あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

雪の新潟中越地方へ 〜その1・雪の最後の485系などを追う

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2月18・19日に新潟の中越地方へ行ってきた。そこでの撮影の模様などを紹介をしたい。

今回、新潟へ行ったのは485系の新潟〜糸魚川間の快速列車の乗車や撮影と115系の撮影等だ。その中でも特に雪景色を撮影をしたいとこの時期に行くことにした理由だ。なお、NGT48に関するイベントや劇場には今回は参加をしていない。

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池袋から高速バスで長岡へ行く。長岡行きのバスは、バスタ新宿から池袋・大宮・川越に停車をし、長岡駅などに止まり、新潟駅へと向かう路線だ。1日2本のみで特に長岡駅へ直接乗り入れるのはこの路線のみなので貴重だ。川越までは首都高速や一般道を走り、池袋〜川越だけでも1時間30分もかかる。なので所要時間は池袋から長岡まで5時間くらいかかる。

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群馬県の高崎・前橋付近は赤城山や榛名山などが見え天気が良かったが、昨年の大河ドラマの真田丸での舞台の一つだった群馬県の沼田を過ぎたあたりから雪の天気に変わり、上越国境の関越トンネル付近では雪がかなり積もり、新潟県内も雪がかなり積もっていた。トンネルを何本も突っ切る新幹線と違い、どこを境目に降雪をしているかが高速バスでははっきりわかる。やはり沼田の辺りがその境目なのか。新潟県内は越後湯沢を越えてからは積雪が多い地域を通過をした。長岡駅には18時40分とほぼ定時に着いた。大半が長岡駅で降りていた。

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長岡駅からは19時1分発の快速糸魚川行きに乗車をする。この列車は3月3日を持って廃止になる列車だ。この列車は最後の485系を使った定期列車だ。長岡駅からの乗客も比較的多かった。長岡から直江津方面でSuicaを使う場合は、柏崎や直江津など限られた駅のみで利用ができ、できない駅も多いので気をつけなければならない。

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快速糸魚川行きで、短い区間であるが、最後の485系の定期列車を味わう。485系は特急車両であるが、電動車に乗ったとしても音が響かない。特急車両は静粛性を重視をしているので、それが魅力だ。天井部の案内表示はこの列車では使われていない。特急北越やいなほなどで乗車をした際は使われていた。縦で自由席と書いてある昔ながらの表示も国鉄型車両の昔からあるものとして、今でも重要に見えてしまう。

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長岡駅から30分弱であるが乗車をし、柏崎駅につく。柏崎駅で降りることにする。時間の都合上、仕方なかった。柏崎は雪がかなり積もっている。乗車をしたのはR28編成だった。元はといえば青森にいた車両だったが、新潟に転属になった。

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夜の柏崎駅に停車をしていた115系。降りしきる雪の中を115系が止まっているシーンを何枚も写してみた。今回の写真は、冬季の新潟を撮りに行きたいというのもあった。シャッタースピードを25分の1や15分の1、そして5分の1で撮影をした。絞りを3.5から4くらいにして明るくしていった。

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特にこの緑色の115系はあと2本しかない。両方とも13分の1で撮影をした。上の5分の1の写真と比べると、少し暗く感じてしまう。絞りも感度も同じにしてみた。

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柏崎には大阪を本拠地としている上新電機(Joshin)が駅の近くにあった。Joshinは新潟県にも結構な数あるそうだ。柏崎だけでなく、新潟市や燕市、上越市や長岡市などにもあるそうだ。新潟に多くあるのは意外だ。関東でも浦安市や板橋区や西東京市の田無、市川市(市川大野)、草加市や越谷市などにもある。新店の開店の際にはTBSラジオや文化放送などでもCMが流れることもある。

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長岡まで115系でもどる。特に長岡〜直江津間はE129系での運用が増えている中、115系は貴重な運用だ。115系は、ドアを手で開ける。この手で開けるドアを襖を開けるようだと評していた方がいる。なおこれはある女性タレントが115系に乗った時の感想だ。

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長岡のホテルではルマンドアイスを駅前のヨーカドーで買う。ルマンドアイスは、新潟県・富山県・石川県・福井県の4県限定だ。ルマンドとはブルボンの人気菓子だ。そのルマンドがアイスになったもので、昨年末に東京都内でも限定的に販売をされたそうだが、超人気で即売り切れてしまったそうだ。すぐ溶けてしまうので、新潟のホテルに泊まったときにでも食べたいと思い、今回は購入に至った。

2月19日の朝は、長鳥駅の近くの名所へと向かう。この辺り、特に長鳥駅と長岡よりの塚山駅付近は有名な撮影地がある。この長鳥〜塚山間は東頸城丘陵を越える区間で海岸沿いの柏崎と盆地の長岡を分ける境目だ。このあたりの雪景色はいつかは撮影をしたいと思ったからだ。

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長鳥駅まではE129系に乗る。これまで115系で手で扉を開けていたが、半自動ドアで開けるようになり115系とは違う。信濃川も豪雪だった。

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長鳥駅につく。撮影地は長鳥駅と歩いて5〜6分の踏切だ。この時期は閉鎖をしている場所もあり、冬季の撮影には注意を要する。長鳥駅はまさに銀世界だ。

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1台目のターゲットは、115系の快速だ。直江津〜長岡間の快速が115系で充当をされる。後ろを見れば晴れ間が見える。雪晴れの中、雪しぶきを上げて走る115系をまず撮ることができた。新潟といえばこれなのだ。

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次はEF510形牽引の貨物列車だ。こちらも雪晴れの中やってきた。機関車は見えても後ろが雪しぶきであまり良く見えない。でもこれぞ新潟という感じの写真だ。

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お次はE653系の特急しらゆき1号だ。ひたち時代はオレンジ色の4両だったが名前通り「しらゆき」の中を走っている。ひたち時代と違い、スノープラウを履いている。これが新潟では必須だからだ。色や風景だけでなく、このような点でも、ひたち時代とは全く違う。

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余りにも寒いので、長鳥駅に戻り、駅で撮影をしたしらゆき2号だ。名前通りの風景だ。寒いが、湿気はあるのでそこまで気の滅入るような寒さではない。東京ならばこの時季は乾燥をして、その寒さの影響を受けているが、新潟は湿気があるのでそれだけでも東京とは違うと感じた。このあとにE129系の普通列車が来たが、こちらは逃してしまった。さっきの雪晴れとは一転。今度は曇ってきた。

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そして9時10分頃に485系の快速列車がやってきた。長鳥駅を通過をしている。485系の雪景色は、北越時代に撮りに行ったことがあるがここまで深くなかった。昨夜乗車をした車両の折り返しなのでR28編成だ。

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明るくなりすぎないかつぶれないようにしたのでシャッタースピードを320分の1にしたので降り続く雪は少し丸くなってしまったが、雪しぶきを上げて、雪が降っているとわかる写真だ。このような中で、485系の快速を撮影をすることができた。10月に米山駅の近くで撮影をしたときは海がテーマであったが、今回は雪ということで新潟らしい二つのシチュエーションで収めてみたかったのもある。最後の485系がこのような形での撮影になったのはよかった。

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新潟の485系は、特急北越として金沢〜長岡間、特急いなほとして新潟〜羽後本荘間、更にらくらくライナーなどで新潟〜長岡間でも乗車をしており、乗車では金沢から羽後本荘まで乗った。その昔は青森に乗り入れていたこともあった。上はいなほ、真ん中・下は北越時代の写真だ。このような写真も3年から4年前まではまだ撮影ができた。485系が最後の輝きを誇っていたこの新潟。定期列車は最後になってしまうが、様々な風景が撮影できて本当に良かったと思う。

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続編として、115系と新潟県内を19日に走った189系の団体専用列車をメインにした記事を後に作る予定でいる。115系の赤と黄色の車両はどこにいるのだろうか?なんと衝撃的な展開に今後は乞うご期待。続編はこちらへ。

サヨナラが美しくて〜京成3500形未更新(原型)車両のラストランを追う


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2月25・26日に行われた京成3500形の未更新(原型)車両のラストラン運転ツアー。今回は、参加をせずに写真を何枚か撮ってきたのでこちらを紹介をする。

25日は朝の宗吾参道〜上野間の送り込みの撮影のみを行い、26日に数本を撮影をするという形式を取っていった。なので25日は1箇所、26日は5箇所の合計6箇所だ。

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25日は市川真間駅での送り込みの写真を撮影をした。1月に走ったシティライナー81号と同じ時間ではないかと予想をし、市川真間駅に8時0分頃にいた。そしたら8時5分すぎにやってきた。

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送り込みの列車は、種別板は「回送」の表示だった。「回」という表示を出す最後の車両になった。かつての京成では種別板で「回」という一文字を出していた。

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市川真間駅では数分間停車をする。宗吾参道から上野まで、船橋競馬場や市川真間、千住大橋で数分停車をして、定期列車の待避などを行う。市川真間駅では上野行きの快速特急に抜かれた。今回のラストランについては、卒業・感謝といった種別板がつくが、こちらは上野駅に着いた後に行われたそうだ。25日については午前中のみが時間が取れて、午前中はまた別の列車の撮影を行うべく、武蔵野線の駅を目指したので、市川真間駅での撮影が唯一となった。

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25日のルートは上野から柴又へ向かい、柴又から押上線で押上へ向かい、押上からは津田沼まで向かい、津田沼から千葉線・千原線に入り、ちはら台へ。そして、ちはら台から津田沼へ向かい、津田沼から宗吾参道を目指したそうだ。写真はかつて撮影をした雪が残る関屋駅と千葉みなとのポートタワーから撮影をした千原線を走る3500形の未更新(原型)車両だ。

そして26日。この日は、一日動けるので朝から撮影に入る。最初は宗吾参道からの送り込みを撮影をする。まず選んだのが、堀切菖蒲園〜関屋間の荒川鉄橋だ。ここは超定番であるが、ヘッドマークがないために今回は東京スカイツリーと荒川という形で撮影をする。

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荒川の通過は8時25分すぎということになっていた。上野へ向かうべく、最後の荒川越え。客は誰も乗っていない、何十年も越えてきたこの川。東京スカイツリーが完成をする40年も前からここを走っていた。ただこの車両の車歴は1980年製造なので、37年間荒川を越えてきた。東京スカイツリーの完成後は押上へ乗り入れることはほとんどなかったが、押上辺りをずっと見守ってきたのではないかと思う。わずかな期間は途中駅の乗り換えであるが、スカイツリーへの輸送客も乗せていたかもしれない。

26日のルートは、上野〜柴又〜押上〜東成田〜成田〜成田空港〜宗吾参道と25日とは違うルートだった。そこで次の撮影とを考えた。押上線の荒川と言いたかったが、今回は曳舟駅を目指すことにする。

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曳舟を選んだのは、2015年に完全高架が達成され、現在の曳舟駅を通過をする3500形の未更新(原型)車両は滅多にない機会と思ったからだ。3500形の未更新(原型)車両は近年は押上線や浅草線に乗り入れることがほとんどなく、貴重な機会だからだ。

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押上線は全列車8両編成だ。それに比べると4両編成はかなり短く感じる。なので4両編成での撮影となると感覚の難しさがある。9時45分頃、曳舟駅を通過をした。3588号車は感謝のヘッドマークをつけている。

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そして押上からの折り返しを狙う。青砥方面に京急1000形のイエローハッピートレインが来たので、こちらも狙ってみた。ここでも高架の新しい曳舟駅通過というめったにない機会を狙いたいからだ。

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通過をしたのは午前9時59分だ。直前に浅草方面に3000形の3029編成の快速特急羽田空港行きが通過をし、この列車と裏被りということになった。とはいうものの、置き換わる車両、置き換える車両という構図で並びを撮ることができたのは良いかもしれない。それも曳舟駅の高架という滅多にないチャンスだった。3588編成には卒業という表示が種別板にある。

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直後の列車で荒川を越え、東へと向かう。この列車を追いに東へと向かう。そのような中、次に目指したのは市川真間駅だった。市川真間駅では30分以上の停車があるためだ。ここで数分間だけ撮影をすれば、後でも間に合うだろうと思ったからだ。3500形の3588編成はもう荒川を2度と越えないのだろう・・・

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江戸川を越えた市川真間駅に着く。3500形のこの編成は江戸川ももう2度と越えないのかもしれない。とにかく駅構内が混雑をしている。この駅は私立の女子校があり、普段は女子中高生で賑わうのであるが、今日はこの車両を撮影をしようと別の客層で賑わっている。ここでは「感謝」という種別板を撮影をした。

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市川真間からは、次の各駅停車で八幡へ行き、特急に乗り換え、一気に東を目指す。しかしながら特急は成田空港への利用客などでスーツケースや旅行かばんを持った客が多い。そのため、八幡や船橋で座れなかった。船橋・津田沼を越え、八千代台・勝田台も越え、臼井や佐倉などのこの車両を何度もとっている場所を通過をした。

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降りたのは酒々井駅だ。11時13分に到着をする。駅から25分歩く本佐倉城址は時間的に無理として、その近くの踏切にて撮影をすることにする。ここならば酒々井駅から10分弱で着く。ただ、酒々井の通過時刻は11時45分頃で、11時46分発に上野行きの特急があるので下手すれば・・・ということになりかねない。

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しかし、結果としては被らずに済んだ。先にこの列車が通過をしてくれたのだ。この列車もあと少しで目的地につく。ここでは走行写真として最後の写真を撮ることにした。

そして最後の撮影地へ。となると宗吾参道よりも東となるが、最後の撮影地は成田駅を目指すことにした。駅間撮影地は駅からは遠く、成田駅の方が良いかも知れない。宗吾参道駅などは混雑をする可能性があり、それを避けたかったのもある。

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酒々井12時33分発の成田空港行きに乗り、成田駅に着くと東成田からの3500形が来た。これが最後の撮影になった。

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2番線に停車中のこの列車。これが最後の形式写真になるのかもしれない。成田駅では8分くらい停車をしている。

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成田駅の駅名標と3500形の未更新(原型)車両。新しくなった駅名票を入れる。上下二段式の下降可能な窓は京成では伝統であるが、3枚並ぶのはこの車両が実は最後だ。この上下下降窓の3枚連なりは京成の見慣れた姿だ。過去に廃車になった3200形や3300形もこのタイプだった。

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そして成田駅から成田空港駅へと向かい、成田駅の1番線に戻ってきた3500形3588編成。ここでも10分近く停車をする。最後の姿だ。駅での表示は「団体専用」だ。今回は5箇所回ったこの撮影。これで終わりにする。

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2番線には、3700形の特急上野行きが止まっている。3700形が導入をされ、量産をされていた当時はこの3500形がハズレであったと感じたこともあった。今日はそのような思い出も忘れて、最後の姿をともに撮ることができてよかった。近年は各駅停車メインで地味な活躍であったが、様々なことが甦って、この成田駅で見送った。サヨナラが美しくては名古屋の某グループの昨年卒業をしたメンバーの卒業曲であったが、今回の追いかけはまさにそのようなサヨナラが美しくて感じた。悲しみの言葉じゃない、サヨナラが美しすぎて・・・、この言葉が似合うような最後の撮影であった。そして撮影がメインになったこの数年では、さまざまな風景や姿を写してきた。これも遠い記憶になるのかもしれない。


北総9000形、3月にラストランへ

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2日連続の京成の話題となるが、北総の9000形車両が2017年3月20日のラストランのツアーを持って、引退をすることになった。

ラストランのツアーは3月20日に行われる。25・26日の京成3500形の原型車両のラストランと同じく、ツアーイベントとして行われ、印西牧の原〜矢切間の往復で行われる。午前・午後の2回行われる。2月27日に京成トラベルにて販売をされる。(詳しくはこちらへ)

北総9000形は正式には千葉ニュータウン鉄道の所有であるが、便宜上は北総9000形と表記をする。
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デビューは1984年で当初は、北総線の千葉ニュータウン中央から新京成線の松戸まで走っていたが、1991年の北総線の高砂乗り入れによって、京成線・都営浅草線・京急線へと乗り入れた。四半世紀以上にわたり、京成線内などではお馴染みの顔だった。1984年から92年までは、北総線から新京成線へは、新鎌ヶ谷駅の近くに信号所が有り、北初富駅で新京成と北総の乗務員が変わっていたが、北総線の新鎌ヶ谷駅の開通から少し後の92年に新京成線にも新鎌ヶ谷駅が開業をし、北総線から新京成線への乗り入れは中止となった。北総の車両では10年ほど前に引退をした7000形、そしてこの車両が新京成線に主に乗り入れていたが、7300形もごくわずかの期間松戸に乗り入れていたこともあった。写真は新鎌ヶ谷駅から撮影をした北初富駅であるが、当時はこの辺に北総線と新京成線の連絡線があった。当初は6両であったが、前述の高砂延伸・浅草線などの乗り入れの際に8両になった。そのため、中間車両2両は1990年の製造になっている。

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北総9000形は、北総線では現在唯一のつーハンドル車両でチョッパ制御ということで、運転台も足回りも他の車両に違って異なっていた。このような点での保守に厄介さなどがあったのかもしれない。北総9000形は実際に2013年に1編成が廃車になっており、よく4年も1編成が残っていたというのが本音かも知れない。

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北総9000形は当初は2000形であったが、京急と番号が重複をすることにより、1994年から9000形に改番をされた。最終的に2編成のみであったので、どちらかといえば地味な車両だったかもしれない。しかしながら、実際に2013年に1編成が廃車になっており、よく4年も廃車にならずに残っていたというのが本音かも知れない。

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私も初めてこの車両が江戸川を越えて、京成線に乗り入れ、さらに荒川の向こうに行くということを知ったときは当時の7000形ほどではなかったが、感動をしてしまった。のちにそれが日常のものになり、この車両を見てきた。

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北総線内ではわずかながらの特急や快速などで優等列車で使われる一方で、京急線内では快特や急行などで走ることも多い。写真はある年の1月3日に京急川崎駅へと乗り入れた写真だ。当時は箱根駅伝の蒲田の踏切対策で羽田空港発着の一部が京急川崎発着となっていた。
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京急線内では快特で走ることもあり、羽田空港への輸送を担っている。羽田空港を降りた利用者が乗ることの多い車両かも知れない。時間帯によれば特急や急行で走ることもある。北総・京成線内ではあまり見られない急行灯の点灯も多い。
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毎年春に行われる北総春祭りではこの車両が登板をすることもあった。2010年には上野に乗り入れ、上野〜千葉ニュータウン中央間の列車として走り、2013年と2016年には成田〜高砂〜千葉ニュータウン中央間の列車としても走った。そのときは普段乗り入れない京成線の区間にも乗り入れた。また、毎年、春にはヘッドマークをつけて走ることも多かった。

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日常的に見ていく車両がまた一つ姿を消すことになった。最後のこの日まで走って欲しいものだ。

京成3500形未更新(原型)車両の最後の雄姿を追う

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いよいよ2月25・26日のさよなら運転ツアーをもって引退をする京成3500形の未更新(原型)車両についての最後の活躍を追った姿をここでは特集をしよう。

今年に入り、この車両を追ったのが2月4・11・18日のいずれも土曜日の朝だ。4日と11日には朝の51運用(津田沼→上野、上野→高砂)、18日は金町線に入ったのでその写真を紹介をする

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4日は朝の早い時間帯に3500形の未更新(原型)車両が津田沼から上野の51運用に入るということになっていたので、それを追ってみることにした。荒川鉄橋で狙うことにした。この日は、朝の温度がかなり低く、空気が澄んでいたのでならばと思い、富士山とのコラボレーションを期待ができると思い、富士山と撮影ができる荒川の堀切橋の歩道から狙ってみることにした。左隅に富士山が見えた。少し見えにくいが、富士山とのコラボレーションを目指してみることにした。

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3500形の未更新(原型)車両の高砂行きとして走る。左隅に富士山が見える。富士山と京成3500形の原型という最後のコラボレーションを撮影をした。走行をしているシーンなどは何度も撮影をしているので、今回はこの時季らしいものとして富士山とのコラボレーションを最初で最後の撮影で挑戦をすることにした。新鎌ヶ谷駅などのように大きく見えることはないが、富士山と京成という写真を撮るのは東京ならではなのかもしれない。

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ここは架線が入ってしまうが、台車と主電動機を撮影をした。台車も結構老朽化をしているようにも見える。この日はこれだけ撮影をしただけだった。

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2月11日も4日同様に、朝の51運用に入り、津田沼→上野→高砂の運用に入るという情報を昨夜に手に入れていたので、この日も追うことにした。この日については、惜別乗車をした。

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この日は、青砥→上野間で乗車をした。この区間はこの車両に最も多くの乗車をした区間の一つなので、当時を思い出しながら乗ることにした。

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おそらく乗車では最後になるかもしれない荒川を越えた。何度この車両で荒川を越えたことか。かつては東京の中心部へ行くときに乗っていたことも多かった。この車両は各駅停車だけでなく、急行や特急などにも使われたこともあり、おなじみの車両だった。当時の思い出もいろいろよみがえってくることもある。特に3700形の登場直後などは、この車両はなんかはずれだったこともあった。なぜ3700形に乗れずにこれだったのかと。当時は日常を支えていた。その為に車内に懐かしさも感じることもあるが、ドアがかなりガタガタしていたことに老朽化を感じさせた。最後に近いの乗車は懐かしさだけでなく、当時をも思い出すものだ。京成の車両の場合は、それが強く感じさせてしまう。

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上野までこの車両に乗る。当時上野へ行ってもこの車両が待っていたこともあった。それが当時の風景と重なるのもかもしれない。上野駅ですいているこの車両を見ると自宅の最寄り駅まで運んでくれた。これが昔から見る風景だった。博物館や美術館、そして多慶屋やアメ横などの買い物などの上野での用事だけでなく、銀座線や日比谷線沿線、山手線沿線だけでなく、東北新幹線や上越新幹線などに乗り、上野で降りた後もこの車両が待っていてくれた。上野駅ですいているこの車両を見るとやはり当時を思い出してしまう。

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車内のプレートなども撮影をした。1980年に東急車輌で製造をされ、37年も走ってきた。東急車輌は総合車両製作所になった今も京成の重要な取引先だ。余談であるが、3500形には更新をした現在の車両には京成では珍しい川崎重工の車両もある。この車両を最後に京成では川崎重工との取引はない。たまごちゃんステッカーのここは3人がけですという車内の案内プレートは京成ではかつてはよく見られたものだ。この後、3000形の3033編成に上野駅から乗車をし、京成の新旧車両を味わった。(詳しくはこちらへ)

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次は2月18日。この日も朝の時間帯に、入っていた。前日の話から金町線ではないかという予想がされていた。この日は朝に新金線に新潟のNO.DO.KAが走っていたので、その撮影後にすぐに向かった。51運用は、3500形の通常の更新車両であったのでもしやと思い行くとこの車両だった。撮影をした場所は高砂駅近くの京成自動車学校の付近だ。ちなみに京成自動車学校は私が運転免許を取得をした教習所だ。

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柴又駅を背に走る列車。高砂駅入線前に幕回しを行った。上から芝山千代田・千葉中央・成田空港行きだ。この区間は複線であるが、右側は高砂の車庫へとつながっている線路なので、左側での単線運転となる。

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高砂駅到着前には、押上などの幕回しも見られた。3500形の未更新車両は走行範囲が狭まった。押上などへ行く機会は最末期は動揺測定以外ほとんどなかった。浅草線の乗り入れも2015年の西馬込の都営フェスタを最後になかったかもしれない。そのときは展示回送だったので、営業乗り入れとなると2008年の印西牧の原から西馬込の都営フェスタ号が最後だったかもしれない。

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最後は柴又〜金町間の柴又浄水場付近で。単線区間を走るこの車両、長年このエリアでは見られた。

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いよいよラストランまであと2日、どのようなルートになるかはわからない。そして長いこと身近にいた車両がなくなってしまう。そちらの方が個人的に寂しい。最末期は、各駅停車がメインであったが、種別板に特急や急行などの表示は見ていて興奮をしたこともあった。そのような日常性を感じさせ、優等列車では興奮を感じさせたこの車両もいよいよラストランを迎える。

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これは2015年12月に撮影をした荒川と東京スカイツリーと3500形未更新(原型)車両。京成の定番アングルは多数あるが、やはりスカイツリーは例え東武のものでも京成では欠かせない風景の一つだろう。多くの思い出を残した3500形の未更新車両が夢の河を越えていくのだ。最後の荒川越えの時も近い・・・

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最近の京成のトピックスとして、3600形の6両編成の3668編成。いわゆるターボ君と呼ばれている編成が4両編成に組み替えられたことだ。したがって、もう優等列車で使われることはないかもしれない。これは関屋駅で昨年10月に撮影をした6両編成の快速だ。(平日の朝の11時前に上野到着の快速に6両がある。土日は夜に成田→高砂の列車に6両の快速がある)急行灯もついているのでまさに優等列車そのものだ。この編成が4両になり、金町線などでの活躍も見られるかもしれない。金町に乗り入れとなるとかなり久しぶりになるのでそれはそれで楽しみだ。余剰になった2両は残念ながら廃車になってしまった。

あなたがいてくれたから〜583系車両、ついに引退へ

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ついにというかその時がやってきた。秋田車両センターに所属をする583系がラストランを迎えることになった。

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2012年に大阪と新潟を結ぶ急行きたぐにをもって定期運用から引退をし、あと秋田車両センターに残る1編成がしばしば団体専用列車などで活躍をすることが多い。その秋田車両センターの編成が2017年4月を持って引退をするのだ。4月2日は秋田〜湯沢と十文字〜秋田間の団体専用列車、4月8日には秋田〜弘前間の団体専用列車で走る。4月9日には秋田駅での抽選制の車両展示会も行われる予定だ。

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これまで度々引退するのではないかと言われていたが、ついにそれが現実になったものだ。それにしても1972年から45年もの間よく走ってきたよと言いたいものだ。富士山や都電荒川線・東京スカイツリー・多摩川など関東の風景とのコラボレーションも貴重なものになった。これらの写真はすべてこの1年以内に撮影をしたものだ。

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さて、今回は京都鉄道博物館に収蔵をしている583系を紹介をしたい。京都鉄道博物館には館内に583系が展示をされている。

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500系・489系のボンネット車両・そして583系と3つの車両が並んでいる。この583系は主に急行きたぐにで使われた35号車だ。

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側面のヘッドマークは寝台特急月光で新大阪〜博多の行き先表示になっている。今では山陽新幹線でN700系などが最高速度300kmで通過をし、2時間20分で結ぶこの区間であるが、昔は583系も大阪と九州の間を多数走っていたのだ。特に月光という列車はこの583系を生かした列車だったのだ。東京出身であれば九州の列車に583系が走っていたのは写真でしか見たことがない。

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京都鉄道博物館の583系は寝台にしたままのセットの状態での展示がされている。車内に入ることができないのが残念だ。

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京都鉄道博物館では、実はその時に寝台特急展を開催をしていた。その時に急行きたぐにのヘッドマークが展示をされていた。NMB48とNGT48の本拠地を結ぶ列車であるが、両グループの本拠地を結ぶこととなることができなかったのが惜しかった。

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その大阪と新潟を結ぶ急行きたぐに以外にも1994年までは寝台特急つるぎも存在をしていた。今のNMB48・NGT48ともに大半のメンバーは寝台特急つるぎの廃止後に生まれている。

実は、大阪駅・新潟地区ともに583系を撮影をしているので、その写真を紹介をしたい。

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まずは大阪駅。2003年の夏に撮影をしたものだ。これは急行東北夏祭り号という青森行きの列車だ。当時存在をした寝台特急日本海の増発列車という位置づけだ。

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583系きたぐに2
そして新潟では1999年に急行きたぐにを新津駅で撮影をしている。もっと早く撮影に目覚めていれば、急行きたぐには沢山撮れたかもしれない。

583系の俯瞰
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急行きたぐには本当に撮る機会が少なかったかもしれない。でも撮っておいて良かったこともあった。余談の中の余談であるが、来週の2月25・26日には大阪のNMB48の劇場にて、NGT48のメンバーによる出張公演も行われる予定だ。特に大阪と新潟の間は急行きたぐにの廃止後、鉄道でのアクセスが難しくなっただけに、関西以西の方にNGT48を見てもらいたいものだ。ちなみにタイトルのあなたがいてくれたからはAKB48の曲の一つだ。

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この数年で首都圏を始め、各地で583系の勇姿を追ってきた。この車両が特に東日本では定期列車が終わっても長年、波動用で走っていたのは奇跡だと思う。特にこの数年間では、秋田や福島、青森まで行きこの車両を追いに行っていた。海に山に水田にそれだけでも与えてくれた風景は奇跡だった。それくらい583系は追う価値のあった車両なのかもしれない。はじめて見てから20年余年、この車両がいた景色は忘れることができないかもしれない。まさにあなたがいてくれたから、どこまでも向かっていたのかもしれない。長年、昼も夜も走ってきた583系、その終着駅は間近に迫っているようだ。

冬将軍のリグレット〜富士山をバックに東海道新幹線のドクターイエローを撮影をする

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2月のこの時季は空気の澄んでいる。このような時季に撮影をするにあたり、一つかなえたいものがあった。それは富士山と鉄道の撮影だ。

やはりここに来て王道の写真を撮影をしたい。そう、東海道新幹線か小田急線あたりだ。どの路線にしようか考えたところ、2月12日にドクターイエローが東海道新幹線で下りに走るという情報を得た。なので12日にドクターイエローを追いかけることにした。日曜日の方が都合がよいので撮影にはもはやこの日に合わせることにした。

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行きは小田原まで小田急で行き、小田原から東海道線に乗り換える。熱海〜三島間はSuicaの使えない区間なので、この区間に限っては乗車券を買う。熱海駅からは吉原駅まで乗車をする。熱海駅では特急踊り子の増結シーンも撮影をした。某アイドルではないが、これは連結はロマンなのかもしれない。

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吉原駅からは岳南鉄道であるが、岳南鉄道は京王井の頭線の3000系を1両編成にして走っている。12日はB1グランプリのミニ大会が富士市で開催をされていたらしく、その宣伝を車内ではしていた。B1グランプリは1000円の券を買わなければ参加ができないなどハードルが高い。

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須津駅で降車をする。この駅から歩いて15分くらいの場所にその撮影地はある。ドクターイエローが走ることを知ってか、既に撮影地には数十人がいる。
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この定番の場所でN700系を撮影をする。今や東海道新幹線では全体の8割近くを占めるこの車両。富士山と絡めるのであれば、やはりこの構図が良い。このような図式ができるのは、冬将軍の寒さの影響かも知れない。まさにこれは冬将軍のリグレットなのかもしれない。

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もちろん、ここでは700系を忘れてはいけない。幕を見ると赤なのでひかりだ。700系自体が、3月以降は東海道新幹線ではひかりの運用はなくなるからだ。また、山陽新幹線に至っては16両の(B・C)編成は1日1往復の新大阪〜博多間のひかりが定期列車で走るのみで、かなり希少な車両になるからだ。さらに東海の幕車両は、廃車が進んでいるために撮れる時に撮っておかないといけない。

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こちらはこだまで使われた700系だ。こだまではまだまだ700系が主力だ。東海のC編成はもう半分近くが廃車になっているそうだ。3月以降は700系がこだまのメインになる。時折のぞみで使われることもある。こだまかのぞみかという極端な関係になる。

この日のドクターイエローの通過予想時刻は、のぞみ検測とほぼ同じだ。すなわちこの辺りを12時30分ころに通過をする。2月12日はJR東海所属のT4編成の東京から福岡県の博多までの回送が行われたそうだ。なので時間がなかなか読めなかった。しかしのぞみ検測とほぼ同じと聞き、なんだか一番わかりやすい時間と分かりホッとした。ただ、この日は関ヶ原や彦根付近の豪雪の影響で東海道新幹線が数分遅れていたので、ダイヤはどうなるか全く読めなかった。

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そして、12時30分頃、撮影者が80人近くもいる中でついにドクターイエローが通過をする。先頭車両、中間車両、最後尾と連続で撮影をする。これが自分の撮りたかった車両だ。しかし、肝心の先頭車両との風景が少しボケてしまったのが非常に残念だった。これについては次は絶対に雪辱をしたい。他の方の写真を見ていて、絶対にこのシチュエーションは撮りたいと思ったが、本番に少し弱いのは何か悔しい・・・また再挑戦をしろということなのかもしれない・・・

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続いて700系の西日本のB編成。この日はこだまで充当をされていた。B編成は、C編成のような廃車が進んでいないが、今後の山陽新幹線での700系のB・C編成の大縮小の影響をどう受けるのだろうか。その理由は、山陽新幹線の新ATCの導入で山陽新幹線自体が少しスピードアップをするからだ。

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余談であるが、山陽新幹線の700系B編成といえば、先日、アメトーークの鉄道芸人特集に松井玲奈さんが出演をした際に「喫煙車両があるからタバコの臭いが染みていることもある」と話していた。松井玲奈さんといえば、かつて名古屋のアイドルのメンバーだった時代に、頻繁に東海道新幹線に乗っていたからそれがわかったのかもしれない。さらに彼女は、このB編成とC編成の車内の色の違いなども話すこともあった。そのグループの別のメンバーも東海道新幹線の700系の違いについて話していたこともある。でもB2というチームがあるのは、大阪のそのグループのチームなんだよなあ・・・冬将軍のリグレットという曲もその大阪のグループに存在をする曲だ。

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帰りは撮影地まで徒歩30分強の東田子の浦駅まで歩いた。そのあとも何箇所か寄り道をして、帰りは小田原から北千住まで特急踊り子162号に乗った。この日は指定席はすべて売れて満席だった。伊豆などの観光シーズンだからであるが、この列車がこれだけ当たりになるのは意外だった。小田原〜北千住間の停車駅は横浜・東京・上野だけだ。

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横浜駅ではわずかが乗車をし、ついに満員になった。東京駅で半分近くが降車をし、上野駅でも降車客が多かった。上野の時点では横浜発の半分位になっていた。小田原〜北千住では小田急線・千代田線経由のメトロはこねと競合をするが、特急券は1450円と、小田急ロマンスカーに比べると300円高いだけだ。しかし、その代わり、停車駅を最小限に抑え、速達性を強調をしている点がある。この列車がこれだけ当たるのは意外だったと思う。

デビューしたばかりの京成3000形3033編成に乗る

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先日、デビューをした京成の3000形の3033編成。早速、そのデビューの姿を追ってきた。

2016年度の京成の車両製造は8両2本、6両1本の3000形が作られることになっている。その第一陣として、3033編成が横浜の総合車両製作所にて落成をし、この編成は2月1日に8両編成で出場をした。2月7日から営業運転に入っている。(詳しくはこちらへ)

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この日はA11運用に入っているという情報を得ていた。たまたま上野にいたので、その折り返しを狙うことにした。A11は上野行きの快速特急で8時30分過ぎに入り、その後は8時54分発の高砂まで各駅停車で入るそうなのだ。

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車内を見た感じでは、昨年に製造をされた3000形の3031・3032編成とほとんど変わらない。LCDモニター等は同編成と同じく、これまでよりも大きなものを採用をしている。東京メトロなどと違い、2面・3面モニターではない。また、千代田線16000系や銀座線の1000系などのようなフリースペースはない。なので車椅子スペースなどの位置なども同じだ。3000形の一部の編成でSiCのVVVFの足回りの試験がされたが、この編成では導入には至っていない。

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2017年総合車両製作所のプレートと3033−1号車の車番だ。3000形も3030番までは、奇数は総合車両製作所(東急車輛)、偶数は日本車輌製であったが、3031番からはその縛りがなくなってきたように見える。31は日本車輌であったが、32・33は総合車両製作所製だ。

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上野発では各駅停車高砂行きだったが、高砂からはこの列車は快速佐倉行きになった。いわゆる区間快速の運用だ。小田急や京王などでもこのような列車はみられるが、それに比べると京成はアナウンスが不足をしているように見える。東武のように区間快速とそのままアナウンスをしてもいいかもしれないが、東武でも区間快速や区間急行は乗り慣れていないとわかりづらい点があるからその線引きが難しいところだ。上野・押上〜高砂間は利用者が多いが高砂〜船橋間は少ないのでこのような列車を走らせているのではないかと思う。

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快速佐倉行きとなり、京成小岩駅で数分間の停車がある。これは1月の時のようなシティライナー運転時には通過待ちになるためだからだろう。足回りは撮影ができなかったが、新品のようにぴかぴかだ。

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江戸川鉄橋では東京スカイツリーと富士山が見えた。この時季は二つの名所がここから拝むことができる。快速佐倉行きとなり、東中山では上野を7分早く出た各駅停車臼井行きを抜かす。上野の時点では、各駅停車として出て行ったが、この列車がこのような区間快速になるたあめにこのような現象が起きるのだ。

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LCDモニターには、京成・北総・新京成・浅草線・山手線などが書かれている。総武線や東武野田線など周辺路線は書かれていない。船橋駅の東武野田線の乗換案内は、東武線だけで、アーバンパークラインどころか野田線とも案内をしない。京成津田沼駅で降りる。

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京成津田沼駅で、千葉線に乗り換えるが、そこで来たのは新京成の松戸始発のN800系の最新編成のN848編成だった。この車両は初めからももいろで出て、車内には丸ノ内線の02系や半蔵門線の8000系の一部編成のような棒型のLCDモニターが車内についている。新京成の車両には、京成・北総以外にも北習志野駅接続の東葉高速、新鎌ヶ谷駅接続の東武野田線の船橋〜新鎌ヶ谷間も路線図に書いている。野田線は、東武アーバンパークライン(東武野田線)と案内をしているが、逆のほうが良いかと思う。新京成などは野田線をアーバンパークラインと案内をしたいようだが、乗り慣れていなければ野田線でいいと思う。

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京成3000形は3034編成が6両で出場をし、先日愛知県の豊川の日本車両からの甲種輸送も行われ、さらに金沢八景から宗吾参道まで京急線・浅草線経由で自力回送が行われた。さらに3035編成は8両編成での出場となり、近日、愛知県豊川の日本車両からの甲種輸送も行われる予定だ。これで今年の編成が出そろうことになる。

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廃車になるのは3500形の未更新の原型の3588編成であるのは確実であるが、3600形も3618編成が初の廃車となった。もう1編成8両を投入をすることで、いろいろ推測が出ている。3400形に廃車が出るのではないかということや3700形を北総に移籍をさせ、9000形を置き換えるのではないかなどがある。それ以外にも、8両編成の余裕が極めて少ないので、8両の増備で余裕を持たせるのではないかという説もある。真偽は不明だが、8両編成は不足気味なので、車両置き換えなしというのもありうることかもしれない。

今回は3500形の未更新車両の3588編成の記事はあえてほとんど紹介をしない。また別の時に企画を組み予定でいる。

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