あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

移動の楽しみとは・・・

最近、読んだ本の「鉄道でまちづくり」(2004年・学芸出版社)の中で、気になる記述があったので、紹介したい。この本では、米国論文から引用した「モビリティの価値の付与」についての内容があり、モビリティへの欲求について言及され、人々は移動することに価値があると見出しているとした上で、モビリティへの欲求として、冒険・変化・独立性・コントロール・社会的ステイタスがあると書かれている。更にこのモビリティが、自由であり、独立であり、人間としての尊厳があるとも書かれた。

なるほど、旅の楽しみとはここにあるのではないかと実感した。特にモビリティが自由であり、独立であると言うことは、特に年齢が小さい人に、鉄道が楽しみなのが多い人が多いのはよくわかるようにも見える。通学が、近隣の小学校で、電車はほとんど使わない。なので、新幹線や特急列車などに乗車したりする場合は喜ぶのかもしれない。普段は、旅などしない人やあまり出張機会の多くなく、時々新幹線などに乗車する人も、同様の傾向があるのかもしれない。しかし、日常にこのような交通機関を使用してする場合は、どう考えているのだろうか?

私の場合は、東京都区内に住み、勤務先などもだいたい都区内で完結しているので、日常的には遠距離の交通機関などを使用していない。普段乗車する路線であれば、高揚はしないが、時々乗車する路線や東京や首都圏内を脱出する列車に乗ると、やけに高揚する。普段が都会的な狭い空間にビルが建ち、緑の少ない場所なのでいっそう感じる。日常生活でも、生活空間において、特に荒川や江戸川などを越えた時などに、電車の中でため息が出ることも多い。これは、荒川や江戸川といった自然的な障壁が、生活空間を認識させる事によって、日常性と非日常性に分けているのかもしれない。今では、特に新宿駅から中央線や丸ノ内線で帰宅する際に、類似の傾向がある。
これは、育った環境による差があるので何ともいえないが、私の場合は荒川や江戸川ではそう感じることで、故郷や地元を認識させるのかもしれない。一方で、自宅の近隣を流れていた中川や新中川では、そう感じないのは日常空間に当たり前なのかもしれない。

職住分離が日常生活に当たり前になり、通勤の遠距離化などが行われているが、通勤ラッシュはその点で、よく都市問題の一つとして挙げられるが、実際には当書では「欧米ではさまざまな活動機会をもたらす」とされている。確かに都市としてはコンパクトシティで、職住近接が理想なのかもしれないが、活動機会をもたらすのは、都市の発展に不可欠な要素であり、それがあるから東京及び周辺部の都市での発展が行われたのではないかと思う。東京も新幹線通勤などの長距離通勤があるからこそ、上手く発展しているのも見逃せない。

自分の例を挙げて、手前勝手になってしまったが、移動のモビリティによる活動機会の充実が、移動のモビリティの自由などの本質とつながり、都市・地域の発展になっているのではないかとつくづく感じる。人の動きは、都市を作る要素なのだなと実感する。



鉄道でまちづくり―豊かな公共領域がつくる賑わい

北総線7500系乗車記

3aa1ad15.JPG今日、午後時間があったので、昨日デビューした北総線の7500系に乗車しにいった。
あるサイトに、運行番号が書かれていたので、それを東京時刻表で探った上で、列車を当て、乗車をしにいった。

乗車したのは、都営浅草線の東日本橋だった。現在、浅草線に乗るには最寄の駅は、東日本橋か浅草橋であるが、浅草橋の場合は、新宿方面から乗る場合、JR+都営になるのに対して、東日本橋から乗る場合は都営一本で済むので、基本的には東日本橋から乗ることにしている。

7500系は、京成の3000系の北総線バージョンで、車内の内装も外見もほとんど同じだ。ただ帯が青と水色でここが京成3000系と違うところ。ほぼ同一コンセプトの京成3700系と北総7300系と同じものといえる。車内は、沿線の児童による絵画が展示されていた。地域の鉄道らしい企画でよかった。北総線の路線図は、機転が利いている。京成線や新京成線、京急線、浅草線の全駅だけでなく、新鎌ヶ谷で接続する東武野田線の船橋〜大宮間の全駅や押上で接続する半蔵門線の渋谷までの駅が掲載されていた。これは便利だ。というよりも千葉ニュータウンが接続路線によって、神奈川から埼玉まで行ける事をPRしたかったのかも。

降車したのは高砂で、北総線には入らなかった。なぜならば、ここで京成のパスネットで欲しいものがあったため、ここで降りたことや今後の時間のことを考えるとここで引き返すしかなかったからだった。ちなみに京成のこのシリーズは、現在はすべて購入しているほど気に入っている。中には、15〜20年ほど前の小学生の時に眺めていた車両もあり、懐かしさを感じるものもあるからだ。
無事にデビューした北総の7500系、これまでの車両と違って、毎日の様子を見ることは出来ないが、千葉ニュータウン住民をはじめ葛飾区や墨田区などの京成沿線住民、浅草への観光客、羽田空港利用の客などさまざまな利用客を乗せて毎日ひとっ飛びして欲しいものだ。

高円寺・阿佐ヶ谷の真の魅力とは

afac1796.JPG現在の所、私は中央線ユーザーだ。中央線の沿線に住んで3年が経過する。中央線という路線は、さまざまな人種が住んでいることでもしられる。例えば、新宿に近い中野区や杉並区をはじめとする地域では単身の若い世代が多く、同じ杉並区でも荻窪や西荻窪は高級住宅地の部分もある。武蔵野市、三鷹市、国分寺市などは古くからの住宅地で、武蔵野の風景を醸し出している。そして立川や八王子はベッドタウンなだけでなく、古くから軍需や鋳物など地域の個性を現してきた地域だ。更に八王子から先の相模湖や上野原は、関東山地の中にあり、自然にあふれている。中央線は人種の坩堝といっても過言ではない路線だ。雑誌などでは「中央線」に関する本が多く出版されている。これはこの沿線の個性的な地域をあらわしているもので、次々と文化が生まれている。特にグルメも文化も豊富で、地域的には魅力がある。中野は、ブロードウェイなどマニアックな店が多く、吉祥寺はショッピングに便利なことで、大人気の町、西荻窪は骨董品などの店が集積している。三鷹より西では、国立の学園都市なども人気で、駅ごとに多彩な文化が生まれている。これは、自分の出身の葛飾から見ても、そう思う。葛飾や総武線沿線なども場所によっては、個性的な地域を生み出しているが、中央線にはかなわない。
私はよく中野へ行くが、吉祥寺へはほとんど行かない。滅多に用がないし、吉祥寺は、住宅地にありながらミニ新宿化しており、都会生活に憧れる市民の魅力が支持されている。更に商店街の魅力も大きく、デパートも多い。まさに都会生活に憧れるツボがある。
最寄の高円寺や阿佐ヶ谷でも吉祥寺に負けないくらいの魅力がある。それは商店街にある。高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪辺りは大型店が非常に少なく、商店街が活性化している。そして賑わいもある。これは地方都市と逆の様相を見せている。それだけでも凄いと思う。なぜならば店で買いたいものを買え、市場に左右されないので、他では手に入れられないような個性的なものまで売っている。これが、大きな魅力ではないか。高円寺は「パル商店街」、阿佐ヶ谷は「パールセンター」が主な商店街で、アーケードつきで魅力も十分ある。なぜ、このような文化を生み出しているのか商店街を見ても考えたくなる。そういえば、杉並区は大型店が少なすぎるなあ。ヨーカドー不毛の地(練馬・世田谷・目黒・中野もゼロ)で、地盤にしているのがいなげやとサミットストアなので、衣料や電気などを含めたGMSではなく、食品が中心になっている。

神戸空港の開港など

f763b7af.jpg昨日、神戸空港マリンエアが開港した。近畿圏では、伊丹・関西に続く3つ目の空港でもある。当空港では、3100億円の費用をかけ、1日27本の飛行機が東京や熊本、札幌などに飛ぶ。
この神戸空港は、第三種の市営空港で、2500mの滑走路が神戸市の埋立地・ポートアイランドに位置する。ポートアイランドは、70年代の宮崎辰雄市政に行われた「海へ、山へ」で知られる公共デベロッパー政策の最も有名なものである。丘陵地に団地を作る代わりにそこの土砂を使用して、神戸のポートアイランドを建設した。
神戸空港は、近距離内に3つの空港が位置し、特に関空とは航空進路が重複することで、低空飛行を余儀なくされることや3つの空港をどのように使用するかという点で問題を多く抱えている。これは、国際空港建設を諦め切れなかった神戸市民が国際空港の関空が泉佐野に建設が決定した際に、建設を決めたもので、市民に振り回された点がある。これは、「建設至上主義で政策不在」の国内の航空行政をあらわしているように見える。日本の航空行政は三種に分かれている空港の種別によって、権限が国・都道府県・市町村に分かれているので、序列意識や縄張り意識など行政の悪弊がそのまま現れているので、これも問題であろう。

私は、公共事業などによる社会資本の整備には、条件付で賛成する。建設しても良いが、地域に負担をかけないような創意工夫を行うべきではないかと考える。神戸空港の場合は、風当たりが強いのは、例の風潮が市民に見抜かれたためではないかと思われる。また、神戸市の公共デベロッパー型都市経営もバブル期の80年代までは成功していた点があるが、90年代には矛盾が生じ、阪神大震災で破綻した。
神戸空港の開港は、伊丹の廃港などが条件とされた。しかし、伊丹は依然として残り、大阪の空港の中核をなしている。個人的には、両空港を生かすには、伊丹は東日本、神戸は西日本、関空は国際線と国内線の乗り継ぎ空港とする。東京方面は、両方とも乗り入れるが、比率を決めたほうが良いのではないかと思う。その点で、ANAやJALの行っているマルチターミナル制度は、導入して正解ではないかと思う。

一方、東京方面の交通機関として迎え撃つ、東海道新幹線は、神戸への運転本数(1時間4本)やエクスプレスカードの利用拡充、神戸空港の利用圏に当たる姫路方面からの利便性向上など対抗策を打っている。ちなみに姫路方面は、多くの利用客が新幹線を選び、空港はあまり高く評価されていない。

神戸空港は、作ってしまったのだからどう生かすかに全てがかかっている。上手く生かすには、航空政策の転換しかない。これまでの建設至上主義・政策不在の中で行った場合は、負債だけが多く残り、将来に対する希望が見られなくなる。空港行政こそが、現在の日本の行政の実態を表しているにも見える。空港のほうも、民営化し、民間の知恵が働くような政策を行って欲しい。

北総7000系の思い出と現状

23a68642.JPG亀有の両津像の見学後、向かった先は高砂だった。亀有から高砂であれば、京成タウンバスの小54系統(亀有駅〜高砂駅〜京成小岩駅)が最も便利であるが、今日は亀有から金町まで乗車し、京成金町線を経由して、高砂に向かった。

最近のニュースで北総線7500系が2006年2月20日から運転開始され、その代替に7000系が廃車になるというのだった。7500系は京成3000系や新京成N800系の北総バージョンでもある。
7000系は、自分にとってはこんな思い出がある。今から16〜7年前の小学校の時に、ヤマケイ鉄道ガイドブック・京成を読んでいたら、この車両の紹介があった。当時、この車両は、新京成線松戸〜北初富間と北総線北初富(当時)〜千葉ニュータウン中央間でのみ走る車両だった。この車両の特徴ある前面、つり革なしの電車などにほれ込み、子供ながらにこれは面白い電車があるなと思った。そのとき、「将来、鎌ヶ谷から高砂までの延伸が完成したら京成線・都営浅草線の乗り入れも予定」という文章があった。その際に、「早く(当時の自宅の最寄り駅の)青戸に来てくれ!!」と乗り入れを切望していた。その時、この車両の前面の絵も何回も書いていたくらいだった。いわば憧れの車両だった。
そして1991年3月31日、北総線の新鎌ヶ谷〜高砂間の開業及び京成線・都営浅草線乗り入れとともにこの車両が青戸駅に乗り入れた。この時は、ついに来たかと感動してしまい、喜びのあまり、興奮状態になってしまった。



北総7000その1

私の小学校のときの願いが叶い?、青戸駅に乗り入れた北総7000系(2003年撮影)

この後、物珍しさはなくなり、日常空間である京成線や都営浅草線に乗り入れ、葛飾に住んでいた2003年1月まで11年にわたって乗車した。つり革なしを見たかったが、やはりラッシュのある路線には危険と判断され、設置された。ニュータウン開発の鉄道のために作られた電車が、地下鉄で浅草や銀座を越え、品川へ、そして多摩川を越え、川崎や横浜、逗子へと向かった。最近では羽田空港にも多く行き、千葉の一区間だけしか走っていなかった電車が東京の多彩なエキスを吸って15年近く走ってきた。個性的な電車の多い浅草線系統の乗り入れには、この電車の個性は徐々に埋没してしまったのが少し残念だった。

今日、高砂からこの電車に乗車する。行き先は羽田空港行きだ。車内は、小豆色を使っているためかやや暗く、最近の電車に比べて見劣りがするのが残念だった。昼間のためかガラガラであった。この長閑さが東京で味わえるのが京成線の一つの魅力でもある。この電車は今日も下町や浅草、日本橋の地下を駆け抜ける。まだまだ現役バリバリでもあるが、やはり車内の見劣りや制御装置の老朽化(あまり廃熱を出さないチョッパ式でもある)が廃車への一因なのか勘繰りたくなった。降車したのは品川駅であった。本来は急行運転による駅通過を味わいたかったが、時間がないので今日は品川駅でやめた。
余談であるが、京急もN1000系の量産が急ピッチで進んでおり、まだ京成沿線に住んでいる頃は、乗り入れ本数が極めて少なかったが、今では結構な数が乗り入れる。数年前の主力だった1500系ですら以前ほど乗り入れなくなったようにも見えた。
小学生だった時の憧れから始まり、乗り入れて興奮状態に陥り、その後は自分の生活のあらゆる場面でお世話になった北総7000系車両。廃車されるのはとても残念だが、最後まで頑張って活躍して欲しい。

北総7000系その2

北総線に乗り入れない羽田空港・西馬込発青戸・高砂行きといった列車も平日朝夕には存在する。(99年立石駅にて撮影)

亀有駅前に両津勘吉の銅像完成!

63fdbcdb.JPG2月11日、亀有駅前に「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主役の両さんこと両津勘吉巡査長の銅像が完成した。場所は亀有駅北口で、ヨーカドーなどがある南口バスターミナルの逆側にある。大きさは163cmの特身大像で、今日も人で賑わっていた。同時にスタンプラリーもあったが、時間の都合上参加が出来なかった。

新聞記事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060211-00000069-kyodo-socihttp://www.t-yomiuri.co.jp/news/back_no/20060127_03.html

私が葛飾区出身(それも亀有の隣)とあり、大のこち亀好きなのはこのブログで何度も書いた。こち亀は、今年で30年を迎える。これだけ長寿で休みなしで書いている秋本治先生には感謝の念を送りたい。。
両津像の設置理由として、30年も続き、8年以上もアニメで続き、これだけの人に愛されているこち亀の舞台を象徴するものがなかったためでもある。また、寅さんでイメージされる人情・下町のイメージを更に深めた葛飾区としても良き地域資源があるのにそれを生かす目的もある。

もう一つは南口に3月上旬にアリオ亀有というショッピングセンターが開店し、客が流れ、商店街が空洞化してしまうのを防ぐために設置した側面もある。しかし、亀有は、韓国料理の専門店やうなぎなどの料理屋など地域が誇れる店も多い。アリオ亀有は魅力的なショッピングセンターかもしれないが、それ以外でも亀有は魅力的なものも多い。
両津

この両津像の設置で亀有の更なる活性化を望みたい!!これは出身者としても大きな願いだ。世間では表参道ヒルズが話題であるが、千代田線で一本の亀有も負けてはいない!!

ひらがなの市町村名

市町村合併で平仮名の自治体名が全国で多く誕生している。ひらがなの市町村名を乱発することには、私は基本的には反対だ。「さいたま市」「みなかみ町」「いすみ市」「つくばみらい市」・・・イメージで柔らかさを強調するために平仮名の市町村名が多く使われるが、平仮名の地名は、地名に対する威厳を殺してしまっているようにも見える。私が非常に失望したのが、群馬県みなかみ町で、ここは水上町と上越新幹線上毛高原駅のある月夜野町などが合併して誕生した。水上は一大温泉地で、上野駅から特急「水上」号が運転され、知名度はある。NHKの天気予報では、合併前は「水上」と出ていたが、合併後は平仮名で「みなかみ」になって、重い地名が急に軽くなってしまった。画面からはこのようなオーラが感じられない。

駅名でも言えるが、難読地名を平仮名にするのであれば、少しは理解が出来る。しかし、読めそうな市名にむやみに平仮名ばかり使われていては、地域や市名に対する概念が軽くなりかねない。漢字は、一部で当て字もあるものの、地域の意味などがあるからこそ成立するものであり、平仮名ばかりでは、歴史などもへったくれになってしまう。読めそうな字を平仮名にするのは許せない。(青森県つがる市、石川県かほく市など)対照的に千葉県匝瑳市(八日市場市と野栄町の合併市名)のように「そうさ」という難読であっても、平仮名でないのは好感が持てる。なぜ平仮名が多いのだろうか。
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