0acaad68.JPG往年の京成の特急列車「開運号」が上野〜成田間で28日に運転された。この特急開運は,成田山への輸送を目的に走っていた特急電車で,1973年まで走っていた。今回は,開運号に末期に使用していた3200系片開きドアの電車の引退が近いので,リバイバル運転になった。今日は,速報通り,撮影に行った。場所は,作者が最も京成を身近に感じさせた場所で,青戸駅と関屋〜堀切菖蒲園間の荒川鉄橋の2箇所となった。


開運青戸2まず,上りの送り込みと下り列車は,青戸駅で撮影することになった。送り込み電車は9時33分頃通過するが,15分前から多くの人が集まる。しかし激込みではなかった。青戸駅は,80年代の立体交差工事で10両編成に対応するホームを作ったので,ホーム2両分が余裕になる。だから利用者の妨げにならない。この時間帯の上野方面の特急は快特という種別であるが,青戸から見れば,特急も快特も同じだ。各駅停車は3000系ばかりだった。9時33分にこの開運号が通過する。しかし,ぶれてしまった・・・。ここでヘッドマークつきで,側面には「指定特急」という当時の表示をつけていることを確認した。そして,上にある下りのホームへ向かう。

開運下り青戸開運号の青戸の通過時間は10時37分くらいだ。約1時間待つ。浅草線方面から上野方面からいろいろな電車が来て,この駅は全く飽きない。下り線も同様で,ホームには余裕があるので,利用者に干渉せずに済む。10時19分に上野を発車したこの電車が,10時39分に青戸駅を通過。この写真を撮る。青戸駅は,上野方面からは急カーブがあり,速度を減速するので,撮りやすい。しかし,以前よりも高層建築が増えたので,全体を見渡せなくなったのは残念だった。私にとって,鉄道趣味の原点といえる駅での撮影を終え,午後の部に移る。

上り列車まで4時間以上ある。その間,葛飾区内のネットカフェや亀有などへ行った。区内では用があるので,ここで済ませる。

開運荒川2上りの部は,荒川鉄橋で撮影することになった。荒川鉄橋は,京成の中でも最も多く渡った橋で,いろいろな思い出があるからだ。亀有からは,京成バスの有01系統(亀有駅〜浅草寿町)に乗り,堀切4丁目で降りる。荒川にかかる堀切橋は歩いてわたる。ここは葛飾に住んでいた時には北千住に遊びに行く時などは何度も自転車で渡った。堀切橋は,京成線の鉄橋に平行する形でかかる。荒川鉄橋には多くの撮影者がいる。荒川鉄橋の通過は15時過ぎだ。私もその1人だ。上りの特急電車が通過し,いよいよ開運の撮影になる。雄大な荒川鉄橋,これを越える二枚の写真を撮った。京成本線の荒川鉄橋は押上線と違い,架け替えをしていない。絵になる風景だ。この風景こそが特急あらかわのネームの原点だ。

開運千住大橋1関屋駅に向かい,上り列車で千住大橋駅へと向かう。開運号の上野到着後,回送列車になるが,千住大橋駅では5分停車する。その際にヘッドマークなどの撮影も行った。千住大橋駅の待避線は,今は朝夕だけの使用で,日中は使わない。この駅も多くの撮影者でごった返している。事故が起きなかったのが幸いだった。しかし,通過の際は青戸にしても荒川にしても警笛を何回も鳴らした。

開運ヘッドマーク開運号の撮影が終わった。この3200系の片開きドアの車両は3月まで走るそうだ。もちろん旧塗装での運転となる。この車両の引退を持って,京成は片開きドアの車両がなくなる。今日は,懐かしい京成を味わえたが,一方で思い出が沢山あるこの車両の引退は寂しく感じた。なお,乗車記については,ミニコミ誌「地図と遊ぶ」の読者が参加したらしく,掲示板や編集員日記などに掲載されているので,詳細はこちらをご覧下さい。

この特急開運号に関して,連日,これまでにない多くのアクセスをいただき大変ありがとうございました。心から御礼を申し上げます。 特急あらかわ