17ce0894.jpg「決算、決算、総決算。決算,決算,総決算」これはかつて、東急百貨店のバーゲンセールのCMで流れていた曲だ。
どうしても東急百貨店のCMというと私が小学生の時の80年代に流れていたこの曲を思い出す。
なんでこの曲かって?今日の東急8000系の東横線でのリバイバル急行がまさにこの言葉の通りだからだ。38年に渡る8000系の総決算として,このリバイバル急行だからだ。

今日は渋谷駅で撮影、渋谷〜横浜間で乗車、白楽駅で撮影という形になった。
このリバイバル急行一番横浜寄りは赤幕で急・元町中華街の表示、渋谷寄りはは白幕だった。いずれも前面左には急行の種別板もあった。前者の方が優等列車っぽくてよいと感じた。後者は,白幕で別枠で急行の表示を出すが,これは各駅停車が多く,急行にあまり使われなかったので,急行板があったのかもしれない?急行板が,あの位置で落ちないで大丈夫か?と思った。

渋谷駅は,多くの人たちで賑わっている。まるでセンター街やスクランブル交差点の熱気がここまで波及したようだ。東横線渋谷駅は,駅の中でも広告が際立って多く,ドラマ番組の開始前にはドラマ番組の広告がこれでもかと置かれる。これこそが広告都市渋谷の典型例だ。

8000系元町中華街18000系は,4番線から発車する。鉄道ファンはもちろんの事,一般客も携帯電話のカメラで撮影をしていた人も居た。8000系の臨時急行の渋谷の発車時間は13:08であるが,座席はほとんどが埋まり,立ち席も出ている。今日は前の方に座るが,この車両は,固定編成ではなく,頻繁に組み替えられ,1973年や75年頃に製造された車両もあれば,81年に製造された車両もある。これだけ長く作っていたというか時代が動いていたというかわからないものだ。リバイバル急行は13:08に渋谷を発車する。
渋谷駅での東急8000系2渋谷からは,独特の起動音を出して,電車が動く,この音,田園都市線ではしょっちゅう聞くが,東横線ではあまり聞かなくなった。つい先日まで,通勤で8000系に乗車する事も多かったが,今日は通勤時とはムードが違う。同じ車両でもこうも雰囲気が違うのかと思った。

東横線8000系白楽駅2代官山,中目黒,祐天寺・・・とこの車両に乗車していておなじみの場所を通過する。自由ヶ丘・田園調布と東横線を代表する街を通る。高級感漂うこれらの街を8000系は長きに渡り,その風を感じてきた。そして,多摩川を渡る。8000系にとって多摩川はとても思い出深かっただろう。新丸子・武蔵小杉・元住吉と川崎市内を通過する。日吉駅で,特急の通過待ちのため,4分停車するが,早速,撮影会になっていた。日吉では帰宅の高校生も乗ってきて,日常の電車になったようだった。横浜市内に入ると,地形のアップダウンを繰り返し,何度も坂を上り下りしていた。菊名を過ぎれば横浜まであと僅かであるが,この辺りは,意外な一面もあるのだ。3年前に地下になった横浜駅に到着する。巨大な駅・横浜駅に乗り入れる8000系の姿が印象的だったが,地下深い場所にあるこの駅ではイメージも変わったようだ。そしてこの列車とは横浜駅で降りる。みなとみらい線は,あまり混んでいなかった。

次は上りの撮影に入る。上りは,元町中華街〜元住吉間の運転なので,途中駅の中から一つ選ぶ。その中でも,白楽駅を選んだ。おしゃれな町を通るイメージのある東横線の中でも,白楽駅は神奈川大学の最寄り駅だけでなく,下町ムードが漂う六角橋の商店街が軒を連ねる。山の手や高級のイメージの強い,東横線の中でも庶民的な点があるからだ。

白楽駅での東急8000系先頭部分には,多くの撮影者がいる。今回は,ホームの先端部の列車の来ない所で撮影をした。ここにも10人くらいいた。数本の通過列車を経て,8000系が来た!8000系とは,ここで最後の別れになってしまうかもしれないが,最後にリバイバル急行として昔の姿を見せてくれたのは感謝したい。この車両は,オールステンレスの車体,そしてワンハンドルマスコンという運転台は,特に70年代には斬新的なものだった。これらが,後年,多くの鉄道会社に波及し,今ではこれらが珍しくもなんともなくなった。
東急は特急列車などの派手な所は少ないが,車両の先見性の高さや革新度は高い。日常生活は,派手さよりも実利を感じさせているようだ。これらの点で発展させた東急の実績は多大なものだろう。このパイオニア8000系が去るということは,とても残念だが,38年間ありがとう。また,関わった時期は短かったが,最後に何回も乗車できたのをとても感謝したい。

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