あらかわ交通ノート Arakawa Traffic Note

当ブログは鉄道を中心に,道路や水上交通のインフラ河川,地理などを主に取り上げるブログです。名前には,交通という言葉がついていますが,交通を中心に町や地域の事などを中心に取り上げていきます。中には鉄道や交通に対するディープな話題なども取り上げます。

2006年08月

東海道新幹線から500系が撤退か?

71ddf049.JPG今日の読売新聞の夕刊に東海道・山陽新幹線で来夏のN700系デビューと引き換えに、500系のぞみが東海道新幹線から引退するという記事があった。

500系は、JR西日本が1997年にデビューさせた新幹線で、山陽新幹線内では最高速度300kmの運転を行い、ギネスブックにも申請された。また先頭車の独特のノーズは特に子供たちなどに人気が高い。また、白と青の東海道新幹線の色とは異なり、グレー基調で青の帯で他の新幹線とも異なる。このようなことからインパクトや存在感も圧倒的だ。外見が比較的地味な車両が多い東海道新幹線の中でも、異彩を放っていた。

しかし、この500系はJR東海からすれば、扱いにくい車両だったのも事実だ。東海道新幹線では、極力、車種統一を行い、座席定員まで全て同じでなければならないという独自の規則がある。この車両は座席定員が微妙に少なく、先頭車両は扉がないなど他の車両とは異なる。東海道新幹線はご存知の通り、ビジネスマンの利用が極めて多い。多くの利用者を運ばねばならず、快適性だけでなく定員の重視なども求められている。

500系のロングノーズは確かに外見は格好いいが、700系・N700系の新しいノーズから比べれば当時の技術が時代遅れになったと言わざるを得ないかもしれない。500系は、高速運転でトンネルに入る際に、大きな音を出し、なおかつ結構揺れるので、決して乗り心地が良好とは言えない点もある。それがこの車両のマイナス評価ともいえるだろう。東海道新幹線の場合は、インフラにも問題があり、急なカーブが多く、高速運転が出来ないので、せっかくの力を出し切れなかったのも事実だ。約半年前に500系に乗車した際の感想の一つがこれだった。その為、私は500系に乗車する際は、原則として東京から山陽新幹線の広島から西の区間に乗車するのに限っていた。それだから、九州(特に福岡)へ飛行機を使わずに行くのだ。

N700系その1N700系に対しては外見は地味でインパクトが500系に比べて足りないかもしれないが、技術を生かした乗り心地には大きく期待している。500系はあくまでもそのパイオニアだ。この車両で当時の世界最高速度を達成したことに関しては、大きな功績なので、賞賛の念を称えたい。

東海道から引退しても、山陽新幹線では、ひかりなどに転用させたいそうだが、山陽新幹線は東海道新幹線と違って、規制が少ないので?自由にその本領を発揮させるべきではないか。

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2016年夏季五輪国内招致都市の決定

2016年の夏季五輪の招致都市を東京と福岡で競っていたが、30日の決選投票の末、東京と決まった。東京は1964年以来52年ぶりの五輪開催を目指すそうだ。

東京では、1964年の東京五輪の会場を改修して、再利用することや晴海の付近に10万人収容の巨大な五輪競技場を作るそうだ。コンパクトな開催を売りにしている。空港などのインフラやホテルなどのソフト面などでも東京のほうが福岡よりも分があったそうだ。

しかし、私は東京都区内在住で、都民でありながら、東京での五輪開催については懐疑的だ。その理由は、五輪のような世界的なイベントをそんなに何度もやる必要がないからだ。特に夏季五輪については、一度開催の実績があり、あまり東京でばかりやっていると、世界の五輪そのものの権威がなくなってしまう可能性があるからだ。

それだけでなく、この五輪は、推測になるが晴海や有明の開発をしたいために行う側面もあるのではないか。この地区は、最近ゆりかもめや晴海と有明を結ぶ晴海大橋が開通し、インフラが整備された。しかし、都市博覧会の名義で、開発されたお台場と違って、開発を急ぐような要素がない。その為に五輪を使って、地域起こしをしようと考えたのではないか。

次に、東京のインフラに対する評価と実態について。羽田空港などのインフラは確かに充実しているが、国際空港の成田空港から遠く、世界で一番不便な空港の悪評もある。また、首都高速道路などの渋滞も激しく、五輪期間中は、大渋滞の発生も懸念される。東京が充実しているのは、日本の政策が「東京一極集中」を前提に考えられているからだろう。

文句ばかり言ってはいけない。五輪を通じて、国民の国際意識のより高い向上や国際交流などをソフト的な輪を広げられれば幸いだ。また、東京でやるからには、国内の選手の競技での意識向上なども求められる。国際交流の促進やスポーツの活性化にもつながるなどの点では、東京開催は悪いものではない。

果たして、国内開催候補都市として選ばれた東京は、どのように審査されるのか?今回のアジア候補は、タイのバンコクや南北アメリカ大陸など有力な候補のある中で、どこまで残れるか?私としては、まったく期待していないが・・・

京成のDVD発売

cb0b9e05.jpg昨日、パシナシリーズから京成に関する2本のDVDが発売された。いずれも前面展望のDVDで一つはスカイライナーの前面展望のDVDで、もう一つは特急電車の前面展望だ。いずれも4200円となっている。

私は、一気に2作買うのではなく、今月は特急編を購入し、来月はスカイライナー編を購入する予定だ。

特急編は、成田空港から上野まで3000系の8両編成の特急の前面展望を映したもので、この区間だけでなく、青戸〜押上間の押上線の往復、高砂〜金町間の金町線の往復も収録されている。

作品については、感想は最小限にとどめておくが、桜の時期の撮影なので、春らしい風景が沢山見受けられる。また、成田空港〜八幡辺りまでは、起伏のある区間を通過するので、普段の風景ではあまり感じられなかった地形などもある程度見て取ることも出来る。高砂〜上野間や押上線、金町線はおなじみの光景で、よく乗車していた区間を前面展望のDVDで見るとまた違ったイメージがするのも確かだ。

京成を機にさまざまな路線を購入したいところだ。

久々の東急大井町線

18932908.jpg東京車両センター見学の後は、東急大井町線に乗車しに行った。大井町線の乗車機会は少なく、実に6年ぶりだ。(これは東急東横・田園都市・目黒の地下鉄と乗り入れていない路線は長く乗車していない)大井町線は、大井町と二子玉川を結んでいる。最近は、二子玉川駅で接続する田園都市線との相互乗り入れの再開など変化も大きい。(田園都市線は、渋谷〜二子玉川間の開業以前は、大井町線に乗り入れていた)

大井町駅は、地形を生かした駅舎で、低いところの掘割を京浜東北線などが通過し、高い場所を大井町線の路線が発車する。大井町は、ヨーカドーをはじめ、アトレ、阪急ストアなど商業拠点として賑わいを見せている。この辺りは、東京湾へ伸びる低地と台地の境目に当たる。その為、仙台坂やジェームス坂などがある。

東急大井町線は5両編成の電車だ。下神明駅は、東海道新幹線の交差部分にあり、ちょうどJR東海の700系ののぞみが通過したところだった。次の戸越公園駅がなかなか面白い駅だ。

戸越公園駅戸越公園駅は、大井町よりの2両が停車しない。それは、この駅自体が、両端を踏み切りに挟まれ、ホームが3両分しかないからだ。ホームも改札が別々で、ホーム交互の移動すら出来ない。両端に踏切があり、ホーム移動が出来ないのは京成の曳舟駅とも何となく似ている。この駅で列車ウオッチングをする。しばらくして、二子玉川へ向かう。中延は浅草線との接続駅で、これまで大井町線に乗車する際は、だいたいこの駅で乗降していた。荏原町と池上線接続駅の旗の台を過ぎ、環七を越え、北千束へ。土地勘が薄い場所なので、どこを通っているか見当がつかないことが時折ある。この路線は、アップダウンが激しく、高低差がけっこうある。目黒線接続駅の大岡山と緑ヶ丘を過ぎ、自由が丘へ。ここから沢山の人が乗降する。恥ずかしながら、私は自由が丘で降りたことが一度もない。つまり、都区内在住なのに、いまだに自由が丘を歩いたことすらないのだ。その次の九品仏駅で一回降りる。

九品仏駅九品仏駅も戸越公園駅と同様に、はみ出し運転を行う。この駅は戸越公園とは逆に、二子玉川よりの1両が開かない。原因は、戸越公園と同じで、両端の踏み切りだ。この駅は、島式であるものの、駅舎は、大井町寄りの端にある。大井町行きの電車は、踏切の先の乗務員用の小さいホームでドア閉め確認をする。(戸越公園駅の二子玉川行きも同様)それにしても、締め切り扱いをする駅が都内にあるのは不思議でならない。この九品仏は、「地図と遊ぶ」の73号(2006年3月刊行)にもその記事が掲載されています。

ここからは東急8000系に乗車する。それも8001番という今から37年前に製造された車両だ。東急8000系は、東横線の新型車両投入によって廃車が進展し、一部は伊豆急行などに譲渡されている。活躍できる時間も少ないので、貴重な乗車を味わった。37年前に製造されても、あまり古さを感じさせない。古さを感じさせないことが、ステンレス車体の電車の良さだろう。乗り心地は、少なくとも、京成の片開きドアの車などよりは良い。廃車されるのが少しもったいないくらいだ。

多摩川が近く、等々力渓谷の最寄の等々力駅などを通過する。駅舎改良に反対の声もあるそうだ。そして二子玉川駅に到着。多摩川に面したこの駅で、大井町線は終点だ。ここから初乗車となる東武50050系の急行押上行きで渋谷へ戻る。

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東京車両センター一般公開参加記

9a589af6.jpg今日は、大井町駅近くの東京車両センターでの一般公開に参加した。これは、8月末に毎年行われているものであるが、実は今年が初参加だ。今回は、5月13日の小田急の唐木田のイベントの際に同伴した横浜市在住の友人と彼の友人の横須賀市在住の仲間と3人で参加した。
彼は、どうしても欲しい商品があるので、早朝から並んでいたが、私は家事などがあったので、10時過ぎに自宅を出た。大井町駅からの列はかなり長いが、昨年6月の三鷹電車区の一般公開と違い、待ち時間はわずかで、スムーズに入ることが出来た。

101系これは1960〜70年代を中心に中央線で活躍した通勤電車のパイオニアともいえる101系車両で、東京車両センターの入口に展示してある。この車両は中央線だけでなく、総武線・山手線などでも運転された。

相変わらず人が多い。そして、子供連れも多い。今では葛飾区のように2学期を前倒しした小中学校もあるが、基本的には夏休み最後の土曜日だ。工場の中では、京浜東北線の209系や常磐線各駅停車(千代田線)の203系などが定期検査や工事などを行っている。このようなシーンを見るのも工場見学だからできることので、普段は見られない。弁当コーナーや部品コーナー、グッズコーナーなどは賑わっている。マニアから子供づれまで多彩な商品を販売している。

京葉205などしばらくして、休憩車両になっていた京葉線205系車両の中で2人の友人と合流した。休憩車両は横須賀線・総武線の217系車両とこの205系だったが、217系は彼らが毎日乗車しているためか?今日はこの車両で休憩した。なぜ、この京葉線の車両がこの工場にいるのだろうか?やはり工事や検査かな・・・。この中で、彼らと談笑し、1時間以上話していたうちに車両展示へ行く。

黒船電車と257系車両展示は、約10年前まで鶴見線で活躍した戦前生まれのクモハ12形や配給車両、戦前の特急電車に使われた展望車のマイテ32形など茶色の旧型国電、前述の京葉線205系、特急さざなみ・わかしお・しおさいなどに使われる257系の千葉地区用、伊豆急行の2100系リゾート21の黒船電車など新旧多彩なラインナップだった。表紙の写真は、旧型国電と出庫する山手線の231系の顔合わせを撮ったもので、これは孫と曽祖父のような組み合わせだ。こんなシーンが撮れるのもこのような一般公開ならではだろう。黒船電車は、車内展示もしていたが、時間の都合上見ることが出来なかった。

相模線205系その2相模線の205系が、わざわざここまで乗り入れ、何往復かの運転をしていた。この205系は、普段は相模川沿いを走り、都会的な建築の高層ビル群を見ながらの運転はかなりレアケースなので、貴重な写真が撮った。更に言えば、相模線なのに中央線大月行きの表示を出しているのも、普段ではありえない。横浜の友人からその理由を聞いたが、どうやら車両の初期配属の関係で、中央線方面の行き先が入っていたそうだ。他にも東海道線231系との併走や東海道新幹線300系と205系のバックなどもあるが、今日はこれらよりも都会をバックに走る205系を撮った。

それ以外に、列車のクレーン持ち上げや台車被せや洗浄体験などがあったが、いずれも親子連れで混雑していた。これらにそそられる事もなく?友人たちと談話したり、写真を撮影したりするのが主だった。

この東京車両センターの見学では、車両も豊富で、また鉄道に対するさまざまなことも体験でき、親子連れから濃い鉄道マニアまでさまざまな人たちが楽しむことが出来るイベントだ。それ故に参加者も多種にわたっていた。鉄道がさまざまな人をひきつけるようだった。
今は、仲間たちと気ままに過ごしているが、もし将来的に子供を持った場合、子供にはどういう体験をさせるのか?どういうものを見せるのかを少し考えたくなった。(某ミニコミ誌の編集長や編集部員らの影響を少し受けたか?)

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つくばエクスプレス沿線を散策する2

250c8ebc.jpg昨日開通1周年を迎えたつくばエクスプレス。夏休み発売の2300円の1日乗車券で沿線を散策したので、その模様を報告する。

パート1は、昨年9月2日分の沿線散策でその続編となる。また、昨年11月18日分にはつくば市で行われた講演会の模様を載せた。散策は、昨年に続き2回目となる

秋葉原は、印象が大きく変わったというが、これは最後に述べる予定だ。新御徒町や浅草、南千住はすでに都市化が激しく進んでいる地域なので見た目ではわからない。北千住は、南口に広大なコンコースが完成した。ここは、北千住駅の主流の北口の出入り口と同じ駅とは思えぬほど閑散としている。

青井駅荒川を越え、青井駅から先が、開発地や沿線の効果の本領発揮となる。青井駅は、駅前には都営住宅などしかない。位置的には、千代田線の綾瀬駅と東武伊勢崎線の五反野駅の間にある。バスも綾瀬と西新井を結ぶ路線バスのみだ。青井駅の問題点については、8月25日の東京新聞のつくばエクスプレスの検証記事の中に、足立区が9億円をかけて2000台の駐輪場整備したものの、利用率が34.89%に留まり、近辺の綾瀬や五反野の利用客を上手くシフトできなかったそうだ。この記事では、五反野であれば買い物や食事も出来るのに対して、青井の場合は店すらないので、利用客を取り込めないそうだ。確かにこの辺りは、空き地ではなく、けっこう開発されており、開発の余地が難しいのも真実だ。
綾瀬と青井を見ると、タレントの綾瀬はるかと宮崎あおいを思い出すのは私だけか?

次に六町駅。青井もそうだが、低湿地にあるにも関わらず、かなり深い場所に駅がある。難工事が伺える。ここは青井と違い、ドラッグストアとスーパーライフが出店していた。綾瀬など既存の駅と離れているので、青井よりはましだ。しかし、農地などがかなり多く、都区内にもかかわらず開発の波から取り残され、のどかな風景になっている。しかし、これからどうなるか気になる。

八潮駅では、駅周辺にショッピングセンターがオープンした。八潮駅自体は、足立区・八潮市・葛飾区の3区市の境に近い。三郷中央駅もマンションやマルエツなどが完成している。両駅とも、足立区内の駅よりも開発が進んでいる印象があった。両駅とも綾瀬や亀有、金町、草加などへの路線バスが乗り入れている。バスから見れば、八潮市や三郷市の位置を特定できるシンボルが出来てよかったかもしれない。

ららぽーと柏の葉江戸川を渡り、千葉県にはいる。南流山駅は、武蔵野線との乗換えが多く、千葉県や埼玉県など広域との連絡としてのターミナル駅となっている。この辺りから下総台地に入り、みどりも沢山残っている。流山セントラルパーク駅周辺は、相変わらず何もなかった。これからに期待したい。(どうも横文字の小洒落た駅名は好きではない)おおたかの森駅は、今は乗り換え専門駅だが、来年には東新開発による大型ショッピングセンターが出来る。南流山同様に、乗換え者が多く、広域連絡を担っている。柏の葉キャンパス駅は、秋に三井不動産のショッピングセンター・ららぽーとがオープンし、鉄道・自動車での集客に期待が出来る。この辺りは、ある程度、工場化及び宅地化されていたので、ロードサイドの店なども多い。ローハスを基点とした宅地開発が進み、どうなるか楽しみだ。柏たなか駅は、水田の真ん中に駅があるが、都市と農業などをコンセプトにした宅地が検討されるそうだ。

みらい平駅06利根川を渡り、常磐道の守谷サービスエリアの裏を通過し、守谷駅。関東鉄道常総線の乗り換え客や住宅地への利用客で利用者はかなり多い。駅中ショッピングセンターも開店し、つくばエクスプレスの駅の中では、賑わいを見せている。この辺りは、ロードサイドの店も国道294号沿いなどを中心に多く、郊外のロードサイド店が地域に起こした影響が現れている。小貝川を渡ると稲作地帯を通過、稲作地帯の開放感は特に収穫時期が近いこの時期には、心が落ち着く。しかし、高速運転なので、時間が短いのが残念だ。みらい平駅は、昨年と違い、スーパーが完成し、マンションや住宅も出来ている。つくばみらい市というイメージ重視で、歴史性も感じられないような瑞祥的な市名にはやはり腹が立つ。つくば市に入り、みどりの駅。ここは国道354号線との交差部分にあり、駐車場が目立っている。これは、特に大きな国道もない隣の万博記念公園駅も同じだ。研究学園駅は、スーパーはあるものの、利用客も少ない。そして終点つくば駅。人が多く、つくば市の中心であることを示したようだ。研究所や工場への勤務者だけでなく、つくば市内へのバス起点にもなっている。

最後に秋葉原になるが、相変わらず夜の賑わいは新宿などとは違い、夜が早い印象がある。しかし、メイド喫茶や秋元康氏プロデュースのアイドル・AKB48の誕生など新しい文化の萌芽はある。昨夜もドンキホーテの上にある劇場でのAKB48のライブ帰りのお客さんが、AKB48の姿を一目見ようと熱心に追いかけていた。

1駅ごとに様子を確かめたが、短期間なので、開発については進展が少なかったので、ここは長い目で見るべきだろう。1年目であるので、八潮や三郷、柏、守谷やつくばなど既存住宅地への利用が主体で、南流山やおおたかの森で乗り換えて野田や水海道、取手市稲戸井などへの利用が中心になっている。しかし、これだけでは好調とは言い切れず、好調の最大の要因は、みどりの駅などで見られた自動車利用との組み合わせやつくば駅からつくば市内への住宅地へのバス路線の好調などこれまで自動車やバスで移動していた住民の潜在的な利用の掘り起こしにあるだろう。今後は、限界があるこの増加だけでなく、開発による増加にも期待したいが、景観への破壊は最小限にするべきだろう。その点で、柏市の住宅地でのコンセプトなどは共感できる点があり、急激な増加よりも、プラスアルファーの魅力のある地域作りを行うべきではないか。利用者の見込みの数字も重要だが、この時代は何をするかで状況が変わるだろう。

開通1周年を迎えたつくばエクスプレス

8eb5d2c2.JPG8月24日は、秋葉原とつくばを結ぶつくばエクスプレスの開通から1周年を迎えた。
早速、日経新聞や毎日新聞などでは特集記事も組まれている。日経は8月22日の首都圏経済版にその特集記事が組まれている。テレビでは、23日のテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」(以下・WBS)で沿線の開発による景観の変化を取り上げていた。

つくばエクスプレスの利用客数は、1日当たり15万人で、予想の13万5000人を上回っている。しかし、この利用客数も下方修正して予想した数値なので、もしもこれがなければ、計画を下回ったと叩かれていた点があるかもしれない、

つくばエクスプレスがもたらしたものは、とかく秋葉原〜つくば間が快速で45分という高速性にあるが、鉄道が利用者を獲得する決め手は、正確な時間と安定した輸送力の確保にある。これは、鉄道が他の交通手段よりも勝っている。それだから、潜在的な需要につながり、最高速度130kmの高速運転がアクセントになっているのではないか。
鉄道の新路線の開通に当たって、最重要なのが交通の安定性にある。その後で、沿線の開発が始まる。運賃などの問題は二の次に考えても良いのではないか。この地域は、安定した交通機関がなく、住宅開発などが遅れていた点がある。

これは鉄道ジャーナル2005年11月号にも掲載されていた記事でもあるが、東武野田線や関東鉄道常総線などつくばエクスプレスと並行する常磐線と接続する培養的路線の東武野田線と関東鉄道常総線では、常磐線まで行くことなく、都内へ行くことが出来るので、時間短縮になることがある。
また、これまで鉄道交通の便に恵まれなかった八潮や三郷など武蔵野線や東武伊勢崎線に依存していた地域でもこれらの路線からの転移が進んでいる。
次に潜在的需要の掘り起こしを挙げる。これまで鉄道を利用しない層にもつくばエクスプレスという安定した交通網の完成で、鉄道利用を促進させた点がある。例えば、つくば市内のニュータウンや八潮市や三郷市などの住宅地では、駅から離れていたので、都内などへ行くには自動車かバスだったが、これらの利用客を鉄道に取り込むことが出来た。

まだ開通初年なので、効果は限定的であるが、長期的には沿線開発などの進展などによって、人口の増加なども期待したい。これに関するまちづくりなども、今後も考えるべきではないか。しかし、23日のWBSではコメンテーターが興味深い意見を述べていた。うろ覚えで済まないが、「つくばエクスプレスの全体のインパクトは、大きいが、その効果を享受できるのはまだら模様に過ぎない。また、人口減少の社会の中で、どこかで人口が増えれば、どこかは減るという時代になったので、このような時代においてのインフラ整備では、皆が同じようなまちづくりをするのではなく、路線による棲み分けなどを行うべきではないか。」ということを述べていた。つまり、新路線を建設したからには画一的ではなく、地域の個性を持った地域づくりに挑むべきではないかということだ。

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早稲田実業優勝の現場から

只今、国分寺市の早稲田実業高校の前にいる。昨日、駒大苫小牧との高校野球の決勝戦を再試合の末に勝利し、出身者の王貞治氏や荒木大輔氏でも出来なかった優勝の快挙を達成した。特に斉藤投手は七試合全てで先発し、決勝でも多くの三振を奪うなど夢を達成した立役者だ。
さて、国分寺の同校の近辺では、商店街はバーゲンセールでお祭り騒ぎ、学校の前はマスコミの車が集まるなど賑わっている。
やはり都内の学校が優勝すると街が賑わう事を実感できる。今の住居は西東京ブロックにあたるので、その雰囲気は尚更だ。
夢を達成した早稲田実業の選手には改めておめでとうと言いたい。そして、お疲れさまでした。


・早稲田実業高校は、以前は東東京の範囲の新宿区早稲田鶴巻町にあったが、5年前に国分寺に移転した。よって、西東京大会のチームになった。西東京は、杉並・練馬・中野区と市部全域に当たる。何故か知らないが、世田谷区は東東京のチームになっている。
私は、西東京の範囲内に住むものの、東東京大会の範囲内が出身地で出身校も同じだ。基本的には、東東京と言いたいが、出る学校によって決めている。例えば、数年前に夏の高校野球で、修徳高校が出たが、同校は葛飾時代の住居に非常に近く、同じ駅を利用していたので、同校の生徒とも非常に馴染みがあったので、応援していた。その際も、地域で盛り上がっていたのをよく覚えている。東京のような狭い地域に多くの学校が密集している場所では、東京全体よりも出場校のある地域で盛り上がるのが基本なのではないかと思う。

アド街ック 阿佐ヶ谷より

c3f79891.JPG昨夜のアド街ックは阿佐ヶ谷が放送された。自宅に近い場所だ。番組内で取り上げられていた話題などを中心に取り上げたい。

どちらかと言えば、南側の杉並区役所方面に集中していた。つまり阿佐谷南の方が多かった。阿佐ヶ谷の北口すなわち阿佐谷北は、わずかに留まった。なぜならば、阿佐ヶ谷は、駅から杉並区役所側に商店街のパールセンターや飲食店などが多く、北口は住宅地だからだ。あとは河北総合病院くらいだろう。

阿佐ヶ谷は、爆笑問題の出身地で、ゲストには事務所の後輩の長井秀和が来ていた。(長井秀和は中野に住んでいるそうだが、阿佐ヶ谷も造詣が深い)また、同じくスタジオゲストの柴田理恵も阿佐ヶ谷からは離れているが杉並区内に住んでいる。

阿佐ヶ谷のパールセンターが予想通りに1位だったが、ここは完全アーケード商店街で、チェーン店や個人店を含めて沢山の店が並ぶ。中野のサンモールなどと違い、人は多いものの、密集はしてなく、比較的歩きやすい。中央線沿線とりわけ中野〜吉祥寺間はアーケードの商店街が多い。このパールセンターには、意外な店の本部がある。そう、東京ばな奈でおなじみのグレープストーンだ。パールセンター内には、銀のぶどうというおしゃれに構えた店がある。パールセンターでは、七夕祭りも例年8月上旬に行われ、この七夕は仙台などの七夕に負けないくらいの楽しい七夕祭りだ。

中杉通り阿佐ヶ谷の中杉通りのケヤキ並木は、杉並区役所前すなわち丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅前の青梅街道から早稲田通りの関東バス阿佐ヶ谷営業所の近くまで続く。ここは、杉並の表参道とも呼ばれているが、飲食店や銀行などが立ち並ぶ。杉並区に相応しいような??風景だ。

全体的には、中央線文化としての阿佐ヶ谷を多く放送していた。中央線は、駅毎に文化が立ち並んでいる。この阿佐ヶ谷は、ジャズ喫茶など音楽喫茶が多い。これは入ったことがないから知らないが、これが阿佐ヶ谷の流行であると知った。古本屋が多いのも予想外だった。これらから阿佐ヶ谷の近くに3年近く住んでいても、知らないことがあるのだなあと認識させられた。

余談1・杉並区役所から青梅街道を挟む形で、杉並区成田東・成田西という地名があるが、この地名は成田山や千葉県成田市とは関係がなく、成田東は成宗と東田、成田西は成宗と西田という地名の合併地名だ。それにしても、杉並区に成田があるとは・・・東京都杉並区成田東4

余談2・阿佐ヶ谷を拠点とする漫画家のあびゅうきょさんは、阿佐ヶ谷誘覧という漫画を作成し、更に阿佐ヶ谷の風景を描いたポストカードも作成しています。詳しくは、あびゅうきょさんのホームページをご覧下さい。

墓参りと地域変貌

今日、大阪から上京している私の弟と、お盆から少し遅れて、祖父の墓参りに出かけた。墓があるのは、埼玉県所沢市と千葉県浦安市の2箇所だ。その中でも、所沢へ行くのはかなり月日が経っている。浦安は数年ぶりだ。

所沢は、特に自分が幼稚園〜小学生の時の80年代によく行っていたが、長らく行っていなかった。その辺りの地域がかなり変貌しており、当時を知っている者からすればのには驚いた。まずは、所沢から狭山・川越方面の道路が開通したことが挙げられ、その当時を知るものからすればなんだか別の景観を見たようだった。所沢駅から墓地までの道路などにもロードサイドのスーパーが多く開店していた。これも、当時を知る者からすれば別の景観のようだった。
80年代当時から宅地化が進んでいる箇所も多かったが、農地なども多く長閑な景観だったのは相変わらずだった。その当時は、地理的に大まかなことしかわからなかったが、道路開通や90年代以降積極的になった大型店の出店などによって地域が変わるのは、単純明快だった。また、大型店が90年代以降増加したという事実の証明になった点もある。

所沢へ行くのに強く印象に残っていたことの一つに、親戚や家族の来るまで行くことも多かったが、鉄道で行く場合は西武池袋線など京成以外の鉄道路線に乗れることだった。(この当時は、京成線→山手線→西武池袋線という形で所沢まで乗り継いでいた)その為、西武池袋線は幼少時は京成に続いて身近な私鉄路線だった。

浦安は、住みたい街でも上位にランキングされることの多い新浦安だ。最近はマリナーゼなる30代の奥様方が新浦安のイメージアップに貢献しているようだ・・・。新浦安といえば、ディズニーランドや海が近いことや整然とした住宅地であることなどが住みたい理由の一つになっている点があるが、ここは継続的に開発が続いていることが大きな特徴で、初めて行った15年前はダイエーなど数店の大型店だけだったが、駅ビルアトレやモナ、ヨーカドー、ケーズデンキなどの商業施設や量販店が続々開店している。いずれも駐車場を完備している。
住宅地も、知らぬ知らぬのうちに海に近いほうまで開発されている。この辺りはニュータウンにありがちな「潮音の町」や「海風の町」などをつけて、住宅地のイメージアップに貢献している点もある。これは所沢にも言えるが、整然とした住宅地は住みたいイメージを醸し出す点があるが、人工的な部分や近所づきあいなどの希薄さなどを考えれば、なんとも言えない部分もある。何かを求める分だけ、犠牲にあるのかなとも考えた。あと浦安の場合は、災害時の液状化現象なども心配される点もある。これは、イメージダウンになるので、隠蔽されているが、この点で、心配される点もある。

所沢は商業、浦安は住宅という視点から見ていったが、両方とも郊外化で80年代から開発の進む地域だ。日々に進化している景観や町並みを見て、いろいろと考えさせられた。うちの周りの葛飾や杉並にはないようなインパクトのある変化が両方とも、見られる。

鉄道スタンプラリー

数日前、夕刊フジの記事を見ていたら、スタンプラリーの記事が載っていた。夏休みは例年スタンプラリーの最盛期で、私もほぼ毎年のようにどこかの?スタンプラリーに参加している。

スタンプラリーの参加は小学生のときに遡り、小学校4年の時の自由研究で、同じクラスの人が都営地下鉄のスタンプラリーをやっていたことに触発され?、翌年とその次の年の都営地下鉄のスタンプラリーに参加をした。もう17〜8年も前の話だ。当時は、近所の鉄道好きの友人と参加した。その頃からの面影が今でも残っているためか?今でもスタンプラリーに参加している。

最近のスタンプラリーはキャラクターものや全駅ではなく、一部の駅に設置してあることが多く、鉄道に興味の薄い層も取り込むのが目的になっている。キャラクターではポケモンだったり、ウルトラマンだったり・・・。しかし、キャラクターでもこち亀のスタンプラリーだけはJR・京成・営団地下鉄主催のものなど何度も参加している。
私が好きなスタンプは、駅周辺の名所や駅舎などのスタンプラリーだ。これは、知らない場所を訪れることによって、その土地の周りの地勢つまり地理や歴史、名所、文化などがわかるからだ。駅舎も、その駅の駅舎の特徴などからいろいろなことを見ることが出来る。降りるたびにワクワクドキドキがする。それが小学生の時から自分を刺激させた点もある。
スタンプラリーに限らず、旅行先では降車駅や乗換駅などでは、スタンプを押すことも多い。それはスタンプがその土地の地理の基礎になるからだ。

今のスタンプラリーの参加などスタンプを押すということは、新しい発見なのだ。日常に乗車している鉄道とは違う空間も与えている。

ここ10年で参加した主なスタンプラリー一覧
・こち亀スタンプラリー
1999・2000年JR東日本東京支社松戸支店主催(亀有など周辺駅を回る)
2005年 京成・都営・東武鉄道・集英社主催
・南武線スタンプラリー
1999年JR東日本横浜支社主催
・関東の駅百選スタンプラリー
1998〜2001年・関東運輸局主催(2000年は全駅制覇)
・JR八王子支社スタンプラリー
2002年(支社管内の吉祥寺〜韮崎・河口湖・青梅・奥多摩・五日市などを回る)
・浦和スタンプラリー
2003年 JR東日本大宮支社・埼玉高速鉄道主催
・色めぐりスタンプラリー
2004年 JR東日本大宮支社主催・支社管内の駅を回る
・東京メトロ1周年記念スタンプラリー
2005年 東京メトロ主催 全139駅を回る
・都電荒川線スタンプラリー
2005年 東京都交通局主催
・つくばエクスプレススタンプラリー
2006年(近日参加予定)
これ以外にも沢山あるが、主な参加スタンプラリーは上述の通り。それ以外にも、全国各地の駅のスタンプを集め、主なところでは、・・・書くと長くなるので今は言わないでいるが、上越・長野新幹線の東京〜長野間は全駅取った。東海道新幹線も、三河安城・岐阜羽島以外全て取った。

路面電車の見直しへ

1414cf48.jpg今日の東京新聞夕刊に国土交通省が2016年までの10年間で、低床で加減速の性能が優れた次世代型路面電車のライトレールの整備を全国の10都市で整備する方針を決めたそうだ。

路面電車は、直接乗り降りが出来ることから利用がしやすく高齢者にも優しく環境にもやさしい。特に今年4月の富山ライトレールの開業(JR富山港線を路面電車に転換したもの)で評価が高く、全国からの視察が相次いでいるそうだ。

この路面電車は、建設費が小さく、利用がしやすい交通機関としても有用だ。

どうだろうか、私はこの路面電車に関しては、諸手を挙げて賛成したい。どこが路面電車の開設になるかはわからないが、新しいまちづくりなどに取り組むべきではなかろうか。

首都圏の大規模停電から考えた

今日、午前江戸川区と浦安市の間を流れる旧江戸川で、クレーン船が送電線を接触し、首都圏で大規模停電が起きた。

昨日、夏休みを取ったので、お盆でも勤務だった私は、これを東西線の運休に伴う中央線との相互乗り入れ中止という事実をきっかけに、JR駅構内の電光案内表示でも、浅草線、京王線、東急東横線などが停電のために遅れているという情報を得た。東西線だけでなく、何故こんなに停電が起きるのだろうかと思ったら、お昼のラジオ番組のニュースや夕刊紙の初売りで、大規模停電があったことを知った。お盆で、帰省や行楽などが行われている一方で、東京では大変なことになっていた。この停電に気づかなかったのも、私がこの停電の線路とは異なる地域に住んでいるからで、近隣する渋谷区や世田谷区や横浜市や川崎市などでは、この線路に当たるので、遠いところの停電でもその影響を受けた。(この送電線は、船橋から江戸川区を通過し、江東区、港区、世田谷区などを経由し、横浜方面に向かうそうだ)

今回の停電から考えさせられたことは、まずは、電気依存型の生活といいたいが、これは言ってもしょうがない点があるかもしれない。大事なのは、危機管理をどのようにしていくかに尽きるのではないか。交通の場合、通勤通学経路とは別に予備用のルートを作り、万が一の場合に備えることが最も重要だろう。次に時間と金銭に余裕を持つことが大事だろう。この予備用ルートの場合は、鉄道が乗車できなければタクシーなどを使うこともありうるので、タクシー代なども必要になることや渋滞などの対策なども必要になるのではないか。水道のストップも非常に痛手だ。非常用の水などの準備をはじめ、水に対しては特に飲料などを中心に最低限のことを考えるべきではなかろうか。

そして最も重要なのが情報の収集だ。このような場合、何線がストップしているとか、駅すぱあと等で検索してどのようなルートで行けばよいのかというのを知ることだろう。しかし、携帯電話はユーザーが多く、つながりにくい。最も使えるのは実はラジオだ。ラジオは細やかな情報が得られないかもしれないが、大まかな情報は得られる。このような時にこそ本領発揮で、どうすればいいかを考えさせてくれる。

電気などは、生活に不可欠なので、一見対策をとらなくてもよいように見えるが、これが危険のもとで、電気というエネルギーで依存した生活をしているからには代替なども考えなければいけない。これは発電システムではなく、生活で必要なことは、出来ることをしていこうとする自助努力で、これが災害に強い人間を生むのではないかとも考える。

クレーン船の会社も「送電線があるのに気づかなかった」という理由があり、戦犯化する報道もあるが、この会社も悪いのは確かだが、そのような現実になったときにどう対処するかが最も大事だろう。

この記事に関連し、独断と偏見の鉄道情報BLOGのこの停電による鉄道の影響の記事に、トラックバックを送りました。

livedoor ニュース

コミックマーケット参戦記

お盆の帰省ラッシュのピークを迎え、新幹線や高速道路が激しい混雑になった本日、私は東京ビッグサイトで行われた「コミックマーケット70」に参加をしてきた。コミックマーケットは、毎年8月のお盆の時期と12月の年末の2回に2〜3日間にかけて実施され、東京ビッグサイトに1日当たり15万人以上が集まる同人誌の即売会で、アニメや旅行、鉄道、アイドルや漫画家などの本が売られる。全国各地から参戦する巨大なイベントだ。その参加のために、東京と大垣を結ぶムーンライトながら号の指定席券が発売開始後数分以内で完売するのは、あまりにも有名だ。

コミックマーケットは4年ほど前から本格参戦し、今回が8回目の参加となる。これまでは、専ら購入の立場だったが、今回は私も参加している旅行系ミニコミ誌の「地図と遊ぶ」も出店しているので、地図と遊ぶの販売の手伝いなどをした。

ビッグサイトの最寄り駅は、りんかい線の国際展示場駅かゆりかもめの国際展示場正門駅のいずれかになるが、今日は今春に有明〜豊洲間が開通したゆりかもめを使用することにした。今の住居になってからは、特に新橋からのゆりかもめは利用を敬遠していたが、今回は豊洲なので久々にゆりかもめを使っていくことにした。有楽町線豊洲駅は、コミケに行くと思われる?人が多く、ゆりかもめに乗り換えたが、頻繁に来る電車はガラガラだった。新規開業の豊洲〜有明間は、未開発の場所も多い。海や運河の眺めもよいので、気分的には晴れ晴れする。しかし、今日もあいにく天気が悪い。その影響で、今日行われる予定の東京湾華火は中止になった。

国際展示場正門駅に到着。いよいよビッグサイトへ向かう。相変わらず人人人だ。コスプレをしている人もいる。そんな中、歩いていって、例の本のブースに着く。この辺りは、交通や旅行系のミニコミ誌や時刻表などが充実している。それにしても全国各地によくこのようなサークルが多いものだと感心してしまう。ここから得られる本による情報や知識は普通の雑誌などでは市販されないような中身が濃く、奥深い本などが充実している。はっきり言って、普通の人間にはついていけないような本も多い。こういう本が多いからこそコミケの魅力はある。「地図と遊ぶ」も同様だ。「地図と遊ぶ」は今日も沢山の来客が購入し、売り切れたバックナンバーもある。地図あその近くにある出店サークルでは、以前とある掲示板で参加していた際に、書き込んでいた人が出店しており、初めてその人とも顔合わせをした。

東京は雷を伴う大雨だった。その為、交通機関のストップなどの危惧もあり、雨が止むまでずっとビッグサイトにいた。

帰りは、帰省ラッシュで混雑する東京駅の八重洲口まで都営バスに乗る。コミケなど東京ビッグサイトでイベントが行われる際は、ビッグサイトと東京駅八重洲口を結ぶノンストップのバスが大増発される。ビッグサイトに近い(深川、港南、臨海、江戸川など)車庫だけでは間に合わないので、他の車庫からも応援のバスを呼び、膨大な人々を約3〜5分間隔で運んでいる。交通の混雑は、新幹線だけではないのだ。今日乗車したのは、一つ前の記事にある一昨日に乗車した今年導入の最新のノンステップバスで、一昨日同様に数日前に導入された(それも一昨日と同じく北車庫の所属の)車だった。この路線も、超満員の大混雑!ゆりかもめに沿うように通過し、最近完成した晴海と有明を結ぶ橋を経由し、東京駅八重洲口に到着。
静かなエンジンが満員の乗客を乗せて、隅田川や運河を越える。一昨日の荒川とは違う優雅な眺めだった。

山手線が落雷のためにストップしていた。方向は中央線なので、あまり影響はなかったが、列車は普段の土曜日よりも混雑していた。もしも国際展示場駅から乗車し、大崎駅で山手線に乗り換えるルートだったらどうだったか・・・。都営バスに乗ってよかったと思う。幸運だった・・・。これでコミックマーケットの話題は終わる。

真夏の出来事を2本・・・

fcfd8756.jpg8月10日は午後から空いていたので、散歩に出かける。それは最新鋭の電車とバスの追っかけだった。一週間、マンネリとした企画を行っていたので新たな決意で次に書き込む。

1.東京メトロ10000系試運転撮影記
5月19日の記事でも紹介をした数年後に開通が予定される東京メトロ13号線用でしばらくは有楽町線での営業運転が行われる東京メトロ10000系車両。運転開始まであと1〜2ヶ月を迎えた今、試運転が行われている。幣ブログとリンクを貼っている大沢3丁目の記事の中に、10000系車両の試運転に関する記事が載っていたので、ここをチェックした上で、試運転の撮影に出かけた。場所は和光市駅とする。自宅から和光市までは、普通に行くと中央線で新宿乗換え山手線、池袋乗換え東武東上線か有楽町線と2回の乗り換えになり、かなり面倒だ。そこで今日は、高円寺駅から関東バスの赤31系統赤羽駅行きのバスで有楽町線小竹向原駅と近い武蔵野病院バス停まで乗車する。私が乗車した環七の外回りは、ほとんど混んでいなかったが、内回りは長い渋滞が発生しており、お盆の帰省シーズンを迎えたようだった。

和光市駅到着後、約10分後に10000系車両が来た。これまで静止画と写真でしか見てなかったが、生で見たのは初めてだった。外見は、これまでの営団の車両とは違う印象を持ったが、側面は営団時代とほとんど変わっていなかった。

西武6000&東武50000和光市駅には、なぜか西武の6000系も乗り入れる。不思議な光景だ。写真では、別のホームに東武の50000系車両も停車しており、東武と西武の車両がこんなところで顔合わせをしている。東武50000系は、オレンジの帯でこれまでの青やえび茶色の帯の東武の車両とは、違ったイメージを持つ。そのあとで10000系は新木場方面へ発車。わずかながらの10000系との出会いだった。他の編成も東武東上線や西武池袋線など有楽町線の乗り入れ路線で、試運転をしているそうで、営業運転開始が待ち遠しい。

2.都営バス新車乗車記
次はうって変わって都営バスの新車を追いかける。今回追いかけたのは、昨秋に導入が開始され、今年に導入するほぼ全ての車両に投入される新低公害バスで、排ガスを尿素などで分解するなど性能の向上を有し、世界で最もクリーンな排ガスと謳っている車両で、もちろんノンステップバスだ。(参考リンク

都営バスNN406このバスは、都営バスの各営業所に投入されているが、その中でも今回は王子周辺を選んだ。王子周辺は都営バスの路線が多く、ひょっとしたら乗れるかもしれないと考えたからだ。しばらく待った上で、北千住駅行きの王45系統にこの車が来たので、北千住まで乗車する。なんとこの車、数日前に導入された車両だったのだ。

王子駅を発車する。大きな音を出さず、静か過ぎるくらいのエンジン音だった。この路線は、王子から北千住までは概ね荒川土手沿いを走る路線で、荒川の眺めがよく見え、都営バスの中でも通的な人気の高い路線だ。荒川沿いを極めて静かな音で走るのは、まさにイナバウアーのような優美さがあるかな??(無理やりこじつけた??)扇大橋のところでは、日暮里舎人線が工事中、この路線の名称公募も始まった。西新井橋を過ぎ、北千住駅へと向かう。これまではあまり利用者が多くなく、のどかな印象があったが、今日は結構人が乗っている。それも大半が北千住駅まで乗車する。北千住駅も開発が続いているので、人が乗るのかなあ。北千住に到着し、荒川沿いを走るバス旅は終わった。都バスの魅力は、環境に対する先進性にあり、これまでも何度も環境に配慮したバスを次々と導入した。この中でも、この車両は最高峰の出来だった。それだけでも都営バスは大きな誇りだ。

みちのく夏紀行 Part6・最終回 

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ac035757.JPGこの旅もいよいよ終わりに近づいた。ここは石巻線と気仙沼線が分かれる石巻市(旧・河南町)の前谷地駅。リアスシーライナーでの仙台までの直通を諦め、ここで降車した。さて、ここから向かう先は、石巻だった。なぜならば、今日、石巻市では旧北上川の河口で石巻川開きの花火大会が行われ、せっかくここまで来たのだから見に行きたい。また、山手線の新型車両投入で、山手線の205系が投入された仙石線の状況を確認をしたい。

前谷地から石巻への接続時間は30分、何もない場所に駅があるので、車内で過ごす。前谷地を出て、20分で石巻に到着。長い海と山岳の風景を味わい、宮城の平野は、開放感がある。石巻は、仮面ライダー・ロボコン・まんが日本経済入門などの作者の漫画家・故石ノ森章太郎氏の出身地で、駅にも仮面ライダーなど石森氏のキャラクターが沢山描かれている。石巻駅は、花火大会とあり、たくさんの人がいる。昨夜の八戸もそうだったが、地方都市の鉄道で一年間で最も混雑するのが、祭りの時なのは、珍しくはない。こういうときは、自動車は使えないので鉄道の本領が発揮される。

石巻花火石巻の花火大会は、現場ではなく、石巻駅に近い場所で見た。これは時間に制限があるので、北上川の河口など遠くで見ることを避けたためだった。一度行ったことがあるが、地方都市は不慣れなので、遠い場所へはあまり行きたくない心理的要因もあった。それにしても花火大会のときに行くとは、幸運に尽きる。


仙石205系帰りは仙石線で仙台に戻る。仙石線の205系は、103系の老朽化だけでなく、特にトイレ付きの電車を導入するように希望していたところ、導入に至った点もある。205系は、山手線など東京では10両、11両が当たり前だったが、ここでは4両編成で走る。半自動ドア、そしてトイレ、東京の205系とは雰囲気が違う。石巻駅を発車し、東松島市(矢本町・鳴瀬町の合併市)の陸前小野駅で、すれ違いの電車が来ないので10分以上待たされた。夜なので、松島湾の風景は見られない。快速だったので、快調に通過し、東塩釜駅を通過した際に、205系の2wayシート車(クロスシート・ロングシートへの変更が可能)が停車しており、次の仙台行きの列車として使われるようだった。その為、この列車を多賀城駅で降り、東塩釜始発の電車に乗り換える。これが噂の2WAYシートかと思い、クロスシートに座る。まさか仙石線の205系がこんなものに変わったのかと不思議に思う。こんな柔軟性のある車両は人口が東京ほど多くない仙台のような地方だからこそ出来るので、東京では到底無理だろうなと思った。仙台駅が近づき、地下区間に入る。昔は、地上区間で、私鉄のような雰囲気だったが、今はそれでも東京のような雰囲気だ。終点のあおば通駅に到着する。ここは、仙台駅西口にある駅で、仙台駅は仙台駅の東口に位置する。仙台は西口が繁華街なので、あおば通駅は都心部に近い。

仙台からは、5000円の会員制ツアーバスで東京に帰る。このバスは3列シートの車だ。27人の定員で9人のみの乗車だった。仙台駅を出て、仙台宮城インターから東北自動車道に入る。トイレがないので、2回休憩がある。福島県の安達太良サービスエリアと東京に近い蓮田サービスエリアで休む。小刻みに睡眠と起床を繰り返す。最終的に目覚めたのは、風景になじみのある首都高の小菅や堀切の付近だった。荒川を渡る。荒川を首都高で渡るのは、機会が少ないので、別物に感じた。東京駅に停車し、新宿西口に到着する。東京に帰ったときは、空気も暑く、綺麗なものでなかった。新宿からは中央線で自宅に帰る。6部に渡ったこのシリーズはここにて終了にします。長い間、読破していただきありがとうございました。

みちのく夏紀行 Part5 リアスシーライナーに乗って

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830173e7.JPGさて、2日休んでしまったが、長々と続く?みちのく夏紀行であるが、この企画も第5話を迎える。今日は8月1日のリアスシーライナーの乗車記を中心にお届けする。出発は八戸で、昨日のルートを宮古まで戻る。宮古からは、三陸海岸沿いに釜石、大船渡、気仙沼などを経由して仙台へ向かうのが今日のルートだ。八戸からは、昨日同様八戸線からはじめる。

八戸も某T横インに泊まる。八戸駅は、市街地から5km離れた箇所に駅がある。これは、明治時代に海岸沿いに鉄道を建設されることを懸念されたことや八戸の城下町に鉄道を通すのに危険だったことなどが挙げられる。

八戸駅は、住宅地の中にあるので、朝の時間でも人が少ない。当然、自動車社会であるので、鉄道の利用者が少ないが、とても新幹線の始発駅で交通拠点とは思えないようだった。梅雨明けしていない、この時期、朝の温度は20度を割っていた。8月なのに20度以下とは・・・八戸を7時12分に出発、市の郊外の鮫駅辺りまでは特に高校生の利用が多かった。やはり、地方の鉄道は高校生が利用客の中心になっているようだ。少子化の影響が心配だ。

蕪島鮫駅発車後、ウミネコの生息する蕪島を眺める。詳しくは見れなかったが、沢山のウミネコがいることは遠目から見えた。岩手県に入り、海が見られたかと思えば、久慈駅の手前には険しい峠越えがある。峠越えは、気動車のモーター音を全快する。久慈駅到着後、三陸鉄道の乗車券を購入するが、三陸鉄道は、青春18きっぷを見せれば、久慈〜宮古の北リアス線は900円、釜石〜さかり間の南リアス線は530円の1日乗車券を発売する。詳しくはこのページに載っています。両方を久慈駅で購入する。次に乗車するのは、久慈発のさかり行きのシーライナーサポート号で、昨日乗車した三陸鉄道のレトロ調列車だが、一般車両も連結している。今日もレトロ車両と言いたいが、運悪く?久慈から宮古まで子供会の団体が独占してしまい、一般車両に乗車することになる。風景は行きに通ったが、トンネルが多く、ここは音が激しかった。
宮古到着後、レトロ車両に移動する。宮古から先の山田線は、トンネルが少なく、レトロ列車の独特の雰囲気を味わうには足りなかった。降車したのは、1980〜82年に首相を務めた故鈴木善幸氏の出身地の山田町の岩手船越駅だ。

山田湾岩手船越駅は、山田湾と船越湾の間にある。この辺りは、沿線の風景は海と半島を支えるつけ根の山越えが交互に現れる。岩手船越駅で降りたのは、駅から歩けるところに温泉があることと道の駅やまだがあるので、ここで地域の特産を買えることにその理由があった。はまゆりも見たかったが、そちらは見られなかった。道の駅で、山田湾の牡蠣フライなどを購入し、昼食にした。しばらく歩き、山田湾の船越家族旅行村の付近で山田湾の写真を撮影し、近くの500円の天然温泉に入るが、わずか15分で出てしまった。実は、岩手船越駅を降りて、次の電車まで1時間半もなかった。駅から15分かかったので、これくらいしか入れなかった。

南リアス線の風景岩手船越駅からリアスシ−ライナーに乗る。海と山の風景が交互に続く。釜石に到着。13分の停車時間。ここでは、駅前のシープラザで、買い物をする。短時間なので急がなければならない。釜石といえば、新日鉄の製鉄所で栄えた場所だが、駅前の製鉄所以外は見ることが出来なかった。釜石駅からは、三陸鉄道南リアス線を通過する。山田線と違い、山をトンネルを突きぬけ、合間に海が見える。先の陸前山田の道の駅で購入した牡蠣フライと弁当を食べるが、牡蠣フライがとてもおいしいこと。それも250円なのが、嬉しい。牡蠣は冬だが、一体この牡蠣はいつ獲れたのだろうかと考えたくなる。シーズンオフなのにここまでおいしいのはやはり三陸だなと思った。南リアス線は、時間は短かったが、吉浜駅の付近恵は海が見えた。大船渡市のさかり駅から列車の向きが変わる。そして再度JRになる。ここからは大船渡線だ。大船渡線といえば、一ノ関からこのさかりを結ぶ路線であるが、一ノ関〜気仙沼間の政治圧力によるなべづる線路があまりにも有名だ。大船渡線は、古くに作られたので、山を越える際は、峠越えが伴う。そうでない海沿いも築堤を通るので、海の眺めがよい。広田湾を眺め、陸前高田に着く。そして岩手と宮城の県境を飯森峠で越える。この辺りは、山岳風景だ。しばらくして気仙沼に到着する。

気仙沼の海気仙沼駅は、駅前には何もない。ここが気仙沼市のターミナルなのかどうか、疑わしくなった。ここで18分停車する。なぜならば、ここで気仙沼発仙台行きの快速南三陸4号をつなげて、仙台まで走るからだ。私もこの駅で、リクライニングシートのリアスシーライナーから始発の快速南三陸へと車両を移る。長い時間同じ場所にいるのが好きではないので、リクライニングを諦め?ボックスシートに移った。気仙沼発車後、リアスシーライナー2両と南三陸3両の5両で南下する。地方なのに過剰輸送気味?だ。気仙沼からは気仙沼線になる。海とトンネルが交互に続く。南三陸町の志津川駅を過ぎ、北上山地を越え、穀倉地帯に入る。到着駅は、最近石巻市に合併された河南町の前谷地駅。仙台まで行かずに、この駅で降車する。それは何故なのか?前谷地駅の到着は17時11分、岩手船越駅から4時間14分、177kmのリアスシーライナーはここで終わった。久慈駅からのシーライナーサポート号を含めると8時間、長い三陸の旅は、ここで一区切りになった。なぜ、この駅で降りたのか?それは最終回第6話目で明らかにする。ヒントとしてこの駅は、石巻方面の石巻線の起点駅だということにしておく。

みちのく夏紀行 Part4 三陸海岸北上編

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3edbfe9b.JPG宮古駅到着後、駅周辺を散策する。まだ終わらない東北の梅雨。そして、やませの影響もあってこの辺りはかなり涼しい。宮古からは三陸鉄道を北上する。この三陸鉄道は1984年に国内初の第三セクター鉄道として開通した。北リアス線は、宮古から久慈の間を結び、南リアス線は釜石と大船渡市の盛(さかり・以下平仮名のさかりと呼称を統一する)を結ぶ路線で、釜石と宮古の間は、JR山田線が間を挟んでいる。

三陸レトロ車両宮古からは、三陸鉄道のレトロ列車に乗る。しかし製造は平成18年、すなわち今年で車内は車椅子にも対応したトイレなどがついている。新型車両なので、中身も綺麗だ。車内は現代風だが、昭和初期の鉄道を髣髴させる。三陸鉄道は、宮古と田老が国鉄宮古線だったが、三陸鉄道発足時に、国鉄から編入された。また、田老町も市町村合併で宮古市に編入された。三陸鉄道は、山の中をトンネルで駆け抜ける。このレトロ車両では、照明もシャンデリアを使っており、トンネルをくぐると、シャンデリアによる明るさが増し、普段は暗いだけで、面白くもない?トンネルが幻想的な風景に変わる。しばらくして、田野畑駅に到着。ここから北山崎へのバスに乗る。

北山崎田野畑駅と北山崎を結ぶバスは、田野畑村営バスで、25分くらいで到着する。この田野畑の付近は、急な崖で、平地がほとんどない。バスもかなりの高さを登って、北山崎に向かう。北山崎は、陸中海岸公園の絶景地で、標高200mの展望台から海を見下ろす風景が魅力的だ。次のバスまで約1時間あるので、周辺を散策する。北山崎は1999年のJTBが公表した全国観光資源評価の自然資源・海岸の部で、国内で唯一最高ランクの特A級に格付けされた指折りつきの海岸美で、その風景はリアス式海岸の連なるこの辺りでは最高のもので、魅力的な海の風景だ。交通はかなりアクセスが大変だが、ここまで来たからこその甲斐がある風景がここでは見られる。波の音、崖の美、全てにおいてすばらしい。
北山崎からは、普代駅へと今度は普代村民バスに乗る。普代の方が、八戸寄りにある。ここではバスの運転手さんと話していたが、この辺りは、漁業が大変盛んで、産業の基盤を支えているそうだ。少子高齢化ならびに過疎化の進展が激しく、地域を今後支えるにはどうするか苦慮をしているそうだ。普代村も田野畑村も合併はしなかったので、今後の行政のおいて重要な課題になる。これについては運転手も頭を抱えていた。山あり海ありの風景やはまゆりの見える場所を通過し、約30分で普代駅に到着する。

普代からは三陸鉄道を再度北上し、八戸へ向かう。ここからは仙台から八戸の間を結ぶリアスシーライナーに乗車する。この列車は、三陸鉄道の団体専用のリクライニングシート車を使用し、毎年7月末から8月上旬に運転される。今日乗車したのは、普代から北だった。翌日も上りで乗車したので、詳しくは明日触れる予定でいる。このシーライナーは普代駅で2両から3両になる。普代駅を発車後、白井海岸駅と堀内駅の間にある大沢鉄橋で列車は、減速する。表紙にはここから撮影した海の風景を撮った。琥珀で有名な久慈駅に到着。ここからはJR八戸線に入る。

八戸三社大祭このリアスシーライナーでは一つのサプライズはあった。なんと鉄道ジャーナルの取材がこの列車で行われていた。列車内にはカメラマンとライターが乗車し、カメラマンは風景を、ライターはメモを取っていた。8月21日発売の鉄道ジャーナル最新号にその模様が載るので、もし同誌に私が掲載していたら、報告する予定だ。八戸線に入り、久慈駅の先に侍浜の峠があり、それを降りれば、海が広がる。少し前に物騒な事件のあった洋野町(大野村と種市町の合併)を通過し、青森県に入る。鮫駅の付近から列車が混雑してきた。それは、八戸市で八戸三社大祭が行われ、この日は、前夜祭で山車の展示があった。本祭りは明日からになる。私もせっかくだから見に行こうと思った。私を含めて、利用客の大半が市の中心部の本八戸駅で降車した。

八戸市内は、お祭り騒ぎ。繁華街も山車で埋まっている。ねぶたなどに比べて存在が薄い祭りだが、郷土の祭りを見られて良かった。驚いたのは、八戸市内のヨーカドーが東北新幹線の八戸延伸前後になくなったことだ。まさかヨーカドーがつぶれるとは・・・(郊外の海岸沿いにはヨーカドーがある)。やはり中心市街地と郊外の問題は、どこも同じなのか・・・。市内からバスで八戸駅に向かう。八戸駅の近くの昨夜と同じチェーン店のホテルを予約していたからだ。それにしても八戸市街と八戸駅は5km以上も離れている・・・

みちのく夏紀行 Part3 さんりくトレイン宮古と山田線

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d29c2dbf.JPG7月31日の朝は仙台から始まる。宿泊したのは、今年初頭に一連の不祥事のあった某ホテルチェーンだったが、思ったほど悪くはなかった。日曜の宿泊はかなり格安なので、仙台で泊まった。朝食は、仙台を本拠地に広がる定食屋の半田屋で取る。(ここも格安でいろいろなものが食べられる。東京では、北池袋のドンキホーテなどに出店している)

仙台6時発の初電で一ノ関へ向かう。この電車はもと急行型の455系を使用している。この455系も来年仙台空港アクセス用の新型車両のE721系が導入されると、廃車が始まる可能性がある。各停車駅では、上りの仙台方面へ行く人は多いが、下りに乗る人は少ない。くりでんの起点の石越を過ぎ、岩手県境に近づくと中学生・高校生が大挙して乗車する。夏休み中なのになぜ?と思えば、一ノ関駅の駅員の話では、高校のオープンキャンパスがあり、普段と変わらぬ盛況振りだったそうだ。

一ノ関からは再度、北上する、東北の過去の中心地の平泉や奥州市という針小棒大的な?市になった水沢などを通過し、内陸工業団地として成長著しい北上などを通過するが、残念ながら北上の駅付近からは発展しているかどうかがわからなかった。花巻で快速はまゆりに乗り換え、盛岡に向かう。この辺りは、北上川沿いに都市が成立している。

盛岡からはいよいよ「さんりくトレイン宮古」に乗るべく、山田線にホームへ向かう。山田線は、盛岡から宮古経由で釜石まで結ぶ路線で、宮古までは東に、宮古と釜石の間は南に結ぶ。盛岡〜宮古間は並行する国道106号線を走る高速バスの利便性が高く、鉄道がほとんど利用されていない。さんりくトレインの車両は1992年に改造された「Kenji」というジョイフルトレインで、名称は宮沢賢治にちなむ。

3両で先頭車両は指定席だが、2・3両目は自由席で、青春18でも乗車でき、乗り得な列車だ。この列車は、盛岡〜宮古間は、区界と陸中川井、茂市に止まる。出発後、しばらくして山越えに挑む。集落すらない人気のない場所と森林地帯を通過し、山を登り、700m以上の区界峠を越え、区界駅に停車する。

キハ52形それにしてもこの区界駅界隈は涼しい。ここでは、列車すれ違いのために停車する。すれ違った列車は、キハ52形という古いディーゼルカーの車両で、国鉄時代の塗装になっていた。国道106号線が、この辺りから平行し、閉伊川にも沿って走る。発車後、すぐに1005mの兜明神獄が見える。変わった形の山で、とても綺麗だ。その後、列車は、集落のない場所を通過していく。左も右も山に囲まれ、この辺りだけが平坦になっている。昔の鉄道は、川沿いなどに建設した方が、都合が良かったのだろう。

大峠ダム北上山地最高峰の早池峰山を一瞬だけ見える場所があったが、運悪く?シャッターチャンスを逃してしまった。 かなり悔しい。しばらく山の中の風景が続く中、大峠ダムの前では減速して、今度は早池峰のリベンジを果たすべく、撮影し、先のような写真を撮影することが出来た。この山田線は、集落すらないところに駅がある。まさに中山間地のど真ん中を通過するが、閉伊川が水と緑の織り成す幻想的な風景が大きな魅力だ。ジョイフルトレイン「Kenji」もこの塗装にあっている。この辺りは川井村は合併せずに、独立の道を選んだそうだ。今後、このような自治体がどうなるか大変気になるところだ。

閉伊川陸中川井駅に停車し、新里村から宮古市に編入した茂市駅に停車、ここからは龍泉洞で有名な岩泉へ向かう岩泉線と分岐する。この路線は、秘境路線として有名だが、今日は行かなかった。引き続き、閉伊川に沿って走るが、河口が近くても美しい。国道106号沿いにロードサイドのスーパーが見えると宮古が近い。盛岡から2時間11分で宮古に到着。長い長い山と川の道筋を抜けて、開放された雰囲気だった。宮古到着後、次の列車まで1時間以上あるので、名所の浄土ヶ浜ではなく、市内を歩く。この宮古は、大型店があるものの、中心市街地が思ったほど衰退化していない。なぜだろう?また、盛岡などの都市と遠いので、購買力の流出も少なさそうだ。

盛岡と宮古の間は、鉄道は見捨てられがちでいるが、鉄道には峠越えや山と川が織り成す風景など魅力が多い。Kenjiから眺める山田線は、沿線の風景の魅力を余すことなく伝えてくれた。環境は厳しいかもしれないが、鉄道の魅力を発見した感じだった。

この後、三陸鉄道北リアス線を北上して、景勝地北山崎を経由し、八戸を目指す。次回の第4弾では、北山崎と三陸鉄道を中心にお届けする。そして三陸鉄道の列車内では、思わぬ事が勃発・・・。これは次回のお楽しみ。

みちのく夏紀行 Part2 くりはら田園鉄道乗車記

eafd5cd1.JPG石越駅到着後、くりはら田園鉄道の石越駅へと向かう。くりはら田園鉄道は、登米市の石越から栗原市の細倉マインパークの間を結ぶ路線で、1995年までは栗原電鉄だったが、この年から第三セクターのくりはら田園鉄道に変わった。もともと細倉鉱山の輸送目的で建設された路線だ。しかし、来年の春に廃止になってしまう。なぜ、廃線にならざるを得ないのかその状況を確かめた。

くりはら田園鉄道は石越以外の駅は全て栗原市に位置する。この辺りは、登米市はの登米郡の8町と津山町の合計9町の合併、栗原市は栗原郡の10町村の合併で1つの市になった。細分化していた町村が、一つの市になった。栗原市を構成する町村には、東北新幹線くりこま高原駅のある志波姫町や東北自動車道のインターのある若柳町や築館町などがある。

くりはら田園鉄道では、1995年に導入したレールバスに乗車するが、この車両がなかなか面白く、ミヤギテレビ(日テレ系)のローカル番組「OH!バンデス」とタイアップした車両で、この番組は青葉城恋歌などのヒットで知られるさとう宗幸氏が司会の夕方の情報番組で、県内では高視聴率を獲得しているそうだ。人気番組とタイアップして、廃線間際の鉄道を盛り上げようという思いはすばらしい。車内はたったの一人。車内は子供たちの描いた絵が載せられ、くりでんへの思いを載せていた。車両自体が新しく、なかなか綺麗だ。しかし、くりでんでの活躍があとわずかなのはこの車両からすればあまりにももったいないような気がする。

くりはらバンデス石越駅を一人乗せて出発、この車両は、バンデスの番組の司会者のさとう宗幸の声でアナウンスが流れる。番組を見たことがないので、あまり良く知らないが、地元では絶大な人気を誇る人とあって、この声は地元の人には嬉しいかもしれない。若柳駅に着く。ここはくりでんの本社があり、1995年まで活躍した電車が眠っている。中には3セク後に名古屋鉄道から移ったレールバスもあり、出番は今かと待ち構えている。周囲は穀倉地帯、緑いっぱいの田んぼが沿線に広がる。大岡駅の付近で、東北新幹線と東北自動車道をくぐる。いずれも田んぼのど真ん中に突然現れるという感じだ。沢辺駅で列車交換とともに、やっと一人の客が乗る。この駅が、くりでんの主要駅の一つであると同時に東北新幹線のくりこま高原駅との間でバスも出ている。新幹線の駅がくりでんと接続しなかったのはかなり痛かったかもしれない。

くりでんの風景栗駒山を背景に列車は西へ向かう。車両は良いが、軌道状況のせいで、ガタガタゆれまくる。せっかくの車両が・・・と感じた。やはりそこまで費用を掛けられないのかと心配になってきた。栗駒駅で、沢辺からの乗客が降車、逆に数人が乗車する。しばらくして細倉マインパーク前駅に到着する。すぐに石越に戻る。この辺りは田園風景から一転して森林風景へと変わる。

くりでんの車両1細倉からの列車は、数人が乗車していた。栗駒や沢辺で数人を拾っただけで、列車の中はガラガラだ。過疎化と自動車社会が同時に進展しているようだ。田園風景を走る電車も今夏の命だが、これだけ利用者が少ないのでは、廃線になっても仕方ないかもしれない。若柳駅で降車し、行きに通りがかった95年まで走っていた車両を撮影する。その後で、石越駅まで次の列車で戻ると時間がかなりタイトになるので、タクシーで石越駅へ向かう。

くりでんの車両2若柳駅からのタクシーの運転手と話したところでは、くりでんは利用者の半数が高校生で、彼らが鉄道を支えているそうだ。週末にはバンデス以外にもイベントを実施し、なんとか町おこしをしているそうだ。栗原市自体はかなり過疎化が進展しており、少子高齢化・自動車社会の影響をもろに受けているそうだ。来年からバス輸送になるが、雪も降る地域なので、冬季の交通の安定性などがやはり心配だそうだ。

このくりでんでは、乗車数の少なさだけでなく、地元の社会環境などの影響から鉄道存続の厳しさを考えさせられた。この栗原市へは、東北自動車道や国道4号線をまっすぐ行けば、仙台方面へは石越で乗り換えるよりも早く、便利だ。東北本線の石越駅もローカル駅で、拠点性がある主要駅とは言いがたい。また、沿線の主要駅周辺も利用客がいても、中心街の衰退や求心性のなさなどが痛い。言い方は悪いが過疎地同士の拠点を結び、更に言えば、高速交通環境も身近にあるので、鉄道はあってもなくてもどうでもいいものになっている。そんな厳しい環境ながらも、安定性や沿線の地域活性化などやろうと思えば、出来る点もあるかもしれない。沿線のほとんどが栗原市になった今、これまでの町村間の軋轢もなく、自由に出来る点も生まれた。合併して、統一的な交通政策を期待できたの廃線はあまりにも残念だ。

実態調査とタクシーの運転手との話で地域の実態を聞けたのがよかった。それを胸に、今日4回目の701系で仙台に戻る。

Part3は、盛岡支社のジョイフルトレイン「Kenji」を使用したさんりくライナー宮古号の乗車記を中心にお届けする。

みちのく夏紀行 Part1 北への進路

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55fb1a1d.JPG昨日まで2泊4日で東北方面へ青春18きっぷの旅に出た。東北地方は、何度も行っているが、今日は特に鉄道の未走破だった三陸海岸と来年の廃止が決まっているくりはら田園鉄道を中心に訪ねた。この企画は数日間にわたりお届けする。

はじめに乗車するのは、快速フェアーウェイ号だ。新宿始発なので、中央線沿線に住む者からすれば非常に便利な列車だ。車両は特急型の485系で、特急車両に青春18きっぷで乗車が出来るかなりお得な列車だ。今日は日曜の朝なので、かなり空いていた。

青春18きっぷでの東京から仙台までの旅路は、自分の青春18きっぷの旅の原点ともいえる。初めて青春18きっぷを使用したのが、中学生の時の1992年の夏で、当時祖父母が仙台に住んでいたので、東京(上野)から仙台まで青春18きっぷで乗り継いで向かった。今日は当時の思いを胸に?北へ向かった。

関東平野を北上、利根川や鬼怒川などを越え、那須の山麓へ向かう。そして那須塩原市の黒磯駅に着く。那須塩原市は、黒磯市や西那須野町、塩原町が合併して誕生した市名だ。これは鉄道での輸送が在来線から新幹線に変わった今、在来線の黒磯駅よりも新幹線の那須塩原駅の方が那須の玄関口として有名になったので、市名も那須塩原になったのかもしれない。黒磯駅を境に電気方式が直流から交流へと変わる。その為、鈍行列車の旅行ではこの駅で必然的に乗換えを伴う。

あいづ黒磯駅では、38分の待ち時間があるが、待ち時間にさっきまで乗車した485系による上野始発の特急あいづが来た。黒磯駅に特急が頻繁に乗り入れたのも四半世紀前だが、会津若松へは新幹線でも行きにくいことや観光キャンペーンをやっているので、今夏〜秋までは運転される。少し後には、元寝台特急用の583系車両が黒磯駅を通過するらしく、カメラを構えている人も多かった。

黒磯からはまた北に向かう。ここで来たのは青春18きっぷ利用者などから評判の極めて悪い701系だった。しかし、私はそんなに悪い車両とは思っていない。福島県に入り、白河辺りからは、子供連れや高校生などが多く乗ってくる。

103系など郡山駅では25分待ち時間があったが、ここでは駅ビルの展望台へと向かった。安達太良山や磐梯山の風景を期待したが、残念ながら曇りの今日は見ることが出来なかった。しかし、郡山盆地の全景を眺めることはできた。駅の中には、仙台の仙石線で活躍した103系が眠っていた。ここで会うとは思わなかった。なぜならばここには鉄道の工場があるからだ。


郡山の風景郡山からは再度701系。それにしてもこの電車は、飛ばしまくる。ロングシートといえども、東京のような密集した雰囲気やごみごみした雰囲気がない。長閑だ。沿線から少し離れた場所には、作者の姓と同じ名前の町名がある。(合併はしていないので、この町名のまま残ってほしい)福島駅到着後、駅のすぐ近くのスーパー銭湯・極楽湯へ向かう。県庁所在地にもかかわらず、駅構内は閑散としている・・・

仙台シティラビット福島からは、快速仙台シティラビットで仙台へ向かう。福島と仙台の間は、ここ10年くらいで高速バスの成長が著しく、その結果として福島市が仙台市の経済圏になっており、移動の需要が活発だ。悪く言えば、ストロー効果だ。バスに対抗するべく、快速電車が運転されている。私が乗った列車は、福島〜仙台間では、白石と大河原と岩沼だけの停車で、ほぼ福島と仙台を結ぶ利用に特化している。沿線では、桃やりんごの栽培が盛んだ。県境の峠を越える。福島盆地の風景が綺麗だ。在来線ならではの特徴がここにはある。仙台に到着後、一ノ関行きの電車の乗り換え時間は極めて短かった。

仙台からは今日3度目の701系で石越へ向かう。仙台の都市圏は、松島辺りを境に、一変し、仙台平野の穀倉地域へと変わる。美里町というありふれた名前になった?小牛田駅からは車両が短くなる。(美里町は小牛田町と南郷町の合併で誕生した)仙台周辺は人が多かったが、この辺りは閑散としている。しばらくして石越駅に到着。ここからくりはら田園鉄道に乗る。

ここから先はパート2「くりはら田園鉄道乗車記」に詳しく書きます。
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特急あらかわ
メールアドレスは,joiino☆livedoor.comです。@の部分は星にしています。
特急あらかわとは・・・
・特急あらかわの自己紹介
名前の由来は,荒川流域が作者の出身地なので名づけた。作者の荒川への思いなどを伝え,その名前を広める事にした。特急になったのは,あらかわという名前の列車が,栄光の花形列車になってほしいとの思いもある。

・鉄道では,生まれ育った京成線や西武線をはじめ,地下鉄(特に浅草線や千代田線や東西線),青春18きっぷの旅などをこよなく愛し,それらの思いなどを伝えている。
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