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今年最後のあらかわ交通ノートの記事は2011年3月11日に発生をした東北地方太平洋沖地震いわゆる東日本大震災についての記事を取り上げていく。

3月11日、震度6強の地震が宮城県で発生をした。私はこの日、当時行なっていた副業の仕事のために自転車で東京都区内の西武新宿線のある駅の近くにいた。駐輪場で、大きな揺れを感じ、その後で携帯をしていたラジオを持っていた。そうすると東北地方で震度6,7の巨大地震が発生をし、東京でも震度5強の地震があった。というニュースがあった。私はこの日は自転車だったので、自転車で自宅まで戻ったが、このあとテレビ・ラジオをニュースを見ると東京では多くの鉄道路線がストップをし、帰宅難民が続出をしていたことに唖然としてしまった。

自分はこの日は幸いにも帰宅難民にはならなかったが、道路などはとにかく人がたくさんいた。仙台市の影響が大きいということで、自分は仙台市の泉区に従妹たちが住んでいることで、彼女たちのことがすごく心配だった。従妹たちは無事だったのが一番良かった。テレビでは宮城県や岩手県の沿岸部での大津波などの悲惨な映像が流れ、目を覆うような映像が流れてきた。テレビを見ていると悲鳴が聞こえてきた。その直後に福島県の浜通りでは東京電力の福島第一原子力発電所で、爆発事故が起き、そのニュースを聞き、悲鳴を上げざるを得なかった。

14日、職場に復帰をした。この日は電力需要が落ちるということで、計画停電なども予定をされた。それによって、鉄道の運転本数も大幅に減り、新宿などの駅では多数の客でごった返した。まさかあの地震が計画停電にまで及び、鉄道をはじめとした交通網が崩壊をしてしまい、生活に影響を与えてしまうなんて!と思った。その影響は各地に及び、私鉄では京成などのように平日でも土休日ダイヤで運転をする路線もあった。JRの成田エクスプレス、特急あずさ・かいじ、ひたちなど運休をする列車もあり、交通網も大きな影響が出てしまった。

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新幹線では東北新幹線が早い段階で東京〜那須塩原間のみの運転であったが、那須塩原以北の運休が続いた。JR東海や西日本からも応援舞台を運び、総力を挙げて復旧に取り組んだ。東北新幹線と言えば、 震災前の3月5日にE5系新幹線を使ったはやぶさ号がデビューをし、グランクラスなどのサービスをもった新幹線車両として走り出したのだ。E5系は最高速度300kmで走り、東北新幹線の革命的な車両だ。そのような新展開の矢先に、震災による運休という憂き目を見てしまった。はやぶさが走るのがいつかというのをずっと待っていた。4月7日の余震で一ノ関〜盛岡間の復旧が遅れてしまったのは残念だったが、29日に全線で無事に復旧を果たした。29日は1年で帰省などで最も多い利用のGWの書き入れ時でこれに間に合ったのは良かったが、はやぶさも無事に復帰をした。軌道などの関係で最高速度270kmに抑えられ、300kmでの運転ができなかったが、沿線の復興のシンボルとしてはやぶさのE5系は無事に走れた。

三陸レトロ車両
一方で、在来線では、特に被災地の茨城県北部や福島県浜通りを抱える常磐線は、特急ひたちなどがいつに走るかわからなかった。原発事故の影響で、いわき以北は警戒地域になってしまい、宮城県南の亘理から南は、線路そのものが大きな影響を受けてしまった。相馬〜原ノ町間など復旧の箇所もあったが、復旧にはまだまだ時間がかかるそうだ。この震災で、福島県・宮城県・岩手県の沿岸を走る路線は、各地で被害を受けた。宮城県の仙石線、気仙沼線、岩手県の山田線、三陸鉄道など復旧をするのが年を越してしまう路線もある。まだ震災は全く終わっていないのだ。報道をされていなくても、現地での苦労はうかがえる。(写真は岩手県の三陸鉄道のレトロ車両。2006年7月に三陸地方を訪問時に撮影)

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そして、東京。 各地で節電ダイヤで夏季には昼間の運転本数が減ってしまった。写真は南北線の赤羽岩淵行きで節電ダイヤで昼間でもこのような列車が走った。昼間が節電のために減便という前代未聞のことが起きた。地下鉄でも多くの路線が影響を受け、副都心線などは減便などになってしまった。電力逼迫による影響が東京の交通に顕著に現れてしまった。

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夏が過ぎ、9月10日頃から各路線が平常ダイヤに戻った。しかし、京成のシティライナーなどのように震災後も元の本数に戻らなかった列車もある。 写真上は、震災特別ダイヤで走った都営浅草線・京成押上線・北総線の新鎌ケ谷行きの列車、下はシティライナー。そして東北新幹線はやぶさは9月23日に元の運転本数に戻り、最高速度300kmでの運転に戻った。10月以降はほとんどの路線で元に戻り、節電ダイヤのことが忘れられそうだ。この震災は、LED電球の促進、室内蛍光灯の取り外しなど目に見えぬ点でも、節電にも貢献をした点もある。

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今年、大きな影響を与えた東日本大震災。その影響は多岐に及んだ。仮設住宅、避難生活、鉄道の再建など課題はたくさんある。震災の影響はまだまだ続くのではないかと思う。特に東京電力福島第一原子力発電所の付近の大熊町や双葉町などは10年いや20年、30年かかるかもしれない。東京に住んでいても、その情報が少なく、現実がわからないところもある。この震災の影響はいつまで続くのだろうか・・・2012年の夏も電力逼迫による列車の影響などはあるのだろうか・・・今年は非常時の鉄道、交通というものをより実感させられた年ではないだろうか・・・

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2011年で最も印象的な画像が、2011年5月7日に会津若松駅で撮影をしたD51ー498号機のSLD51ばんえつ物語号と583系の快速あいづライナーだ。福島県は、原発事故などの影響で東日本大震災で最も影響を受けた県のひとつだ。福島県の会津地方は、浜通りからは大きく離れているが、同じ福島県ということで、原発事故後に様々な影響を受けた。そのような福島県で、SLと583系という昔からの車両の奇跡的な画像が並ぶことは、感動をしてしまった。今回の紅白歌合戦では、猪苗代湖ズのI love you&I need youふくしまという曲が歌われたが、この曲には涙なしでは語れなくなった。

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2011年、東日本大震災という未曾有の出来事があった今年の交通回顧の記事は例年と違い、後半では東日本大震災とその影響を出すという形で締めた。合い言葉は頑張ろう!日本。もう一度あの日のように東北地方の被災地が復活をして欲しい。2011年のあらかわ交通ノートはこの記事で終わりにします。皆さん、今年もご愛読ありがとうございました。年間25万件のアクセスを達成をすることができました。京成の新AE形スカイライナーの運転を開始をした昨年よりは少ないですが、今年も多くの方々の期待に沿えたと思います。

では、皆さん良いお年を
2011年12月31日 特急あらかわ より