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12月27日の広島入りの話題を引き続き行う。前回の記事では、阿品東駅で、海をバックにした広島電鉄の写真がメインであった。今度は広島市内で撮影をしようかと思う。(前の記事はこちらより)

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阿品東駅から広島電鉄宮島線に乗る。途中の宮内駅で降り、JRの宮内串戸の駅まで歩く。宮内串戸からのJRの方が少し早く到着をするからだ。宮島口と西広島の間は、JR線と広電宮島線が並行をして走っている。

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そして西広島駅にJRで到着をする。ここは、那須正幹先生の作品のズッコケ三人組のキャラクターの銅像がある。ズッコケ三人組は、広島を舞台にした作品だ。花山駅というのは西広島駅がモデルになっているそうなのだ。ズッコケ三人組は子供の時に読んだことのある作品であったが、広島が舞台というのは意識をしていなかった。

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西広島駅は、広島電鉄宮島線が路面電車から郊外電車に変わるだけでなく、広島電鉄の交通中核駅の一つだ。ここで撮影をした広島電鉄の写真を数枚紹介をする。

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この768号車は、元はといえばクリーム色とマルーンのツートン車両だ。形式は750型という名前だそうだ。広島の路面電車は、宮島線のような連接車だけでなく、単行でも魅力的な車両が多い。写真のように宮島線の連接車と単行の車両が連続をすることも多い。

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こちらは、西広島駅のホームと宮島線の3900形・3800形だ。先ほどは、海に面して撮影をしたが、今回は駅の中で撮影をすることにしたので形式写真がメインだ。西広島駅は欧米の駅のように見える。

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こちらはもともと京都にいた1900形だ。こちらは1907号車で京都にちなんだ銀閣という愛称がついている。西広島駅からはこの車両に乗車をすることにした。この車両は宇品二丁目までの路線で使われているからだ。太田川の本流をすぐに越える。太田川といえば愛知県東海市の名鉄の駅を思い出すが、ここでは、広島を代表をする河川の太田川だ。

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向かった先は、広島の原爆ドームの付近だ。ここは広島の代表的な名所だ。元はといえば、産業省例間で会ったのだが、1945年の原子爆弾の投下でこのような無残な姿になってしまった。東日本大震災後の原発事故の影響で、原子力について再考をするこの機会、改めて原発ドームを見て感じさせた。ここでは原爆ドームの近くにかかる元安川の元安橋から撮影をした広島電鉄の車両を数枚紹介をする。
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こちらは、元安橋から撮影をした広島電鉄の700形車両だ。旧太田川に架かる相生橋を1両編成の列車が通って行く。水の都、広島とその後ろに見える山が広島の風景を表しているようだ。相生橋は旧太田川の橋であるが、この先で旧太田川と元安川にわかれる。ここでは旧太田川に架かる相生橋を主役にした。

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こちらは相生橋で離合をする750形と700形車両だ。単行の車両同士が橋の上で交換をする。これも広島らしい風景だ。

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これは、グリーンムーバーMaxこと5100形と相生橋だ。広島の名所の原爆ドームと、広島の最新鋭の路面電車を写した。
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上の写真は、1900形と750形の離合だ。1900形が西広島方面から紙屋町方面にやってくるのを写した。そして橋のたもとで750形と離合をしていく姿を撮って行った。京都からやってきた1900形路面電車。広島に移ってからは、広島の人たちを毎日輸送をしている。京都はかつて路面電車が多数走っていたが、今では京福電車くらいしかない。京都も広島も外国人の多い場所だ。日本人だけでなく外国人もどのように見えたのだろうか。

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最後に紹介をするのは、グリーンムーバーこと5000形と広島の原爆ドームと相生橋の写真だ。広島を代表をする景観と広島の誇る超低床路面電車がこの写真だ。広島という都市が原爆投下の被害から大きく復興をし、さらに世界に誇れる名車両を輩出をされるようになったことを示しているようだ。


今日はここまでにしておく。次の記事では、広島の平和公園を中心に広島市内を歩いた様子などを書いていきたい。この記事のタイトルは、Perfumeのアルバムの◢(トライアングル)に収録をされている一曲から取った。「The Best Thing」というのは、西広島駅や原爆ドーム近くの元安橋など各地での路面電車の撮影の姿を写し、特に元安橋は原爆ドームと旧太田川、広島の名所を写すには絶好の撮影になったので、このタイトルになった。