夏休みスペシャルの最終回は,恒例の「懐かしの青春18きっぷの旅」であるが,今年は1998年の広島への青春18きっぷの旅を振り返る。ただし,ルートは覚えている限りとする。写真で振り返る事や当時の記憶を中心にお届けにする。
この年,広島へ行きたくなったのは,この年の春に京都・大阪の旅を青春18きっぷで行ったので,この年はもっと西に足を伸ばして広島を目指したかったからだ。今年広島への旅を振り返るのは,それから10年経つのと広島出身の3人組の歌手に今,強くはまっているからだ。
東京からはムーンライトながらに乗車した。ムーンライトながらに乗ったのは実はこの年が唯一の例だ。しかし,ほとんど眠れなかった事からこれ以外は,全てムーンライトながらの臨時列車や165系使用の東京〜大垣間の臨時列車(2003年まで運転)だった。表紙の写真は豊橋駅で撮影した当時に豊橋〜大垣間の新快速や快速で主に使用していた311系車両だ。311系はどこかで乗車したが,忘れた。

豊橋で降り,ここからは名鉄を中心に乗車していく。青春18は,一応豊橋まで使った。この先は確か今はなき「3・3・SUNフリーきっぷ」という名鉄・近鉄・南海の全線が3日間で5000円のきっぷを使った。ルートは忘れたが,2日間で名鉄・近鉄を思う存分に乗車した。名鉄では今は少ない7000系パノラマカーを中心に乗車計画を立て,近鉄は四日市からのナローゲージの路線などに乗車した。(左の写真)
一つ覚えている事といえば,友人と新岐阜駅(現在は名鉄岐阜駅)で約束して,名鉄美濃町線の新関〜美濃間に乗車しに行った。今はこの区間はない。懐かしい思い出だ。(右の写真)
2日間は,青春18きっぷを使わず,近鉄線で大阪を目指し,3日目に大阪から再び青春18きっぷの旅を始めた。降車したのは神戸だった。阪神大震災から日が3年経過するが,神戸市ではほとんどの復興が進んでいたが,痛ましい跡地なども少し残っており,地震の恐ろしさを感じさせた。当時は東海道・山陽線の新快速は221系も残っており,アーバンネットワークの顔として堂々と走っていた。神戸からは明石海峡大橋の真横を通過する。明石海峡大橋はこの年の春に開通した。姫路で降り,姫路城を目指そうとするが,時間が夕方で見られなかった。姫路からは岡山まで115系で船坂峠を越え,この日は岡山に泊まる。ここのユースホステルで食べたままかりがとてもおいしかった。

4日目に岡山から広島を目指す。117系の快速サンライナー(左の写真)や115系などを乗り継ぐ。当時は岡山地区も103系が頻繁に走っていた。(右の写真)西へ向かう度にわくわくしている。その当時は,大阪から西は行った事がなかったので,そのように感じたのかもしれない。岡山も広島も全く行ったことのない地だったのだ。確かルートは岡山駅から福山駅へと向かい,福山駅からは快速スーパーラビットに乗車し,広島へと向かう。ちなみに快速スーパーラビットは,かつて走った福山〜広島間を途中,尾道と三原の2駅だけに停車する列車だった。快速なのに特急並みの停車駅だった。尾道付近の瀬戸内海は美しかった。最後は瀬野八こと大山峠を越え,広島に着いた。
広島市内での様子などは,後半戦のbitter編で,お送りする。
sweetとは,広島への道中で,bitterは広島の中を中心にお届けするため,この名前がついた。元はといえば,広島出身の3人組のアルバムの中に「fan service〜sweet〜」「fan service〜bitter〜」というものがあり,それをヒントにタイトルをつけた。
