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寅さん電車の話題に関しては少々お待ちください。寅さん電車に変身したのは京成最後の赤電の3300系だ。今日は赤電の冷房工事時期を中心に,京成に非冷房車がいた時代の話を書きたい。夏休みスペシャルの懐かしの京成のネタはこの話題になる。

 

京成3150京成の赤電は1983年に初めて冷房が開始された。これは3150系だった。それ以前の冷房車は,3500系・3600系だけで,冷房率が極めて低かった。赤電が冷房ができなかったのは,当時の荒川鉄橋の強度が弱く,赤電に冷房を搭載すると車体が重くなるのでできなかったそうだ。荒川鉄橋の強度を上げ,そして冷房改造に対応したのだ。京成は1987年の運賃改定の際に91年までの全車両の冷房搭載を運輸省と約束したので,更新が急速に行われた。

京成3600系緑京成の赤電の非冷房車から冷房車への改造は,3150系⇒3300系⇒3200系⇒3100系⇒3050系の順番で行われた。3300系の一部を除いては,大規模な更新工事も同時に行われた。(1983年に在籍していた赤電の旧3000系と青電の2100系は冷房工事すらされなかった)この更新工事では,めくり板と言われる行き先表示板の廃止,種別板は3150系以外は廃止になった。前面は更新時期と同時期に製造された3600系をベースにするものだった。

京成3300系の現在の姿3300系の,一部の編成は,行き先表示の方向幕が前面と側面についていたので,車内の更新などはなく,冷房機器が搭載されただけだった。この3300系は外見が当時の3500系(今で言うと3500系の未更新車)とそっくりで,3500系の赤電版のように見えた。この3300系も後年の更新工事で,外見も内装も3200系とそっくりになり,今に至っている。

京急旧1000系京成の非冷房車の更新工事を行っている時代は,京急旧1000系をリースで16両を借り入れたこともあった。これは冷房率の向上と人口急増による輸送力の強化が迫られたものだった。京急では廃車になっても,京成では大きく役に立ったのは,皮肉だった。

 

都営5000系1991年に旧3000系の廃車により,めでたく?京成線の完全冷房が達成されたが,これは全てが京成の車両で賄える上野〜青砥間と金町線,千葉線といった一部路線だけだった。

浅草線からの乗り入れの都営車両には,非冷房車の5000系が依然として残っていた。この車両が特に押上線の押上〜高砂間に乗り入れていた。それにこの時期は浅草線発京成の急行にも時折使われていた。その為,京成の完全冷房化に水を指されたような気分だった。91年以降の夏の時期の5000系は悪役だった印象がある。1995年に5300系の増備で,5000系はなくなり,とても残念だったが,逆に胸をなでおろした気分にもなったのはその為だったのかもしれない。

都営5200その2ただし2006年に廃車になった5200系は1988年に冷房改造が行われ,都営車両の中では数少ない当たり車両だった。その為,夏に5200系が来たときの喜びは一入だった。5200系のさよなら運転からまもなく2年が経つが,このことを思い出したのは言うまでもない。