもある。東松戸18時39分発の西馬込行き(37N運用)に乗る。

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北総9000形といえば真っ先に思いつくのが、仕切り板の形と赤とオレンジの座席だ。仕切り板は、大きいものではないが、形がビートがあってやや独特だ。この時代に製造をされた車両には201系や205系、京成3600形などがあるが、201系や205系などと同じく仕切り板のある。ちょうどこのような車両が増えだした頃だ。小型であるものの、この車両には仕切り板があり、一つの特徴になっている。オレンジと赤の座席は、バケットシートではないが、二色を採用をすることによって、車内に明るさが出ているのも事実だろう。またドアもステンレスでないのも特筆される点かもしれない。なのでこの車両には車内に温かさが感じることが他の京成や北総の車両とも異なる点だろう。
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先頭車両の運転台に近い座席は2人程度が座れる。京成の車両は運転台付近も着席ができることが多い。これが他社と比べた一つの特徴ともいえる。その奥には運転台も見える。運転台は昔ながらのマスコンとブレーキのあるツーハンドル式だ。同時期に登場をした京成の3600形などと違いT字型ハンドルの採用は見送られた。これは当時の事情から垣間見れるかもしれない。

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この車両には1983年(昭和58年)に製造された車両と1990年(平成2年)に製造をされた車両がある。いずれも日本車両のものだ。1983年のプレートがあるのは9011・9012・9015・9016・9017・9018号車の6両でデビュー当初はこの6両だった。主に新京成との乗り入れをしていた時代はこの編成で組んでいた。1990年のプレートがあるのは中間車の9013・9014号車で、高砂開業と都営浅草線などの乗り入れに伴い、6両編成から8両編成にするために作られたものだ。同じ車両でも数年の差があるのだ。同様の例は、昨年廃車になった都営大江戸線の12−000形の初期車両(12−001〜006編成)でも見られた。この車両も6両から8両に編成替えをする。日本車両での製造などの共通点もあった。

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まずは江戸川を越えて、高砂駅で京成線に入る。そしてこの車両で、荒川を越える。この車両で荒川を越えるのはおそらく最後になるかもしれない。何度、この車両で荒川を越えたのだろうか・・・

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荒川の手前の立石駅付近は高架を走ることなく、この車両もなくなってしまう。高架で走った曳舟とは対照的だ。高架の立石駅での走りも見たかった。

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曳舟駅では、旧駅舎と新駅舎に停車をする写真を並べてみた。曳舟駅新駅舎での9000形は上り線は3年7か月、下り線はまさに1年7か月しか見られないものだった。

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押上駅からは都営浅草線に入る。西馬込行きなので浅草線の種別は各駅停車だ。東京スカイツリーの利用者も北総線や京成線、羽田空港や浅草線からもこの車両で多く連れてきたかもしれない。浅草線内は浅草あたりから混雑をしだし、日本橋や銀座、三田など都心部を走り抜ける。西馬込行きなので、五反田や戸越などを通る。五反田駅では多くの利用者があり、中延駅では東急大井町線への乗り換え客もいる。大井町線から日本橋や銀座へ行くには中延からの浅草線が最も便利かもしれない。

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そして西馬込駅に到着。この駅に乗り入れることはもうないかもしれない。そもそも北総線からの西馬込行き自体が朝夕のみで昼間は向かわない。これから北総線へ向けてまた走っていく。1991年から26年間、京成線や浅草線などに乗り入れ、おなじみの顔だったかもしれない。しかし2編成しかなく、遭遇をすることは少なかった。2013年以降は1編成だけになりまた会う機会が少なくなった。北総の車両の中でも他の車両とは少しだけ異なるこの車両。個性は充分であったが仕様が少し異なるのが近年では使いにくかったのかもしれない。

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これは京成線の八広駅で撮影をした9000形の足回りだ。台車を合わせて撮ってみた。最近は台車など足回りを含めて撮影をすることが多いからだ。

ここからは9000形の過去に撮影をした写真から一部を紹介をする

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北総線の写真といえば欠かすことができないのが白井駅付近の桜並木だ。ここはスカイライナーと桜を撮れる場所で有名であるが、2013年に白井駅付近の桜名所で撮影をした9000形だ。白井の桜並木を走る9000形を探したら存在をした。この写真は、桜の枝と9000形がかかっているものだ。


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こちらは2011年に撮影をした9000形だ。この年から3年続けて白井駅付近の桜名所で撮影をしている。満開の桜が膨れ上がっている。

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こちらが2012年に白井駅付近の桜名所で撮影をしたものだ。2012年の時点で9000形は2編成存在をしていた。前後の年と比べると桜の魅力が出ていないが、白井駅の近くのガスタンクを代わりに入れてみた。とはいえ桜と9000形の写真は今考えれば貴重なものかもしれない。まさに撮っておいて良かったの一言に尽きる。もう桜と9000形の共演は見られないのだから。

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こちらは西馬込の都営フェスタでの9000形だ。9000形は過去に2010・2011・2015年に呼ばれている。2010年は京成の3300形のツートンカラーと朱色の車両との並び、2011年には最近廃車になった京成3600形の3618編成(当時は芝山リース車両)、特急金町の表示を出した。

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最新回の2015年では先日引退をした京成3500形の3588F、昨年引退をしたAE100形、京急の名物車両のイエローハッピートレイン、都営大江戸線の車両など多くの車両が並んだ。この浅草線フェスタは、今では会えない車両や貴重な車両の並びがあった。ここでも存在感を大きくアピールをしていた。

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いよいよラストランを迎える唯一無二の存在の北総9000形。最後まで無事に走り切ってほしい。上野や高砂辺りからのラストランも期待をしたが、千葉県内の矢切と印西牧の原の間だけになる。荒川や江戸川はもう越えないかもしれない。でも日常的な存在感はあった車両だ。最後は2010年に京急川崎駅で撮影をしたこの写真で締めたい。

春のいすみ鉄道を訪れて〜梅と菜の花のコラボレーションを撮る

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3月5日にいすみ鉄道へ行ってきた。その写真などを紹介をしたい。

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前日、千葉の某所で用事があり、その後でいすみ鉄道を目指してみることにした。外房線で目指したのは大原駅だった。

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大原駅はいすみ鉄道の起点駅だ。いすみ鉄道の訪問は約5年ぶりだ。この時期を選んだのは、いうまでもなく、名の花が咲いている可能性があるからだ。菜の花といすみ鉄道はまさに代名詞だからだ。

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いすみ鉄道の車両は何年か前に更新がされた。旧車両時代からのムーミンをイメージキャラクターにしているのは現在も継続中だ。沿線には菜の花が少しであるが咲いている。大多喜の方へ行けば、もっと咲いているだろうと思い、大多喜の方を目指した。

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降りたのは城見ヶ丘駅だ。この駅は、幹線道路に面し、駅の近くにはショッピングセンターがある。そしてこの駅は菜の花で有名な駅の一つだ。

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沿道には菜の花が咲いているが、北側に影ができてしまう。とはいえ・・・こちらはキハ350形だ。いすみ鉄道が購入をしたJR西日本のキハ52形を模した天井のライトが特徴だ。しかしいすみ鉄道は、社長さんの考え方からは新型の車両でも旧型車両をオマージュをしたような車両を多く製造をしているものだ。

一つの狙いが大多喜から大原を結ぶ快速列車だ。この列車にはキハ52形とキハ28形が使われる。特に国鉄色のキハ28形が先頭車両ということで何といっても撮影をしたい。いすみ鉄道はキハ52形とキハ28形をJR西日本から購入をしているのはあまりにも有名だ。この快速は大原に到着後は、急行列車として走るために、送り込みを快速にしている。

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立体交差を挟み、望遠では飛ばしてみる。理由は影の量を減らすことと、菜の花を遠くから撮ることだ。このキハ28形自体は、いすみ鉄道を除けば、岩手県を主に走るJRの団体専用車両のKenjiに残るだけで、この車両自体が今やレアものだ。

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菜の花の舞う、城見ヶ丘駅に到着をした。気動車のこの色を生で見ること自体が、約10年前の四国の徳島県以来だ。キハ28形は急行型車両で、JRになってからは快速などで使われた。私は過去に秋田県の花輪線などでキハ28・58形の快速列車に乗ったことがある。そのため、急行というよりも快速や普通列車のイメージがある。

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今度は城見が丘駅の立体交差の橋の上から撮影をした写真より。菜の花の北側に影ができてしまったが、とりあえずはこれだけ出しておく。次撮るときは、午後の方がいいかな・・・午前中は、光線状態が良くない。ただの記録に終わってしまったような。

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そしてキハ52形とキハ28形の急行列車を待つ。キハ52形は何年か前からタラコ色になっている。そしてよくよく見るとスノープラウがついている。なぜならば、この車両はもともと、豪雪地帯の大糸線の南小谷と糸魚川の間で走っていたからだ。

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このタラコ色のキハ52形。春の菜の花と合わせたのはよかったが、やはり左(北)側に影が入ってしまったのはなんか今一つになってしまった。菜の花はいつかリベンジをしてみたい写真だ。

城見ヶ丘駅から大多喜駅へ歩く。駅からは1kmくらい歩く。大多喜駅付近には、外房線の茂原駅からの小港鉄道の路線バスも出ており(500円程度、SuicaなどのICカードの使用は不可)、週末お出かけパスの外房地区の最も遠い駅が茂原駅なので茂原駅からバスで行くのもいいかもしれない。

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大多喜駅には11時38分発の上総中野行きに乗る。この運用もキハ52形とキハ28形だ。キハ28形は、レストランキハとしてレストラン列車となる。キハ52形の方は団体専用客が乗っていて車内が混雑をしている。



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キハ52形の優先座席のステッカーはJR西日本時代のものを使っている。広告も昔の国鉄時代のものを使っている。昔の鉄道列車を強く意識をしているようだ。団体列車なので激しい混雑をしているので早いうちに撮影に回る。

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大多喜駅では出発後にいすみ鉄道の社員の方などが手を振っていた。おそらく団体客が多いためだろう。いすみ鉄道は往年の車両に乗車ができることで、ツアーなどで人気を集めているのかもしれない。

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大多喜駅に止まっている気動車は「特急」という表示をしていた。いすみ鉄道に特急とか走らせられるのかな・・・

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降りた駅は東総元駅だった。この駅の近くには菜の花と梅の名所があるからだ。上総中野からの折り返しの列車を撮影をする。上総中野から大多喜への列車もこのキハ28形と52形が使われるからだ。
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東総元駅付近で撮影をした写真はこちらだ。梅と菜の花の写真を撮影をした。駅からは徒歩5分の場所だ。こちらもキハ28形が先頭に立っている。キハ28形もよくよく見たら、スノープラウがついている。なぜならば、この車両も元々富山で走っていた(主に高山本線)ので、スノープラウが必須だったからだ。この辺りは降雪が少ないがやはり仕様になっているのかもしれない・・・

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側面から撮った梅と菜の花とキハ28形とキハ52形だ。側面からの菜の花もよさそうだ。

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次に紹介をするのが、上総中野方面の列車と梅と菜の花だ。この時期らしく、梅の花も入れてみた。初めからこの撮影地でもよかったかな・・・城見ヶ丘駅のあの事を考えたら・・・

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東総元駅での最後の写真は、梅とのコラボレーションだ。今日はキハ350形が普通列車で就いていた。他の車両の撮影もしたい。またいすみ鉄道には挑戦をしたい。季節感で様々な風景があるからだろう。

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帰りは、城見ヶ丘駅付近のバス停から羽田空港経由品川駅行きのバスに乗る。大多喜からは、東京駅八重洲口行きと羽田空港経由品川駅行きのバスも出ている。それぞれ6本ずつで、東京駅からは御宿・勝浦行きのバスがこの大多喜を通るので行き先に気を付けた方がいいかもしれない。大多喜から約15分の場所に圏央道の市原鶴舞インターチェンジがあり、ここからアクアライン経由で高速道路に乗る。市原鶴舞インターの開通が大多喜への利便性が大きく増したかもしれない。市原鶴舞ということは、小湊鉄道の上総鶴舞駅に近い。アクアラインの効果も圏央道経由でついに大多喜方面にも利便性を及ぼしたかもしれない。

ずっと好きだった〜銀座線01系車両との思い出

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東京メトロ銀座線を走る01系車両が3月10日の運転を持って、営業運転終了し、本日3月12日にラストランが行われた。弊記事では01系車両の最後の活躍とともに、01系の思い出話しなどを書いていきたい。

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01系、1984年にデビューをした銀座線の新星。当時の銀座線は1500形・2000形といった旧型車両の時代で、中には片開きドアの車両もあったそうだ。あるポイントを通過をすると電気が消えるということでも有名な車両だった。そのような車両であったこの01系だったが、01系の車内をここでは紹介をする。01系は初期は、座席のモケットに模様が入っていたが、あとからはバケットシートになった。モケットの模様の方が印象的だったなと思う。

過去に親や祖母との買い物の思い出で、銀座や日本橋(特に三越)などとの思い出を書いていったが、今回は渋谷周辺での思い出話などを書いていきたい。

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銀座線の01系に乗るときは、大体、京成線や都営浅草線から乗り換えるためか、上野駅や浅草駅での乗車が特に多かった。日本橋へ行くのが多かったのは三越へ行くことが多く、都営浅草線の日本橋駅からは特に不利だったからだ。

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そして、今回取り上げるのは渋谷の界隈だ。渋谷はどうしても東京都内、特に東側であると遠くなってしまうことが多く、上野や浅草、日本橋や銀座に比べれば遠い場所だった。その渋谷へ行くときも、銀座線を使うことが特に多かった。

小さいころは、表参道にあるこどもの城へ行くこともあった。そのときに先進的なおもちゃやゲームなどを味わうことができ、それが大変楽しみだった。残念ながらこどもの城自体は数年前に閉鎖をし、写真を撮っていなかったが、このような魅力的な施設がこの辺りには存在をした。

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では話は変わって、渋谷に移る。渋谷といえば、当時からも流行の先端で、スクランブル交差点やハチ公前広場はあまりにも有名であるが、行く機会の少ない時期は本当に映像などで見るだけだった。しかし、ある時期を境にして渋谷へ行くことが多くなった。渋谷の中でも、タワーレコードにあるスタジオやTOKYOFMのスペイン坂スタジオ、渋谷公会堂・オーチャードホールなどへ行くことが多く、そのアクセスなどに銀座線の01系が使われることが多かった。

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これは渋谷の東急百貨店東横店から撮影をした01系だ。01系同士の離合でこちらは、LEDの行き先表示だった33番編成だ。01系も最後の数本はLEDでの行き先表示になっていた。撮影をしたのは2012年であった。当時は東急百貨店東横店からもこのような撮影ができた。


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その渋谷駅での01系だ。最末期で、上はくまモンのラッピング車両。下は通常の01系だ。渋谷駅にやってこない01系・・・それに慣れるまでは時間がかかりそうだ。

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渋谷での楽しみの一つが、スペイン坂スタジオでのTOKYOFMのラジオ番組の公開生放送やラジオ番組の見学だった。スペイン坂スタジオでは、私の当時好きだった歌手やアイドルなどがゲストで公開生放送が行われることが多く、それを一目見ようと渋谷まで出かけた。渋谷で用事があれば、ふらっと立ち寄っては、TOKYOFMのラジオ番組を見学をしたこともあった。スペイン坂スタジオはTOKYOFMのサテライトスタジオであるが、多くの番組を放送をしていた。しかしそのスペイン坂スタジオも昨年、パルコの再開発に伴い閉鎖になった。TOKYOFM自体は、本社は半蔵門にあるが、渋谷だけでなく、六本木などにもスタジオを抱えていた。タワーレコードは、TOKYOFMではなく、J-WAVEやbayfmなど他の首都圏のラジオ局のスタジオとして使うことも多かったがいつの間になくなっていた。スペイン坂スタジオ、タワーレコードスタジオ、01系、当時の渋谷の面影を持つものがいずれもなくなってしまった。余談であるが、渋谷にはかつてTOKYOFMのカタクリコスタジオという別のスタジオもあった。いかにして同局が渋谷を中心に発信をしていたかがわかる気がする。

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渋谷についてもやがて、行く機会が増加をし、渋谷で働いていた時代もあったし、渋谷が身近であると感じた場所に住んだこともあった。なので以前は渋谷へ行くことが特別な存在であったが、今は日常的な存在へと変わった。渋谷についても西口の東急プラザは閉鎖をし、東口も再開発中だ。また、渋谷のライブ会場も、アイアシアターなどもオープンをするなどライブ会場も増えている。いつでも進化を続けている渋谷であるが、01系はバブルの時代から今日まで移り変わる渋谷を走ってきたのではないかと思う。渋谷だけではない。1000形にはどのような変わりゆく渋谷を見せていくのだろうか。それが楽しみだ。

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赤坂や新橋、銀座、日本橋も開発の真っただ中にいる。日本橋も東急百貨店の跡地のコレド日本橋や近辺に大型ビルが立ち並んでいる。そして上野・浅草といった古き良き街を走っていく銀座線。変わりゆく東京と伝統ある東京のシンボルとして走り抜けていくのが銀座線の使命ではないかと思う。

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銀座線の01系で最後に紹介をしたい写真があるのでここで取り上げる。写真は上野公園のオオシマザクラだ。上野ではソメイヨシノの開花はまだであるが、オオシマザクラなどすでに咲いている桜もある。まるで01系の惜別、上野駅に乗り入れていた少し前の京成3500形の原型車両、今月中にラストランを迎える北陸新幹線のE2系の惜別の為に咲いているようなものだ。

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上野公園ではなく、上野にある銀座線の車庫から。そう、踏切通過のシーンだ。銀座線の上野駅の近くには、車庫に入るための踏切があるからだ。

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上野駅の近くにある銀座線のこの踏切は車庫に入るための踏切で、地下鉄にある踏切として有名で軌道社団踏切と呼ばれるとくに有名なものだ。最後の01系はここで締めたかった。地下鉄で最も好きだった車両の最後は、このような場所で締めることにした。

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銀座線01系。それは私が今日までさまざまな思い出のある車両だった。この車両は銀座線で様々な場所へ行く際によく乗った。日常的な京成線から離れて、銀座線に乗ることで気分が高まることがあった。昔は京成の車両に新型車両が少なく、先進的な銀座線を見て、この斬新さに惹かれたのもあるのかもしれない。まさに夢を与えてくれたこの01系車両。末期は銀座線の駅だけでなく、中野富士見町の車庫や丸ノ内線新宿駅などでも撮影をし、各所で撮影をした。ただ丸ノ内線四ツ谷駅で撮影ができなかったのが唯一の後悔かな・・・ずっと好きだったこの車両、本当にさようなら。そして熊本に行った車両は熊本でお会いしましょう。

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こちらは2008年1月に撮影をした01系第17編成による黄色一色の車両だ。トリを飾るのはこの写真だ。これは地下鉄80周年を記念をして、現在の1000形を模して黄色一色になったものだ。このような車両も撮っておいてよかった。

希望の轍〜最近の東北地方を走る車両を紹介をする

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東北地方ならびに関東地方の一部を襲ったあの東日本大震災から6年。今日は3年ぶりに東日本大震災のこの日に東北地方に関する記事を書くことにする。

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東日本大震災の復興関連でのこの最近での最も大きなニュースの一つは、常磐線の浜吉田〜相馬間の開通で常磐線が小高〜原ノ町〜仙台まで完全開通をしたことかもしれない。近日、小高〜浪江間の復旧も予定をしている。また、南側はいわき方面からは竜田までは復旧をしているが、竜田〜富岡間が今年秋の復旧が予定をされている。福島第一原子力発電所の近くの富岡〜浪江間は2020年までの復旧を目指しているという。

ここでは最近撮影をした東北地方に関する鉄道の写真を未公開のものを中心に紹介をする。
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現在、宮城県や福島県では719系の置き換えとして、E721系の4両編成への取り換えが進んでいる。その車両の横浜の総合車両製作所からの甲種輸送を撮影をしたことがあるので、ここで紹介をする。撮影をしたのは、南武線の南多摩駅の近くの是政橋だ。

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東北地方、とりわけ宮城県や福島県を走る車両が、多摩川を越えている。向こうに見えるのは、聖蹟桜ヶ丘の京王百貨店だ。聖蹟桜ヶ丘駅付近は京王百貨店をはじめ、京王の本社があるなど、京王の一大中心地だ。それをバックにして東北への車両が走るのはもはやこのような甲種輸送時しかない。甲種輸送なのでパンタグラフは降ろしている。

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E721系は東北本線や常磐線をはじめ、各路線での中心的な車両になる。まさに福島県や宮城県、とりわけ常磐線沿線では将来の中心的な車両になるだろう。撮影をしたのは昨年の12月だが、今日までブログで公開をしなかったのは、今日に上げることに意味があるからだ。

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719系が置き換えられるのは少し信じられない。なぜならば、仙台で初めて乗ったときに、この車両が中心的な車両で、仙台をはじめとした宮城県や福島県では欠かすことができない車両だからだ。半自動ドアというのもこの地域で初めて知り、ボタン式のドアを使うのもこの車両で初めて知ったからだ。719系は1989年にデビューをし、東北本線や常磐線、仙山線や福島県内の磐越西線で使われている。

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しかしながら、JR東日本全体で1980年代から90年代の初頭の時代に製造をされた211系や415系などの形式の車両の廃車を進めていることから、この車両も廃車が進んでいるのではないかと思う。719系の場合は足回りが急行型車両の455系などを流用をしたもので足回りが特に古くなっているのもある。

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続いて新幹線編。2月に山形新幹線のとれいゆつばさが上京をしたのでその写真も紹介をする。これは王子の北とぴあで撮影をしたものだ。この日は上野〜天童間の団体専用列車でやってきた。

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E3系700番台のとれいゆつばさは主に福島〜新庄間を走る足湯付きの新幹線だ。足湯を使う場合は旅行商品などの購入が必要になるなどハードルが高い。室内はバーなどもあり、乗車をしてみても面白いかもしれない。まさかこの車両が、利根川や荒川を越えて、東京までやってくるとは・・・

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次はE926形のイーストアイだ。2月に大宮駅で撮影をしたものがこちらだ。東北・上越・北陸新幹線のE926形イーストアイはまさに神出鬼没で会うことが難しい。この日は、北陸新幹線で検測が行われて、そのあとに仙台の車両基地に帰るものだった。この車両もよくよく見ると下部にスノープラウがついている。豪雪地帯の山形新幹線や秋田新幹線に乗り入れるのでこれは必須のものだとわかる。

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7月には3日間でJR東日本全線が13000円で乗り放題になるJR東日本30周年パスも販売をされる。こちらは特急券などを買えば、新幹線などにも乗れる。三連休乗車券と使い方はほぼ同じだ。三連休乗車券と違い、北海道はエリアに入っていない。週末パスでは岩手県や三陸地方などには行くことができないので、これを機に使ってみるのもいいかもしれない。被災地の復興はまだまだ続く。その姿も見に行きたいものだ。
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