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2日連続の京成の話題となるが、北総の9000形車両が2017年3月20日のラストランのツアーを持って、引退をすることになった。

ラストランのツアーは3月20日に行われる。25・26日の京成3500形の原型車両のラストランと同じく、ツアーイベントとして行われ、印西牧の原〜矢切間の往復で行われる。午前・午後の2回行われる。2月27日に京成トラベルにて販売をされる。(詳しくはこちらへ)

北総9000形は正式には千葉ニュータウン鉄道の所有であるが、便宜上は北総9000形と表記をする。
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デビューは1984年で当初は、北総線の千葉ニュータウン中央から新京成線の松戸まで走っていたが、1991年の北総線の高砂乗り入れによって、京成線・都営浅草線・京急線へと乗り入れた。四半世紀以上にわたり、京成線内などではお馴染みの顔だった。1984年から92年までは、北総線から新京成線へは、新鎌ヶ谷駅の近くに信号所が有り、北初富駅で新京成と北総の乗務員が変わっていたが、北総線の新鎌ヶ谷駅の開通から少し後の92年に新京成線にも新鎌ヶ谷駅が開業をし、北総線から新京成線への乗り入れは中止となった。北総の車両では10年ほど前に引退をした7000形、そしてこの車両が新京成線に主に乗り入れていたが、7300形もごくわずかの期間松戸に乗り入れていたこともあった。写真は新鎌ヶ谷駅から撮影をした北初富駅であるが、当時はこの辺に北総線と新京成線の連絡線があった。当初は6両であったが、前述の高砂延伸・浅草線などの乗り入れの際に8両になった。そのため、中間車両2両は1990年の製造になっている。

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北総9000形は、北総線では現在唯一のつーハンドル車両でチョッパ制御ということで、運転台も足回りも他の車両に違って異なっていた。このような点での保守に厄介さなどがあったのかもしれない。北総9000形は実際に2013年に1編成が廃車になっており、よく4年も1編成が残っていたというのが本音かも知れない。

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北総9000形は当初は2000形であったが、京急と番号が重複をすることにより、1994年から9000形に改番をされた。最終的に2編成のみであったので、どちらかといえば地味な車両だったかもしれない。しかしながら、実際に2013年に1編成が廃車になっており、よく4年も廃車にならずに残っていたというのが本音かも知れない。

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私も初めてこの車両が江戸川を越えて、京成線に乗り入れ、さらに荒川の向こうに行くということを知ったときは当時の7000形ほどではなかったが、感動をしてしまった。のちにそれが日常のものになり、この車両を見てきた。

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北総線内ではわずかながらの特急や快速などで優等列車で使われる一方で、京急線内では快特や急行などで走ることも多い。写真はある年の1月3日に京急川崎駅へと乗り入れた写真だ。当時は箱根駅伝の蒲田の踏切対策で羽田空港発着の一部が京急川崎発着となっていた。
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北総9000系
京急線内では快特で走ることもあり、羽田空港への輸送を担っている。羽田空港を降りた利用者が乗ることの多い車両かも知れない。時間帯によれば特急や急行で走ることもある。北総・京成線内ではあまり見られない急行灯の点灯も多い。
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毎年春に行われる北総春祭りではこの車両が登板をすることもあった。2010年には上野に乗り入れ、上野〜千葉ニュータウン中央間の列車として走り、2013年と2016年には成田〜高砂〜千葉ニュータウン中央間の列車としても走った。そのときは普段乗り入れない京成線の区間にも乗り入れた。また、毎年、春にはヘッドマークをつけて走ることも多かった。

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日常的に見ていく車両がまた一つ姿を消すことになった。最後のこの日まで走って欲しいものだ。