あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

夏の信濃路探索

ブログネタ
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昨日、長野へ行ってきた。その目的はしなの鉄道の実態確認と都市の様相の確認、自分の家族と関係のある海野宿の見に行きたかったことなどがある。

自宅からは自動車で向かった。そのほとんどは、一般道を経由した。はじめに向かったのは横川の鉄道文化村。ここは昨年に続き3度目であったが、今年は3月からのトロッコ列車の運転で、もう一度行きたかったこともあった。

碓氷トロッコ

このトロッコは横川駅から2.6km先の峠の湯までの列車であった。実はトロッコ列車の体験は初めてで、窓の外から眺める山々や川が大変美しかった。碓氷峠を挟む横川〜軽井沢間の廃止から8年。群馬県と長野県の県境は、新幹線で通過するとトンネルだけの区間であるが、廃線路線を見るたびに、10数キロの区間に550m差の高低差を超えるのに線路を敷いた明治時代や昭和時代の先人たちの偉業が偲ばれる。今、当時の建設者たちは今の姿を見てどう思っているのだろうか・・・。と同時に技術革新の進歩なども感じさせられる。新幹線のトンネル掘削もそうだが、高低差の大きい碓氷峠に急勾配を減らした高速道路(上信越自動車道)の建設も同様のことが考えさせられる。碓氷峠など群馬と長野の県境は交通技術の発達の歴史とも考えられる。

高速交通が発達した現代、特に長野県に関しては地域に関する変容が起きた。碓氷峠を挟んだ山側の軽井沢は、一リゾート地で、特に西武・コクド系の企業が多く、今後の西武グループ再建後、どのように施設が変貌するかに期待が集まる。軽井沢の集客性は安定しているので、新幹線の開通前・開通後で地域的な影響は薄いが、大きな差が生まれたのが新幹線・佐久平駅を抱える佐久市と長野新幹線開通前の特急あさま号が運転されていた時代は全列車特急あさま号が停車した小諸市であった。小諸は信越本線のしなの鉄道転換に伴い、一中間駅になってしまった。一方の佐久は小諸駅からJR小海線の中込駅辺りが市内の中心地で、高速交通網から外されてしまった感じがあった。しかし、長野新幹線が佐久平駅に停車することで、佐久市は大きなチャンスを得た。

佐久市
佐久市内
まるでミニ東京化が進んでいた。これは新幹線と小海線の佐久平駅の周辺の話であった。新幹線の駅周辺は「見かけだけの東京」とはよく言われた話だ。駅周辺にはジャスコやカインズの大型店が並び、当然自動車でも入れるようになっている。駅前商店街は形成されてなく、シャトレーゼやモスバーガーなどのロードサイド店が並んでいた。都市生活者に慣れた者としては何でも揃うので便利かもしれないが、何だか少し淋しい気もする。いかに人工的な町の気配であった。見かけだけの「ミニ東京化」は、都市としては味気ないが、商業集積力の増加による雇用効果や売り上げの増加など商業面での効果は大きい。
その一方で中込駅周辺の旧市街地の方は、相変わらずシャッター通りがあるなど佐久平駅周辺とは違った景観を見せていた。地域によってこれだけ違うのはまるで、佐久市の都市形成の相違とモータリゼーション&パークアンドライドなど社会情勢の変化にあるのではないかと考える。


小諸市
小諸市内
ここは懐古園など市内には城下町時代の名残がある。北国街道の宿場町でもあったので、旅籠などの跡地も残る。そして信越本線が引かれ、特急列車も停車したので県内の主要都市であったが、新幹線の開通後は、駅や市内に人が減少し、駅自体もとても淋しかった。もっとも人口の方は10年ほど前とさほど変わっていないが、少子高齢化の影響はあるかもしれない。
小諸では市内散策とりんご狩りを楽しんだ。特に市内は坂が多く、北へ行けば行くほど高くなり、横浜や神戸などの港町を錯覚させるような見下ろしの良い場所があった。そもそも駅自体が千曲川沿いの低地にあるという特徴があるので、横浜などとは似て非なるものだが、坂町ならではの風景を見せてくれた。
市内には佐久にはない商店街や旅籠など歴史を感じさせるものが多かった。このような町は独特の雰囲気もある。交通アクセスは不便になったかもしれないが、地域資源を生かした町で活性化できるかもしれない。
この地域は歴史だけでなく、浅間山の自然、りんご等の農産物などを生かせれば魅力的な地域づくりが出来る。商業だけで衰退化とはいってはいけない。

佐久と小諸では佐久の中でも佐久平駅周辺は東京型都市開発、小諸は京都型都市開発の町ともいえる。東京型都市開発とは、大型店などが中心の町をいい、京都型都市開発は地域資源を生かした都市開発の手法でもある。詳しくはこちら

海野宿
海野宿

海野宿は長野県東御市(東部町と北御牧村の合併)に位置し、しなの鉄道の田中駅と大屋駅の間にある。ここは自分の家族と関係のある場所で、特に祖父からよく話を聞いていた。海野宿は、北国街道の宿場町で、江戸時代や明治時代の当時の景観のほとんどが保存されており、信州の観光地としては大穴ともいえる。ここは歩いているだけでも往時の様子が感じさせる。例え鉄道や道路が近接していても、この2つは地域を変貌させる恐れがあるので敢えて駅を作らなかったのかもしれない。また、宿場町の往時の風景が見られることは、この時代にとって大事なものかもしれない。

しなの鉄道
しなの鉄道115系

しなの鉄道は長野新幹線の開通に伴う平行在来線の第3セクター化第一号ということで話題になった。信越本線として訪ねた10年前と違ってまるで違う鉄道のように感じた。まず、JR時代の駅舎がそのまま残っているので、駅構内などを持て余しているようにも見える。特急列車が一本でも停車する駅は必要以上の長いホームがこれを物語っている。更にワンマン列車の運転も同様に考える。次にソフト面では、トレインアテンダントといわれる女性車掌が何人もおり、サービスに貢献している点がある。その他にも軽井沢へのイベント列車や長野電鉄と協力した列車の運転や新駅の設置などさまざまな点で地域への鉄道へ向けたと努力をしている。JR時代であれば、特急への旅客誘導などがあってこれ以上に使いにくかった。青春18きっぷの利用客には別料金となるので大変痛いかもしれない。しかし、あくまでも鉄道はその地域にあるもので、大切なのは地域住民になる。

この鉄道にはJRでほとんど姿を消した急行型車両の169系車両が残存し、通勤ライナー快速「しなのサンライズ号」などに使用している。残念ながら当日は169系に会えなかったが、今度は必ず乗車したい。全国的にも急行型165系が改造車でも残存しているのはしなの鉄道と富士急行、秩父鉄道など数えるほどしかない

鉄道が問題を抱えているのは、上田駅で接続する上田交通も同様で、上田交通上田駅でも上田交通を積極的に鉄道支援を訴えていた。地方鉄道の抱える問題は、少子化・高齢化・人口減少・モータリゼーションなどさまざまな問題がある。車両や設備などの古さなども問題にある。しなの鉄道の場合は上田交通よりも施設が恵まれているので、まだ救われる面があるが、上田交通など地方会社はそれも厳しい。鉄道の大切さを考える契機になった。

おまけ

行きに上越新幹線の本庄早稲田駅を通過したので、当駅の開通1年後を見た。相変わらず駅前には駐車場のみで、開発などが進んでいない。そして停車本数も少ない。更に本庄駅や周辺部へのバスアクセスも少なすぎる。これでは、まるで駅と駐車場だけがあって後は何もなしという別の意味で味気のない駅に過ぎない。
一方、市の開発が進めば佐久市同様の東京型都市開発が展開される可能性もある。市では、本庄副都心構想を打ち出しているが、これも微妙なものである。この本庄早稲田駅を活性化させるには、市内を刺激しないような施設を作り、多くの人が共存できるようなものが欲しい。また、新幹線の待ち時間だけで買い物が出来るような売店なども多く欲しい。くれぐれもやりすぎて別の意味で味気のない町にせずにしていくべきではないか。本庄早稲田駅

台風とその対策

昨夜、台風11号が関東地方と東海地方を通過し、周辺は一日中雨天となった。その中でもとりわけ神奈川県の箱根では500ミリ以上の降雨量に達した。

昨年は相次ぐ台風の上陸で河川の氾濫などが多く起きたが、時期が時期だけに台風に対するより一層の対策が必要になるのではないか。台風の場合は床下浸水など、床上浸水などの影響を及ぼす。また、交通機関の方は飛行機や新幹線など長距離を結ぶ交通機関に影響が出る。
台風などに対しては、河川の増水が最も怖い。このような洪水防止の為にハザードマップを発行している自治体もある。これは中野区の例であるが、中野区は特に南部が神田川に面している箇所があり、ここで何回か床上浸水などが生じている。中央線より北部の地域では南部ほど被害が生じていない。川のある地域では例え小さな川でもそれに対する備え付けが必要になるのではないか。

地震などの災害は最も危険な地域は東京を中心とした都市部の方ではないか。なぜならば、都市におけるほとんどの機能は東京に集中し、東京が麻痺すれば日本の国力などにも影響が出るからだ。現に7月23日の震度5の地震の際も、交通機関が大混乱し、多くの人に影響が生じた。人口の多い東京に住むからにはリスクも多く付きまとう。災害時に密集市街地に住んでいれば火災及び避難経路、低地であれば河川の氾濫などの液状化現象、遠距離から通勤している人は帰宅難民、まさに問題だらけだ・・・。住んでいる地域ではどのような問題点があるのかを再度考慮してみる必要があるかもしれない。万が一の心がけが一つでも出来れば、地震の害は軽減できるかもしれない。

地図への関心

d8a0c51e.JPGいよいよ明日、つくばエクスプレスが開通する。ここでも数回取り上げているので、詳細はここでは話さないが、29〜31日の間に有効のフリー切符を購入したので、その際に乗車した感想などを述べる予定なので、この時に楽しみにしていてください。

最近、自分が凝りだしているものがある。これは昔の地図である。現在の地図も必要であるのは事実であるが、古くからの地図はこの場所の歴史や地誌、風土などがわかる。また都市化した現在、昔はどのような場所であったのかなどを調べるには絶好のものになっている。
古地図の中でもとりわけ街道が基準になっている。これは自分が鉄道や道路に関心があるので、鉄道や道路中心で物を考えることから来ている。自分の家の近くは、青梅街道と五日市街道の分岐点で現在も同様であるが、環七通りなどが開通していないので、地域が一体化していたことも図では読み取れる。
一方、葛飾のほうでは、昭和初期の地図では用水路が多数流れており、この地域が水を他の地域に流すための水路であり、水の恩恵を受けていたことが考えられる。最も関心に残ったのは、区内にはまっすぐに伸びている道路が多く、これが用水路もしくは浄水場の水道を別の地域に流すためにこうなっている。かつての住居もこの直線道路沿いにあった。なるほどな・・・これはこれまでの自分にとっての大きな発見の一つだった。人口の増加とともに都市化が進んだが、水路などはせっかく引いたので用済みで終わったかと思えばこれは間違いで、道路や親水公園などに転換することで時の流れを感じるのかもしれない。反面、昭和初期までは洪水などの多い地域であったので、川を直進にしているところもある。これは放水路で、狭い用水路では限界を感じる発展解消に至ったのではないか。

これだけではない。地図は読めば読むほど面白く感じる。地理や地図の面白いところはここにあるのではないかと実感した。

東京駅メトロ探検隊

93ee5bad.JPG日本のターミナル駅・東京駅。ここは、東海道・東北・上越新幹線をはじめ、東海道線・中央線・総武線・京葉線などが発車をし、名実ともに東京の中で最大のターミナル駅だ。

今日は東京駅周辺の面白スポットを紹介しよう。

まず、東京駅は東側の八重洲口、西側の丸ノ内口、北側の日本橋口と3つの出入り口があるが、辰野金吾が作った赤レンガの駅舎は丸ノ内口で千代田区側、八重洲口はいわゆる裏口であるが、大丸デパートや高速バスのバスターミナルなどとても裏口には見えない。街道の起点・日本橋も八重洲口と近い。八重洲口は中央区側に当たる。日本橋口は、北口で永代通りに面しているが、ここは八重洲口の北部にあるといってもいい。

東京駅構内の地図

東京駅周辺の地図

新幹線は八重洲側、総武線と京葉線は地下ホームにある。特に京葉線は南側の鍛冶橋交差点の真下にあり、特に東京ディズニーランドや幕張メッセ、房総方面へ向かう利用客からは評判が極めて悪い。これは成田新幹線の東京駅舎の名残で、成田新幹線のルートを生かす形で、京葉線の東京駅への乗り入れも可能になった。

東京駅周辺は現在高層ビルを中心に開発が相次いでおり、2002年の丸ビル、2003年のコレド日本橋、2004年のオアゾ丸ノ内など多数のビルが毎年建設され、景観が変わっている。これは都市再生地区にこのエリアが選ばれ、容積率の緩和などで高層ビルの建設が続々と進展しているからだ。八重洲側の大丸も近年取り壊され、将来的にはツインビルとして生まれ変わる予定だ。

東京駅周辺は書店も多く、特に八重洲側は書店があまりにも多い。大丸の三省堂、八重洲ブックセンター本店、鉄道書籍で有名な栄松堂が三大書店だ。三省堂はSuica、八重洲はEdyが使え、電子マネーでの購入も十分可能だ。栄松堂は、鉄道雑誌の発売日の2〜3日前に雑誌が並び、多数の人が購入している。
その中で、今回は通なスポットとして、旅の図書館を紹介する。
この図書館は東京駅八重洲口の北部の第二鉄鋼ビルの地下一階にあり、JTBこと日本交通公社が運営している。ここでは旅行関連のガイドブックや地理関連の書籍、鉄道・バスなどの交通関連の書籍があり、古くの時刻表も見ることが出来る。(JTB中心)
旅の図書館とは言うものの、人文地理学系の書籍が比較的充実しており、この系統の勉強をしている方は一度は訪れてみるのが良い。ただ貸し出しが不可なのと、コピー代が比較的高いのには注意をしていただきたい。あと土日が休みなので平日勤務している人には大変入りづらい。この近くには、武揚堂の地図の店もあり、興味があれば地図なども入手することが出来る。まさに交通地理学の中心とあって、地理的好奇心を満たすにはこの場所は最高の場所になっている。

最後にレンタサイクルを紹介しよう。八重洲南口にあるJRバス関東の高速バスターミナルでは、1時間200円でレンタサイクルが借りることが出来る。レンタサイクルを借りれば皇居・銀座・日本橋だけでなく月島など都内の魅力溢れたスポットも行くことができる。もう一つの発見が楽しめるのではなかろうか。

市町村合併の弊害?

全国各地で市町村合併が行われている。2006年3月までに全国各地で合併が実施され、新しい市名が登場する場所が多い。よって、町村の統廃合などが多くなっている。

そんな中、この市町村合併によって生じるデメリットが2点ほど生まれた。
1.町村役場の機能
2.選挙区の区割り

市町村合併といえば、現在は全国での奇妙な市名や急ぎすぎているが故に新たに市になった場所では、町村議員の数があまりにも多くなる議員の在任特例などが問題になっているが、問題点はこれだけではなかった。

町村役場の機能低下といえば、昨日茨城県取手市の藤代へ行った際に実感をした。藤代は、今年の夏の甲子園の高校野球で茨城県代表として初出場した学校だが、その余談はともかくとして、3月までは茨城県北相馬郡藤代町であった。藤代町役場はJR藤代駅と比較的近い場所にあるが、現在は取手市役所藤代支庁になっており、町役場としての機能は半減以下になっている。悲しいかな4階建ての町役場は2階以上が使われず、1階のみが使われていた。しかも比較的新しいだけに、これは残念だった。一方、取手市役所は、取手駅の近辺ではなく、関東鉄道常総線の寺原駅の近くで、藤代からは不便なだけでなく、自動車でないと行くことも出来ない。これはまさに改悪といってもいいかもしれない・・・。

藤代町役場の静けさははっきり言って言葉には表せない。全国各地で市町村合併の弊害で、町村役場がこうなっている例が多いと思う。一体、どのような形でこのような庁舎を生かすべきなのか、再検討の余地があるのではないか。合併によって、庁舎の位置が変わることで、この地域が寂れることが合併反対の一つの理由としてあげる自治体が多いが、この藤代の件はまさに典型例といえる。町村部にとって、町役場は地域の経済などさまざまな点で地域の中心性を表すので、地域の衰退化を招きかねない。地域の衰退化は、地方分権に反する店もある。その点を新たに認識するべきではなかろうか。

衆議院選挙の仕組みは、小選挙区・比例代表制度で、小選挙区では全国を300の選挙区に分け、1人ずつ選ぶ制度であるが、選挙区がバラバラで、自治体の東と西で別れる場所も多い。一例が東京都足立区で、ここは区の東部(千住・綾瀬・竹ノ塚など)が東京13区、西部(鹿浜・舎人など)が12区であるが、地名によって12区・13区の境界が生じる場所もある。この一つが足立区谷在家という西新井大師の西側にある場所で、ここは1丁目が13区、2・3丁目が12区に該当する。確かに、尾久橋通りが東西の分岐線になるが、尾久橋通りの東でも12区の場所もあり明確ではない。
さて、市町村合併に話を戻すが、この選挙区の制度でも合併した市町村の影響で、市によって選挙区がバラバラになっている場所もある。この一例が新潟市で、新潟市は13の町村が合併し、70万人以上の人口の都市となったので、6つある県内の選挙区が4つも抱える事になる。同じ市に4箇所も選挙区があれば、市民は混乱するのは確実だろう。新潟市の場合、旧新潟市なのは新潟一区のみで、あとの3箇所は他の町村部と一緒に選挙を行う。
この記事より
小選挙区の区割りは、人口別になっており、小選挙区が導入された頃の今から10年ほど前に作られた。10年前は市町村合併の考えは皆無に近かった。当時の区割りと合併の区割りで差があるので、市域に4つ選挙区があり、分裂があるのではないのかと思う。市町村合併によって小選挙区の制度なども改変してもよかったのではないか。これは市町村合併が簡単なことではなく、さまざまな点に影響を及ぼすことを表す一例なのではないか。早急に小選挙区の区割りの見直しも行うべきではないか。本来であれば、中選挙区に戻して欲しいのであるが、一票の格差などの問題もあるので一筋縄ではない。

藤代町役場藤代町役場(取手市役所藤代庁舎)の建物

区民気質?

昨日、「新しい歴史教科書」の採択をめぐって杉並区役所でトラブルが発生した。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1325185/detail

現在の住所に住んで2年7ヶ月が経過したが、この杉並区というところは他の区に比べて革新的な印象が強い点がある。この歴史教科書に関しても都議選の前には、教科書反対だけを政策にし、都知事に対してファシズムだと言っていた候補者がいた。その候補者は区内の各地で反対の署名を行っていた。それだけではなく、住基ネットの問題や中央線の区内の3駅の快速の停車問題、中央自動車道の高井戸インターチェンジのみ設置問題など特に市民主導の問題が大変多いような気がする。もともと杉並は住民の民度が高く、住民本意であるのは間違いがないが、ちょっと度がすぎているような気がする。

こんな問題は葛飾では考えられない・・・と思われがちであるが・・・

最も葛飾でも北総開発鉄道の新柴又駅の開通の際に住民間でトラブルが生じ、駅周辺に騒音対策のシェルターを設置することや全列車の停車を見返りとして要求したので、あまり批判できるたちではないが・・・。(新柴又駅は現在は上りの朝の特急は通過しているが、ここは増発で補った)

しかし東京23区は、はっきり言って地域によって違いがあることがわかる。これは以前の都議会選挙の時のブログにも少しだけ言及したが、ここまで差があるとは思わなかった。ある面カルチャーショックだった。これは思想のカルチャーショックといっても良いかもしれない。私はよくわからないが、教育面などでも差があるかもしれない。
実は今の杉並は自分から見れば完全に他所の場所でもあるので、友人の数も少ない。未だに半ば転入生気分を味わっている点もある。住民の30%くらいが4〜5年毎に入れ替わるそうであるが、なぜ入れ替わるかがわかるような気もする。また、子どもの数が少ないのも何かと気になる・・・少子化であるのには間違いないが、ファミリー層が他所に比べて少ないのでこうなのかもしれないし・・・何だか未だに自分の住んでいるところが理解できない点もある。

開通まで三週間つくばエクスプレス大予測1

a8ae5bb0.JPG秋葉原とつくばを結ぶ、つくばエクスプレスの開通まであと20日となった。現在、試運転が進められ、開通に向けて万全の準備を待つばかりだ。

さて、このつくばエクスプレスは、秋葉原とつくばを結ぶので、つくばの研究機関の活性化や「宅鉄法」による地域整備などさまざまな面で期待がなされている。鉄道面では、最高速度130kmの電車が秋葉原〜つくば間を58kmを45分で結ぶ。その為、ATOと呼ばれる自動列車運転装置、都営三田線などに見られるホームドアの設置など安全に対する配慮も十分以上になされている。従来の鉄道新路線は、地下鉄や私鉄との乗り入れと呼ばれる相互直通運転が中心で、鉄道面での魅力はあまり多くなかった。しかし、つくばエクスプレスは、乗り入れの呪縛がない分、最近では見られなかった独創的な鉄道に仕上がっている点もある。
つくばエクスプレスは、首都圏新都市鉄道という第三セクターの会社が運営し、2001年までは常磐新線という名前で建設計画が建てられていた。建設は1985年の運輸審議会で、常磐線の混雑緩和や鉄道空白地帯の解消、筑波研究学園都市の発展などを目指すべく、緊急の整備路線として、位置づけられ、1994年より起工が行われた。開通は85年当時では2000年であったが、2005年まで先送りがされた。

常磐線は、既に都市化が進んでいた千葉県松戸市、柏市や流山市、我孫子市などだけでなく、特に80年代の地価高騰による通勤圏の遠距離化で、利根川以北の茨城県取手市や竜ヶ崎市、牛久市、守谷市などが宅地開発された。その為、混雑が激しく、別路線での混雑緩和などが計画されていた。また、国策人工都市や日本の頭脳と呼ばれるつくば市も東京駅から常磐自動車道経由の高速バスが最も便利な交通手段であったので、大量輸送が出来ず、渋滞にあいやすいなどの欠点があった。つくば市の発展と常磐線の混雑緩和の一石二鳥を図る目的があった。

つくばエクスプレスは、運転体制は秋葉原〜守谷間は各駅停車が4本、区間快速・快速が2本の1時間8本の電車があるが、そのうちの快速・区間快速の4本がつくば方面へと向かう。各駅停車の4本は守谷止まりとなる。
快速は看板通り秋葉原〜つくば間を45分で結ぶ。区間快速はこの区間を50分台で結ぶ。各駅停車は基本的には秋葉原〜守谷間でつくばの方へは運転されない。各駅停車のみの停車駅では、15分以上の運転間隔があくこともある。また、守谷以北の区間快速の停車駅は30分以上運転間隔があくこともある。運転本数が少ないかもしれないが、新鉄道で開通時なのでこれは仕方ないかもしれない。交通不便地の解消だけでも意義が大きいのでこれは看過したほうがいいかもしれない。

つくばエクスプレスも起点と終点のつくばと秋葉原が大きく話題になっているが、それ以外の地域では話題性に乏しく、どちらかといえば地味な印象になっている。しかし、3月に発表された地価公示価格では、秋葉原やつくば、守谷や足立区内の青井や六町辺りが若干上昇した。

交通不便地の解消であるが、青井や六町は23区でありながら最寄り駅までが遠く、青井駅周辺は東武伊勢崎線五反野駅か千代田線綾瀬駅、六町駅周辺は綾瀬か北綾瀬駅、東武伊勢崎線竹ノ塚駅、西新井駅などへバスで行く。このバスでも、綾瀬方面は特に加平橋周辺は環七通りをはじめ特に渋滞が激しく、駅へ出るにも一苦労の地域でもあった。その為、この地域では初の定時運行・速達の交通機関を得る。これで東武伊勢崎線や千代田線の混雑は緩和されるかもしれないが、この地域からの利用はあくまでも全体の極めて少数にすぎず、むしろ東武バスの方が影響があるかもしれない。

一つの目的となる常磐線の混雑緩和は、新路線の効果だけでなく、少子高齢化・団塊の世代の退職などの社会的要因も受けるので、物理的な混雑緩和と社会的な混雑緩和が交わって初めて達成するのではないかと思う。一方、人が増えすぎると逆効果も起こりかねない。

つくばエクスプレスは、果たして地域や沿線にどのような影響を及ぼすかを、今週から週1回〜2回程度のペースで書いて行きたいと考えている。

お勧めの書籍

つくばエクスプレスがやってくる
これがつくばエクスプレスに対するお勧め書籍です。
中身は、沿線のさまざまな思惑や筑波の知られざる魅力が掲載されています。
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