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都営大江戸線を走る12−000形の初期の編成が6月を持って引退をする予定だ。その姿を撮影をしてきたので紹介をする。

1991年の練馬〜光が丘間の都営12号線の初期区間の開通以来、走ってきたのが12−000形の初期車両の第1編成から第6編成だ。(なお12号線時代の回想はここでは12号線と当時の名称で表記をする)この車両が6月末で引退をする。6月26日の昼間に偶然捕まえることができたので紹介をする。

新宿で用事があり、都庁前駅から乗車をした。ツイッターで23番の運用に入っていると聞き、一応調べてこの列車に乗ることにした。

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側面にはFinal Runというステッカーが貼ってあった。この車両の惜別を明るく描いている。

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この12−000形の初期車両の特徴は当初は6両編成でデビューをしたが、12号線の練馬から新宿への延長開業をした1997年に中間車両2両を新造をし、8両編成となったことだ。そのため、中間車両2両とそれ以外の車両では、室内の雰囲気などが微妙に異なっていることかもしれない。新たに製造をした中間車両は5・6号車で、室内のプレートなども異なっているのが特徴的だ(いずれも日本車輌製。6両は1990年製なので青地のプレート、2両は1997年製なので白地のプレート→日本車輌製の車両は1996年頃を境に以前は青地、以後は白地のプレートに分かれている。これは京成や小田急など日本車両で車両を製造をしている他の会社でも見られる)

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室内を見ても、上の写真は6両編成時代で作られた車両の色で、下は2両の中間車両だ。床の色が違うことや照明なども少し違う。それが車内の違いかも知れない。特に中間車両は20年もせずに廃車になってしまうのだ。あとは走行音なども他の車両と違うのも特徴でGTOと呼ばれているVVVFを採用をしている。これは日比谷線の03系などにも見られる。

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この車両、練馬まで行かなければ出会うことができなかった。当時は西武池袋線練馬駅も高架化や有楽町線乗り入れや複々線工事のための大規模な改修工事中で、乗り換えが非常に複雑だった。その複雑さを超えて、この車両が待っていた。特に当時は池袋などで用事があった際に、練馬などへ行ってみてリニア地下鉄というものに会いに行きたいこともあった。この車両は当時、地元で投入をされていた都営浅草線の5300形の小型版的な感じもした。前面の窓の大きさなども魅力的でリニアの地下鉄に会いには当時はわざわざ練馬まで行って会えてよかったと思った。

今や練馬区は、12号線・大江戸線の開通、そして副都心線の開通で、交通の利便性が大きく改善をし、人口も70万人を超え、東京都区内では単独で第2位になった。練馬区の1990年代の急増に大きく貢献をした。(2号線開通前の1990年は61万人であったが、大江戸線延伸前後の2000年は65万人、そして2015年は71万人となっている)

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12号線が新宿へ延伸をし、さらに大江戸線として環状運転を開始をしだした時に12−000形の数が増え、この初期車両の6編成は存在が薄くなった。そのために、この車両に乗れる機会は相対的に減った。なので乗れれば少しラッキーと思ったこともあった。


ワッショイE
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しかしながら、近年、車体の汚れや特に中間車両以外の車両の暗さが目立つようになってしまった。しかし、2011年の12号線から数えて開通20周年記念のヘッドマークにつけられるなどしばしば大役を担うこともあった。ホームドアのない大江戸線も貴重だ。

大江戸12−000系
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こちらは2008年に西馬込の車両基地で撮影をした12−000形の初期車両の第6編成だ。地上で見られるこの車両を撮影をしたのはこの時が最初で最後だった。浅草線5300形、京成の3500形原型車両などと並んだシーンは貴重だろう。過去のものが貴重になるワンシーンだ。

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これはある日の春日駅でのワンシーンだ。この時は、大江戸線の新宿西口・都庁前方面と上野御徒町・門前仲町方面にともに12−000形の初期車両がやってきたのだ。すこしわかりにくいがこのようなシーンも大江戸線となってからは貴重なものになってしまった。このようなシーンが貴重なものになるのだ。

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そして春日駅での上野御徒町方面だ。ホームドアの完成で撮影がしにくくなった点もあるが、練馬区内のローカル時代から走っていたこの車両が頼もしくも見えた。

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これは室内に貼られていたラストランのステッカーだ。東京のリニア地下鉄の先駆けで、リニア地下鉄という違ったものを見に行きたいためにわざわざ練馬まで足を運ばせ、そしてその路線が大江戸線として東京の地下鉄の大動脈となり、日常的に使うことも多い今、この車両の役割は大きかったかもしれないと改めて感じる。

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最後の勇姿は練馬区内の豊島園駅で撮影をした。この駅を四半世紀通り、多くの豊島園利用者の足としても活躍をしたからだ。豊島園も大江戸線が開通をして新宿方面からの利便性が大きく向上をした点もある。