IMG_9251
いよいよ3月20日のラストランをもって営業運転を終了をする北総(千葉ニュータウン鉄道)9000形車両。ここでは最後の活躍を中心に紹介をしたい。

IMG_8198
北総9000形の最後の乗車は3月9日に東松戸から行った。ここでは車内の様子なども含めて紹介をする。東松戸としたのは交通費をある程度抑えるためと室内の撮影を少し行いたかったのもある。東松戸18時39分発の西馬込行き(37N運用)に乗る。

IMG_8202
IMG_8206

北総9000形といえば真っ先に思いつくのが、仕切り板の形と赤とオレンジの座席だ。仕切り板は、大きいものではないが、形がビートがあってやや独特だ。この時代に製造をされた車両には201系や205系、京成3600形などがあるが、201系や205系などと同じく仕切り板のある。ちょうどこのような車両が増えだした頃だ。小型であるものの、この車両には仕切り板があり、一つの特徴になっている。オレンジと赤の座席は、バケットシートではないが、二色を採用をすることによって、車内に明るさが出ているのも事実だろう。またドアもステンレスでないのも特筆される点かもしれない。なのでこの車両には車内に温かさが感じることが他の京成や北総の車両とも異なる点だろう。
IMG_8199
先頭車両の運転台に近い座席は2人程度が座れる。京成の車両は運転台付近も着席ができることが多い。これが他社と比べた一つの特徴ともいえる。その奥には運転台も見える。運転台は昔ながらのマスコンとブレーキのあるツーハンドル式だ。同時期に登場をした京成の3600形などと違いT字型ハンドルの採用は見送られた。これは当時の事情から垣間見れるかもしれない。

IMG_8200
IMG_8209
この車両には1983年(昭和58年)に製造された車両と1990年(平成2年)に製造をされた車両がある。いずれも日本車両のものだ。1983年のプレートがあるのは9011・9012・9015・9016・9017・9018号車の6両でデビュー当初はこの6両だった。主に新京成との乗り入れをしていた時代はこの編成で組んでいた。1990年のプレートがあるのは中間車の9013・9014号車で、高砂開業と都営浅草線などの乗り入れに伴い、6両編成から8両編成にするために作られたものだ。同じ車両でも数年の差があるのだ。同様の例は、昨年廃車になった都営大江戸線の12−000形の初期車両(12−001〜006編成)でも見られた。この車両も6両から8両に編成替えをする。日本車両での製造などの共通点もあった。

IMG_9250
まずは江戸川を越えて、高砂駅で京成線に入る。そしてこの車両で、荒川を越える。この車両で荒川を越えるのはおそらく最後になるかもしれない。何度、この車両で荒川を越えたのだろうか・・・

IMG_3614
荒川の手前の立石駅付近は高架を走ることなく、この車両もなくなってしまう。高架で走った曳舟とは対照的だ。高架の立石駅での走りも見たかった。

IMG_0873
IMG_0907
IMG_6089

曳舟駅では、旧駅舎と新駅舎に停車をする写真を並べてみた。曳舟駅新駅舎での9000形は上り線は3年7か月、下り線はまさに1年7か月しか見られないものだった。

IMG_8204
押上駅からは都営浅草線に入る。西馬込行きなので浅草線の種別は各駅停車だ。東京スカイツリーの利用者も北総線や京成線、羽田空港や浅草線からもこの車両で多く連れてきたかもしれない。浅草線内は浅草あたりから混雑をしだし、日本橋や銀座、三田など都心部を走り抜ける。西馬込行きなので、五反田や戸越などを通る。五反田駅では多くの利用者があり、中延駅では東急大井町線への乗り換え客もいる。大井町線から日本橋や銀座へ行くには中延からの浅草線が最も便利かもしれない。

IMG_9282
IMG_9290
そして西馬込駅に到着。この駅に乗り入れることはもうないかもしれない。そもそも北総線からの西馬込行き自体が朝夕のみで昼間は向かわない。これから北総線へ向けてまた走っていく。1991年から26年間、京成線や浅草線などに乗り入れ、おなじみの顔だったかもしれない。しかし2編成しかなく、遭遇をすることは少なかった。2013年以降は1編成だけになりまた会う機会が少なくなった。北総の車両の中でも他の車両とは少しだけ異なるこの車両。個性は充分であったが仕様が少し異なるのが近年では使いにくかったのかもしれない。

IMG_8190
IMG_9254
これは京成線の八広駅で撮影をした9000形の足回りだ。台車を合わせて撮ってみた。最近は台車など足回りを含めて撮影をすることが多いからだ。

ここからは9000形の過去に撮影をした写真から一部を紹介をする

siroisakura1301
北総線の写真といえば欠かすことができないのが白井駅付近の桜並木だ。ここはスカイライナーと桜を撮れる場所で有名であるが、2013年に白井駅付近の桜名所で撮影をした9000形だ。白井の桜並木を走る9000形を探したら存在をした。この写真は、桜の枝と9000形がかかっているものだ。


707fc788
こちらは2011年に撮影をした9000形だ。この年から3年続けて白井駅付近の桜名所で撮影をしている。満開の桜が膨れ上がっている。

CIMG0060
CIMG0064
こちらが2012年に白井駅付近の桜名所で撮影をしたものだ。2012年の時点で9000形は2編成存在をしていた。前後の年と比べると桜の魅力が出ていないが、白井駅の近くのガスタンクを代わりに入れてみた。とはいえ桜と9000形の写真は今考えれば貴重なものかもしれない。まさに撮っておいて良かったの一言に尽きる。もう桜と9000形の共演は見られないのだから。

CIMG1796
CIMG1760
CIMG1687
こちらは西馬込の都営フェスタでの9000形だ。9000形は過去に2010・2011・2015年に呼ばれている。2010年は京成の3300形のツートンカラーと朱色の車両との並び、2011年には最近廃車になった京成3600形の3618編成(当時は芝山リース車両)、特急金町の表示を出した。

IMG_6873
IMG_6899
最新回の2015年では先日引退をした京成3500形の3588F、昨年引退をしたAE100形、京急の名物車両のイエローハッピートレイン、都営大江戸線の車両など多くの車両が並んだ。この浅草線フェスタは、今では会えない車両や貴重な車両の並びがあった。ここでも存在感を大きくアピールをしていた。

北総9000川崎2
いよいよラストランを迎える唯一無二の存在の北総9000形。最後まで無事に走り切ってほしい。上野や高砂辺りからのラストランも期待をしたが、千葉県内の矢切と印西牧の原の間だけになる。荒川や江戸川はもう越えないかもしれない。でも日常的な存在感はあった車両だ。最後は2010年に京急川崎駅で撮影をしたこの写真で締めたい。