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4回に渡ってお送りした佐久間レールパークの訪問記もこれが最終回となる。ここではその他の車両やパーク内の施設,そして中部天竜〜豊橋間で運転がされた臨時列車の佐久間レールパーク号の乗車記を行う。

 

飯田線の駅名2

飯田線の駅名佐久間レールパークには飯田線に関する資料の展示室がある。これは飯田線の駅名が全て書かれた駅名票だ。飯田線だけでも95の駅がある。佐久間レールパークそれ以外にも模型や115系のシュミレーターがあったりとこの佐久間レールパークは飯田線の博物館でもあるのだ。

115系のシュミレーター小和田図書室には,飯田線に関する本もあるが,過去の鉄道雑誌や鉄道の書籍が充実している。なぜか1997年に発刊された鉄道ピクトリアル京成特集の本もあった。

クモヤ165最後に紹介する車両がクモヤ165系だ。これは教習車として使われた車両で,元はといえば食堂車だったが,後年この車両はこのような車両に改造されたそうだ。

 

この佐久間レールパークは,特に昭和時代を中心に活躍した車両の展示が多く,その点で戦後から昭和末期の新幹線までに時代をやや限定している鉄道博物館の鉄道展示とはまた異なる。ここの場合は開館が1991年であったので,当時はすでに廃止になった戦前製や戦後まもない時代の車両がいるなどその点では非常に味わい深い。旧型の列車は,昭和50年代生まれの私から見れば,馴染みが浅いと思うが,これらがあったからこそ高度経済成長期以降の鉄道の輸送の近代化や大量輸送などに大きく発展できたのではないかと思う。国鉄型の車両がここ数年,特に大量に引退し,国鉄型の車両そのものが貴重になる中,ここでは国鉄型の基礎を作り上げた先駆者たちの出会いというのがテーマなのかもしれない。2回ここを訪問してよかった。

117系レールパーク号

中部天竜からは117系の佐久間レールパーク号という豊橋までの臨時列車に乗る。快速列車で豊橋までは途中,特急伊那路と同じく湯谷温泉,本長篠,新城,豊川の4駅しか止まらない。

117系は,名古屋地区とりわけ豊橋〜大垣間では新快速快速などの種別にはほとんど使われず,各駅停車にも使われない。主な活躍場所は県境を越える豊橋〜浜松間や大垣〜米原間だ。しかし2ドアクロスシートなので,東京では味わいにくい車両だ。

119系にもいえるが,飯田線の駅はホームのかさが低いので,乗降する際には思いっきり段差が生じている。その為,降りる時はなんか飛び降りるような感じにもなる。119系の置き換えが予定されるのもこれを解消させる為かもしれない。

中部天竜を出た飯田線は,天竜川の支流を沿って走る。静岡県最後の駅出馬駅を出ると次の東栄駅は愛知県に入る。そして水系も天竜川水系から豊川の水系に変わる。三河川合駅からは豊川の支流の宇連川に沿って走る。この辺りも桜が咲いている。今日は桜が満開だ。この辺りの飯田線は鳳来寺鉄道が前身の路線だ。長野県の飯田以北のようにカーブだらけ,飯田以南のように断崖絶壁の川べりではないが,人里離れた山の中を通過する。しかしカーブなどは思ったほど多くない。途中,戦国時代の織田信長の長篠の戦いで有名な新城市の長篠の辺りを通過する。東上という名前の駅を通過したが,東武の某線とは関係がない。

そして豊川駅に着く。この辺りの飯田線は,豊川鉄道を前身にする。豊川といえば,日本車輌の製造所がある場所でも有名だ。京成の新AE型はここで作っているのかなあと思う。豊川はいなり寿司で有名な豊川稲荷の門前町だ。やがて,名鉄との共用区間に入る。そして豊川の本流と豊川の放水路を越えればここは豊橋駅だ。この列車は豊橋駅で終点だ。飯田線の旅もここで終わりだ。

佐久間レールパーク号は,下りが名古屋→中部天竜,上りは中部天竜→豊橋間で走る。下りの列車では,指定席の利用者には記念乗車証をもらえるそうだ。しかし下りの指定席は,全ての日が満席だそうだ。どうやら指定席は団体利用枠といっても差し支えない状況で,一般人が指定席を買う事はほとんど無理に近い状況だ。記念乗車証は,団体利用で行くのがベストだろう。ただ販売が在名だけで,東京では買いづらい・・・

この後はボーナストラックとして名鉄の2つの車両と愛知環状鉄道に乗りに行く。