あらかわ交通ノート夏休みスペシャルの第2回は,6日から行われる仙台七夕祭りの思い出を書く。
作者は,昨年の夏休み企画の最終回(2007年8月29日分)で,中学生の時の仙台七夕の夏休みに東京から仙台まで青春18きっぷを使った鈍行列車の旅を行った事を書いた。青春18きっぷの旅の地の原点の仙台にはこれまで何度も行っている。そのうち,仙台七夕祭りにはこの旅を含めて3回行っている。
仙台七夕といえば,東北を代表する夏祭りで,青森ねぶた祭り・秋田竿灯・山形花笠とともに東北の夏の4大祭りのひとつだ。仙台七夕は,仙台市の中心部の商店街で行われる。
仙台七夕に魅力を感じるのは,華やかな仙台市の市街地が豪華で重厚長大さの持つ飾り付けでより華やかになるからだ。
この旅の前の年に,知り合いから仙台七夕の日がいつかを聞いた。それに合わせる形で仙台への鈍行紀行を行ったのだ。前のこの年には,宮城県庁周辺でクリスマスに行われる光のページェントへ行ってきた。仙台の冬のイベントを見たのだから次は夏だなと思った。
仙台の七夕は,とにかく人が多かった。それに暑かった。東京でこのようなことで慣れている私ですらも,そう感じた。しかし七夕の飾りつけは,どれもこれも気合が入っていて,その熱さからとは対照的に自然と涼しさを感じさせた。暑くても飾り付けを見る度にそう感じた。(これは6年前に行ったときに改めて感じたこと)
毎年見ていると飽きてしまうから,何年かに一回行って,楽しみにしている点もある。
その七夕へのアクセスであったが,1回目は言うまでもなく東京〜仙台間の青春18きっぷでの鈍行紀行であったが,2回目も同じく,東京〜仙台間の青春18きっぷ使用であったが,2回目は常磐線経由だった。
常磐線経由の紀行は,上野から水戸,高萩,いわきで乗り換えて仙台まで行った覚えがある。こっちは,忘れてしまったところが多い。ただひとつ覚えているとすれば,上野〜水戸間では,今はなき415系の1900番台の先頭車ダブルデッカー車に乗車した事だった。今はこの車両はないが,この車両に乗ったひとつのよき思い出だった。それ以外では,415系や717系や455系などだった。ただまだ701系が幅を利かせる時代ではなかったので,701系には乗っていない。常磐線経由は,海があまり見えず,風景が少し乏しかったことや乗車している時間が東北本線経由よりも長かったためか,東北線経由に比べて,疲れた。これが,作者にとって唯一の常磐線経由の東京〜仙台間の鈍行紀行で,そのことが今でもトラウマになっているせいか?常磐線経由の鈍行紀行は今でもやっていない。
6年前に行った3回目は東北新幹線で行った。その時は朝のやまびこ号に東京駅で,15分近く自由席に並んだ。車両は今は少数派になった東北新幹線の顔200系だった。200系の重厚長大な走りっぷりは,重厚長大な仙台七夕を見に行くにはふさわしかった。
この七夕祭りを見に,東北本線・常磐線・東北新幹線の3種類の交通手段で行った。東京と仙台の間は,東北新幹線の開通前は,東北本線・常磐線の両路線とも東京と東北をつなぐ大動脈だった。この旅を通じて,3つのルートでの仙台への道のりを知った。仙台への旅路はさまざまな点で,ロマンが多いものだった。夏の旅といえば,仙台を思い出すのはその為かもしれない。
仙台といえば,カフェテリア式の定食屋の半田屋という店がある。東京圏では,池袋などにあったものの,今は郊外に行かないとないが,この店が仙台の名物なのも確かだ。書いていて半田屋へも行きたくなった・・

私が大学1年生のとき、秋田が実家だった彼女と見に行きました。上野地上ホームからひばりのクロ481付きのひばり専用の13両編成…。仙台駅が新幹線工事が始まっていました。
次の日仙台駅で秋田行きのキハ181系の特急あおばに乗る彼女を送りました。
私はそれから仙石線へ…旧国電ばかりの中に103系もどき!…後に川越線に来たアレです。今の仙石線とは違い、タブレット交換をしていたローカル線でした。
帰りは583系のひばりで帰京しました。