あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

開通まで三週間つくばエクスプレス大予測1

a8ae5bb0.JPG秋葉原とつくばを結ぶ、つくばエクスプレスの開通まであと20日となった。現在、試運転が進められ、開通に向けて万全の準備を待つばかりだ。

さて、このつくばエクスプレスは、秋葉原とつくばを結ぶので、つくばの研究機関の活性化や「宅鉄法」による地域整備などさまざまな面で期待がなされている。鉄道面では、最高速度130kmの電車が秋葉原〜つくば間を58kmを45分で結ぶ。その為、ATOと呼ばれる自動列車運転装置、都営三田線などに見られるホームドアの設置など安全に対する配慮も十分以上になされている。従来の鉄道新路線は、地下鉄や私鉄との乗り入れと呼ばれる相互直通運転が中心で、鉄道面での魅力はあまり多くなかった。しかし、つくばエクスプレスは、乗り入れの呪縛がない分、最近では見られなかった独創的な鉄道に仕上がっている点もある。
つくばエクスプレスは、首都圏新都市鉄道という第三セクターの会社が運営し、2001年までは常磐新線という名前で建設計画が建てられていた。建設は1985年の運輸審議会で、常磐線の混雑緩和や鉄道空白地帯の解消、筑波研究学園都市の発展などを目指すべく、緊急の整備路線として、位置づけられ、1994年より起工が行われた。開通は85年当時では2000年であったが、2005年まで先送りがされた。

常磐線は、既に都市化が進んでいた千葉県松戸市、柏市や流山市、我孫子市などだけでなく、特に80年代の地価高騰による通勤圏の遠距離化で、利根川以北の茨城県取手市や竜ヶ崎市、牛久市、守谷市などが宅地開発された。その為、混雑が激しく、別路線での混雑緩和などが計画されていた。また、国策人工都市や日本の頭脳と呼ばれるつくば市も東京駅から常磐自動車道経由の高速バスが最も便利な交通手段であったので、大量輸送が出来ず、渋滞にあいやすいなどの欠点があった。つくば市の発展と常磐線の混雑緩和の一石二鳥を図る目的があった。

つくばエクスプレスは、運転体制は秋葉原〜守谷間は各駅停車が4本、区間快速・快速が2本の1時間8本の電車があるが、そのうちの快速・区間快速の4本がつくば方面へと向かう。各駅停車の4本は守谷止まりとなる。
快速は看板通り秋葉原〜つくば間を45分で結ぶ。区間快速はこの区間を50分台で結ぶ。各駅停車は基本的には秋葉原〜守谷間でつくばの方へは運転されない。各駅停車のみの停車駅では、15分以上の運転間隔があくこともある。また、守谷以北の区間快速の停車駅は30分以上運転間隔があくこともある。運転本数が少ないかもしれないが、新鉄道で開通時なのでこれは仕方ないかもしれない。交通不便地の解消だけでも意義が大きいのでこれは看過したほうがいいかもしれない。

つくばエクスプレスも起点と終点のつくばと秋葉原が大きく話題になっているが、それ以外の地域では話題性に乏しく、どちらかといえば地味な印象になっている。しかし、3月に発表された地価公示価格では、秋葉原やつくば、守谷や足立区内の青井や六町辺りが若干上昇した。

交通不便地の解消であるが、青井や六町は23区でありながら最寄り駅までが遠く、青井駅周辺は東武伊勢崎線五反野駅か千代田線綾瀬駅、六町駅周辺は綾瀬か北綾瀬駅、東武伊勢崎線竹ノ塚駅、西新井駅などへバスで行く。このバスでも、綾瀬方面は特に加平橋周辺は環七通りをはじめ特に渋滞が激しく、駅へ出るにも一苦労の地域でもあった。その為、この地域では初の定時運行・速達の交通機関を得る。これで東武伊勢崎線や千代田線の混雑は緩和されるかもしれないが、この地域からの利用はあくまでも全体の極めて少数にすぎず、むしろ東武バスの方が影響があるかもしれない。

一つの目的となる常磐線の混雑緩和は、新路線の効果だけでなく、少子高齢化・団塊の世代の退職などの社会的要因も受けるので、物理的な混雑緩和と社会的な混雑緩和が交わって初めて達成するのではないかと思う。一方、人が増えすぎると逆効果も起こりかねない。

つくばエクスプレスは、果たして地域や沿線にどのような影響を及ぼすかを、今週から週1回〜2回程度のペースで書いて行きたいと考えている。

お勧めの書籍

つくばエクスプレスがやってくる
これがつくばエクスプレスに対するお勧め書籍です。
中身は、沿線のさまざまな思惑や筑波の知られざる魅力が掲載されています。

羽田空港の大混乱

今日、羽田空港で管制システムのダウンで終日混乱した。この事故で、羽田空港を離着陸する飛行機の一部が成田空港や名古屋空港などに代替着陸し、起点に引き返した便もある。その結果として、一日中混乱してしまった。
この事故の原因が電圧が低下したことで、予備電圧になってしまい、これに監視員が気づかず人為的に引き起こした点もある。

気づいたことは、羽田空港は日本の国内線の基幹空港であるので、一つトラブルが起きれば、国内全体が大混乱に陥ることがあるということだ。
このシーズンは、ビジネス客も多いが、旅行客も多い季節でもある。その為、普段に増して羽田空港が活性化している。このような時期に人為的なトラブルを起こしてしまっては堪ったものではない。

最近は全日空・日本航空など航空各社が多くの不祥事を起こしている。その為、航空行政への不信が高まっている。今日のトラブルはこれに輪をかけたものだと思う。今日のような人為トラブルはあってはならないもの。今後は安全輸送に務めて欲しい。これが公共輸送の使命であるのだから

新京成電鉄N800形乗車記

7773ebd1.JPG今年の6月から導入された新京成電鉄の新型車両N800形に昨日乗車をしに行った。この車両は京成の新型車両の3000系と外見などは全く同じであるが、帯の色や内装は全く異なる。
いかんせん6両編成1本しか電車がないので、事前に調べて乗車する必要があった。その中で午前中の松戸発の電車に乗車することが出来た。

感想は、内装で特にブラインドがなかなか味を出していた。沿線の梨やブドウが柄になっており、楽しませてくれた。最近はJRのE231系などブラインドの省略した電車が多い中、やはり電車にはブラインドが必要とも感じた。特にこの時期のように日差しの強い季節には尚更そのように感じる。
また、従来型車両にもついている鏡も車内に設置され、ここでも新京成らしさを感じていた。あとはつり革に白と黄色のものが存在するのがあったが、その差異がわからない。

新京成線自体がカーブが多いので、電車は何度も蛇行を繰り返していた。そもそも新京成電鉄は陸軍の演習用の路線を転用している。結果、津田沼と松戸の間は直線距離では16kmであるが、路線は26kmになっている。沿線は、常盤平などの大規模団地もあるが、農園の中に駅がある場所もあり、千葉県の北西部の地域の様子が一目でわかるような風景になっている。

新京成電鉄は2006年より終点の京成津田沼と千葉市の千葉中央・ちはら台方面を結ぶ京成千葉線・千原線と相互直通運転を行い、沿線の松戸方面と千葉市方面が直通で結ばれる。これまで津田沼で止まっていた利用客を千葉市方面まで引き寄せ、JRと比べて目立たなかった京成千葉線を活性化する目的であるが、これによって特に高校の通学圏の拡大や幕張メッセ方面への利便性のアップなども期待がされる。(幕張メッセは京成幕張本郷駅よりバス)

N800系のブラインド
N800形のブラインド

電子カードの共通化

今日の読売新聞の朝刊に2006年を目途にSuica(以下・スイカ)がJR東日本の東京・仙台の近郊区間、JR西日本の関西圏、東京モノレール、りんかい線(東京臨海高速鉄道)だけでなく、東京メトロ・都営地下鉄・小田急電鉄・京成電鉄・つくばエクスプレスなどの関東の鉄道会社や都営バス・関東バスなどの関東のバス会社の合計53社でスイカでのICカード化を進めていく事になった。http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20050729nt05.htm これによって、現在私鉄や地下鉄が導入している磁気カードシステムのパスネットとICカードのJRのスイカと2つの改札システムが1本にまとまり、利便性も向上する。 2004年から導入したスイカの電子マネー機能は、JR東日本の駅のニューデイズのコンビニなどを中心としたいわゆる「駅ナカビジネス」において物品購入なども行われている。スイカの場合は、利用できる店舗が限られている。 スイカのライバルにビットワレット社の「Edy」(以下・エディと表記)というカードがある。こちらは、コンビニのampm・サンクス・サークルKなどをはじめ、八重洲ブックセンター・セガミ薬局などでも使用が出来、電子マネーの使用可能店舗は、東日本の駅ナカのスイカよりも断然多い。その為、エディに利用者数などに差を開けられている。 読売新聞の記事では、スイカの私鉄やバスへの利用開始によって、反撃をはかる目的もある。 自分はスイカもエディも両方とも所有しているが、スイカは専ら交通用、エディは買い物用と決めている。なぜならばエディはほとんど交通に使えず、ANAがエディで使える以外はほとんどないからだ。使い方が明確なのは、スイカは交通系カードなので端数が出るとやりくりがしにくい点がある。交通系とはあまり縁のないエディでは、端数が出ても構わない点がある。 現在の関東の鉄道のカードシステムの問題点は、システムがバラバラなことだけでなく、磁気カードシステムのパスネットの場合は鉄道オンリーで、バスに乗る場合は同じ磁気カードのバス共通カードをも購入しなければならない。その為、カードが何枚も貯まってしまう。一方で関西の私鉄で使用が出来るスルットKANSAIの場合は、鉄道だけでなくバスにも乗車が出来、それに10円でも残額があれば乗車できるなどパスネットよりもはるかに利便性が高い。パスネットはどうしても利便性に見劣りがしてしまう。共通化するとこのような不利な点がなくなり、便利になるが、パスネットのコレクターでは、沿線の名所などの柄を販売しているので、集める面白さがなくなるというマニア的な趣味がなくなるのは少し残念。 私鉄・JR・地下鉄・バスの共通化は電車の乗り降りだけでなく、電子マネー機能なども付加するので、これまで知名度が低かった電子マネーを普及させる起爆剤にもなるかもしれない。

震度5弱の地震・・・その時

今日、夕方東京で震度5弱を観測する地震が発生した。その時、自分は都営地下鉄浅草線の蔵前駅におり、揺れを感じた。蔵前駅から浅草線に乗って、三田の祭りへ行くところであった。電車は、東日本橋駅で5分程度停車したが、徐行運転が続き、何とか三田駅まで行くことが出来た。逆方面は全て押上駅で折り返しだった。もし青砥など葛飾方面に帰るのであれば、どうなっていたか考えるだけでも恐ろしかった。
地下鉄の中では、ずっとラジオを聴いていた。はっきり言って、都営地下鉄でよかったと思う。なぜならば、都営地下鉄はAMラジオが受信でき、万が一の時には頼りになるからだ。特に有事ではNHKが役に立つのでずっとNHKを聞いていた。

三田駅では、三田納涼カーニバルは無事に開催されていた。地震のときにこんな事をしていれば反感を買うかもしれないが、これまで参加したことがなかったので、楽しんだ。三田周辺は、国道1号や15号の渋滞が激しく、特にバスの混雑が激しかった。

しかし、この地震の影響で山手線をはじめ地下鉄各線もストップしてしまい、もはやバスのみが交通手段であった。その為、長時間かかることを覚悟して早めにこのカーニバルを切り上げ、ひたすらバスを乗り継いだ。三田からは都営バスの田87系統渋谷駅行きに乗車し、超満員、おまけに渋谷駅手前の明治通りで大渋滞があった(もともと明治通りの渋谷〜池袋間は地下鉄工事で激しい渋滞を引き起こしているが、今日は火に油を注ぐような醜さだった)ので、三田から渋谷まで1時間以上かかった。(実際にその手前で降車し、渋谷までは歩いた)
渋谷駅は、都営バスや小田急バス、東急バスなどに乗車するの利用客が長蛇の列となり、山手線改札は運転再開を待つ利用客でごった返していた。横浜方面の湘南新宿ラインなどが運休しているので、運転している東急東横線では乗車率200%以上の超満員・・・混乱は地震から数時間後でも大きな影響をしていた。

渋谷からは阿佐ヶ谷行きの京王バス渋66系統で、自宅の近くまで戻る。しかし、山手線が止まっているせいで普段以上の大混雑、おまけに富ヶ谷・大原の2箇所の右折にうんと時間がかかり、最寄のバス停まで普段は45分のところが1時間5分かかった。

今日の地震は、東京の交通機関が寸断された場合のバスや道路の混乱を肌で感じた。やはり山手線は東京の交通の大幹線であり、今日は平日よりも人の移動の少ない土曜日であったものの、これだけ混雑するのだから平日に起きたときのことを考えると身も震えてきた。
自分は常にラジオを携帯しているが、今日のような有事では特に威力を発揮した。交通情報、安否確認、震度などさまざまな情報をラジオから得た。この際、ニッポン放送のパーソナリティが「携帯電話はつながりにくくなっています」と情報を流した。確かに鉄道運行情報はつながりにくかった。携帯の場合、身近な情報入手手段なのでアクセスが集中してしまうのは事実でしょう。
ラジオに関しては、都営地下鉄こそ全路線で整備されているから良いが、東京メトロでは残念ながら地下区間でラジオが使用できない。有事に備えて、東京メトロもラジオの受信ができるようにして欲しいと思うのは私だけでしょうか?今回の地震は13年ぶりの東京での震度5で首都直撃地震がいつ来てもおかしくないので、インフラの整備も行うべきではないか。ラジオは、身近な情報手段の一つで、大きな情報も得られるの有事には役立つことを今日は学んだ。

思い出に変わるまで・・・京急1500形の思い出

efb4527b.JPGこのブログを書いているのは7月22日であるが、7月21日は自分の記憶として忘れられない出来事があった。
今から16年前、小学校5年生の時の1989年7月21日のことであった。この日は夏休みの開始であった。この日は日本橋に用事があり、出かける事になった。当時の住居の最寄り駅であった京成線青砥駅で、電車を待っていた。その時に来たのは京急1500形であった。はっきり言ってこの時は感動が深かった。
当時、京急線から都営浅草線を経由して京成線に乗り入れる電車は全てが京急の1000形(旧)で、1500形は京急線の線内運用だけで、都営浅草線を経由して京成線には来なかった。京急は1000形のイメージから片開き車両のイメージが強く、車内も開放的なイメージが強かったが、この車両で初めて両開き車両を生で見た、車内のイメージは引き締まったような車両だった。写真では幾度と見たが、実物で見たこの車両は感涙物であった。
あれから16年、京成線に乗り入れる京急の車両は1500形を中心にオールクロスシートの600形、2002年から導入された新1000形の3車両が中心で、当時乗り入れのほとんどを占めていた1000形はほとんど乗り入れない。時代も変わったのだと感じられる。
今は新型車両に乗っても感動が小さいこともあるが、あの時はまだ少年時代だったので、大きな感動を覚えたのだろう。大人になると感動が薄くなってしまうのかもしれない。
京急旧1000形
上・1989年当時に感動をした京急1500形(京成線立石駅)
下・当時の京急線の都営浅草線・京成線乗り入れの主役京急1000形
2002年の京成線ダイヤ全面改正時に運転された「快速」羽田空港行きの写真(京成線青砥駅)

成田空港の滑走路延長

成田空港のB滑走路が、予定の南側ではなく、逆側の北側に延長する見込みになった。成田空港のB滑走路は2002年のサッカーワールドカップ・日韓大会にあわせて2180mの長さで建設されたが、これは暫定的な距離に過ぎない。実際は2500mの長さが予定距離になっている。これは反対派住民が土地を譲らないためで、この320mの長さが大きな影響を及ぼしている。2180mの距離は中国や韓国、東南アジアへは飛ばせてもアメリカ西海岸までは飛ばすことが出来ないからだ。4000mのA滑走路に頼るのも空港輸送の柔軟化や増便に対応できず、運用の使い勝手の悪さがここでは指摘される。

成田空港は、それだけでなく多くの問題を抱える。その一つが交通アクセスの悪さだ。1988年に石原慎太郎氏が運輸大臣の時代に成田空港アクセスの改善が提唱され、1991年京成とJRが成田空港に乗り入れた。しかしそれでも、東京駅から1時間程度かかり、交通の不便な土地にある空港だけは変わらなく、国際的な水準から悪くなっていることなどがよく指摘されている。その為、最近の空港行政は成田空港よりも羽田空港への傾倒が目立っている。羽田空港からアジア方面へのチャーター便などはその代表例とも言える。
成田空港は、2010年を目途に現在印旛日本医大駅(千葉県印旛村)が終点の北総鉄道を成田空港へと延伸し、空港アクセスのための高速鉄道へと変身させる予定となっている。この場合、日暮里から京成線・北総線経由の成田空港への所要時間は36分を予定している。現在の京成特急スカイライナーよりも15〜20分のスピードアップが予定される。しかし、これも本当に実現できるのかと疑問に思う。北総線は全て高架もしくは掘割なので、踏切がないが、アップダウンが激しく続く。更に京成線の上野〜高砂間の高速化なども必要になる。課題は山積しているにもかかわらず、36分という見栄のいい数字だけが一人歩きしているような気がしてならない。

問題点の多い成田空港であるが、他の空港にはない優れた点(特に滑走路)も多くあるので、成田空港のよさを生かして今後も発展していくべきではないか。成田空港の様子
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