あらかわ交通ノート

文章と写真などでお楽しみいただく鉄道を始めとした交通情報や旅行などを取り上げるブログです。鉄道や旅行、地理のこと、アイドルの話などさまざまな情報を発信をしていきます。

赤い電車・・・の話題

bd67060b.JPG昨日、くるりの「赤い電車」という曲が発売された。この曲は羽田空港から発車する京急線のイメージソングで、異色の鉄道ソングでもある。京急は1998年の羽田空港への乗り入れ以降、羽田空港へのアクセス向上を盛んに宣伝しており、東京都内や横浜市内から羽田空港への利便性をダイヤ改正の度にあげている。以前は京急=高速のクロスシートの快特のイメージで通好みの印象であったが、最近は羽田へのアクセス鉄道へとイメージが様変わりしている。

そんな京急であるが、自分は京成沿線の出身で都営浅草線経由で乗り入れる京急の車両を眺めていた(参考ブログ)ので車両など一部の面においては顔馴染みの鉄道だ。京急線で「青砥」や「高砂」といった自分と身近だった京成線の行き先を見ると依然としてほっとするし、自宅に帰るイメージの最も高い行き先が強かった。

羽田空港や横浜へも当然浅草線経由で京急の利用がほとんどだった。しかし、葛飾を離れてからは、京急とは徐々に縁が薄くなり、以前ほど乗車していない。その代わり、葛飾時代はほとんど乗る事のなかった東急東横線などに乗りようにもなった。(今は京急沿線に行くに当たって終日激しい混雑している山手線の品川〜新宿間を乗車するのがなんとも辛い所・・・。)

今日の話題は京急の引退間近に迫った700系と大師線の事。この電車は、浅草線や京成線に乗り入れられないので乗車回数も少ないが、小学生当時に見ていた保育社発刊の京急の本などでは、朝の通勤快特などに使われている写真が掲載されていたのを覚えている。4ドアで1000系などと比べれば通勤対策で作られた点があり、特に地味な印象もある。しかし、京急の特徴の一つである片開きドアの迫力を味わうにはこの電車は悪くはない。しかし、4ドアゆえに着席定員が少なく、少し窮屈そうであった。現在は京急川崎駅から小島新田駅を結ぶ大師線で運用されており、今日大師線の散策を含めて行った。
大師線は、川崎大師と京浜工業地帯を結ぶ路線で、参拝客や競馬客、工場への通勤者など地域密着型の輸送を展開している。川崎市は、臨海工業地区を中心とした工業地帯(川崎区など)と丘陵地の住宅地(宮前区・多摩区・麻生区など)が共存している市であるが、この路線はコテコテの前者の路線でもある。これは川崎らしさというアイデンティティがあるからだこそだ。川崎市は東京と横浜に挟まれ、工場地帯のイメージが際立って強いが、この路線はその泥臭いイメージがそのまま出ている。近辺には京浜工業地帯の輸送目的の南武線浜川崎支線などもあるが、この路線のような地域密着にはあまり見えない。

帰りは京急川崎駅から品川駅まで2100系の快特に乗った。その際、無線LANによって、電車内の配信映像実験をする車両に乗車したこれは車内にテレビが設置され、音声はFMの88.0Mhzに合わせるものであった。ラジオを常時携帯しているので、音声でテレビを見ていた。中身は先のくるりの「赤い電車」の京急のCMや観音崎のホテルの宣伝などであったが、車内でテレビを楽しんで情報を得るのも今後は必要となるのではないか。山手線にも類似のサービスがあるが、音が出ない。この無料でクロスシート・高速運転という他社にない快適なサービスを提供している京急で無線LANによる情報はどれだけ利用者に役に立つのだろうか。今後も結果を期待したい。
京急2100LAN京急2100の実験車両。

ファミリーマート&ジョナサンでもSuica

今日から東京都内の一部のファミリーマートでもSuicaが使用できるようになった。埼玉県内の一部では既に実施しているが、都内の店でSuicaが使用できるようにもなった。ただしこれは、新宿区・港区・中野区・杉並区など都内の西部が中心で、千代田区や中央区や台東区などの店では使用が出来ない。 コンビニでSuicaの使用といえば、スリーエフでも横浜市内や飯田橋の店舗で使用が出来たが、規模の大きいファミリーマートで使用できることはSuicaビジネスなどにも大きな影響を与える。 早速、自宅の最寄の店でSuicaを使用したが、NEWDAYSなどJR系の店で買うのと違って違和感を感じた。Suicaで買うファミリーマート限定のお菓子やおにぎり、デザートはコンビニという垣根を乗り越えて、別の世界のような感じがした。進化するカード事情はコンビニをまた別のものにしたようだった。 Suicaの場合、交通系カードなので端数が出ると本末転倒になってしまう恐れもある。(特にSuicaの場合、カード残額が130円未満の場合は改札も通れず、精算か乗車券の購入しかなくなる)なので、端数を少し気にしていた。しかし店内ではファミポートと呼ばれるマルチメディア端末を通じて、1000円・3000円・5000円・10000円のチャージも可能となるので、Suicaの代金が少なくなっても、補充が可能になる。なので高額の買い物も出来るし、駅のチャージの混雑緩和などにも役立つかもしれない。 ファミリーマートだけでなくファミリーレストランジョナサンの一部店舗でも<Suicaが使えるようになった。ただし、ジョナサンでもJR駅から近接の店での使用が可能で、JR駅から遠い店舗では利用が出来ない。(一例では丸ノ内線新高円寺駅の近くの新高円寺店では利用が可能でも当店から500m西の杉並梅里店では使用が出来ない)Suicaでステーキやハンバーグ、スイーツというのも悪くないかな。 食住でも使えるようになったSuica。これまでよりも利便性が増すのか?ファミリーマート・ジョナサンでの使用は普及まで時間がかかるかもしれないが、Suicaの利便性も是非是非多くの方に知ってほしい。ファミマスイカ Suicaが使えるようになったファミリーマート(杉並区の高円寺駅南口店)Suica が使える店は、Suicaの看板などが建っている。

鹿島臨海鉄道臨港線乗車記

ブログネタ
鉄道 に参加中!
16d13e9b.jpg10月16日、小雨のぱらつく中、鹿島臨海鉄道臨港線の鹿島サッカースタジアム〜神栖間に乗車しに行った。この路線は、今は貨物専用線となっており、旅客が走ることはまったくない。しかし、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の開通20周年記念イベントとして、この日は一日に限り、鹿島サッカースタジアム〜神栖間が旅客列車による運転が行われた。
鹿島臨海鉄道臨港線の区間は1978年から83年まで旅客輸送が行われ、鹿島神宮〜鹿島港南間で運転され、神栖駅が途中設けられた。この路線は鹿島の市街地などから遠いことや当時鹿島神宮〜水戸間の大洗鹿島線が開通していなかったことから利用者が少なく、短期間で旅客をやめてしまった。
詳細はこちらまで
そんな貴重な体験だから参加したかった。

自宅から丸ノ内線で新宿へ、新宿から山手線で日暮里でここから京成の特急で京成成田まで向かった。京成成田駅からJR成田駅まで歩き、成田線の鹿島神宮行きに乗り、鹿島神宮へ。京成の走る成田までは近いが成田から先のJR成田線・鹿島線が運転本数が少なく、この区間を組むのに少し苦労した。

鹿島神宮駅からは鹿島臨海鉄道で鹿島サッカースタジアム駅へ。この駅は、Jリーグ鹿島アントラーズの本拠地・鹿島サッカースタジアムの最寄り駅で、2002年のサッカーワールドカップの開催された。サッカーの試合日のみ開設されるが、今日は鹿島まつりだったので臨時停車となった。

鹿島スタジアム

鹿島サッカースタジアム駅では、神栖への往復乗車券(500円)を購入。第2便の発車時間11:54まであと1時間以上あるが、この券を買うのに10分ほど並んだ。発車まで鹿島まつりを少し見てきた。

そんな中、鹿島スタジアムの近辺の公園を散策する。公園内にはサッカー日本代表監督のジーコの銅像があった。
ジーコ
ジーコは、今でこそ日本代表の監督であるが、Jリーグの草創期は選手としても活躍し、引退後は鹿島アントラーズの多くの選手を育て、相馬直樹選手、小笠原満男選手、柳沢敦選手など多くの日本代表選手を輩出し、2000年には国内三冠のタイトルも獲得した。いまや鹿島といえば鹿島アントラーズの本拠地として全国的に知られている。

サッカースタジアム駅へ戻る。発車30分前、激しい雨の中、多くの利用客が並ぶ。狭いホームなのにたくさんの利用客がおり、座れるかどうか微妙なところだった。そして11:45神栖からの列車が入線。車両は6000系2両編成であった。座席には座れずに、立ち席での旅となる。11:54鹿島サッカースタジアム駅を発車、これから26分神栖駅への物語がスタートする。

今回の旅では、5万分の1の地形図(潮来)と2万5000分の1の地図(常陸鹿島・神栖)を持っていった。サッカースタジアム駅から神栖駅にかけては、高いところから低いところに下りるので、どこかで下り坂がある。途中長い塀と掘割の区間があったのでこの辺りまでに下りになっているのではと予測する。鹿島は潮来から続く水郷地帯のイメージがあったので台地や丘陵地で構成されているのはイメージがつかなかった。しばらく走ると工業地帯の煙突が目立つようになる。周囲は田と畑、荒れ地だった。12:15神栖駅の近くに到着。ここで転線して神栖駅構内に入る。12:20駅の中に到着。神栖駅は洗浄線内にホームを設置した。その為、2両のうち1両のみが乗降口になった。

神栖駅では、団体専用列車マリンライナーはまなすや機関車の展示があった。マリンライナーはまなすは以前は定期列車として使用されたが、今は団体用になっている。せっかくの良車両がほとんど使われないのはもったいないような気もする。沿線観光の推進などに役立てれば幸いでもあるが・・・
駅は工場地帯の内部にあり、周りには見るものがない。雨だから駅の外には出たくもなかった。

マリンライナーはまなす1

神栖駅からは鹿島サッカースタジアム駅へと戻る。発車は13:18であるが、雨天であることもあって12:40過ぎから車両の開放が行われ、発車35分前にはすべての座席が埋まっていた。帰りは何とか確保できた。満員の客を乗せて発車。工場地帯の煙突を見て、別れを告げる。行きと来たのと同じ道をたどり、サッカースタジアム駅には13:44に到着
天気が悪く、車両も大混雑の中行われた神栖への鹿島臨港線復活運転であったが、雨や混雑も吹っ飛ぶような貴重な体験が出来た。貨物線を旅客にするには認可が必要で今回もこれに一苦労したという話もあった。その苦労があってこそ夢のあるイベントが実施できる。今日に限らず、認可申請が出来た場合は、年に1回でいいからこのような運転をしてほしい。また、鹿島スタジアム周辺も鹿島まつりで盛況していたが、普段だったらどのようなのか考えてみたくもなる。この後、鹿島まつりでのパパイヤ鈴木とおやじダンサーズのライブを楽しんで、東京へと帰ることにした。

東京へは、鹿島神宮駅からの鉄道のアクセスが悪すぎる!!行きは成田からすんなり行くことが出来たが、帰りは鹿島神宮からの列車が佐原駅止まりで成田方面へ行く場合、佐原駅で長時間待たされるので、これを嫌って、東京駅日本橋口行きの高速バスで帰った。バスは臨港線で列車に乗った箇所の近くを通るので、地形図を持ってバスの車窓から眺めることにした。掘割の区間で臨港線を越すが、ここは臨港線はうんと低い箇所を通っていた。これを見た時に更に味わい深く感じた。潮来インター付近の鹿島セントラルホテルとパークアンドライド駐車場設置の水郷潮来バス停で大量の客を乗せ、東京に向かった。渋滞の少ない東関東自動車道、そして分散化した鹿島や神栖の工業地帯や市街地などの位置を考えれば、鹿島神宮の前に駅があるだけの鉄道が圧倒的に不利なのを身をもって感じた。その為、東京と鹿島神宮を結ぶ特急列車は1日1本の特急「あやめ」だけで、鉄道がほとんど機能していない。

駅ナカビジネスについて

昨日のテレビ東京の「ガイアの夜明け」の番組で、JR東日本の駅ナカビジネスについて取り上げられていた。

JR東日本は特に駅の中での出店攻勢が盛んに行われ、今年の3月にはさいたま市の大宮駅構内にエキュートが完成し、10月には品川駅の構内に同じくエキュートガ完成をした。特にJR東日本の駅の中では、ここ最近、駅中の出店が盛んに進んでいるように思える。上野駅や東京駅構内の改装も記憶に新しい。

番組の感想としては、品川駅の改装の話と周辺の競合店の話題ばかりに集中していて、開店後人の流れがどうなったのか、どのような層を売り込むのかといった戦略性の話題が少なかったようにも見える。JR東日本の都市開発会社の女性社長の奮闘記のように見えた。もっともこの番組自体が、人中心で番組が構成されるのでビジネス戦略よりも人中心になるのは自然の成り行きなのかもしれない。駅ナカもあまりにも主婦・女性向けの高級店ばかりを意識している点もあり、もう少しサラリーマンや一般人が楽しめる店があってもいいのではないかと思う。

当番組内で、SuicaとEdyについて少し取り上げられていたが、Suicaの肉薄にEdyが危機感を感じていることなどが取り上げられていた。Edyの弱点は、交通系にはほとんど使われないので、どれをメインに使えばいいかわからなくなることもある。(参考ブログ)Suicaの場合、定期Suicaの利用者が多いので、使いやすくしている面もある。しかしチャージ金額の最高2万円までなので、購入単価の高い店などでは使いづらい点もある。一方のEdyは5万円までなので、高い店でも使いやすい点もある。

JR東日本は、他の民鉄会社と違い不動産事業が弱く、市中にスーパーを出していない(東急ストア・リブレ京成などのようなもの)などもともと国鉄で副業などができなかった分、自分の資産内にある駅中のレベルを高めているようにも感じる。鉄道会社が鉄道でない事業で稼ぐのはけしからんという声も聞こえるが、私はかえってこのような意見が出るのが不思議でならない。なぜならば、鉄道は生活の一つであるので、さまざまな事業に手を出してもいいはずと考えている。都市は鉄道とともに発展していくのだから、その地域の鉄道会社が地域に貢献するのは当然と考えている。
品川エキュート
駅ナカ高級店の代表店となっている品川駅のエキュート品川。中には高級食材やおしゃれな店がわんさか並ぶ。

JR中央線に新型車両運転開始へ

a376d0ee.JPG10月5日の日経新聞、東京新聞、毎日新聞などによると来年以降、JR中央線の快速電車に新型車両が導入される。車両はE233系と呼ばれる車両で、山手線などに走行しているE231系を更に技術を投入したものであった。

導入時期は2006年末から約1年間かけて、201系車両を約1年間で700両以上の車両を置き換える。201系車両は1979年にデビューし、85年までに中央線のすべての電車を置き換え、20年以上中央線の主役として君臨している。この車両は東京〜大月間の運転だけでなく、立川駅から青梅線・五日市線にも乗り入れ、青梅・五日市・奥多摩方面、そして八高線高麗川方面(立川駅から青梅線に入り、拝島駅へ入り、拝島から八高線に入る)にも入る。または大月駅から富士急行線に入り、河口湖まで走る。土日にはホリデー快速として新宿から奥多摩・五日市方面へと乗り入れ、八面六臂の活躍をしている。
中央線の中野〜三鷹間は、総武線は全て新型車、東西線はほとんどが新型の05系と最も古くとも15年〜20年以内に製造の車両がメインにもかかわらず、快速線の201系は20〜25年経過しており、中央線の快速は車両が見劣りがするのも確かであった。

この車両の特徴のひとつに今年の福知山線の脱線などを教訓に車体強度のアップなどが予定される。車内は空気清浄機や優先席や女性専用車の吊り手を低くするなど凡庸性をも高める予定でもある。
そして何よりも最大の魅力は車両故障への対応で、故障の際は自動的に予備電源に切り替えて運転をするという。特に中央線は車両トラブルでの運休も多く、車両の新技術科によるトラブルが減ることは大いに期待がしたい。更に、最高速度も100kmから120kmに上昇し、将来的にはスピードアップも予定がされる。これは三鷹駅から立川駅の立体化完成後と合わせて期待がしたい。この場合、特急あずさなどもつられてスピードアップがするかもしれない。

それにしても中央線沿線に住むものとして、233系の導入は大きく楽しみにしている。

写真はホリデー快速に使用される201系で、この車両も数年後には希少価値の高い車両になるかもしれない。

東武1800系と東武ファンフェスタ

371e7a38.JPG10月2日は東武の日で、東武鉄道ではイベントが開催された。その中でも埼玉県栗橋町の南栗橋車両区では、車庫見学や撮影会などの催し物が開かれた。

このイベントに合わせて東武伊勢崎線・日光線の各地から南栗橋へ向けた団体専用の臨時列車も運転された。(出発地は浅草・館林・栃木)その中でも、館林からの臨時列車は普段乗れないような電車が運転された。その車両とは東武鉄道の1800系車両で1998年まで浅草と群馬県の館林・大田方面を結ぶ有料急行「りょうもう」号として活躍した電車であった。現在は1990年代に製造された200系車両が特急「りょうもう」号として運転されている。(東武鉄道は急行でも特急料金を取ることになっている)

その1800系車両は、急行りょうもうの撤退後は、日光線での急行電車や普通電車に改造されたが、1編成だけ急行時代の塗装で残っている電車があった。この車両が、館林駅からの臨時列車として運転されるものだった。この1編成限りの電車は急行が新型車両となった1969年からの製造車両が多い中で、製造開始から18年後で今から18年前の1987年に増発用として製造された車両であった。この車両は7年前の急行引退後は、主に団体列車として使用されているもので、昨年その事実を知った際には「まだいたのか」と驚いてしまった。

1800系の活躍についてのホームページ

この車両には京成線に乗車して京成線と東武伊勢崎線の交わる東武線牛田駅前後での出会いが大変印象的で、いかにも有料列車のような顔つきで、特急とは一段違う急行っぽいなというのが所見だった。実はこの急行りょうもうの1800系に乗ることは一度もなく、いつの間にか去ってしまったような印象すらあった。

そのような条件から乗車がしたくなった。

館林の集合時刻は午前8時〜8時半で、出発時刻は8時50分である。都内増してや西側の地域から住むからには早起きなどの負担がいるが、それでも新宿から快速フェアーウェイで久喜へ、久喜から東武伊勢崎線で館林へ向かった。

館林の発車は8時50分、300人の定員であるが、多くの人たちがこの車両を撮影していた。家族連れも多かったようにも見えた。車内に入るとリクライニングはしないが比較的すわり心地のいい座席があった。レッグレストも車内にはあり、靴を脱いだり、足を伸ばすことをもできる。8時50分、館林駅を出発。少し走ると利根川を渡る。利根川の前後など各地では撮影している人が多かった。いかにこの車両が注目されているかを実感した。沿線は、ほとんどが田や畑の風景であるが、低湿地を通過するので多くの用水路や小さな河川があることが印象的であった。途中、南栗橋までずっと無停車であるが、加須駅で15分近く停車した。これは先行する一般列車を先に通すためだった。この車両の走りは初めての体験であるが、100km以上の高速走行は見られなかったが、それでも安定した走りを見せることは多く、ここは往年の有料急行の風格が十分に感じられた。行きに乗り換えた久喜駅を通過し、東武動物公園駅に着く、ここから南栗橋駅までは方向を転換して走る。その為、側線に停車し、それも20分近く停車した。停車中に別のホームにこの車両が急行りょうもうを引退した数年後に東武線に現れた東京メトロ半蔵門線の8000系や東急8500系が駅に入る1800系はこの車両と会うのは滅多にないが、どう見ているのだろうか。これは久喜駅ですれ違ったJRのE231系車両にも言える。
東武動物公園駅を発車して約10分後の10時12分、南栗橋駅に到着。82分間の貴重な旅は終わった。次にこの車両に会えるのはいつだろうか。また乗れるのだろうか、要らぬ心配をして?この車両を見送った。この車両はまさにツチノコのような車両で希少価値も極めて高い。色は少し褪せていたが、この車両はまだまだ活躍が出来ると思った。有料急行としての運転は10年弱であったが、団体列車として細々と活躍している今日この頃、時々「なつかしの急行りょうもう」などでリバイバル運転をしてみたらよいのではないかと感じるゆえであった。

南栗橋での東武ファンフェスタで、この車両が200系車両などともに展示がされた。左から1800系、日光線で急行として活躍する350系が2本、普通列車に改造され、館林や佐野地区などで活躍する1800系、そして現在の特急りょうもうの車両の200系となっている。どうせならば久々に東武の特急列車の看板である100系スペーシアとも競演がしてほしかった。

東武オールスターズ

鉄道去り行くもの・・・川越線103系

f494a120.JPG川越線の103系車両が本日をもって引退をする。川越線の103系車両は山手線の103系亡き後のうぐいす色の103系として親しまれ、川越〜高麗川間の川越線、高麗川〜八王子間の八高線にて使用された。乗車した回数は少ないが、うぐいす色の103系を身近に見ることは今日でなくなった。今後は山手線などから転属した205系による運転となる

この計画が可能になったのは、山手線に新型車両の231系を導入し、山手線の余剰となった205系を他の路線に回し、川越線をはじめ、武蔵野線、京葉線などに車両の配置転換が行われたからでもある。205系はいまや郊外の顔として君臨している。(参考ブログ

川越線は、路線こそ大宮〜川越〜高麗川間であるものの、事実上川越駅を境に川越〜大宮〜新宿〜大崎間の埼京線と川越〜高麗川〜八王子間の八高線に運転系統が分断され、川越線の名前が形骸化している点もある。川越を境に役割の異なる路線でもある。このような経緯になったのも1985年の埼京線の開通で、この路線の開通によって川越線の大宮側と同路線と赤羽線(赤羽〜池袋間)をドッキングさせることで通勤新線としての役割を担った。埼京線は東北上越新幹線の上野延伸の際に埼玉県などから通勤新線を平行して建設しなければ新幹線を通さないという条件を提示して建設された路線でもあるのでこの効果を生かすことで路線が分断された面もある。

のちは余計な話になってしまったが、ありがとう103系・・・思い出に変わるまで・・・


2053000

川越線の今後を担う205系車両。
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