あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

鉄道去り行くもの・・・川越線103系

f494a120.JPG川越線の103系車両が本日をもって引退をする。川越線の103系車両は山手線の103系亡き後のうぐいす色の103系として親しまれ、川越〜高麗川間の川越線、高麗川〜八王子間の八高線にて使用された。乗車した回数は少ないが、うぐいす色の103系を身近に見ることは今日でなくなった。今後は山手線などから転属した205系による運転となる

この計画が可能になったのは、山手線に新型車両の231系を導入し、山手線の余剰となった205系を他の路線に回し、川越線をはじめ、武蔵野線、京葉線などに車両の配置転換が行われたからでもある。205系はいまや郊外の顔として君臨している。(参考ブログ

川越線は、路線こそ大宮〜川越〜高麗川間であるものの、事実上川越駅を境に川越〜大宮〜新宿〜大崎間の埼京線と川越〜高麗川〜八王子間の八高線に運転系統が分断され、川越線の名前が形骸化している点もある。川越を境に役割の異なる路線でもある。このような経緯になったのも1985年の埼京線の開通で、この路線の開通によって川越線の大宮側と同路線と赤羽線(赤羽〜池袋間)をドッキングさせることで通勤新線としての役割を担った。埼京線は東北上越新幹線の上野延伸の際に埼玉県などから通勤新線を平行して建設しなければ新幹線を通さないという条件を提示して建設された路線でもあるのでこの効果を生かすことで路線が分断された面もある。

のちは余計な話になってしまったが、ありがとう103系・・・思い出に変わるまで・・・


2053000

川越線の今後を担う205系車両。

市町村合併の弊害?2

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先週の茨城遠征から1週間が経つが、茨城県では他の県よりも多くの場所で市町村合併が進んでいる。

1987年のつくば市から始まり、93年鹿島アントラーズの誕生に伴い大野町と鹿島町を合併した鹿嶋市、1994年には昨日のブログで紹介した茨城交通の走るひたちなか市、現在の合併推進の中でも、かすみがうら市・筑西市・神栖市・常陸大宮市・・・など特に関東地方には茨城県内での合併数が目立って多い。そして来年3月には伊奈町と谷和原村によるつくばみらい市など史上最低の名称の市も誕生する。

・鉄道駅名・高速道路のインター名と市町村名

昨日茨城交通の訪問の際に訪ねたひたちなか市。ここは那珂湊市と勝田市が合併したものであるが、いまだにピンとこない点がある。なぜならば、常磐線の「勝田駅」は勝田電車区など常磐線の拠点駅でそれなりに知名度がある。特に鉄道の駅名や高速道路のインターチェンジ名を知っている者から見れば、新市名はぴんとこないことも多い。その一番良い例が、つくば市周辺の常磐自動車道のインターチェンジ名で、谷田部インターはつくば市の南部、桜土浦インターの桜は同じくつくば市に位置する。つまりつくば市合併を構成した町村名(桜村も谷田部町もつくば市となった)がインターチェンジ名として残っているのだ。その為、旧市町村名のほうが通りが良い点がある。市町村名は変えることが可能でも、駅名やインターチェンジ名は変えることが困難なので、このような旧市町村名で出てくることもあり、鉄道や道路を通じて地理を勉強するものには旧市町村名は都合が良いのかもしれない。
しかし、なぜひたちなか市の隣に那珂市があるのだろうか。いくら那珂町から昇格したとはいえ、近隣部に「ひたちなか市」「那珂市」があるのは地域外から来た者にとって紛らわしいとしかいいようがない。

・埼玉県の悪例

さいたま市の誕生で埼玉県内の道路標識は浦和や大宮の地名が一斉に消え、「さいたま」という標識に変わったが、これは私は絶対に納得が出来ない。「さいたま」市は漠然とした行政体をあらわすのに対して、なぜ漠然とした行政体地名を標識にするのだろうか。地理に詳しい人でなく、生活に即している人でも、浦和や大宮などの方が通りが良い。特に交通の場合であれば尚更だろう。一例を挙げると国道16号線は、旧大宮市を通過し、浦和市を通過しない。大宮を目指したいのに「さいたま」と出されては地理に詳しくないものから見れば「浦和」と誤解してしまいかねない。
確かにさいたま新都心を中心に考えれば、大宮と浦和と与野は一体化しているが、浦和と大宮はそれぞれ都市形成の歴史が異なり、性格が異なる点がある。また人口や税収などでも県内でも有数の都市として成長してきた。その為、浦和や大宮などに都市や地域としてのアイデンティティが色濃く残っている。なので、道路標識の一斉「さいたま」化は即刻廃止し、浦和か大宮に戻してほしい。最近さいたま市となった岩槻市にまでその手が伸びていないのは幸いといえる。岩槻を「さいたま」と標識変更をするのには断固反対する。増してや岩槻市であれば、城下町としても人形の町としても栄えたので、地域としての特徴は出ている。

茨城県では「つくば市」以外では合併による標識地名の糾弾は少なく、筑西市に当たる旧下館市も下館のまま書かれ、板東市の旧岩井市も岩井のまま書かれている。しかし一部では「ひたちなか」などの標識も誕生していたので、数年後に標識地名が糾弾されないとは限らない。

今回の市町村合併の弊害は交通面を中心に考えてきたが、道路や駅名では、改称がしにくいので、そのまま残ることが多い。しかし標識については、改称が多い。改称したからといってよいものではない。なぜならば、市町村合併は行政の都合で行われ、市町村を構成する都市は地域毎で独自性や個性を持って成長し、あらゆる面で地域を形成してきた。駅名や地名はこの都市を現す玄関のようなものである。その為、知名度が高く、対外者へのPRとなっている。そんな地名を合併したからといって、標識などまで糾弾するのはやめてほしい。

ドラマ「電車男」感想

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昨日、フジテレビのドラマ「電車男」が最終回を迎えた。話題作品の最終回とあって、高視聴率を獲得した。

伊藤淳史演じる電車男こと山田剛志は、オタクであった。会社ではいびられ、家庭では特に妹(堀北真希)から公害扱いされ、みんなからバカにされてきた。意気投合できるのはネットの仲間とオタク仲間の数人であった。
オタクは閉鎖的で、根暗な点が強いのは前回のブログでも記した。実際に自分は鉄道趣味などマニアックな世界を長年続けており、高校も男子校であったので、一時期女性とは遠いもてない世界にいた。だからオタクの気持ちがよくわかる。特に伊東美咲演じるエルメスこと青山沙織の友人の中で佐藤江梨子が演じる役が、はじめはオタク嫌いの女性の役であったが、沙織が彼女に山田の魅力をどんどん語る毎に彼女のその誤解が解けていった。

はっきり言って、これは奇跡ではないかと感じる。

そんな山田の魅力はどんなところにあったのか・・・。

これは山田の青山沙織を想うひたむきな所にあった。山田と青山沙織の出会いは、彼女がセクハラされていたところを山田が救出し、山田が沙織に惚れたものであった。そんな山田は2ちゃんねるにあたる匿名の掲示板で、毎日毎日沙織との記録を記していた。これが沙織の弟にばれ、殴られ、白石美帆演じる会社の先輩からもいびられていたが、山田に取れば匿名の掲示板は思いを伝えるための日記帳になったのかもしれない。これは以前の社会では考えられなかった。ネット時代だからこそこのような思いを綴ることが出来たのかもしれない。以前では思いを伝えるには表現が難しかった点もある。沙織もはじめはこのようなネットに違和感があったのかもしれないが、この掲示板を知り、思いを綴っていたことを知ったときにはショックというか涙を流していた。

オタクは嫌われるのか?

山田は、青山沙織との約束を破り、オタク仲間とコミックマーケットに参加し、彼女に嫌われたときがあった。はじめ、オタクを隠すのは誰でもしたがる。この後、山田はオタクというアイデンティティを捨てようとした。しかし、彼の一途な思いが、このオタクな性格を理解してもらうようになり、彼女とは一時期仲直りできた。

昨夜、ネットの仲間が出来すぎだと書いた。

山田はオタク仲間以外気の通る友人がいない。匿名の掲示板では居心地がよかったのかもしれない。実社会での逃避が、山田をこの恋愛を成就させた一因にあるのかもしれない。山田の勇気のある行動が、周りの仲間の心を強くし、山田に暖かいエールを送っていた。特に阪神ファンの男と小栗旬が演じた役はその熱心さが伝わってきた。山田が外では忌み嫌われている点が逆に封鎖したことで、山田は本音を伝えられたのかもしれない。彼の嫌われているが恋愛に対して一途な心がすばらしい事にようやく気づいた。

インターネット・匿名性・山田の青山沙織への心・山田の人物像、この一つでも欠けていればこの電車男は成立しなかったと見ている。
このすばらしい?作品は自分がオタクで類似的な人間でなければ入り込めなかったドラマであった。しかし、オタクでなくとも高視聴率が獲得できたのは、オタクという点に限らず、変わり者の恋愛でこれが純粋なものであったためと推測が出来る。

これからDVDが発刊されるまでビデオをもう一回見たいと思っている。

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ!!!!

「電車男」最終回を前に

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フジテレビで放送されている連続ドラマ「電車男」が22日最終回を迎える。このドラマは、電車男と呼ばれるアニメ・ゲームオタクで落ちこぼれの派遣社員の男性とエルメスと呼ばれる外資系会社に勤めるお嬢様の恋愛ストーリーで、映画や劇なども公開された。

1回目からみた感想として、電車男こと山田(伊藤淳史)とエルメスこと青山沙織(伊東美咲)を取り巻く男女がなかなか面白いこと。山田の周りは、うるさい上司といびりまくりの先輩がいて山田はどうしてもお荷物にされまくっている。その一方で、オタク仲間とは意気投合しており、このギャップが大変楽しい。また、山田の周りのネット仲間は山田に沙織との恋愛で失敗したことなどのアドバイスをしているが、なんだか出来すぎているようにも見えてならない。というか邪魔する人がほとんどいないので、尚更不思議に感じる。山田は、ネットの世界ではないが、沙織の元先輩に邪魔されまくり、沙織との恋愛を苦しめられるのであるが。
一方の沙織の友人は、ハイソで教養のある人がすごく多く感じる。これは育った環境ゆえそうなるのかもしれない。山田の周辺部と違い、キャラの個性が出ていないのも今ひとつな点がある。

この「電車男」の魅力は、恋愛などはこれまでは男性のほうが地位や肩書きが高く、男性優遇のストーリーがドラマの基本であったが、逆に女性のほうが上位に立ち、男性は特異なキャラであるのが、これまでとは違う傾向を示しており、ひとつの魅力になったのではないか。また、これまでオタクというと閉鎖的で世界が狭い、特異などのイメージがあったがこのドラマでは、この男性の恋愛へ向けた一途さなどがオタクのイメージ換えになったのではないか。

最終回どんなストーリーかはわからないが、楽しみに見てゆきたい。

茨城交通訪問記

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4a753022.JPG昨日、茨城県の水戸市で用事があった。そのついでに茨城交通に訪問をした。茨城交通は、県内の水戸市や県北部で路線バスを運営している会社であるが、鉄道部門は現在は水戸駅の隣のひたちなか市の勝田駅から那珂湊駅を経由し阿字ヶ浦へ向かう路線のみが残っている。

その前にこの日、用事が始まる午前中に水戸駅の構内で2つの面白い電車の目撃をした。

訓練車

この訓練車は駅から離れた位置での撮影だったので、やや遠くなってしまったが、よくよく見るとある電車で数ヶ月前みた。そう、特急あずさのボンネット車両になっていた電車であった。(このブログより)まさか特急あずさのボンネットのカモフラージュをするために水戸から連れてきたとは・・・お疲れ様といいたい・・・。

勝田485系

この電車は高萩〜小山〜宇都宮〜日光間を結ぶ臨時列車快速「ぶらり日光」で使用されていた485系車両。勝田電車区には特急ひたちの撤退後、485系は少ないながら配置されていたが、塗装変更をして団体臨時列車などにも使われている。このブログの最後に衝撃の出会いがあったのも記しておく。

さて、本題に戻る。茨城交通は、勝田駅が起点で、勝田駅を訪れたのが今から7年前であったので橋上駅舎になっていたのには驚いた。その為、どこにホームがあるか迷ってしまった。JRと同じ箇所であるものの少しわかりにくかった。乗車券の発売箇所も紛らわしい箇所にあった。
勝田駅は、1番泉ホームでJRの2番線と同じ箇所であるが、中間改札がある。電車が行ったばかりだった。次の電車は40分後・・・。電車といっても気動車であるが・・・。来た電車は表紙に飾ってあるキハ2000形の2004番編成で、車両は旧国鉄の準急色で黄色で赤の帯が入った。1980年頃の都営バスの塗装とよく似ている。
車内は非冷房でこれよりも驚いたのが、床が木であった。床が木の電車に乗るのは、昨年の名鉄の岐阜市内線以来1年ぶりであった。しかし床が木の電車が来ると古い電車であることがわかる。これにとても敏感に感じる。夕方とあって車内は高校生やお年寄りが多く乗車していた。

勝田駅を出て、車内には潮風が入ってくる。開いた窓からは風だけではなく、畑や田のにおいもする。冷暖房の効いた列車の多い中、時代遅れでも地域の匂いなどが感じ取れた。

しばらく行くと那珂湊。ここは1994年までは那珂湊市で、那珂湊市の中心部であったが、今は勝田市と合併し、ひたちなか市の一地区になっている。ここはどうしても思い出すのが小学校の時の80年代後半にNHK教育で放送していた「たんけんぼくのまち」という小学生向けの社会科番組であった。チョーさんこと長島雄一さんがが自転車で地域を回る番組であった。チョーさんのキャラの個性さは今でもよく覚えている。自分の自転車を「ナイトライダー」と称したり・・・
私がよく見ていた時は、この那珂湊市が舞台であった。(のちに福島県いわき市、静岡県清水市などに移る)ここには古めの車両も留置しており、駅の中を通るだけでも楽しめた。

阿字ヶ浦へ向けて走るが、古い車両なのでモーターもパワー全開。しかし古きよき鉄道が楽しめ、10年以上前に戻ったような気がする。
終点の阿字ヶ浦駅は海岸から離れた高台の上にある。この阿字ヶ浦もひたちなか市にある。阿字ヶ浦駅には古いディーゼルカーも止まっていた。

阿字ヶ浦

阿字ヶ浦駅(湊線)

海水浴シーズンは終わったが波は静かだった。ここには天然温泉もあり、なかなか楽しめる。南は大洗、北は東海村などがあり、特に東海村は原子力エネルギーなどで全国的に著名な箇所でもある。

阿字ヶ浦からは勝田に戻る。ここでの車両は1995年に導入した新型の3710形気動車であったが、車両は新しいものの車内は28人掛けのスーパーロングシートであった。
茨城交通3710

夕暮れの町を気動車は行く。那珂湊や勝田周辺で乗り込みがあるものの、乗車したのはわずか4人であった。阿字ヶ浦から乗り通したのは私一人であった。休日の夜といえども寂しさを実感した。今回もローカル線の厳しさを実感した。高校生とお年寄り、そして訪問客しか乗らない鉄道はいかがなものなのか・・・。

新旧の車両の乗り比べを行い勝田駅に戻った。この訪問からは車両だけでなく風景などさまざまな点で収穫を得た。地域の足としてこれからもがんばってほしい。

勝田駅到着後、お楽しみが待っていた。団体専用列車が私が到着した10数分後の18:40に来るというのだ。
リゾートゆう
これは団体専用列車のリゾートエクスプレスゆうで1991年勝田電車区所属の欧風列車としてデビューした。この列車は特急「ひたち」用の485系の改造車であった。1993〜4年頃は臨時列車「リゾートエクスプレスゆうひたち」として特急ひたちの臨時列車として走っていたが、後年お座敷列車になった。
久々にこの電車を見た。全車グリーン車の欧風電車ではバブルの時代はこれでもよかったかもしれないが、今の時代は欧風よりも同じ全車グリーンといえどもお座敷のほうがニーズに合うのかもしれない。

この日は鉄道面では大当たりの連発であった。
おまけとして勝田電車区の485系の特急ひたち時代を紹介する。
485系ひたち
特急ひたちの485系も今から10年前の最末期は白地に黄緑と灰色の落ち着いた塗装であった。これは最末期の1998年に上野駅で撮影したもの。

ヨーカドーのマークが消えた・・・

9月1日からのセブンイレブン・デニーズ・イトーヨーカドー・ヨークマートなどの系列会社の持ち株会社化による「セブンアンドアイホールディングス」の発足に伴い、一部で変化がおきた。しかし、その変化が個人的に大きなショックを受けた。

なんとイトーヨーカドーの看板でもある鳩のマークが消えてしまい、セブンアンドアイホールディングスのマークに変わってしまったのだ!!!
これは、長年イトーヨーカドーのマークを見て育てきた者からすれば、大ショックであった。今は最寄のイトーヨーカドーまで10km以上離れた場所に住んでいるが、昨日イトーヨーカドーの多い葛飾に帰省した際に、自宅に最も近かったイトーヨーカドー四ツ木店の看板がこうなっているのにはショックで失神そうだった。四ツ木店だけでなく、高砂店・立石店・小岩店・・・私が通っていたイトーヨーカドーが皆新しいまるでセブンイレブンのような看板に成り下がってしまった・・・

ヨーカドーの鳩はどこだ・・・鳩のマークこそヨーカドーなのに・・・鳩のマークは、看板ではない店内の目立たないようなところにさびしく飾ってあった。
ましてや最も店舗を認識する看板に鳩のマークがないのは、暴挙といえよう。

なぜ、会社の内部事情に過ぎない持ち株会社の成立なのにイトーヨーカドーの看板まで変えてしまうのだ。これはアイデンティティ破壊でもあり、イトーヨーカドーの企業までもイメージが変わってしまう。
私がこの新マークに反対するのは、スーパーはスーパー、コンビニはコンビニではないだろうか。ヨーカドーは、衣料品を中心に家電、趣味娯楽、食品など何でもそろう。しかも衣料品の質は極めて高い。一方、セブンイレブンはコンビニで販売しているのは食品などを中心とした日用品で、最近はマルチコピーなどによる写真作成やアイワイバンクの設立によるATMなどもできるが、明らかに役割が異なる。それなのにマークを似たり寄ったりにしてしまうのはスーパー・コンビニという点から見ても異様であろう。
ヨーカドーには食品専門のヨークマートも展開しているが、残念ながらヨークマートもヨーカドー同様にセブンアンドアイの共通マークになってしまった。

私はイトーヨーカドーの多くある地域で育ち、行く回数も圧倒的に多かったので、ヨーカドーが大好きで、ヨーカドーこそがスーパーのナンバーワンだと思っている。あの看板は、セブンイレブンと間違えかねず、両者の混同によってイメージも変わってしまう。とっととセブンアンドアイのあのマークは看板使用は廃止するべきだ。あと、今はオリジナル看板を維持しているデニーズがセブンアンドアイのマークにならないことだけを祈ろう。

四ツ木のヨーカドー新看板になったイトーヨーカドー四ツ木店。鳩はどこへ・・・
亀有ヨーカドー
鳩狩りを逃れたヨーカドー亀有駅前店。

豪雨被害から考える

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9月4日から5日にかけて東京地方に大雨をもたらした。特に作者の住む杉並区や中野区では河川の氾濫や床上浸水・床下浸水・道路陥没が生じ、多数の被害が生じた。
この原因として、中小の河川が豪雨に耐え切れず、氾濫してしまったためだった。特に中野区南部の弥生町付近の神田川と善福寺川の合流地点や中野区江古田の妙正寺川と江古田川の合流地点などでは被害が大きかった。総じて川沿いの被害が甚大で、都市水害が中小河川の低地で起きやすいことなどを露呈した。

中野区や杉並区は、中央線や青梅街道沿いに横に歩けばあまり実感しないが、中野通りや環七通り、環八通りなどを縦に歩けば、結構坂が多い。神田川・妙正寺川・善福寺川の近辺が高低差があるが、東中野〜阿佐ヶ谷付近にかけては桃園川という暗渠になった川もあり、この近辺では川はないものの、坂だけは残っている箇所がある。実際に中野や高円寺駅から青梅街道の間には、高低差があるのはそのためだろう。

豪雨対策として、中野区の野方近辺の妙正寺川や杉並区方南の神田川では調整池も設置され、豪雨対策を施しているようにも見えるが実際には50mmの雨程度しか対策がなされておらず、治水の遅れが目立っている。関連記事神田川の調整池では今月17日から稼動する調整池を前倒して使用を開始した箇所もある。

このような場合に対してハザードマップが役に立つような点もあるが、実は都のハザードマップと杉並区のハザードマップで相違が生じ、ハザードマップが役に立たなかった一件もあった。地図に頼ることも大事であろうが、この地域が大丈夫な地域かどうかを見極めるのは地域住民の声であり、特に新しく住みだした人には近所付き合いなどが重要になる点がある。増してや中野区・杉並区は単身層や上京住民が多いので、これすら難しい点もある。更に自然災害は何が起こるか予測ができない。ハザードマップは確かに重要であるが、それをも壊してしまうのが自然の恐ろしさであろうか。
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